chapter14
サーカスからの帰り道、アルファはリリアンやミルシャたちと一緒に今日の感想を口ぐちにしゃべっていた。
ナイフ投げは見ていてハラハラした、昨日とは違う演目の一つで綱上での宙返りに圧巻されてしまった、等々。
「でも、ピエロさんがいなかったのは残念かも」
「今日はお休みだったのかもしれないわ」
少し寂しそうなアルファに、リリアンが優しく言葉をかけた。
「アルファさんは、あの道化師の事が気に入っているのでして?」
「うんっ、お花をくれたんだぁ」
自室の机の上に飾っている花を思い浮かべて笑顔になるアルファに、ミルシャはつまらなそうに鼻を鳴らし、視線を外した。
「お花くらい、私だってさしあげられますわ」
「何か言った?」
「道化師は人の心を掴むのが上手だと思っただけですわ。それよりも、アルファさん、明日の剣術の授業、覚悟してもらいますわよ!」
「うん、私も負けないよ!」
明るく返答したアルファに、ミルシャは不機嫌そうにしながらも、好戦的な微笑を浮かべていた。
「その減らず口を叩けられるのも今日が最後ですの。今度という今度こそ、貴女に敗北を教えてさしあげますわ! 行くわよ、マルタ!」
一方的に捲し立てると、ミルシャは速足に去って行った。
取り巻きの少女はアルファたちへ律儀に一礼すると、ミルシャの後を追いかけて行った。
残されたアルファは二人の背中に手を振り、リリアンは困ったような笑顔を浮かべた。
「ミルシャちゃんも素直じゃないわねぇ」
「ミルシャは真っ直ぐな子だよ?」
裏表のない意見を述べたアルファを、リリアンは表情はそのままに優しく撫でた。
ααααα
家に帰ると、ミスロが二階から降りてくるところだった。
「おかえり、アルファ」
「ただいま。サァフお姉ちゃんのお見舞い?」
「サァフ?」
小さく首を傾げたミスロだが、すぐに顔をしかめた。
「お前、患者と会ったのか」
「ぁ」
自分の失態に気が付いて口元を抑えるアルファに、ミスロは肩を落としてため息を一つついた。
「まぁ、ゼットから話は聞いているがな」
「ごめんなさい」
「反省しているならいい。……ところで、サーカスへ行っていたのか?」
「うん」
「そうか」
頷いたミスロがアルファの横を通り過ぎようとして、足を止めた。
「そうだ、サァフさんだが、明日には退院できるそうだ」
「そうなんだ。よかったぁ」
アルファは心からの安堵と共に、寂しさも覚えた。
「彼女は国外から来た旅人だったようだ。私とライカで騎士団へ連れて行く。心配はするな」
「わかった。サァフお姉ちゃんの事、よろしくね」
「任せておけ」
頷き、ミスロはアルファの頭に手を乗せた。手袋をしていても、気遣いや優しさが伝わってきた。
「話は変わるが、明日は夕方には間に合いそうでな。今年は参加できそうだ」
「本当?!」
アルファが目を輝かせると、ミスロは微笑んで頷いた。
「去年は一日仕事が入って参加できなかったものねぇ。今年は夜警があるけれども」
「ライカ、余計なことは言わなくていい」
階段から唐突に姿を現したライカに、ミスロが苦言を呈した。
「お姉ちゃんたち、お仕事があるの?」
「いつもの仕事だ。それに、明後日は休暇が降りたから、お前が心配することはない」
「でも……」
「あー、ごめんねアルファ。別に心配させたかったわけじゃあなかったのよ」
気まずそうなライカが足早にアルファへと近づき、少し腰をかがめて目線を合わせた。その目に茶化す色はなかった。
「ミスロが先週あたりからずっと仕事の予定を調整していたり、そわそわしていたりして、明日のために頑張っていたってことを言いたかっただけなのよ」
「おいライカ、お前」
「ありがとう、ミスロお姉ちゃん!」
頬を赤くしたミスロがライカに食ってかかろうとしていたが、アルファが抱き着いたことで動きを止められた。
「こら、アルファっ」
「えへへ、ミスロお姉ちゃん大好き」
喜色満面のアルファにすっかり毒気を抜かれたミスロは、照れている様子だったが、やがてアルファの頭と肩に手を置いて軽い抱擁をしてやる。
ライカも、アルファの喜び具合に表情を緩ませたが、ミスロの恨めし気な視線から逃れるように目を逸らした。
大人たちのやり取りに気付いていないアルファは、ミスロが離してくれというまで抱き着いていた。
ααααα
夕飯の前に、サァフへ夕食を届けに行くことを許されたアルファは、替えの水差しと木盃を手に、アンジュの後を着いて行った。
アンジュがドアをノックして部屋へ入ると、サァフはベッドの上で本を読んでいるところだった。
その様子を見て、アンジュは少し意外そうに眼を見開いたが、すぐに優しい笑みを口元に湛えた。
「すっかり元気になったみたいだけれど、上に掛け布でも羽織らないと体を冷やすわよ?」
「問題ねぇよ。それより、美味そうな匂いだな」
口調は乱暴だが、険はなく、アンジュの持つ夕飯を乗せた盆から漂う匂いに表情を活き活きさせる様子は、どことなく人懐こさを感じさせる。
一人で食べられると言うサァフへアンジュが盆を渡し、アルファも枕元の脇に添えてある机の上に水差しを木盃を置くと、サァフが声をかけてきた。
「あ、そうだ。アルファ」
「何?」
「もしかしたら聞いているかもしれねぇけど、明日、ここを出ることになったんだ」
「うん」
改めてそう言われると、確かな寂しさをアルファは覚えた。表に出さないように、サァフの手を握って明るくしてみせた。
「元気になれてよかったね、サァフお姉ちゃん」
「あぁ。ありがとうな」
サァフに見守られて部屋を出ると、アンジュが声量を抑えて尋ねてきた。
「ねぇ、昼間にあの子と何があったの?」
「内緒」
「えぇっ、教えなさいよ」
患者の秘密は守ること。
ゼットの教えを忠実に守りながら、アルファは彼の待つ食卓へと足早に戻るのであった。
chapter13を少しだけ変更しました。
話の大まかな内容は変わっていません。




