スカラの半グレ顔役ゲラス 6話
物語はここから本格的に裏社会の掌握編へと動いていきます。
ゲラスという男、外見は救いようのないクズですが、彼なりの「守るもの」があるからこそ、主人公の駒としてどう機能していくのか――そのあたりを描きたかった回です。
パルスの精神状態の変化も含め、楽しんでいただければ幸いです。
結果から言えば、馬のビジネスは上手くいった。
だが、そこに到達するまでの道のりを、少し順を追って話しておこう。
俺は三馬鹿の遺品を銀行前でお披露目する前に、ある仕事をした。
スカライトは、どこにでもあるような田舎の港町にすぎない。
広大な牧羊地が島全域を覆っているが、人の集まる場所など自ずと限られてくる。
バルキリから聞き出した話だが。
あの時襲ってきた三人の男どもは、この辺りではそれなりに有名なゴロツキ崩れだったらしい。
いつも酒場で酒を煽っては揉め事を起こし、金のためなら人殺し以外のどんな仕事でも引き受ける。
そんなチンピラ共だ。
そいつらに今回の襲撃を仕向けた行商人の正体も、すぐに割れた。
酒場で毎日のように泥酔しては、大声で俺たちの悪口を喚き散らしている男――「ゲラス」だ。
水商売の女から漏れる愚痴は、そこいらの情報屋よりもよほど信用できた。
このゲラスという男。
表向きは威厳のある商人を気取っているが、その本質は完全に裏社会の人間だ。
町の不良どもを束ね、この小さな港町で我が物顔で幅をきかせている。
銀行の前の縄張りや、そこから発生する利権はすべてゲラスの独占状態にあった。
――俺たちを狙い、返り討ちにされた落とし前だ。
その既得権益も、何もかもそっくりそのまま頂くことにしよう。
人間の死を初めて目の当たりにしたパルスは、最初の数日間は激しい動揺を隠せずにいた。
そのため、二日ほどの暇を与えてやったわけだが……。
何もない部屋の片隅でめそめそ泣いて、布団を被る。
あの蒼い目は、まるで生命力を失った魚のようにすっかり色を失っていた。
まぁ、人間の倫理観が初めて音を立てて歪むときは、あんなものなのだろうか。
「さーて、ゲラスの野郎にもしっかりとお礼をしておかねーとな」
初日は銀行の前で堂々と馬を売りさばいているゲラスの顔と、その「ヤサ」を確認することに費やした。
ゲラスが野生の馬を調達している群生地帯など、足跡をたどればすぐにわかった。
目には目を、ということで奴の商売道具である馬を片っ端から皆殺しにしてやろうかとも頭をよぎった。
だが、そんな非効率な真似はしない。
夜中に、ゲラスが奴隷の少女を連れて宿屋へと消えていく。
出てくるまで確認したせいで、尾行には思いのほか時間がかかった。
ようやく、翌日の朝になってゲラスは自宅へと帰宅した。
お楽しみだそうで、糞が。
家族構成は、息子と娘、そして妻がいるようだ。
ゲラスは毎週末教会に祈りを捧げる信徒らしい。
あの連れ回していた奴隷の少女は、娘よりも年下に見える。
なかなかに香ばしい趣味をしているものだ。
どうやら表向きは、愛する家族に囲まれた「良きパパ」を完璧に演じきっているらしい。
ぽっちゃりとした体型の嫁と、脂ぎったデブのゲラス。
玄関先で軽く口喧嘩をした後に名残惜しそうにキスを交わす。
ゲラスは二人の子供と手を繋ぎ、仲睦まじく馬車に乗り込んだ。
学校と職場へ一緒に通う途中の光景なのだろう。
子供たちも、父親であるゲラスに心からなついているように見える。
馬車の姿が完全に視界から消え去った頃、俺は隠れていた草むらから音もなく身を起こした。
「なかなか、いい家じゃねーか」
張り込みの際、夜の冷え込みに備えて土産にでも使うはずだったワインをすでに飲み干してしまっていた。
俺は退屈紛れにバックパックを漁る。
前もって用意した、ゲラスの通う教会で配られる分厚い聖書が転がり出てきた。
まぁ、小道具としてはこれで十分だろう。
俺は三十分ほど地面にゴロゴロと寝転がって、聖書を読み時間を潰す。
ゲラス家の重厚な入り口には、ライオンが黄金のリングを咥えている古い装飾のドアチャイムがあった。
要するに呼び鈴代わりのものだ。俺はその金属リングを打ち鳴らした。
チィィン、と乾いた金属音が響いた直後、家の中から声が返る。
「はーぃ」
奥さんらしき女性が姿を現した。
しかし、格子窓から外に立つ俺の顔を見た瞬間。
奥さんは即座にバタンとドアを閉めかけようとした。
俺は作り笑顔を最大限に引きつらせながら、できるだけ穏やかな声を張る。
こういう時の悪人面は本当に損なものだ。
「あ、早朝からすいません!ゲラスさんの部下の者ですが、主人が大事な忘れ物を取りに来いって言いまして」
ぶ厚い鎖の施錠をかけたまま、ドアがわずかに数センチだけ開く。
警戒心を露わにした奥様が、隙間からおそるおそるこちらを覗き込んでいた。
「主人が、何を忘れたというのですか?」
俺は目を細め、引きつる頬を無理やり動かして笑みを作る。
そして、懐からあの聖書を取り出して見せた。
「家族の思い出の品ですよ。ほら、今日教会で『家族愛の代表者』にゲラスさんが選ばれましてね」
「いや、俺の見た目じゃ正直無理だって断ったんですが、『うちの嫁は人を見る目があるんだから大丈夫だ』ってゲラスさんが自慢してまして……。」
奥様は警戒を少しだけ解いたのか、カチャリと鎖の施錠を外した。
かなり危うい綱渡りだったが、「家族の思い出の品」という大義名分を出されて。
それを泥棒が狙うなどと疑う者はいなかった。
「うちの人も、普段から仕事で怖い人たちと付き合っているものだから、いつも心配で……。失礼な真似をしてごめんなさいね」
「いえいえ、家を守るのが主婦の鏡ですよ奥様。ゲラスさんは本当に幸せ者だ」
「あら、ヤダ。お世辞が上手いんだから。今度あの人にも教えてあげてちょうだい、ふふっ。……これ、あげるわ」
そう言って、奥様は庭の飾り棚から真っ白な二枚貝の片割れを差し出した。
こんな海岸にいくらでも転がっていそうな、値打ちのないただの貝殻だ。
しかし、誇らしげに胸を張る奥様の顔はその自信満々だ。
貝殻を丁寧にハンカチで包み借り受け、俺は深々と頭を下げる。
「ありがとうございます!今日が貴女にとって最高の良き日になることを、この聖書と共に祈らせてもらいます」
帰り道、道端の草むらに馬車にひかれたのか、無残に死んでいる犬の死骸が転がっていた。
俺はその血溜まりに先ほどの貝殻をこすりつけ、赤黒い血をベタリと塗りたくった。
これで、無言の脅迫に使える上質な小道具の完成だ。
余計な言葉を並べ立てるまでもなく、相手の心に直接恐怖を植え付けるためのな。
にしても顔役と言ってもゲラスも田舎の小悪党か。
ガード圏内に家があるからとはいえ、すんなりことが進む。
不安も俺の心から燻り始める。
「ただの貝殻……本当に、こんなゴミで大丈夫なのか?」
チンピラ3人組の遺品である兜を無造作に抱え、俺は再び銀行へと向かった。
案の定、いつもの特等席にゲラスはどっしりと座り込み。
通行人に馬を売りつけていた。
首と完全に一体化した二重顎、伸びきった安物のシャツ。
そして妊婦のように突き出た腹。
一言で言えば、見事なまでの肥満体だ。
着ている服は上質な絹のシャツと麻の短パンだが、頭皮の女神にはすでに実家に逃げられたらしい。
太陽の光をいやらしく反射するほど頭頂部は寂しい。
自分の体重を支えきれていない小さな椅子に押し込められたその姿。
さながら檻に入れられた白豚のようだった。
その足元には、足枷をはめられた一人の少女がうずくまっていた。どうやら奴隷のようだ。
ショートヘアの髪から覗く目は完全に虚ろで、ボロボロの羊毛の服を纏っている。
顔立ちは前髪で隠れてよく見えないが、年齢はおそらく十五歳前後といったところか。
両足首は太い鎖で地面の杭に繋がれており、扱いはまるで家畜の犬そのものだった。
俺は背後からそっと近づき、奴らのやり取りを観察する。
「お馬はいかがですか?どうぞ買ってやってください、お願いします……っ」
ゲラスが足元の少女の腰を、容赦なく革靴のつま先で蹴り飛ばす。
興奮したゲラスは息ができないらしく、鼻の奥から笛のような情けない音が漏れた。
「おいおい、『ゲラスの馬屋プヒー!』って店の名前を叫びながら宣伝しろって、いつも言ってるだろが」
「プ、ヒー……!何度言ってもこの奴隷は頭が悪いから困るんだプピ。今日も容赦なくお仕置き決定だなプピー!」
「頑張ります!だからお仕置きだけは……お仕置きだけはご主人様だけでお願いします!」
ゲラスは白豚のような顔を歪め、底意地の悪い下劣な笑みを浮かべる。
あいつが裸でこん棒でも持っていれば、誰もが本物のオークと見間違えたに違いない。
「この前は3人だから次は6人だなプヒー」
少女の顔がボサボサの前髪に隠れながらも、絶望の色に染まっていくのがありありと伝わってくる。
ロリコンの趣味などこの世界では珍しくもなく、表立って取り締まられることもないが、実に胸糞が悪い。
泣きながら地面に頭をこすりつけて謝罪する少女。
すると、ポーションを売り歩いている痩せこけた男がゲラスに擦り寄る。
少女の肩が震え始める。
土下座する少女の尻をいやらしい目で凝視しながら、その男はニタニタと笑う。
強烈なソバカスだらけの顔、二十代とは思えないほどやつれきった骨と皮の身体。
いつから洗っていないのか分からない、べっとりと固まった汚い黒髪が耳元に張り付いていた。
「ゲラスさん、そのお仕置きの席には俺も混ぜてくださいよ、へへっ……!」
「おや、ザルコさんじゃないか。ふひっ、プヒ……。今日はこの後、例の宿屋でたっぷり可愛がってやるとしようか」
ザルコと呼ばれたその男は、売り物の黄色い回復ポーションを数本、ありがたそうに懐から取り出す。
それをゲラスの目の前に差し出した。
「極上のヒールポーションを投資しますよ、ゲラスさん。これさえあれば、何度壊しても朝まで楽しめますからな」
「ほう、高級品をありがたい!こりゃ今夜は一晩中眠れそうにないなプヒー」
「えぇ、もう今から待ち遠しくてたまらないですよ」
土下座した少女の身体が、恐怖と絶望のあまり全身で小刻みに震えている。
お仕置き自体より、この不清潔なザルコが生理的に嫌われているようだ。
その怯える姿を見下ろしながら、ゲラスとザルコは下劣に頬を緩ませていた。
少女が震えようが、命乞いをしようが。
そんなものはクズどもにとって最高の嗜虐性を煽るスパイスでしかない。
あの家で待つ可愛い子供たちや優しい妻に、この父親の醜悪な素顔をそのまま見せてやりたいものだ。
「そういえば、今日はあの下品な男たちと、あの小僧はどうしたんですかね、ゲラスさん」
「もう彼らがここへ来ることはないさ、プププ……」
「と言いますと?まさか、もう水面下でしっかり手を打たれたんですか?いやあ、怖い怖い」
「ふっ、生きているといいんだがねぇ、プホホ……」
――そろそろ頃合いだな。
町の住人たちの噂話の的になっている「今この瞬間」こそが、すべての機が熟したタイミングだ。
脅しを最も有利に展開するためには、相手の虚をつき、主導権を完全に握る必要がある。
「そりゃあ、あいつらにとっちゃあ本当に残念だったな」
俺は後ろから、ゲラスの太い肩を両側から力強く抱きかかえた。
突然の背後からの襲来に、油断しきっていたゲラスとザルコの思考回路が完全にフリーズする。
ここは町のど真ん中、衛兵の巡回する安全なガード圏内だというのに、奴らの顔面から血の気が一気に引いていく。
「なっ、おまえは……プヒッ!?なんでここに……!」
「ひ、ひぃ、私は関係ない! 私は関係ありません! 挨拶しただけで私はひぃ!」
俺はバックパックから、3人組の遺品である兜を2つ、そしてあの尖り帽子を引っ張り出し、石畳の地面へと無造作に放り投げた。
ガシャアアアッ、と耳障りな金属音が響き渡る。
さらに腰からロングソードの柄をチラリと見せつけると、それを見たザルコは腰を抜かす。
その場でへなへなと尻餅をついた。
ここは堂々たる町中だ。
今すぐここで暴力沙汰を起こせるわけではないが、そんな理屈を考える余裕すら奴らには残されていない。
「残念ながら、あいつらは全員死んじまったよ」
「俺が今こうして話したいのはゲラス、お前だ。で、相棒のそいつはどうする?」
「げっ、ゲラスさん……!わ,私ちょっと急用を思い出したんで、ま、また今度……ひっ、失礼しますぅ!」
ザルコは売っていたポーションのシートごと風呂敷のように丸める。
その後、信じられないような爆発的スピードでその場から消え去った。
まるで逃げ足だけを鍛える専用のスキルでも使ったかのような見事な逃げっぷりだった。
「……行き違いがあったようだがね。何か、私を脅すだけの確かな証拠でもあるのかね?」
「今こうして俺がここに立ってんだ、証拠なんて代物はもう必要ねーだろ」
「分かった。……目的は、金だろう?」
見る見るうちにゲラスの脂ぎった顔が引き締まり、剥き出しの「商売人」の顔へと変わっていく。
腐っても馬の流通を仕切ってきた男だ。
潮の目と、自分の置かれた絶望的な立場くらいは瞬時に理解したらしい。
「もう、お前らが俺らを狙った分のツケは十分に払わせてやったから安心しろよ」
「ツケだと……?お前と直接言葉を交わすのは今日が初めてのはずだが。まあいい、無駄な交渉はよそう。払えるだけの金ならいくらでも払おう」
俺は足元に転がっていた遺品の兜の横に、あの血塗れの貝殻を放り投げた。
それを見たゲラスの、ただでさえ脂肪で埋もれた細い目が、限界まで見開かれる。
震える太い指で、奴は恐怖に引きつりながらその貝殻を拾い上げようとした。
――ガシャリ。
俺はその貝殻を、冷徹に軍靴の底で力任せに踏みつぶした。
白い貝殻は、無残に粉々へと砕け散る。
「さっさと家に帰らねえと、お前の家族まで一緒に死んじまいそうだなァ?」
ゲラスは、一百キロを優に超える巨体では到底信じられないほどの敏捷性で跳ね起きた。
売り物だった一頭の馬に飛び乗ると、狂ったように鞭を振り、銀行の喧騒を切り裂いて人混みを疾走していく。
「なんだ、なんだあのデ……!ゲラスさんだ!ひっ、轢かれるぞ!」
周囲の人間たちが悲鳴を上げて左右に避けていくが、ゲラスは速度を一切緩めない。
俺はそんな焦り狂うゲラスの背中を、別の馬に跨ってのんびりと追跡する。
目的地は奴の自宅だ。
道すがら、俺の頭の中で一つの結論が導き出されていた。
今のゲラスは、ここでただ惨たらしく殺すのは惜しい。
生かして手駒として使い潰した方が圧倒的に得だということに。
人間、守るべきものがある奴ほど必死になって働く。
家族という致命的な弱点を握り、恐怖を背負わせた上でコキ使う。
これ以上ない忠実な犬になる。いや豚か。
ゲラスがこれまで築き上げてきたノウハウや裏の人脈を、そのまま俺の組織のために利用してやった方が賢い。
ゲラス家の前に到着すると、ちょうど家から飛び出してきた奥さんとゲラスが抱き合っているところだった。
しかし、遠くの木陰からこちらを見据える俺の姿に気づいたのだろう。
ゲラスは必死に動揺を隠し、嫁を適当な言葉で言い含める。
その後、再び馬に飛び乗って俺の待つ場所へと全速力で駆けてきた。
家族に見られないよう隠れていた俺の前に、青ざめた顔のゲラスが飛び出してきた。
「……わかった。あんたの言う通りにしよう、従う」
「話が早くて本当に助かるぜ。奥さんも子どもたちも、これで無事で何よりだな」
「くっ……!はぁ、はぁ……で、私は何をすればいいんだ」
すでに日は傾きかけ、空はあかね色に染まり始めていた。
夕日に照らされた小高い丘の上、馬に跨った俺とゲラスの二人が静かに並び立つ。
広大な牧羊地の草が夕暮れの光を受けて赤く染まり、吹き抜ける乾いた風が草原に美しい波を作っていく。
悪くない風だ。心地よい静寂が二人の間を流れる。
しばしの沈黙が流れる。
俺は懐からロングソードを一瞬の抜き技で引き抜き、ゲラスの腹へと深く突き立てる。
「グハッ……!?」
ゲラスは苦痛に引きつった顔のまま、馬から転げ落ちるように地面へと崩れ落ちる。
風が、血の匂いを孕んだ草原の草を大きく揺らす。
「俺を無駄な殺人者にしたくないなら、ここで綺麗に自殺しろ。お前の誇らしい『家族愛』に免じて、選ぶチャンスくらいはくれてやる」
「家族を守るか、ここで無様に死ぬか選べ。……まあ、仮にここで放置してもお前は大量出血でそのまま死ぬがな。お前が死んで俺がファルッカ送りになったその日には、俺の部下を全員送り込んで、お前の家族の一人残らず皆殺しにしてやるよ」
ゲラスは苦悶に満ちた表情で、足元の牧草を両手で必死に掴みしがみついている。
口からはドロリとした鮮血がとめどなく溢れ出し、腹に突き刺さったロングソードの柄が赤く濡れていた。
ゲラスは震える両手で剣の柄をしっかりと握りしめ、自分自身の腹へとさらに深く押し込んでいく。
その血走った目から、涙と鼻水を流しながら、凄まじい執念で俺を睨みつけた。
「……約束しろ。アネムにも、子どもたちにも……絶対に手は出さないと……誓ってくれ……!ゲッ、ハァ……!」
「上出来だ。約束してやるよ、本当の誓いとな」
「アネム、ミリア、ロン……父さんがいなくても、お前たち……喧嘩したら、だ、駄目だぞ……。こんな馬鹿な父親で……ごめん、な……」
静かに妻にバレない様、唇を噛み締めるゲラス。
泣きながらゲラスは草原に膝をつき、そのまま力なく倒れ伏した。
出血の具合から見て、あと二、三分もすれば完全に息絶えるだろう。
俺はバックパックから、用意していた4サークル『グレーターヒール』のスクロールを2枚取り出した。
一気にロングソードを引き抜き、残されたわずかな時間の中で呪文を詠唱する。
「気が変わった、お前の命は今日から俺のものだ。スカライトの街に、新しい組織を作る」
「お前はその汚れ仕事を指揮しろ。万が一にも裏切るような真似をしてみろ、家族もまとめて一切容赦はしねえからな」
ゲラスは生き延びた歓喜に震えているのか。
それとも死の恐怖に怯えているのか、俺には分からない。
ただ、泣きながら何度も何度も俺の足元にしがみつき、感謝の言葉を呟き続けていた。
こいつはデブで、浮気性で、ゴロツキを雇って他人を平気で痛めつける生粋のクズだ。
だが同時に、我が子を心から愛する「父親」でもあった。
その歪んだ執着が、不思議と昔の仲間と重なって見えた。
本気で守るべきものがある人間は、自分を上回る圧倒的な恐怖の前に立たされたとき。
決して裏切るような真似はしない。
打算や利害関係だけで動く人間よりも、よほど信用できる。
何より自分よりも大切な存在を抱えている人間の生き様には、妙な魅力がある。
こうして、俺の部下は新たに二人へと増えたのだった。
お読みいただきありがとうございます!
ゲラスをただ処分するのではなく、家族という枷を嵌めて「最も信頼できる豚」として飼い慣らすという選択肢。主人公の冷徹さが少しずつ仲間を増やしていく流れです。
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