上州ハンマー 7話
スカライトを実質的に手中に収め
日々が淡々と回っていく中での小休止。
少しずつ周囲の顔ぶれや環境が変わっていく。
夢が叶う狸の未来に祝福を
この星に来て、一週間がたった。
スカライトの顔役であるゲラスを配下に入れたことで、その後の話はとんとん拍子に進んだ。
もともと小さな田舎町ということもあり、噂は瞬く間に町中へ広がる。
権力者が恐れる存在、見るからに暴力で飯を食っているような風貌。
いつの間にか、俺はスカライトで「鬼狸」と呼ばれるようになっていた。
「鬼狸……名前を付けた奴が誰だか知らねぇが、もう少しマシなセンスのねぇ野郎だ」
どこか間抜けなネーミングだが、この世界に狸という動物がいるのかは知らない。
町を歩けば人々は自然と道を開け、恐る恐る頭を下げる。市長ですら俺を見ると敬語を使うようになった。
ゲラスとパルス以外の馬の業者たちもすべて統合し、あがりの半分が毎日のように俺の懐へ入ってくる。
バルキリにはその中からいくらかの金を渡し、「イエローキャブ」での情報収集を任せていた。
バルキリの家で昼過ぎまでぐっすり眠ったあと、俺は様子見を兼ねて銀行へと足を向ける。
広場では、パルスとゲラスが数名の手下を従えて馬を売りさばいていた。
扱う頭数も常時二十頭を超え、わざわざ遠くまで野生の馬をテイムしに行かなくても、常に安定して売れる仕組みができあがっている。
他の行商人間たちは俺を恐れ、ゲラスの手下になるか、さもなければ早々にこの町から出ていった。
それでも、売上の半分を俺に納めているゲラスたちの方が、結果として以前より儲かっているらしい。
「おぅ、なかなか繁盛してんじゃねーか」
「プヒ、狸の旦那! ぷひぃー、おかげ様で順調に商売させていただいてます」
相変わらず手を揉み手をしながら巨体を揺らし、ゲラスがヘコヘコと頭を下げる。
世の中には本当に、こういう絵に描いたような取り巻きもいるものだ。
ふと見れば、あの奴隷の少女もすっかり身なりが良くなり、以前の煤けた面影がなくなっていた。
横にいるパルスと談笑しているのは微笑ましい。
俺に気付くと、パルスの後ろに隠れながら慌てて頭を下げている。
パルスが、少女を庇う様に俺を見上げる。
「あ、狸……さん、おはようございます」
「パルスも、すっかり人に慣れたみたいだな。上出来だ」
俺はいつも通り、パルスの頭をくしゃくしゃと荒っぽく撫でる。
少しは色気づいたのか、そのくせっけの髪からはほのかに香水の匂いがした。
裏社会の真似事でも覚えたのか、それとも女遊びでも知った口か。
「狸さんにばっか頼ってられないからね! ここは任せてよ」
「言うようになったじゃねーか。まぁ、せいぜい気張れよ」
「うん! 任せて!」
周囲が俺に対して抱いている恐怖感が、そのままパルスの立場を引き上げているらしい。
今では町の人間もパルスには敬語を使い、まるでゲラスと対等であるかのように接している。
人見知りのコミュ障を治すには、全員が自分にへこへこするこれ以上ない環境だな。
本来なら、少し調子に乗ったこうしたガキは一度痛い目にあわせる。
その行為が、俺への恐怖がより強固になる。
だが、ゲラスがパルスを「俺からの監視役」だと勝手に勘違いしている以上。
今は変に突っ立たせるよりも、仲良くやっている姿を見せた方が都合がいい。
毎日、ゲラスから上納される1万ゴールドが、寝ていても自動的に俺の懐へ転がり込んでくる。
イエローキャブで酒を飲み散らかしても、一日で200ゴールドも使わない。
この世界の農民が家族一ヶ月で300ゴールドほどで暮らしているというから、俺がどれだけの不労所得を得ているか、これでおおよその察しはつくだろう。
スカライトを手に入れたとはいえ、ここはまだ安全な「トラメル」の領域にすぎない。
王都だろうとどこだろうと、トラメルにいるうちは大した意味がないのだ。
フェルッカのすべての町を配下に収めなければ、この星の真の支配者とは認められない。
「そろそろ、まともな装備も買わねぇとな。このブロードソードも悪くはないが、一度ちゃんと鑑定してもらうか」
スカライトの町にも、一応は「武器屋」という看板を掲げた店がある。
ここは港町であり、島の外へ出るにはゲートか船を使うしかない。
モンスターがそこらへんを闊歩しているわけでもない土地柄だ。
そのため、武器屋と言っても置いてあるのはせいぜい漁の銛くらいで。
実態は網や釣り針を商う釣具屋に近かった。
「親父、いるかぁ?」
軒先に釣り竿がずらりと並んだ薄暗い店内へ声をかけて入る。
ここの店主は無類の馬好きで、うちの常連客の一人だった。
もっとも、馬に乗るのが好きというよりは。
自分の馬を走らせて競わせる賭け事に目が無いだけの男だが。
「おや、狸の親分かい。どうしたんだい、ついに魚釣りでも始める気になったのかい?」
奥から姿を現したのは、陽気なオールバックの白髪に、白いちょび髭を生やした中年男だった。
我が飲み友にして常連客、ジョシュヤである。
「ジョシュヤ、おめーんとこは一体何の店なんだよ、全く」
「何屋って、魚群と潮の読みだけは外さない、一流の武器屋のジョシュヤさ」
「俺の目にはどう見ても釣具屋にしか見えねぇけどな。まぁ、まともな武器があるなら文句はねぇよ」
俺は遺品からくすねてきたロングソードとメイスを、ジョシュヤの目の前の机に無造作に放り出した。
メイスの方は、鉄棒の先が大きな球状に膨らんだ、いわゆるモールのような代物だ。
武器としての価値なんて、せいぜい知れているだろうが。
「これ、釣り竿の錘にするのかい?」
「冗談だか本気だか分かんねぇな。いいからさっさと鑑定してくれよ」
俺とジョシュヤの軽い笑い声が、こぢんまりとした店内に響く。
このロングソードが500ゴールド以上の値がつく代物なら、メイン武器としてそのまま使ってやってもいい。
メイスのほうは、傷も目立つし売り払うつもりだ。
ジョシュヤは眼鏡を取り出し、先ほどまでの冗談めいた顔を引っ込めて真剣な目で代物を覗き込む。
その唐突なギャップに、もしかすると案外期待できるかもしれないと思い直す。
ロングソードを鞘から慎重に抜き放ち、刀身を横にして自分の目の高さまで持ち上げた。
「このロングソードが30ゴールド、メイスが15ゴールドってところだな」
「おい、冗談はいいから実際の価値を言えよ」
少しイラッとしたが、そこは落ち着いてせかす。
なんだかんだで、この親父とはそれなりに気の合う飲み友達だった。
「狸の親方、俺は腐ってもこれでも武器屋の端くれだ。目利きのスキルにかけては王都の店にも負けやしない」
「鑑定で冗談なんて言うもんか。これは一般人が買う、ごく普通の最低品質の代物だよ」
ここまで真顔で言われてしまえば、それが現実なのだろう。
自分の武器を見る目のなさに、少しだけ冷や汗が出る。
ロングソードなんて原始時代の骨董品相場なんて知ったことか。
そう心の中で小さく言い訳を呟く。
「あ、あぁ……悪かったな。じゃあ、ここで一番いい武器はいくらだ?」
「うちにはね、自慢の『伝説級』の品があるぜ」
ジョシュヤの眼光がわずかに鋭くなる。
そして奥の倉庫へと続く扉を開けると、絹の高級そうな布に包まれた何かを大切そうに抱えて戻ってきた。
「最高の職人が、最高の品質を誇る木材で作った特製の釣り竿さ。材はリーパー製で、細工の腕は王都の――」
俺は無言でロングソードとメイスを自分の懐にしまい直した。
そして何も言わずにジョシュヤに背を向け、店の出口へと歩き出す。
お茶目な笑顔で追いかけてくるジョシュヤ。
「おいおい、冗談だよ! 狸の旦那、待ちなって! ……ただ、うちにあるまともな武器っていったら、この二つくらいのもんだ」
そう言ってジョシュヤがカウンターの上に並べたのは、先ほどとは違う二つの武器だった。
ロングソードは刀身がほんのりと青白い光を帯びており。
一メートルほどの両刃の作りは、素人目にも上質な代物だと分かる。
もう一つの金棒は真っ黒な漆黒で、不気味な棘がびっしりと生えた。
六十センチほどの昔話の鬼が持つような鉄塊だった。
「このロングソードはシルバー製で、すでに神聖な祈祷済みだ。アンデッドの群れには無類の強さを発揮する。値段は3000ゴールド」
「で、こちらの金棒はモンスター由来のマジックアイテムでね、シーサーペント特効の仕込みがしてある。漁の相棒にはもってこい代物さ400ゴールド」
俺は二つの武器を交互に見比べる。
どちらも、俺が求めている対人用の殺し合いには何の魅力も感じられなかった。
「親父、対人用のまともな武器はねぇのかよ」
「まぁ、包丁だろうがただの棒切れだろうが、本気で振るえば人は叩き殺せるさ。……自分が使いやすい相棒を選ぶのが一番なんじゃないかい」
俺の身勝手な価値観も、親父のその意見には不思議と頷けた。
だが、この世界における『魔法』や『マジックアイテム』という存在の脅威だけは無視できない。
相手がもしこれの厄介な代物を持っていた場合、命取りになりかねないからだ。
「これからファルッカ見物に行くんだわ」
ポツリと言った瞬間、ジョシュヤの手からシルバーの剣がカタリと音を立てて机に落ちた。
親父は俺の顔を見据え、その瞳に明らかな恐怖の色を浮かべる。
「よせ、冗談でもそんな物騒なことは言うもんじゃない。町のごろつき程度じゃ、あそこの連中には束になっても歯が立たないよ」
「あそこの連中は、人間とは違う。息を吸うように人を殺す連中だ。プロとかそういうのを超えて、日常のすべてが殺人なんだよ」
いつも陽気な、冗談ばかり言う男の真剣な顔を初めて見た。
初めて見る表情と声質。
の必死の説得に、俺は思わず面を食らう。
だが、その危険な匂いが漂えば漂うほど、俺の奇妙な興味はかえってそそられていく。
こんな話をバルキリの野郎に知られた日には、間違いなく顔面を引っ叩かれて止められるだろうな。
そんな馬鹿なことを考えていると。
ジョシュヤはふっと息を吐き、カウンターの下から重い音とともに一つの塊を取り出した。
「これをやるよ。だから、生きて帰って来い。この歳になると気が合う飲み友は貴重なんだ」
ドサリと置かれたのは、両手でようやく持てるほどの大きなハンマーだった。
柄から打撃部まで黒い特殊な金属で覆われ。
手持ちの部分には、ボロボロになった昔は上等だったであろう赤い布。
きつく巻き付けられて滑り止めにしてある。
ハンマーの頭には、本物の血管のような不気味な赤い装飾が這い回り。
脈を打つ様に動いている。呪いの武器の様な禍々しいオーラを放っていた。
まるで生きている様な、生物兵器を彷彿させる。
「シャドウ製のハンマーだ。魔法の付与もかかっている。直撃すれば一・五倍のダメージが叩き出せる」
「うちの店にある中で、対人戦に向いている代物と言ったらこれくらいのもんだ。……どうせ行くなら、今着てるその薄汚い皮鎧じゃ心もとない。強化してやるから脱ぎな」
それはたしか、以前にカーボウイのボンボンから丸ごと巻き上げた代物だった。
普段はふざけているジョシュヤのただならぬ気迫に押され、俺は素直に言われた通り皮鎧を脱ぎ渡した。
「安心しな、この星に流れ着く前だって、似たような修羅場はいくらでもくぐってきた。今回はあくまで下見だ」
ジョシュヤは皮鎧の上に怪しく光る粉を振りかけ、手際よく金槌で叩いて補強していく。
作業の手を止めずに、親父は横目で俺をじろりと睨んだ。
「冒険者の八割はファルッカに行ったその日に野垂れ死ぬ。……だが、狸の親分なら、ひょっとすると本当に生き残っちまうかもな」
「……おう」
「どうせ何を言っても聞きやしないんだろ。行くってんなら、ファルッカでもせめてスカライトゲートに行きな。土地勘は大事だぜ」
凶々しいハンマーを受け取ると、見た目に反して軽い。
俺のナノ強化された肉体からか、マジックアイテムの効果かは分からないが。
俺の手にしっかり馴染む。気に入った。
「おぅ、それじゃあ行ってくるとするか。……誰にも余計な口チャックはすんじゃねぇぞ」
「お代は要らないよ! 縁起担ぎだ! うちに代々伝わる逸品が親分を守ってくれるさ」
さっきゲラスから受け取ったばかりの一日の売上小切手1万ゴールドを、そのまま机の上に放り置く。
親父は金額のゼロの数を確認すると、目を丸くして椅子から腰を浮かせた。
「お、おい……! こんなに高額な金、受け取れねぇよ! おい、聞いてるのか? ……って、もう行っちまったのかよ。死ぬなよ……」
背後で聞こえる声を聞き流しながら、俺は自分の馬の元へ急ぎゲートへと馬を走らせた。
馬の乗り方も、パルスの調教のおかげか自分の足の様に操れる。
フェルッカの闇が、今まさに俺を待っている。
いつか必ず、元の世界から仲間たちをこの星に呼び寄せるために――。
邪魔をする障害は、人間だろうとモンスターだろうと、すべて残らずぶっ殺してやる。
雨が降り出しそうな、どこまでもどんよりと淀んだ曇り空の下。
俺は馬を駆り、暗いゲートの向こうへと足を踏み出した。
顔がニヤけてしまう。
ついにファルッカで自分の腕を試せる。
俺の頭にはそれしかなかった
危険な匂いのするファルッカへ向かう一歩。
平穏? な田舎町での暮らしから、物語はいよいよ次のステージへと動き出す。
ファルッカは予想より危ない場所ですよっと。




