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機巧のギルフェンセィア 天使の子守歌  作者: 胡桃リリス
第一章 ワンダー診療所へようこそ!
13/91

chapter12

 暗殺者の少女が目を覚ますと、日が真上に上る少し前だった。


「夢じゃない……か」


 ベッドの上で一人つぶやき、朝と同じようにしばらく天井とにらめっこを始める。


「終わったって言われてもなぁ……」


 やはり信じられない。少女の知る限り、暗部は強大な裏組織だ。現女王すらもその実態を掴めておらず、少女のように引き抜かれて行方をくらました騎士や見習いたちがこれ以上増えないように対策をするだけで精いっぱいだったと聞いている。

 だが、もし青年の言うことが本当ならば……。


「ざまぁ見ろ……」


 今までずっと溜まっていた鬱憤がこもった本音だったが、口にしてすぐ虚しくなった。

 と、階下から笑い声が聞こえてきた。先ほどの青年と少女のもので、楽しそうに談笑しているのがわかる。

 夫婦でないなら恋人か、それとも……と考え、他人の恋愛事情など知ったことではないと思い直した。

 だが、団欒の様子に感化されたのか、家族の姿が脳裏に浮かんだ。


 暗部に入ってから、ロクに顔を合わせていない。

 今頃どうしているだろうか、寝返りを打ちながら、故郷の家族の事を想った。

 騎士として尊敬していたが、どんちゃん騒ぎが好きで、いつしか鬱陶しく感じていた父。

 美人だが男勝りで、大騒ぎする父とその同僚、部下たちを前にしても女性騎士並の胆力で叱り飛ばしていた母。

 自分と同じように騎士を目指していた年子の妹は、もう騎士になれただろうか。


「姉ちゃんは、騎士になれなかったよ……」


 思考が現実へと引き戻され、自分の境遇に思い至る。

 密入国、間諜罪、要人誘拐未遂および殺害未遂……これだけ積もれば死刑は確実だ。

 折角助かった命だったが、いずればあの騎士どもの手に引き渡され、その時が自分の最期だ。

 逃げるか。

 家族に迷惑がかかるだけなので、故郷に戻るつもりはない。なら、どこか辺境の地でひっそりと余生を送るか。


 そう考えた少女は、しかし、ふと思いとどまって動きを止めた。

 ドアへ視線を向けるが、誰かがドアの近くにいる気配はない。のにも関わらず、もしここから逃げても、あの青年や騎士たちに掴まってしまう自分の未来が頭に浮かんできてしまう。

 少女は正直に、あの二人は怖い、と思ったが同時に、苛立つほどに優しい、とも感じていた。

 どこの世界に、暗殺者をベッドに寝かせて気を遣う医者と、捕縛した相手を蔑む様子もなく、アドバイスを送る騎士がいるだろうか。


 そんな愚にもつかない思考を振り払うように頭を振り、窓へと近づく。

 病室が二階にあること、窓は裏庭に面していること、誰もいないことを確認し、早速飛び降りようとしたが、その動きが止まった。


「……嘘だろ」


 窓を開いたところで、先ほど青年が不思議な術を使った時と同じように、体が動かなくなったのだ。口は動くが、どれだけ力を入れても指先一つ動かせない。


 またあの医者が奇妙な技を使ったのか、と警戒するが、件の青年の声は階下から聞こえている。


「どうなっていやがるん……だ?!」


 咄嗟に後ろへ下がろうとすると、今度は何の苦労もなく足が動き、勢い余って転倒しそうになった。何とか受け身を取るが、階下に今の音が聞こえていないだろうか。そんな心配をしたところで、そう言えばこの部屋の音は外に漏れていない、という言葉を思い出した。

 階下の様子に気を付けながら、もう一度窓へと近づく。

 窓枠に手をかけ、外に出ようとしたところで、動きがまた止まった。後ろに下がり、今度は外の様子を伺うために、そっと身を乗り出してみる。すると、頭が窓の外に出た。


「……んで、これかよ」


 そのまま下へ降りようと思ったとたんに、例によって体の自由が効かなくなった。

 窓から離れ、少女は恐怖と不安に体を震わせた。あまりにも不気味過ぎる出来事に、全身の血の気が引いた。


「……本当に、何なんだ、ここは……?」


 ふらつく体でどうにかベッドへ戻ると、体を丸め、不気味な世界から一刻も早く逃げ去りたいと言わんばかりに、少女は再び目を閉じた。



                      σσσσσ



 暗闇の中で、木剣を振るう音が聞こえてくる。

 ブレがなく、真っ直ぐに振り降ろされた刀身が空気を真っ二つに切り裂く、どこか爽快で心地の良い音だ。

 自分と妹も素振りをしていたが、ここまで美しい音を木剣が奏でたことはない。そのうち、自分の剣はどれだけ振るっても音が出なくなり、暗殺剣へと成り果ててしまった。

 憧憬と嫉妬が胸中で渦巻く。

 目を覚ますと、先ほどよりも少しだけ日が傾いているだけだった。思っていたよりも眠っていた時間は短いようだったが、この部屋の恐ろしい出来事を思いだし、思わず身震いした。


「あの医者、魔法使いだってことはないよな?」


 幼い頃に母親に読んでもらった昔話には、困っている人を助ける魔女と、人々を困らせる悪い魔女が出てきた。小さい頃は、悪い魔女が怖くて仕方がなかったが、成長していくにつれて、そんなものはおとぎ話の存在であると知り、怖くはなくなった。

 だが、あの時自分に起きたのは、間違いなく未知の力が及ぼしたものであった。暗部にいたからこそわかる。見えないほどに細い糸だとか、暗殺者や薬師が使う怪しげな薬によるものでは断じてなかった。

 戦慄していると、現実から逃避していた耳が素振りの音を聞きつけたので、ナイスタイミングと意識をそちらへと向ける。

 眠っている時に聞こえてきたあの音だ。どうやら裏庭で誰かが鍛錬をしているようだったが、あのお節介の少女だろうか。いや、まさかあの医者ということはないと思いたい。

 とかく、気になると確かめたくなり、少女はそっと窓際に近づく。


「……ぁ」


 窓から覗こうとしたが、斜陽によって目を閉じてしまった。開いたときには素振りの音は消えており、裏庭には人っ子一人、姿が見受けられなかった。


「幻聴かよ……」


 それともお化け、と考えて頭を振った。流石に混乱しすぎだ、と少女は嘆息する。あの自称街医者の青年や騎士たちに呆気なく敗れてしまったから、不思議な出来事に動揺しているだけで、何かしら種があるはずなのだ。

 それを見破ったからと言って、彼らに勝てるとは到底思えないが。


「……はぁ」


 帰るところもなく、進むべき道もない。待つのは死のみ。

 なら、ここで舌を噛み切ってしまえば……青年の姿はないのだから不可能ではないはずだが、また不思議な出来事が起こりそうな気がして、寸前でやめた。流石にもう一度体験したら、発狂してしまうかもしれない。

 自暴自棄になった後だが、流石に発狂してから死ぬ、という最期は迎えたくなった。

 そう、結局自分は、あの青年の言う通り死にたくないんだ、と改めて自覚した。


「騎士、向いてないか……」


 膝を抱えて胸に抱き寄せると、ふと寝間着のひざ部分が湿り気を帯びた。

 あぁ、泣いているんだと思い至ったが、どうにか声は押し殺せているようだ。

 自分を客観視できていたのは最初のうちだけで、すぐに体を縮こまらせて、小さく震えだした。


「死にたくねぇよ……私、死にたくないよ、お母様」


 力強い母親の笑顔が思い起こされ、またあの人に抱きしめてもらいたい、と強く思っていると、扉の開く音がした。

 まさか医者か、騎士か、見られてたまるか、とぐっと涙と嗚咽を堪えて黙りこくっていると、扉を開けた誰かが部屋に入ってくるのが分かった。

 ただ、足音や息遣いは、自分の知っている青年や騎士たちのものではなく、かといってお節介な少女でもなく、もう少し小柄な子どもが歩いているようだ。

 足音は少女のすぐ傍で立ち止まる。息をできる限り殺してはいるものの、敵意や害意は感じられず、武器を持っている様子もなかった。


「お姉ちゃん、大丈夫だよ」

「……ぇ?」


 どこか聞き覚えのある声に顔を上げると、長く艶やかな黒髪を持った十歳前後に見える少女が微笑を浮かべていた。

 邪気のない、その紅い瞳を見て思い出した。

 昨日、サーカスで一緒に踊ったあの少女だ。



お読みいただき、ありがとうございます。

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