初上陸ファルッカの世界 8話
手に入れたマジックアイテムのハンマーを試すため、そしてさらなる高みへ進むため、主人公はついにトラメルからファルッカの地へと足を踏み入れる。
もう一度ジョシュヤに貰った武器を、まじまじと見る。
真っ黒な、赤い血管の浮き出た両手用の大きなハンマー。
一撃の大きい武器はトラメル人向けだと言っていたが、ジョシュヤもトラメルの武器屋だ。
対人にこの大きなハンマーが向いているかどうかは分からない。
トラメル人でもモンスター退治を生業にして生きている者は多い。
だが大多数が、罠や魔法、あるいは音楽や毒でモンスターを無効化させ、多勢で狩る。
故にモンスターの硬い皮膚や装甲を貫く、一撃の重い武器が好まれる。
逆にファルッカでは、人同士の殺し合いだ。
武器同士の戦いで、先にダメージを与えた側のアドバンテージは言うまでもない。
足や手の負傷でも、相当な有利になる。
だが、そもそも俺はここの星の住人じゃない。
俺の体格は、この世界ではかなり大柄で筋肉ダルマだ。
この星に住む平均的な男性の身長は160センチ、平均体重は45キロ。
それに対し俺の身長は190センチほどで、体重は110キロだ。
そんな俺から見て小柄な一般人の両手武器を、筋肉ダルマで身長も高い俺が使う。
両手用武器を片手で使える可能性は大いにある。
何よりマジックアイテムという、良い方の不確定要素。
森の奥に着いたので、馬から降りてハンマーを構える。
「見た目はいかちぃが、思ったより軽いな」
試しに、片手でハンマーを振り回してみる。
問題ないどころか、その軽さに驚愕する。小枝を振るように大型ハンマーを扱える。
黒い塊に映える血管の装飾が、赤く禍々しい光を放つ。
疾風の速度に加速したハンマーの質量が風を巻き起こし、木の葉が吹き飛ぶ。
ブォンブォンと速度を上げ、最高速度はもはや残像だ。
一・五倍というのは、スイング速度が上がるからダメージも上がるのか。
「こんな早くハンマーが振れるのかよ。ジョシュヤ、やるじゃねぇか」
考えてもみてほしい。ハンマーが日本刀を超えるスピードで振れるとしたら。
居合いの初撃とナイフの攻撃速度に、威力は、見えない速度で発射されたハンマーの衝撃。
なおかつ、体がその質量に持ってかれないのがマジックアイテムだ。
素振りして分かったが、攻撃軌道もピタ止めも自由にできる。
マジックアイテムの理に、俺はまじまじとハンマーを見つめる。
ジェット装置も、レーダーも反重力制御もない。
この材質と技巧だけ。アナログの力でこれ程の物を作るとは。
魔法やスクロールもそうだ。現代科学の力を合わせればテクノロジーは加速する。
この星の支配者になれば、宇宙の支配すら経済から手に入る。
俺は気持ちが昂るあまり、天を仰いで目を閉じ、咆哮を上げていた。
確実にこの見た目と武器の相まって、はたから見ればただのモンスターにしか見えないだろう。
心を落ち着かせて馬に乗る。
馬がドン引きした目でこちらを怯えて見ていたのが、少し恥ずかしかった。
「にしても、田舎の町で王様気取りをしてる場合じゃねぇな」
馬を走らせながら、昂った思考はさらに加速する。
馬を無意識に足で締め付け、ゲートへ向かう速度が自然と早まる。
ジョシュヤの忠告どおり、まずはファルッカのスカライトに行くはずだった。
しかし、この武器は完全に力に自信のある者かつ両手用だ。それを俺は片手で使える。
「回り道してる暇はねぇ、ファルッカ王都のゲートに直に乗り込んでやる」
そんな有頂天の俺を、ゲート付近の人だかりは見るや否や道を開ける。
俺はハンマーを右手に担ぎ、肩にその柄を乗せる。
奥で若い男たちが俺の噂話をしていた。
この町で生まれた、若い不良の集団や冒険者たちだ。
目を輝かせながら俺の方を見ている。
全員が普通のシャツとズボンだが、武器や盾を握りしめている。
目つきは悪いが、そこには明らかな畏怖の念があった。
「やべー、鬼狸だ。実物初めて見たけどすげー」
ナイフを持った一番背の低い少年を皮切りに、次々と声が上がる。
力に素直な、社会のはねっ返りたちだ。
「ゲラスさんの兄貴分だろ、逆らうやつが行方不明になるっていう」
「あの三人衆も殺しちゃったらしいぜ。あの人切りパルスと一緒に」
皆が称賛している。
聞こえないふりをしているが、嫌でも耳に入る。
耳が大きくなるとはよく言ったものだ。
しかし、そちらに顔を向けるわけにはいかない。
不良社会では、格がかなり離れた下っ端は無視するのが鉄則だ。
冷たくするのが一番いい。
相手が不良なら、好意で近づいてこられたり手を振られたとして。
下手に愛想を返さず冷徹でいなければならない。
冷たくあしらわれ、それでも格上を目指して話せる地位まで登ってきた時に初めて言葉を交わしてもらえる。
礼儀は暴力と恐怖で身をもって教え込まれる。
上に上がれば、もっと上の扱いも優しく、特別扱いされていく。
これが嬉しくて、自分の男としての器が上がったと勘違いしてしまうマインドコントロールだ。
野心を煽る、それが不良という集団組織のシステムである。
まず野心がない奴は、不良の世界で絶対に成功しない。
善人であれ悪人であれ、人を傷つけても自分や仲間を幸せにするのが不良だ。
野心は不良という存在そのものの原動力なのだから。
話が長くなったが、ファルッカのブリテンのゲートに到着する。
ドラゴンですら数体は入れる大きな門の入り口は、青く光っている。
所持品は以下の通りだ。
一・五倍両手用大型ハンマー
スクロール各種
ポーション各種(回復・解毒の二種)
解体ナイフ
3000ゴールド
青い光のゲートをくぐる。
一瞬で、無機質だが透明感のあるコバルトブルー色の大きな正方形の部屋に転移した。
真ん中に台があり、横幅三メートル、縦二メートルの巨大な世界地図らしきものがある。
描写は中世の古びた地図だが、その上ではリアルな雲や風、波などが動いている。
現実の天候と衛星をリンクさせているらしい。
街の付近にある地図上の青いボタンが、転移先選択というわけだ。
「魚眼レンズの応用とプロジェクターマッピングか。いい趣味してやがる」
観察していると、地図の下のコバルトブルーの台に大きなボタンが二つある。
赤いボタンと青いボタンで、それぞれ『F』と『T』と書かれている。
これが並行世界の選択ボタンなのだろう。『F』と書かれた赤いボタンを押す。
「うお! な、なんだ!」
コバルトブルーの部屋が、天井から血の様に赤く染まっていく。
そして部屋全体が、血で塗りつぶされたような赤に染まった。
地図が燃え始め、黒い地図が浮かび上がる。
街や地形は同じなのだが、青いボタンはすべて赤く変わり、地図が不気味な雰囲気に変化する。
初見の俺は、地図に向かって罠かとハンマーを構えていた。
相当動揺してしまったが、一人でいてよかった。
「ブルルルウルゥゥゥル」
乗っている馬が怯えて叫んでいる。気の強い馬にしておけばよかったか。
腹に力を込めて馬を挟み、強く手綱を引く。
やっと落ち着いたようだ。馬ですらトラメルの匂いに慣れていたらしい。
「血の色のゲート、血の門か……ずいぶんしょっぱなから、期待させる演出だぜ」
天井からどんどん赤く染まり、周りが赤一色になった頃。
転移先の王都ブリテンゲートの赤いボタンを押す。
ボタンから赤い湯気が立ち上り、俺と馬を包み込んでいく。
「ブ、ブルルルルルルウ! ブルウブルウ!」
「うっせー! びびってんじゃねー! 男なら度胸だ、行くぞ!」
実際、馬と会話するほど動揺していたのは俺のほうなのだが。
光が差し込み、気付くと赤い門の前の森に立っていた。
昼だというのにほんのり薄暗く、目が徐々に慣れていく。
すべての木が冬のように枯れており、枯れ木の森に囲まれた平地。
ゲートを中心に赤い光で、半径十メートルの円が描かれている。
バルキリから聞いていたが、この円の中は町と同じ扱いでガード圏内だ。
地面は荒野で、不気味な雰囲気が漂っている。
スカライトですら舗装されていた道は朽ちてボロボロの、汚い灰色煉瓦だ。
ここはファルッカとはいえ、王都ブリテンのゲートなのだが。
「………!」
突如、複数の視線を感じる。気配を全く読めなかった。
灰色というか、薄汚れた白い布で顔まで覆った頭巾ローブが三人。
だが武装はなく、ローブのみで靴も履いていない。一言で見すぼらしい。
朽ち木や切り株に座って談笑している。
ただ例の三人組と違って、そこに不自然な違和感が全くないのは所作の違いか。
じっと眺めていると、薄汚い頭巾ローブの一人が近寄ってくる。
声変わり前の、高い少女の声だ。
馬に乗った俺の前に近づいてくる。立っても身長140センチ程度か。
俺と比べれば大人と子供のサイズ差だ。
しかもこちらは騎乗している。
「お兄さん。絶対当たる自慢の占い、しない?」
「しねーな、近寄んじゃねー」
馴れ馴れしく話しかける少女を、馬上で見下ろし。
肩に乗せていたハンマーを片手に持ち、上空で一振りする。
少年と俺の間を、空を裂く音と共にハンマーが疾風の速度で通過する。
質量と速度が生んだ風が舞い、落ち葉が吹き飛ぶ。
相手が魔法を使おうものなら、詠唱の間に頭を弾き飛ばせる。
プレッシャーで教えてやる。ここが奴にとっての死地であることを。
「へへ、お兄さん面白い事するね。ゲートから半径十メートルはガード圏内だよ」
「そんなおっかない物、脅しにもならないからねー。構わず占いやってくれよ、1000ゴールドでどう?」
確かにガード圏内だ。ゲート付近は圏内なのは、FもTも変わらない。
テレポートされて一瞬で殺されるのは勘弁願いたい。
こいつが俺のハンマーに飛び込んできて怪我でもしたら、俺が死ぬ可能性もある。
確かめるには情報が不足している。
かといって、三人がガード圏内から出たら襲ってくるかもしれない。
魔法が無ければ全然余裕だが、不確定要素が多すぎる。
ガード圏内は逆に相手も攻撃できない。
思考の加速から、導き出された答え。
情報が欲しい。
「1000ゴールドとは、随分ぼったくってんじゃねーか」
武器で脅せないなら、睨みを利かせる。
俺の眼光に怯まない人間は、今のところこの星にいなかった。
しかし、薄汚いローブの三人は一瞬顔を見合わせて笑いだす。
馬鹿にされたようで、不愉快だった。
そして俺の前の少女が白い頭巾を脱ぐ。
赤いボサボサの髪に、死んだような据わった目。
ニヤニヤした口元は変わらないが、顔立ちは整っている。
少女ではなく、若い女だ。そこらの村娘よりはよっぽど上玉だった。
童顔で若く見えるが、中学生に見える大学生といったところか。
俺を見上げ、挑戦的な笑みを浮かべる。
「お兄さんには高かったかな?」
ここは主導権の取り合いだ。
俺も笑われたのをやり返すように、大きく笑い声を上げる。
「ガーハハッハ! 随分小せぇと思ったが、女か。趣味も占いとは、納得だわ」
まずはパワーバランスの取り合いを意識したジャブだ。
乗馬した大男の俺は、下を冷たい目で見下ろす。
少女に静かに、ドスを利かせて言い放った。
「もう一回言ってやる。俺の前から失せろ」
沈黙が数秒続く。
赤毛の少女は、再びニヤリと口を開いた。
「お兄さん、トラメルから今日初めて来たでしょ?」
「そう見えるかい?」
「お兄さん、話す気なかったのに自分から質問してる。それが答えだよ」
無邪気に笑う少女。場所が場所とはいえ、仲間は切り株に座ったままだ。
俺相手に、この少女の実力だけで十分だとでも言いたいのか。
俺を舐めているのか、この女を信用しているのか分からんが、むかつく話だ。
「占いを受けてやるよ、拾いな」
一千ゴールドの小分け袋を、馬上から地面に投げ捨てる。
俺が一千ゴールドなんて持ってないと思っていたらしいが、俺からすれば小金だ。
さあどう出る? 膝を折り、地に落ちる金を拾えば、精神的に俺が上となる。
コネにするにも、戦うにも、上は俺だと分からせた方がいい。
しかも、跪いた瞬間にハンマーで小切手を巻き取ってやろう。
赤っ恥だな、お嬢ちゃん。
だが、赤毛の少女は拾わない。
後ろに手を組んで、俺を見上げている。
「お兄さんが私の占いに一千ゴールドの価値があると判断したら、後でもらうよ」
「ほー、見た目は乞食と思ったが、仁義はあるみてーじゃねぇか」
「お客さんには二パターンあるんだ! 僕を先生先生と呼んで尽くしてくれるお客さんと、お兄さんみたいにお金を払ってる自分が尽くされるのが当然だと思っているお客さん」
「お前が先生だ? 冗談の先生なら間に合ってるんでな」
「ははは、お兄さんおっもしろーい! そうだね。でも結果は一緒。僕の占いは毎回当たるんだ」
「僕に尽くすお客さんは、僕が何を言っても信じる。君もまた僕を思い出すよ」
女と話して気が緩みそうだ。
しかし、親近感は油断を招き、決断力を鈍らせる。
一層気を引き締めて、少女の一挙手一投足に注意を張る。
「では、占いの結果がで、出ましたー! お兄さんはファルッカの洗礼を受けまーす!」
やはり、仲間を呼ぶための時間稼ぎか。
鴨にされたと思うと腹が立つが、慣れたものだ。しかし、重要なミスがある。
俺をガード圏外に誘い出さねば意味がない。
十メートル先から飛び道具が飛んできたとしても、すぐ後ろにはゲートがある。
「お前が自分でここがガード圏内って言ったんだぜ。当たらない占いに価値なんてゼロ円だ」
ハンマーで小切手を取り上げ、ガード圏外の森にも注意を配る。
全く気配がしなかった。注意していたはずの灰色ローブ2人がいない。
居なくなったというより、目の前から消えた。
こちらが理解していないが、何か仕掛けられた。
ゲートに左手を触れて行き先を確認する。
負けるとは思わないが、撤退路は確保した。一瞬でトラメルのスカライトに帰れる。
小切手は回収したし、これで俺になんの損もない。相手の目論見はご破算だ。
これで負けはない。
「そうだね、今日はTに帰りなよお兄さん。私のタイプのお兄さん、またFで会うよ。はぃ! 占いお終い」
残りの切り株に座り消えた2人の痕跡はない。
何かの為に動いたのだろう。
その何かは、俺にとって良いことであるはずは無い。
「……スキルか」
左手を即座にゲートに突っ込み、転移する。
赤い部屋をコバルトブルーに戻し、青いボタンでトラメルのスカライトへ帰還した。
1000ゴールドの袋をバックパックに入れようと蓋を開ける。
――無い。
所持品どころか、バックパックの中身が空っぽだった。
2000ゴールドとスクロール、ポーションに非常食のパンまでが見事に消えている。
根こそぎ盗まれた。これがファルッカの洗礼か。
リスク無しに盗めるなら、俺にわざわざ話しかける必要すらなかったはずだ。
見た目の良い女に声をかけさせて、実行犯の二人は『ハイド』というスキルを使ったのだ。
インビジビリティのスキル版で、姿が見えなくなる。
しかし、ハイドは一歩でも動けば姿が現れる。
ならばハイドの上位であるステルス、徒歩状態なら姿を消し移動し続けられる厄介な代物だ。
ハイドが一定以上修練すると身につくスキルだったか。
あの女に隙はなかった。犯人は間違いなく消えた二人のほうだ。
話に聞いた上位スキルを、見窄らしい乞食の泥棒達ですら使ってくる。
しょっぱなから綺麗にやられたらしい。
「おもしれーじゃねぇか、ファルッカ。あの女の名前、聞き忘れたな」
次はファルッカの圏外に出てやる。
必要なスキルを覚えて、絶対に仕返ししてやるさ。
奴らが圏内付近で仕事しているのも、自分が弱者であることを分かっているからにすぎない。
ファルッカの最下層だ。
戦闘系にスキルがあるように、あいつらが盗みのスキルを覚えるなら、俺は戦闘を極める。
すました顔で全部分かっているような面をしやがって……そそるじゃねぇか。
惚れたのかって? いや、認めたんだ。
あの女をいつか捕まえて、徹底的におもちゃにしてやる。
その日はイエローキャブで酒を煽ったが、いくら飲んでも忘れられなかった。
自分が完璧に「鴨」にされたという事実が、どうしても頭から離れなかったからだ。
エールを握る手に力が入り。
木のジョッキが耐久値を超え、ヒビが入っていく。
金や被害なんてどうでも良い。
子供扱いされて有り金巻き取られた。
その事実は、どんな言い訳をしようが。
俺の脳裏から熱が唸り狂う。
飲み干す、冷えたエールは喉を冷やしても。
怒りで蒸発する様に、思考の中に思考が生まれ。
すべたが不甲斐ない自分への怒りに変わる。
ファルッカの洗礼を一身に受け、見事にすべてを奪われた初陣。
だが、その悔しさと理不尽さが、男の野心をさらに刺激する。
更新遅れ申し訳ない。
沢山のアクセスありがとうございます。
正直驚きました。
実感無かったのですがモチベーション上がり更新頻度頑張ります
ブックマークや感想よろしければ、モチベに繋がるので御慈悲を! 笑




