酒と女と飯 2話
第2話更新です!
宇宙から逃げ延びた悪党・狸の異世界生活は、初日から全開でゲスく、そして順風満帆(?)に進みます。
プレイヤー(お坊ちゃんたち)と現実に生きるNPCたちの歪な関係性や、少しずつ見えてきたこの世界の裏側にもご注目ください。
それでは本編をどうぞ。
港町スカライト
――それは、中世ヨーロッパの箱庭をそのまま切り取ったかのような、活気に満ちた商業都市であった。
石畳の路地は開放的な雰囲気を演出し、店や学校、家々がのどかな景観を作り上げている。
沖合から吹き付ける潮風は微かに冷たく、周辺の丘陵地帯は降り注いだ雨を受けて青々とした緑を輝かせていた。
「……いい匂いだ。自然ってのはいいねぇ」
俺は、不敵な笑みを浮かべて街の雑踏へと足を踏み入れた。
本来であれば、新参者はまず銀行へと足を運び。
全財産である金貨を預けるのがこの世界の定石らしい。
だが、俺が選んだのは当然のように酒場であった。
街の北側に、一際賑わう巨大な飲み屋があるという。
酒なんて久々だ、乾いた口の中で生唾を飲み込む。
町の中心部にある銀行の周辺は、富と欲望を抱えた者どもでごった返していた。
青空市のような行商の声が飛び交い、値切る冒険者と売り子たちの怒号が響く。そこにあるのは、貨幣経済の皮を被った剥き出しの生存競争に他ならなかった。
「馬はいかがだぁ! 栗毛に赤毛、よりどりみどりだ! 今朝方捕らえたばかりの上物で450ゴールドぽっきりだよ!」
「賽を振って一攫千金を掴め! 掛け金は10ゴールドから1000ゴールドまで、全額受けて立つぜ!」
人々が熱狂に酔いしれている姿は滑稽だったが、それ以上に男の胃袋は限界を訴えていた。
宇宙船での逃亡劇が始まってからというもの。
口にしたのはカレーのルウを固めたような、異臭を放つ固形食糧がふたつだけ。
肉、野菜、チーズ――それらしい味付けはされていたが、総じて吐き気がするほどまずかった。
乗り合い馬車がずらりと並ぶ酒場の脇に馬を繋ぎ。
男はウェスタン映画のセットのような古びた木製の扉を押し開けた。
「いらっしゃいませぇ! スカライト自慢の酒場『イエローキャブ』へようこそ!」
薄暗い店内では、昼間から酒をあおる中年層の集団が下卑た笑い声を上げていた。
一角には全身を金属鎧で固めた冒険者崩れの三者、そしてカウンターには数名の男女が陣取っている。
昼下がりから泥酔とは、実に平和な愚か者どもだ。
これもまた、この星の日常の一幕なのだろう。
全身を鋼で包む連中は、その大半が金に物を言わせてアバターを購入した富裕層。
つまり「プレイヤー」に違いなかった。
男は周囲の詮索を避けるようにカウンターの特等席へ腰を下ろす。
メニューに目をやると、ワインボトルが10ゴールドと、驚くほど良心的な価格設定だった。
「エールと、適当につまみを見繕ってくれ」
カウンターの向こうでグラスを磨いていたのは、勝気な光を宿した二十代半ばの女性バーテンダーだった。
結い上げた亜麻色の髪から伸びる引き締まったうなじ。
ラフにまくったシャツの袖から覗くしなやかな腕が、荒くれ者の集まる酒場で場数を踏んできた者のタフさを物語っている。整った顔立ちはどこか色気を漂わせており、男好きのする容姿だった。
彼女は手際よく木製のジョッキを取り出し、表面に白い泡を滴らせた琥珀色の液体を注いで男の前に突き出す。
「見ない顔だねえ。その格好、まさか『F』から流れてきた口かい?」
キンキンに冷えたエールから漂う麦の香りに、男の喉が鳴った。
この文明を捨て去った星に、冷蔵技術など存在しないはずだというのに――冷えている。
男は迷うことなくジョッキを傾け、一気に喉へと流し込んだ。
五臓六腑を駆け巡る炭酸の刺激が、渇ききった肉体を容赦なく焼き焦がしていく。
「プハーッ……! 『F』だと? この星の勝手が分からない身としては、実に興味深い言葉だな。おい、お代わりだ」
俺は懐から十ゴールドの金貨を取り出し、彼女に惜しげもなくチップとして放り投げる。
空いたジョッキを下げながら、バルキリは艶やかな唇の端を持ち上げて面白がるように目を細めた。
彼女はカウンターの下から無造作に腸詰めを取り出し、木の皿に転がすように置いた。
「いい飲みっぷりだね。場数踏んでる人間のそれさ。気に入ったよ、これは私からのサービスだ。アタシの名前はバルキリ、よろしくね」
男は片手を挙げて礼の意を示すと、再びエールをあおり、腸詰めを一口噛み締めた。
パリッと心地よい音を立てて破裂した皮の隙間から、濃厚な豚の肉汁が口内を満たす。――美味い。
飢餓感を覚え続けていた肉体が歓喜を上げるように、フォークを持つ手が止まらなかった。
喉いっぱいの肉を飲み込む幸せ。
「俺の名前か? そうだな……『狸』とでも呼んでくれ」
偽名など犯罪者としての暮らしの中でいくらでも使い捨ててきた。
いつの間にか、本名よりもその獣めいた二つ名の方が裏社会に定着していたのだ。
「タヌキ? また変わった名前だねぇ。……いいよ、チップもらっちゃったし。この世界の『スキル』と『二つの世界』について教えてあげる」
バルキリはグラスを拭きながら、冷徹な現実を語り始めた。
「『F』っていうのはファルッカ――別名『カオス世界』のことさね。アタシも物見遊山で一、二度行ったことがあるけど、あんな場所はお勧めしないね。殺戮、窃盗、略奪、強盗、詐欺が日常茶飯事の地獄だ。弱者は文字通り、息をする間もなく死んでいく」
その言葉を聞いた瞬間、俺の眼光がわずかに、しかし鋭く輝いた。
だが、その内なる飢えた欲望を完璧に押し隠し、彼は平然とエールを飲み干す。
――これだ。これこそが、俺の求めていた歪んだ生態系にほかならない。
「そいつは随分と物騒な話だな」
「見たところ、あんたのその殺伐とした佇まいはファルッカーのソレだねぇ。向こうに馴染むタイプ相貌をしてるよ」
『ファルッカー』それはカオス世界に生きる人間の代名詞らしい。
彼女の口ぶりによれば、トランメルとファルッカはゲートで結ばれた並行世界であり、このスカライトという町もまた、それぞれの世界に同じ姿で存在しているという。
「大体ね、ファルッカの連中は最低限の武装で、対人戦闘に特化した武器や防具を好む。逆にトラメルのお坊ちゃん連中は、対モンスター用の過剰な装飾が施された装備で身を固めているのさ。ほら、あそこの連中みたいにね」
バルキリが顎で示した視線の先には、異様な威圧感を放つ三人の男がいた。
一人は全身を漆黒のフルプレートアーマーで包み、同じく黒光りする大剣と盾を携えている。もう一人は、頭から爪先まで眩い黄金の斧と重装甲に身を包み、背負ったマントまで黄金色に輝かせていた。
残る一人は、ファンタジーの絵本から抜け出してきたような、いかにも魔術師然としたとんがり帽子をかぶっている。
「あの装備の色は、使われている『鉱石』のランクを示しているのさ。あんな金ピカの格好をしているのは、有り余る金を持った貴族の駆け出しボンボンに決まってるよ」
彼女の解説によれば、この世界の武具の性能と価値は、使用されるレアメタルの色によって完全に規定されているという。
鉄 < 黒 < 金 < 桃 < 緑 < 青
特に、桃色のアガパイト以上の鉱石で作られた武具は、軽く百万ゴールドを超えるという。それはこの世界の片田舎であれば、豪邸が一軒建つほどの天文学的な金額だった。
そして何より、最高峰の鉱石はその危険なカオス世界でしか採掘できない。ファルッカの深部で掘り出された鉱石を、使用回数が厳格に定められた「伝説の金槌」で叩くことでしか、真の銘品は生み出せないのだという。金槌は一律三十回叩けば必ず砕け散るという消耗品であった。
「ふん……モンスターなんぞも、この世界にはうろついているのか?」
「あんた、本当に何も知らずに外からきたんだね? 剣と魔法のファンタジーに憧れてきたわけかい?」
「まあな。で、どれほど危険な代物なのだ?」
「大小合わせて十八のダンジョンがあってね。中には知性を持って争い合う亜人間種族だだっているさ」
まさに、徹底的に作り込まれた剣と魔法の狂気の世界。
俺の強化された肉体が、どこまで通じるか?
まぁ、他の人間より下駄を履いてるのは間違いない。
「おい、そこのバーテン! 俺たちを無視して、いい気なもんだな」
唐突に、冷徹な空気をつき破るように傲慢な声が響き渡った。
見れば、先ほど話題に上がっていた金色のフルプレートを着込んだ男だ。
足元をふらつかせながらカウンターへと歩み寄って来た。
どうやら泥酔しているらしい。
もっとも、頭をすっぽり覆う兜のせいでその表情を窺うことはできなかったが、声のトーンと立ち居振舞いだけで、箱庭で育った世間知らずのボンボンであることが痛いほど伝わってきた。
兜くらい外して飲めよ。
「これはこれは、お客様。何か聞き間違いでもございましたか?」
バルキリは冷ややかな笑みを仮面に貼り付けて応じる。
俺は、静かに腰を浮かせた。
体格や腕力にかけては、目の前の装甲馬鹿を遥かに凌駕しているという自負があった。
だが、こちらは完全な丸腰である。
魔法という未知数の武器も警戒するべきだ。
何より警戒すべきは
街のルールによれば、この「ガード圏内」で無用な流血沙汰を起こせば、星を管理するAIの鉄槌が下るはずだ。
隣に控える魔術師風のプレイヤーの存在も気にかかるが……この程度の小物であれば、対処のしようはある。
「おい、そこの髭面。この店員が俺たちを無視して侮辱したんだ。……何か文句でもあるのか?」
絡んできた金色の男が、泥酔した息を吐き出しながらこちらを睨みつける。
男はゆっくりと立ち上がり、その老練かつ圧倒的な威圧感を放つ悪党面をさらに歪めて言い放った。
「あぁ? この店員と話してたのは俺だが、何か文句でもあんのか、お坊ちゃん」
「なっ……なんだよおっさん! NPCの肩なんか持ってどうするつもりだ。俺たちは『プレイヤー』だぞ!」
その言葉を聞いた瞬間、男の心の中で冷徹な計算が働いた。
――プレイヤー。つまり、アバターに成り切ってる現実の富裕層。
男の身長は百九十センチを超え、異様なまでの鍛え上げられた筋肉と殺気を纏っている。
この星の平均的な住民の体格からすれば、異常なまでの巨体だった。
立ち上がっただけで、相手を威圧する。
目の前のプレイヤーたちは、想定外のプレッシャーに気圧されたのか、わずかに気後れした様子を見せる。
「……おや、これは失礼した。仲間が絡んですまなかったな、おっさん。まぁ、ここで揉めるのも野暮だ。一杯奢るから、これで手打ちにしようぜ」
先ほどまで威勢の良かった魔法使いの男が、慌てたように割って入り。
愛想笑いを浮かべて歩み寄ってきた。
NPCとプレイヤー――彼らにとっては、単なるゲームの延長線上にある身分差別の感覚なのだろう。
だが、他者を踏みつけることに慣れきったその態度が、俺の胸糞を最高に悪くさせていた。
「ほう……奢ってくれるのか。実は俺もさっきこの星に来たばっかでよ。大人げなくてすまなかったな」
「あ、お兄さんもプレイヤーかよぉ。先に言ってよーそれは本当に変な絡みを。おーい!プレイヤーだってさ」
様子見してた奥の男も会釈から、こちらに寄ってくる。
腐った選民思考だ。
ここの人間が現実に生きてることも知ってるだろうに。
男は底冷えのするような満面の笑みを貼り付け、背後のカウンターに立つバルキリへ意味ありげなウインクを飛ばす。会計の数値を意図的に釣り上げさせた。
魔法使いの男は、請求された金額の跳ね上がりに気付いて冷や汗を流していたが。
目の前の巨漢の威圧感に気圧され、虚勢を張るように先輩面で会計を払う。
「ひっ……250ゴールドだと!? ま、まあ、オークの9匹や10匹狩れば安い安い……!」
オークがどれほどの脅威か、男には知る由もなかったが。
こいつらの肝の小ささを見る限り、大した相手じゃないだろう。
久しぶりに喉を通った美酒の酔いも手伝い、男は面白がるように相手の肩を叩いた。
「さすがは先輩冒険者だ、気前がいい! いやあ、面倒なことにならなくて本当に助かったぜ。ご馳走様っす!」
その日の夜、俺はイエローキャブの喧騒を後にすると。
仕事上がりのバルキリを連れ立って別の隠れ家的な酒場へと繰り出した。
酒が進むにつれて、話題は自然とこの星の愚痴や、身勝手なプレイヤーたちへの悪態へと花を咲かせる。
バルキリは酔いが回るにつれて艶やかな頬を紅潮させ、甘えるように身体を寄せ、男の屈強な腕にしなだれかかってきた。
俺は拒絶することなく、その引き締まった腰に太い腕を回して優しく抱き寄せる。
衣服の上からでも伝わる柔らかく豊かな感触――酒精に彩られた夜の甘い誘惑に、拒む理由はどこにはなかった。
「バル、大丈夫か?」
低く囁きながら彼女の背に触れると、吐息混いの甘い声が零れ落ちる。
――間違いない。都市の夜を彩るバーテンダーとしての顔の裏で、彼女も必要とされ愛されたいに違いない。
巧みな話術で相手の自尊心をくすぐり、男としての魅力を印象づける。
ボディタッチへの反応を見る限り、勝負はすでに決していた。
彼女が俺の腕に縋る。
二人はそのまま近くの宿屋へと姿を消し、濃密な夜の闇へと溶けていった。
この星に逃げ込んだ初日。
タダ酒を飲み、寄ってくる女を抱く
――悪党にとって、これ以上ない順風満帆な異世界生活の幕開けであった。
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それでは、次回の第3話もお楽しみに!




