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バルキリに謝る 9話

ファルッカでの手痛い洗礼。自信の喪失。

狸の苛立ちの矛先は、八つ当たりへ。

プライドが高いと折れた時の衝撃もでかい。

スカライトの日常と、なにより自分の不甲斐なさをぶつけたバルキリとの衝突に向かっていた。


バキィ! ドゴォ!

 鈍い音と共に、クリーム色の土壁に穴が開く。

トラメルのスカライトの外れ、海岸の廃墟の壁だ。

俺はいつも考えがまとまらないと、誰もいないここに来ていた。



「あぁ! 糞いらつくわ! ふざけやがって! なんだ糞、俺は糞馬鹿か!」



 先日ファルッカからトラメルに無事帰った俺。

武器屋のジョシュヤは喜び、周りはさすが狸親分と持ち上げた。

だが、それが馬鹿にされている様で耐えられなかった。


 バルキリは勝手にファルッカへ行った俺を、皆の前で泣きながら罵倒した。

心配されてるのは分かるが、周りの目や自分へのいらつきと相まって。

俺は不機嫌な面でバルキリに悪態をついた。完全な八つ当たりだ。

俺に怒鳴られたあのバルキリの顔。

下を向いて、顔を上げた時の寂しそうな作り笑い。

そして俺の前から離れていった。

あんなバルキリの顔は見たことがない。

何をやっても、あの顔が頭から離れなかった。



「なんでお前の許可とらないといけねーんだ。うるせーよ黙れや」


「黙んないよ! なんでよ、私が心配しちゃいけないの?」


「俺の親でもなんでもねー他人だろうが」

 

「……そ、そうだよね。あはは、ごめん私なんかごめん最近楽しくてなんか……ごめん!」



 走り出すバルキリは、凄く寂しそうな顔をしていた。

泣いてぐしゃぐしゃの顔を隠す様に、下を向いて走っていった。

バルキリも飲み屋の女だ、色々と苦労もあったはずだ。

何より許せないのは、周りにかっこつけて失敗した自分だった。

実際パルスと俺とバルキリの三人で、この星で出来て一緒に生活した家族。

いや、俺が家族ごっこだった証明をしてしまったようなものだ。



ドゴォ!



 壁に頭突きをする。

土が砕けてボロボロと落ちる。

あれからバルキリは、イエローキャブにも出勤していない。

ずっとFでしてやられた怒りが吹き荒れ、バルキリの最後見た表情に変わる。

自分の心配事増やしてるのは、自分に他ならない。



「あーーーーーーーーーーー! 俺は糞馬鹿だ!」



 意気揚々と周りの助言を無視し、自信満々で鴨にされ。

のこのこ帰ってきた挙句に負けたのを隠し、心配してくれた身内に八つ当たり。

こんな男の事を人はなんと言うか? 答えはクズだ。

ギャンブル中毒のカスとやっていることが何一つ変わらない。


 体だけ強くした結果がこれだ。

周りは逆らわなくなり、目を見てものを言う人間は少なくなった。

自分勝手に振る舞っても誰も注意してくれない。

すべての責任は自分で取らねば、結局は自分に返ってくる。

調子乗った個人事業主の経営者と同じだ。



「まずは、責任を取らねーとな」



 女との喧嘩で男が悪いなら、速攻で謝るべきだ。

相手をいい女だと思っているならなおさら。

俺はプライドが高い。世間体や間を気にして、手ぶらで謝罪になんて行けない。

浜辺を歩き、何も考えられずにただ街を徘徊する。

行き交う人々のざわめきが、今の俺には一切届かない。

 気がついたら、昔バルキリがよく眺めていた花屋の前に着いていた。

当たり前のことだが、俺は普段花になんて微塵も興味がない。

プレゼントに花と言う発想も安易だ。

そんな自分を責めたいだけの言葉が脳裏をよぎる。

が、俺の足は花屋に釘付けだ。


いつも店先で座って花を眺めているバルキリの横に立ち。

暇そうに彼女を見下ろしていたあの日々。

あんな普通の日々が、今となってはひどく愛おしい。

思い出に浸っていると、どこからか声が聞こえた。



「あ、狸さん今日はお一人っすか!?」



 俺は周囲を右に左にと見回すが、人影は見つからない。



「それ、本気でやってたら結構ショックなっすけど!」



 下の方から声が聞こえた。

俺の目の前、いや、足元に小さな女の子が上目遣いでじとーっと俺を見上げている。

ここの店主であり、バルキリの幼馴染のハルナだ。

俺は咄嗟に、金貨百ゴールドほどが入った袋をハルナに渡した。

話始めさえすれば、自分を偽れる。

俺には、どんな時でもコミュニケーションだけは切り替えれる自信があった。



「おぅ! 釣りはいい、適当に花束を一つ頼む」


「よっよっと! こんなにかからないっすよー! まぁ頂きましょう!」



 俺が渡した金貨の袋を、両手で必死に受け止めるハルナ。

小学生レベルの小柄な体躯が、重みで右に左へとバランスをとるように揺れている。


 花屋の店先に立って似合わない花を買う。

勿論知識など皆無だから、ハルナに任せるしかなかった。

茶色いハーフエプロンに襟付きの白いシャツ。身長は140センチあるかないか。

清楚で元気そうな黒く長いポニーテールのハルナ。

身長が低いものだから、少ししゃがむと髪が地面につきそうになる。



「狸さん大きいんで、店の裏の材木置き場にいてくださいっす」


「客を邪魔なでかぶつ扱いしてんじゃ……」



周囲を見渡して、場違いな状況に気づく。

客は花屋だけに殆どが女性客で、俺を中心に空間が開いている。

敵意は感じないが、全員が俺を意識している。

もちろん異性の魅力ではなく。俺を知っているから余計怖がれない、そんな前提の恐怖だ。

ハルナと俺の会話に耳を集中している素振りまで感じ取れる。

俺に堂々と話しかける店主のハルナを称賛する声まで聞こえる。



「そうっすか? なら他のお客様と、お花一杯の店内で待ってて欲しいっす!」



 店内は白とピンクで統一された、まさにメルヘンなお花屋さんだ。

もう一度見回す店内は、客だけでなく。

店員まで全員女だった。

ファルッカに初めて行った時の血の様な赤いゲート。

それに負けずと劣らない圧迫感だ。

ならば、答えは決まっている。



「材木置き場って、この裏だな」


「やっぱそうなるっすよねー、まぁ期待して待っててくださいっす」



 しばらく、切株に腰掛けて色々考えていた。

バルキリの事やファルッカの事。

だがいくら考えても、バルキリの事になり正解が出ない。



「おっまった、せいっったしましたー! おっとと」



ハルナの身体と同じくらい、大きな花束を抱えたハルナがやってきた。

右へ左へと花束の重さに振り回されながら。

ヨチヨチとこちらへ向かってくる。

俺はハルナの小さい手から、その大きな花束をひょいっと持ち上げた。


 白いバラと、白い小さな下を向いた鈴のような花――スズランの組み合わせ。

量が多すぎて、こぼれんばかりの花束だが。

見事にすべてが白い花で統一されている。

ドヤ顔のハルナが、俺を下から見上げてニヤリと笑った。



「おぃ、随分と真っ白だけどよ。これでいいのか?」


「狸さん、ヴァルキリーさんに贈るんですよね!」



 なんで知っているんだ。俺は誰にも一言も言っていない。

心でも読むスキルとかあるのか、この世界は。

ただの花屋の少女のはずだろ。

黒い目をキラキラと輝かせて俺を見上げている。



「なんでそう思った?」


「え、本気で聞いてるんすか? あ、でも謝れる男性って本当に素敵だと思うっす」


「そ、そうか。誰にも言うなよ」


「お客様の個人情報は守秘義務があるっす! おまかせくださーい!」



 目の前でくるっとエプロンを回すハルナ。

そしてビシッと敬礼のポーズを取る。

低い身長と大きな黒目が特徴の、黒髪の美少女だ。



「その代わりといっちゃなんですが、お客様、約束っす! 中のカードは見ないでバルに渡してくださいっす」

「絶対うまくいくおまじないっす! フシシシシシ」


「お、おぅ」


 天然な男はイラつくが、天然な女にはどうしていいか分からない。

心から良かれと思って、自分基準で最善の行動するのが天然の特長だ。

舐める舐められないの問題から一番遠い所にいる。

しかもハルナは天然だが、決して馬鹿ではない。

またそれがこちらのペースを狂わせる原因だった。


 不良という生き物は、純粋な女や知的な女に惹かれる癖がある。

その反動なのかもしれないな。無い物ねだりというやつだ。

そんな馬鹿げたことを考えているうちに、俺はバルキリの家の前に大きな花束を持って仁王立ちしていた。

誰がどう見ても、女の家に花束を持った大男というのは目を引くだろう。

こういう耐性の無い俺。

さらっと気の利いた台詞も、自然なごまかし方も知らない。


ただドアをじっと睨みつける。意を決して、金具をノックした。

いつも鳴らしてるはずの金具。

無機質な音は、いつもの数倍長く重く響く気がする。


 五分ほど静寂が続き、中から出てくる気配はない。

今日もイエローキャブには出勤していないはずだ。

喧嘩して以来、何度も様子を見に来ていたから間違いない。

もう一回鳴らそうかと思ったが、ドアノブに触れた手に何の抵抗もなかった。

鍵がかかっていない。普通にドアが開く。

一応ハンマーの留め具を外し、警戒しながらそっと部屋へと足を踏み入れた。



「バルキリー、いんのか? お……」



 奥の寝室のベッドに、シーツにぐるぐる巻きにされたミイラのようなバルキリーが見える。

素足の先以外は、すっぽりとシーツに包まれているようだ。



「お、おう!」



 俺が声を上げると、ビクッとシーツが大きく揺れる。

そして右に左に震えながら、芋虫の如くごそごそと動き出した。

俺はすこし近づいて、話しかける。



「あ、あのよぉ」


「帰って! いいの、私なんともないの!」


「話できねーかな」


「話す事ない! いいから今日は帰ってよ」



 ……ぐ、ぐぅ、帰りたい。

面倒だからではない。

シンプルに気まずくて今すぐ帰りたい。

だがここで帰ったら、謝るタイミングも失ってしまう……。

そもそも、バルキリは今俺のせいで苦しんでいる。

俺が帰ったところで状況は変わらない。

その苦しみを放置して、「気まずい」なんて自分の都合だけで帰れるか!


 結局は、男の器量の問題だ。

女の苦しみを終わらせ、二人の思い出に変えるか。

それとも、ただ溝を悪化させるか。

何もできないなら男は帰った方がいいが、俺は逃げたくない。



「俺は人に謝るのが苦手だ。だが、バルキリが居なくなった人生なんて考えられねぇ。謝るチャンスをくれ」


「……」


「昨日の発言に、これっぽちも俺の本心はねぇ。悪かった、本当に悪かった」



 バルキリはピクリとも動かない。

もぞもぞしていた幼虫が、ついに蛹になったかのように静まり返る。

この沈黙が非常につらい。

だが、これ以上言葉を重ねても謝罪が薄っぺらくなるだけだ。

しかしこのまま沈黙が続けば、気まずさに負けて逃げ出したくなる。

俺の器量では、ここで一度引いて後日出直すのが賢明か――そう頭をよぎった。



「が、がらにも無く花束買ってきちまった……これ、置いとくな」


「……待って」



 シーツに巻き付いたままのバルキリが、芋虫の如くベッドの上で起き上がる。

のそのそと花束の方に近づき、シーツの中から出た細い手が花束に触れた。

花束の中に挟まれていた手紙に気付いたのか、手紙のみを拾い上げてシーツの中に引きずり込む。

手紙に何が書いてあるのか俺には分からないが、非常に気まずく、そして気になった。

真相はすべてシーツの中だ。



「お、おぅ。それな……」


「花……」


「そうだな、いや……」


「買ってくれりゅなんて……うぅ、思ってなかったぁ……」


「お、おぅ」



 いきなりシーツを跳ね除けたかと思うと。

白い下着姿のまま、泣きながらぐしゃぐしゃの顔で笑うバルキリ。

しらふで女の涙を見るのは焦るが、正直に言って――可愛かった。

いい流れではあるが、先ほどハルナに託された手紙の内容がどうにも気にかかる。

さりげなく、視線を彼女の手元のカードに移す。


 今日は五月一日。

その日は、友人や家族など愛する人や親しい人にスズランを贈るという、この世界の美しい習慣があった。

この世界でスズランの花言葉は『意識しない美しさ』。白いバラは『約束を守る』。

そしてそれらに共通した花言葉は『純粋な愛』だ。


 そんな意味を知ってか知らずか、手紙の内容を読んでいたバルキリの顔の温度が急上昇していくのが分かる。

俺が花言葉なんて洒落たものを考えて花を贈る男だなんて、一生思われていなかったはずだ。

バルキリは心の底から嬉しそうに目を潤ませており、今さらそれを否定する空気でもなかった。



「ハルナが書いてくれたんでしょ……でも、本当に嬉しい。ありがとぅぅ……!」



「俺が、悪かった。自分が情けなくて、当たっちまった」



「いいのぉ! 狸が人に謝ってるの初めて見たぁぁ! 有難う終わりになっちゃうって……。」



 俺は無言で泣きじゃくるバルキリを力強く抱き寄せ、その日はそのまま彼女の家に泊まった。

喧嘩をしたあとの男女というのは、どうしてこうも一気に距離が縮まるものなのか。

己の不甲斐なさを反省しながらも、どこか温かい幸福な時間を俺たちは過ごした。

この日だけは、ファルッカを忘れてしっかり寝れた。

どんなに忘れたくても、横にいる恥を思い出しもしなかった。

女って生き物は本当に凄い。



意地を張り続けた果ての自己嫌悪。

花屋の少女の粋な茶目っ気。

不器用な男の素直な謝罪は、無事にバルキリのの心へと染み込んでいったようだ。

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