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機巧のギルフェンセィア 天使の子守歌  作者: 胡桃リリス
第一章 ワンダー診療所へようこそ!
18/91

エピローグ①

お待たせいたしました。

 ミスロとライカが、リリアンとアンジュを連れて診療所を出た後。

 片付けを手伝っていたアルファが静かになった食卓でお茶を飲んでいると、来客を知らせる鈴が鳴った。

 診療時間は終了しているが、急患なら関係なく診るのがゼットだ。

 しかし、入ってきたのは患者ではなく、妙齢の美しい女だった。彼女が入ってきた瞬間、診療所の中のが雰囲気が少し明るくなった。


「あら、私が最後かしら?」


 心に沁みるような、陽気な日差しを思わせる不思議な声音が小さく笑う。


「フィナお姉ちゃん、いらっしゃい!」


 席を立ったアルファはフィナと呼んだ美女へと足早に近づいた。


「すっかり遅くなっちゃったわねぇ。アルファちゃん、お誕生日おめでとう」

「ありがとう!」


 少ししゃがんだフィナがアルファの頭を撫でていると、洗い物を終えたゼットが顔を覗かせた。


「お、フィナさん、こんばんは」

「こんばんはゼット先生。用事があって遅くなっちゃったけれども、お祝いを言いたくて」

「わざわざありがとう。そうだ、クッキーを食べていくか?」

「遅くなっちゃうから、遠慮しておくわ」

「じゃあ持って帰っていってくれよ」


 一度奥へ顔をひっこめたゼットだが、すぐに包みを持って戻ってきた。

 包みを受け取ったフィナがゆったりとほほ笑んだ。


「ありがとう。……妹もこれが好きだから、きっと機嫌を直してくれるわ。じゃあ、私はこれで失礼するわね」


 アルファの頭をもう一度撫でて踵を返したフィナが、何かを思いだしたように、ふと顔だけ振り返らせた。


「今年は、ミスロ様たちは来られたのかしら?」

「うんっ!」

「そう。よかったわね。ミスロ様たちは、これから夜警かしらね……差し入れ、必要かしら?」

「それならクッキーを持たせているさ。帰ったら、駐屯地の人たちと夜の茶会ができるくらいにはな」


 苦笑するゼットに、フィナは頷くと、今度こそドアを潜って行った。

 鈴が鳴りやんだドアを少しだけ名残惜しそうに見ていたアルファだったが、振り返り、ゼットの隣から出てきたサァフを見て笑顔に戻った。


「あん? 急患でも来ていたのか?」

「うぅん。パパのお友達のお姉ちゃんが来てくれて、お祝いしてくれたの」

「ふぅん……」


 サァフが少し瞼を伏せてゼットを見やった。


「なんだよ。古い友人だよ」

「そうなのか? アンタ、周りに女性ばっかりだからなぁ……」

「そんなことはないぞ。俺にだって男の友達の一人や二人はいる」

「へぇ、そうですかよ」

「……何か言いたいことがあるなら言ってくれ」

「別に」


 挑発するように笑うと、サァフは近づいてきたアルファに振り返った。


「んじゃ、風呂に入るか」

「うん。お姉ちゃんの髪の毛と体、流してあげるね!」

「あぁ、わかった、わかった。それにしてもお前の髪ってすっげぇサラサラしてるよなぁ……」

「えへへ、そう?」


 腕に抱きつくアルファに、困ったような声音で言いながらもサァフはまんざらでもなさそうだった。


 たった一日、二日で仲良しの姉妹然としたやり取りをしている二人を、ゼットは穏やかな眼差しで見守っていた。




               ZZZZZ




 人気のない夜更けのアスカスの街を、ミスロとライカは手に灯りを持って見回っていた。

 鎧を着け、帯剣もしており、周囲に異常がないか警戒しているが、その表情はどこか柔らかい。


「それにしても、もう十年かぁ……ミスロがゼットさんとアルファを助けてから」

「そうだな……」


 そう言うライカの隣で、ミスロは少しだけ視線を上へ向ける。そこには星の海が広がっていた。


「あの夜は星が降っていたわねぇ。覚えてる?」

「あぁ、覚えているさ」

「あの時は本当にすごかったわよね。凄い数の流れ星と山から光の柱が立ち昇るんだもの。噴火したのかと思っちゃった」


 左右へ軽く視線を揺らしたライカが、くすりと笑みをこぼした。


「レセじゃあ、今もお祭り騒ぎかしら?」

「さぁな」


 素っ気なく答えたミスロに、ライカは肩を竦めた。

 静かになった二人は、時々すれ違った別地区を巡回している騎士と敬礼を交わし合い、不審人物や困っている者がいないかと目を光らせて歩いていた。

 特に事件や不審人物とも遭わず、強いて言うなら酔って道端で眠りこけている男性を起こして帰宅を促したくらいで、平和な夜中の街を二人はひたすら巡回し続けた。


「……ねぇ、ミスロ」

「なんだ?」

「あの日、本当は何があったの?」


 急に心配するような声で問いかけてきたライカに、ミスロは、またかという表情になった。


「何かと言われても、ゼットとアルファを運よく見つけただけだ。何度も言っているだろう」

「確かに聞いているけれど……アンタ、ちょっと怪我をしていたし」

「少し転んただけだ。これも何度も言っているはずだが」

「そうだけど……」


 なおも何か言いたげなライカだったが、やがて頭を振った。


「ごめんね、やっぱり、何だか気になっちゃって」

「いや、いい」


 そう言うミスロだが、その声音や雰囲気は優しい。親友が気遣っていることをわかっているからだ。

 ライカも空気を変えるように、明るい声を上げた。


「それにしても、アルファも本当に大きくなったわねぇ。それにすっごく綺麗になった。成人する頃には、きっともっと美人になっているわよ」

「そうだな。それに、剣の腕も恐ろしい事になっているに違いない」

「やめてよ、今でさえ手加減できなくなりつつあるのに」


 苦笑したライカにミスロは小さく笑って見せた。


「もし」


 その時、二人に声がかかった。

 振り向くと、マントを羽織った美しい女性が立っていた。

 薄暗い星明りの下でもわかる美貌に、同性の二人も目を奪われて一瞬だけ動きを止めたが、すぐに急ぎ足で近づいていった。

 二人は警戒しながらも、表面上は騎士らしく真摯な態度で女性に話しかける。


「ご婦人、こんな時間にうろついて、一体どうしたというのですか?」

「少し夜風にあたりに来たのです。それよりも、お二人のお話しが聞こえてきて、気になったものでして」


 美女の声は麗しく、聞いただけでミスロとライカは職務質問のためにかけようとした声を思わず引っ込めてしまった。だが、すぐに小さく頭を振ると、さり気なく腰辺りに手を添える。

 美女は笑みを崩さず、その不思議な声音で話を続ける。


「十年前、でしたか。貴女があの山で見つけたという親子について、詳しく聞かせていただけませんか?」

「私が見つけた親子? そんな話はしていませんが」


 ミスロが冷たくそう言い放つと、美女の顔から笑みが消えた。


「……その親子がいる場所を教えていただけると嬉しいのだけれど」

「はて、どこだったか」


 ミスロとライカは警戒を強めて腰を少し屈めた。

 それを見て、美女は再び笑みを浮かべたが、美しさよりも恐怖を沸き立たせる異常さがあった。


「っ?!」


 二人が剣を抜かず、後ろに大きく下がったのと同時に、寸前まで立っていた場所を美女の手が横に薙ぎ払っていた。たったそれだけのことで空気が破裂し、風圧がミスロたちの頬に打ち付けられた。


「……おとなしく答えていれば、生きて帰れたものを」

「貴様、何者だ?!」


 ミスロが剣を引き抜く。その隣でライカも抜剣しながら警笛を吹こうとしたが、音が出なかった。


「お前たちは誰にも知られず、ここで死ぬのよ」

「ライカ、応援を!!」


 ミスロの激にライカが踵を返そうとするが、その動きが止まった。


「くっ?! 何これ?!」

「どうした?!」

「体が動かないのよ!!」


 美女に注意を向けながら振り返ると、必死の形相のライカが方向転換をする途中で動きを止めている姿が確認できた。

 それを見たミスロは目を見開いたが、すぐに目の前の敵へと視線を戻した。

 美女は嘲笑を浮かべ、二人を見ていた。


「面妖な……!」

「怪しいのはお前たちの方じゃないかしら。あの方の香りが漂っているじゃない」

「あの方……?」


 ライカは首を傾げるが、ミスロは何かに気付いたのか、歯を食いしばって敵を見据える。


「しっかり思考にまで防護がされているっていうことは……お前たちを人質に取れば……」

「ミスロ、逃げて、そいつ、危険だわ!」


 動けない状況下で、気丈にも相棒を気遣うライカを無視して、ミスロはこの状況をどうにかして切り抜けるために思考していた。


 こいつと戦えば、間違いなく死ぬ。


 勘がはっきりとミスロにそう告げている。

 先ほどの妙な体術や、ライカを金縛りにしている不可思議な力、そしてこの女の無視できない威圧感と邪まな気配に、ミスロは押しつぶされそうになっていた。


 ふと、脳裏にこの状況を覆せる人物が二人ほど思い浮かんだが、弱気になった自分を叱咤して振り払う。

 そんなミスロの葛藤を知ってか知らずか、美女は冷めた視線のまま虚空へ目を向けた。


「……ふぅん? さっきから見られている(・・・・・・)とは思ってたけど……まぁいいわ。奴が出てこないなら好都合。さっさと――」


 何かを言いかけた美女が突如としてその身を翻し、ミスロたちから大きく距離を取った。

 同時に体の自由を取り戻したライカが訝しげな表情で、飛びずさった敵をミスロと共に見やる。


 その直後、美女が苦悶の声を上げる。

 見れば、マントの上から腕に短剣のようなものが刺さっていた。柄頭は丸く、穴が空いていることがわかったのは、その短剣が淡く輝いていたからだ。

 ミスロたちが持っている灯りよりも明るい光を放つ短剣を、美女が忌々しく睨みつけている。恐ろしいその形相は、屈強な騎士であるミスロとライカが顔を強張らせるほどだった。


「まさか、これは……!」


 美女が顔を上げる。ミスロとライカも、注意をしながらもその方向へ視線を向けた。


 瞬間、美女の体がブレた。

 ミスロたちが視線を戻す一瞬の間に、美女の姿は形容しがたい半液状の物体に変わり始めたが、上半身を残したところで動きを止めた。その胸には、いつの間にか新たな短剣が刺さっていた。


 声にならない悲鳴を上げる怪異と化した美女に、ミスロたちも絶句する。

 怪異はゆっくりと仰向けに倒れ、やがて乾いた笑い声をあげた。


「貴様、報告以前よりも力が落ちているな」


 胸と腕に刺さった光の短剣が、まるで風にさらわれるようにして消えていくのに合わせて、怪異の体も末端から徐々に形を崩して霧散していく。


「波動手裏剣とやらはどうした? 数多の同胞を葬った力が使えていない……? ははっ、そうか、そういうことか!」


 血を流すことなく消えて行く怪異が嘲笑を深めた。


「お前が姫様を(かどわ)かしてからこの世界で十年……女神の力が弱まっているのだな? だから『目』など使って監視しているのか。ははは。『目』を守るために、余計に力が出せないのだな?!」


 怪異の向ける視線の先に何があるのかはわからないが、ミスロたちは目の前の異常事態に目を離せないでいた。


「くくくく……あははは!! やはりこの星でよかった!! やはり正しかった!! あの方の遺した宝はここにある!! ベルテス様!! アーカイム様!! 私の通信が途絶えるこの星こそ、姫様が隠された星です!!!」


 狂ったように、断末魔の如き叫びを上げながら怪異がそっとミスロたちへ視線を向けた。

 その時、二人の視界に何かが被されたような不思議な感覚があり、怪異の顔は崩れているせいなのかおぼろげになった。


「そこのお前、ミスロと言ったわね。覚えておきなさい。そして生き残った事を後悔するといいのよ! お前たちも、この世界も、やがて姫様が殺し尽くす!!」


 次に、虚空へ向けて怨念の言葉をまき散らす。


「そこのお前も、お前たちも!! お前たちの世界に私たちの軍勢が乗り込むその時を、恐怖しながら待つといい!!」


 そして、視線を最初の方角へ向けて、肩から上しか残っていない状態で、ミスロたちが聞いたこともなく、忘れたくなるような怖気を催す声音で叫んだ。


「必ず姫様は取り戻す!! すぐにベルテス様たちがやってくる!! 力が落ちたその状態でどこまで抗えるのか見ものだわね!! はははははは、ああ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ヵ―――………………!!!!!」


 聞く者の心臓を止めてしまいそうな(おぞ)ましい絶叫と共に、怪異はついに消え去った。

 しかし、その声が街に木霊することも、怪物がそこに倒れていた痕跡もなく、まるで今までの出来事は夢幻だったかのように、静かな夜の気配が戻ってきた。


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