ドレイクと罠 5話
第5話です。
お読みいただきありがとうございます!
牙を剥いた悪党どもに対し、狸と覚醒したパルスが仕掛ける「見えない罠」とは――。
ざまぁと容赦なからないダークファンタジー、今回もよろしくお願いします!
待ち伏せの時間は数時間を数え、すでに日は頭上に昇って昼の熱気を帯びていた。
遮るもののない大草原に吹き抜ける乾いた風は、肌を撫でる分には心地よい。
が、その内側に孕む静寂は妙に重苦しい。
視界の端、地平線の向こうから不審な影が三つ。歩いてくるのが見えた。
着用しているのは、こんな猛暑のなかで正気を疑うような黒いフード付きのローブだ。
わざわざ隠密気味に姿を隠そうとしているのだろうか。
そのあからさまで形から入るだけの滑稽な出で立ちを見ただけで、連中の底の浅さが知れた。
本物のプロであれば、そもそもこんな昼日中に人間の目を引く真似はしない。
連中は俺と行動を共にしていないと遠巻きに見る。
パルスの周囲をまるで獲物を品定めするハイエナのようにうろちょろと歩き回り。
確認するのに三十分も費やしていた。
人の気配のないこの広大な草原で、そんな露骨に怪しい動きをしてるのは滑稽だ。
当事者であるパルスが気付かないはずもない。
俺が不在であると確信するや否や。
3人組はこれまでの警戒心をかなぐり捨てたように、途端に横柄な態度でパルスへと詰め寄っていった。
持参したブロードソードやメイスを無造作に振り回し、パルスが丹精込めて調教している馬たちを次々と傷つけていく。
そして、瀕死の馬のとどめを刺したのは、中央に陣取った魔法使いの女が放った『マジックアロー』だった。
それは1サークル目の攻撃魔法――詠唱の時間は短いものの、威力も低い。
馬には刺さるが、木には刺さらない程度だ。
だが丸腰の少年の精神を、恐怖で支配するには十分すぎる暴力の意思表示だった。
こちらの罠を貼った場所に来た。
これで、今回の「害虫駆除」の作戦は七割方完了したも同然だった。
「何でこんな酷いことするんですか……! 辞めてください、今ならまだ……!」
怯えながらも、絞り出すような強い拒絶の声を上げるパルス。
その声は、草原の風に虚しくかき消される。
3人組は下劣な笑みを浮かべ、そのリーダー格らしき男が前に出張ってきた。
男は愛用のブロードソードを地面に突き立てる。
両手の指をポキポキと鳴らしながら、挑発的な笑みを浮かべる。
「今なら何だって? ほら、かかって来いよ。生意気な真似をするからこうなるんだぜ、ガキが」
フードの奥から覗く顔は一切見えない。
しかし、その声質や言い回し。
生理的な嫌悪感を催させるだけの不快な響きがあった。
武器を誇示する三人が、丸腰の馬飼いの少年をよってたかって恫喝する。
血の気が多くて毛深い無精髭の男が、暑さに耐えかねたように乱暴にフードを剥ぎ取る。
片手で棘付きメイスを、力任せに振り上げながら怒鳴り声を上げた。
「あー、やってられねぇくらい暑いんだよ! おいこら、あの小賢しい大男はどうしたんだ、あぁ!?」
「ぷぷぷ、やめなよー、そんなに怯えてるじゃん。ねぇ、バーカ?」
それに同調するように、最後にフードを脱ぎ捨てた魔法使いの女。
小太りで容姿の崩れた、見るからに底意地の悪そうな面構えを露わにした。
性格も顔立ちも救いようがない。類は友を呼ぶとはよく言ったものだ。
3人組は完全にパルスを中央に閉じ込めるように包囲網を敷き、退路を断った。
もはや言葉の通じない相手だと悟ったのか、パルスは覚悟を決め相手を睨みつけた。
バックパックの奥へ手を差し入れ、一冊の羊皮紙を強く握り締めた。
「……わかりました。僕は、あなたたちを許しません。あなたたちも、僕のことを心ゆくまで恨んでください」
パルスが懐から取り出したスクロールを掲げ、低い声で詠唱の呪文を紡ぎ始める。
突然、パルスの足元に現れる魔法陣。
先ほどのマジックアローより複雑な魔法陣とエフェクトがパルスを包む。
その瞬間、3人組の空気が凍りついた。
特に魔法使いの女は、自分の足元を見失ったようにその場で腰を抜かす。
それも無理はない。
パルスが手にしているのは「六サークル目」の高等魔法。
普段から馬を相手にこき使われているような無害な小僧。
それが、一国の軍隊や高名な魔導士クラスでなければ扱えないような禁忌の術式を使おうとしているのだ。
魔法の素養がない者であっても、それがもたらす圧倒的な格の違いと死の気配くらいは本能で理解できる。
「は、早く殺して! このガキ、六サークルのスクロールを詠唱してるわよっ!」
女の金切り声を聞き、周囲の男二人も焦燥と恐怖に顔を引きつらせた。
目の前に手榴弾を投げ込まれたようなものだ。
拾い返すか、死物狂いで逃げ出すか以外の選択肢はない。
そもそも、大人数で群れて弱者を一方的に嬲ることしか脳のない連中だ。
恫喝はしても、直接命を奪い合うような死闘の覚悟など微塵も存在していなかった。
この世界において、正当防衛の例外を除き、故意の殺人や致命傷による殺害を引き起こした者。
例外なく「殺人者」の烙印を押される。
その末路は、システム・アリスの管理下で行われる並行世界――通称「ファルッカ」への自動的な身柄転送だ。
殺人者がファルッカに送られれば、数年は元のトレイメルへ戻ることは許されない。
そこは底なしの暴力と狂気が支配する最悪の治安の地。
殺人者が生きてトラメルに帰還できる確率は、五十人に一人と言われている。
六サークルの攻撃魔法を直撃させられれば一瞬で消し飛ぶ。
だが目の前の青髪の少年がそんな大それた真似を本当に実行できるとは、彼らには到底思えなかった。
――しかしパルスの口から紡ぎ出されたのは、周囲を焼き払うような破壊の呪文ではなかった。
空間の明度が揺らぎ、少年の姿が周囲の風景へと溶け込むように消えていく。
発動したのは、六サークルの隠密魔法――『インビジブル(不可視化)』だった。
「え……? なんだ、このガキ……って、インビジのスクロールじゃねぇか!」
さっきまで腰を抜かしていた魔法使いの女は、それが殺傷を伴う魔法ではないと気づく。
見苦しくもすっくと立ち上がった。
そして、ローブに付着した土埃や牧草の葉を乱暴に払い落とす。
恐怖に駆られて右往左往していた男二人を大声で笑い飛ばす。
「なんだよ、びっくりさせやがって!」
「ただビビって隠れただけじゃねぇか! スクロール一枚に何千ゴールドも無駄に使いやがって、バカじゃねぇの!」
事態の真相を飲み込んだのか、恐怖の反動からか。
3人組は腹の底から下品な哄笑を響かせた。
だが、彼らは根本的な事実を理解していない。
インビジブルの探知に必要な対抗魔法『リヴィール』
もまた、同じく六サークルクラスの高度な術式を要する。
つまり低級なゴロツキどもには、姿を消したパルスを暴く手段など最初から存在しないのだ。
「どんだけヘタレなんだよ! 何が『許しません』だ、あぁ!? この落とし前、どうつけてくれるんだよ!」
調子を取り戻した毛深い男が、再び凶悪な笑みを浮かべながらメイスを振り回す。
周囲に残っていた馬の死体に叩き込んだ。
残りの二人は地面に腰を下ろしたまま、愉快そうにその惨たらしい光景を眺めていた。
◆◆◆
――そして、引き金は引かれた。
『野生化』
ドレイクという生物は、あくまで人間に飼い慣らされた「モンスター」にすぎない。
調教の首輪や契約の枷を完全に解かれ。
飼い主からの命令(待機指示)という最後の糸さえ断ち切られた今。
ドレイクは、本能のままに飢えた凶獣へと立ち返る。
気配を断って微動だにしなかった赤き巨獣を縛るものは、もはやこの世界に存在しない。
「――グォォォオォウゥゥオォォウッ!」
突如として、何もない空間から巨大な咆哮が轟いた。
地鳴りのようなその声とともに、空間が歪む。
体長4メートルを誇る深紅のドレイクがその真の姿を現す。
座り込んで笑い声を上げていた魔法使いの女の目の前に、そびえ立つような巨体が覆いかぶさった。
「え……? うそ……これ、え……? ドレイク……!?」
青ざめた女の顔面に向けられ、ドレイクの巨大な顎の奥から赤黒い炎の塊が練り上げられる。
轟音と共に放たれた灼熱のブレスは、逃げる暇すらなかった女の上半身を正確に捉えた。
すさまじい衝撃波が周囲の牧草を吹き飛ばし。
女の肉体は二メートルほど宙を舞って後方の地面に叩きつけられる。
全身から黒煙を上げ、ピクリとも動かなくなったその姿。
一瞬にして命の火が消え去ったことを物語っていた。
「なっ……!?」
相棒の惨死を目の当たりにし、男2人はパニックに陥る。
血の気の多い男は叫びながら、背後からドレイクの翼めがけてメイスを振り下ろす。
しかし、硬質な鱗に阻まれた攻撃など、巨獣にとっては痛痒すらない。
次の瞬間、ドレイクのしなやかな巨体の尾が鋭くしなる。
血の気のいい男の胴体を容赦なく薙ぎ払った。
凄まじい遠心力を伴った一撃は、男の身体を紙屑のように吹き飛ばす。
威力は絶大で草原で数回バウンドしながら、地面に吹っ飛ばされる。
「うがぁああああああああああああああああぁっ……!」
肋骨が砕ける生々しい音と共に、男は地面に崩れ落ちた。
ブロードソードをその場に残したリーダー格の男は、すでに恐怖で正気を失っている。
背中を向けて文字通り、脱兎の如く逃げ出していた。
メイスの男は尻尾の一撃で意識を失っており、リーダーは躊躇なく仲間を見捨てたらしい。
ドレイクは地面に転がる気絶した男の方へと、ねっとりとした足取りでのそのそと歩み寄る。
言うまでもない。
肉食の猛獣が倒れた獲物に向かう理由は、ただ一つしか存在しなかった。
だが、ドレイクには決定的な弱点がある。
巨体がゆえに小回りが利かず、移動速度はそれほど速くない。
このままでは、一番の元凶であるリーダー格の男を取り逃がしてしまう。
俺は草むらの陰から音もなく飛び出し、逃走する男の進路へと先回りした。
「仲間おいて逃げてんじゃ……おぃおまえ小便もらしてんのか?」
全速力で走り抜けようとした男の顔面に、俺の拳が容赦なく叩き込まれる。
「グェッ」という汚い悲鳴とともに、男は鼻血を噴き出しながら派手に宙を舞い、地面に転がった。
「な、なんだ……おまっ……ひっ……!」
男が顔を上げると、そこには凍りついたような冷笑を浮かべた大男の姿があった。
恐怖のあまり、男の下半身からは生温かい液体が染み出し。
砂埃の混じった地面を濡らしていく。
鼻血と涙でぐしゃぐしゃになった顔を歪め、男は文字通り泥を舐めるように私の足元にすがりついた。
「み、見逃してくれ……! 何でもやる! 馬だって好きなだけやるから! 命だけは、命だけは助けてくれぇっ!」
男は嗚咽を繰り返しながら、俺に土下座して謝っている。
鼻血が地面にどんどん落ちてみじめだ。
俺は土下座した男の腹部を、思い切り蹴り上げる。
「おぃおぃ、俺が聞いた事に答える以外の行動してんじゃねーよ」
腹を抑えて、血まみれの顔で泣いているその顔は恐怖で染まっていた。
唾の様な血の様なものを、口から鼻からたらし必死に謝る男。
「漏らしました! 漏らしました! す、すいませんん!」
俺は、久々に味わう暴力の絶頂感に酔いしれていた。
これほどの恐怖を他者に植え付ける感覚。
それは、俺にとって最高の麻薬だった。
近くの地面に転がっていた、奴自身が捨てたブロードソードの鉄鞘を無造作に拾い上げる。
それは頑丈な鉄の管であり、人間の骨を砕くには十分すぎるほどの重量があった。
「『ほら掛かって来いよ、生意気だからこうなるんだぜ』――たしか、さっきそう言ったよな?」
ニヤリと笑いながら、私は鉄の鞘を思い切り男の右足めがけて振り下ろした。
重い金属音が静かな草原に響き渡る。
「ぎゃあああああああああぁっ! あぁっ、足が、足がぁ――!」
「あげますから! なんでもあげます!馬あそこで売っても平気です!命だけは」
雑音を無視して何度も鞘を振り上げ、叩き下ろす。
何度も、何度も、鈍い肉の潰れる音と共に鉄鞘が叩きつけられる。
男の両足は不自然な方向にくの字に曲がり、二度と自力で立つことすらできない状態へと変わり果てた。
これでもう、二度と走って逃げることなどできない。
「ぎゃあああぁぁ、うぅ、うぅ、ぎゃあああああ、もうやめてやめてー」
「よし、よくわかったようだな。暴力とはこういうことだ。もう二度と俺たちに逆らうなよ」
魔法のヒールが存在する以上、重症でも後遺症は無しで治る。
彼は死んだ仲間2人に比べ、生きてさえすれば御の字だ。
心の折れた男に尋問するも、依頼者は最初に死んだ女しか知らないそうだ。
恐らく真実だろう。
「じゃあ協力してくれたし俺は殺さねーよ」
「あ、有難うございます! 有難う御座います! 心をいれかえ 有難う!」
噛みながら叫び感謝を伝える男。
俺は震える男の顔を覗き込み、懐から一枚の赤い鱗を取り出した。
それは、雌ドレイクの生々しい熱を帯びた逆鱗のだった。
俺はそれを近くの木の幹へと深く突き刺す。
「ひ、ひっ……それ、なんですか……?」
「あぁ、これか? 雄のドレイクを呼び寄せるためのお守りさ。高価なプレゼントだろ? この匂いを嗅ぎつけて、あのデカブツが寄ってくるぜ。あんた人気者だなぁ」
男の顔が、恐怖の限界を超えて真っ青から絶望の蒼白へと染まっていく。
我が身に降りかかる死の予感に突き動かされたのか、男は折れ曲がった右足を激痛に歪めながら、這うようにしてその木から離れようと必死に地を這い始めた。
「急げよ、片足を引きずってどこまで逃げられるか見ものだ。見捨てた仲間のもとへ行くには、ちょうどいい墓場になるだろ……じゃあな」
ダメ押しに地を這う男の右腕を誤って数回踏みつけてしまう。
加減を間違えたのか、痛めてしまった様だ。
これで逃げれない、不幸な偶然だ。
殺してしまうと殺人者でファルッカ送りだ。程々にしないとな。
自分を舐めた人間の悲鳴は、何度聞いても甘美だ。
俺は背後で聞こえる男の阿鼻叫喚の声を背に、悠然とその場を離れた。
「録音できないのが残念だ」
木に刺した鱗につられ、メイスの男の内臓を食べつくしたドレイクが動き出す。
俺は遠回りして、ドレイクが居なくなったのを確認。
パルスのいた場所に近づく。
俺の来た方向から、ドレイクの食欲を満たすような新たな断末魔の叫び声が響き渡る。
すべては静寂へと飲み込まれていった。
俺の口角が抑えようとしても緩む。
「成功だな、おぃ大丈夫か」
何もないところからパルスが現れた。
魔法という物は怖いな。
「怖すぎて、寿命が縮まったよぉ。本当に怖かったよぉ……」
俺は死体の装備をはぎ取っていく。
金目の物はなかったし、安物だが。
非常に高い利用価値がある。
特にメイスを持っていた男の血まみれの兜。
呪いのアイテムを彷彿させる。
ドレイクの処理は、町付近におびき出せばガードが一撃で殺してくれる。
モンスターがガード圏内に入ると、テレポートしたガードに一瞬で殺される。
モンスターは殺意をもっているので、町で殺意をもって攻撃しようとすると死ぬわけだ。
足が遅いし、火炎玉はもう見た。
証拠隠滅もかねて後で俺がみずからやっておこう。
◆◆◆
数日後。
スカライトの街において。
馬を売るときに椅子の近くに、この血がこびり付いた武器や兜をおく。
邪魔をしようと画策してた行商人関係者の暴力担当が、行方不明になる。
その血だらけの遺品を、邪魔された本人が見せびらかすわけで効果は絶大。
この平和な町では、あの3人はそれなりに知れたならず物だったらしい。
システムアリスがある以上。警察はいないし、同業者は怖がる。
俺たちに逆らう者、あるいは不穏な噂を流すような愚か者は誰一人いなくなった。
最初は殺人の重みに耐えかねて青い顔をしていたパルス。
圧倒的な富がもたらす環境の劇的な変化によって、罪悪感が減って来た様だ。
人間という生き物は、どれほど歪んだ環境であっても。
脳が都合の良いように理屈をこじつけて正当化してしまう生き物なのだ。
この三日間で稼ぎ出した莫大な利益の大部分は今回の装備やスクロール代で消え飛んだ。
だが、そんなものはすぐに回収できる。
暴力の連鎖を制した者だけが、この世界の勝者として君臨する。
私たちは今日も、黄金に彩られた街の喧騒の中へと足を踏み入れていく。
「さぁー今日も売りまくるぞ! パルス夜はイエローキャブだぜ」
「はい! 頑張るね! おー!」
ここまでお読みいただきありがとうございます!
調子に乗っていた3人組がドレイクと狸の容赦ない暴力の前に文字通り
「駆逐」されるスカッとした展開をお届けしました。
ついにスカライトの街で敵なしとなった狸とパルスのコンビ、次なる野望とは――?
次回の展開もお楽しみに! よろしければブックマークや評価もよろしくお願いいたします!




