港町スカライト 1話
第1話です。
お読みいただきありがとうございます!感想やブックマークなど、よろしければよろしくお願いします。
どうやら、無事に着陸のプロセスを終えたらしい。
船内に、低く濁ったブザー音が響き渡る。
この宇宙港の周辺のみ、あの厄介な電磁パルスの影響が一時的に遮断される。
降下の瞬間のみ、パルスバリアがこの一帯だけ開く。
つまり、外部との接続を許すというわけだ。
この船を丸ごと乗っ取って宇宙へ逃げ帰る。
――そんな甘い算段は、着陸の衝撃と共に完全に霧散した。
宇宙船の船体は、地上に降り立ち数時間で溶解を始め。
わずか十分で跡形もない「ただの水」へと変貌する仕様になっているのだから。
着陸自体は可能だが、後戻りのための動力はすでに死に絶えている。
「――ブリテン星へようこそお越しくださいました。皆さま、どうぞ楽しいセカンドライフをお楽しみください」
エコノミークラスの客層を占めるのは、一獲千金を夢見た片道切符の移住者どもだった。
彼らは次々とハッチから吐き出されていく。
一方、ファーストクラスの客は別の専用出口から降ろされ。
大理石造りの豪華なホテルのロビーを模した待合室へと案内された。
豪華なホテルだが、電子器具は一切ない。
窓から下を見下ろすと、空港のすぐ脇に古めかしい馬車が何台も停まっているのが見える。
文明の利点をすべて剥ぎ取られた本物の中世がそこにあった。
最新鋭の宇宙港内と、剥き出しの荒野との落差が。
上空からでも一目瞭然に突きつけられる。
案内係の指示に従い、男――「狸」は地上へと降り立った。
ファーストクラスの特典として、乗馬用の馬が一頭。
片手で掴めるほどの革袋いっぱいに詰め込まれた金貨百枚が手渡される。
金貨の一枚一枚は、博物館のガラスケースの向こうで見た古代の銅貨ほどのサイズだった。
すべてが電子データで処理される世界で生きてきた人間にとって。
このアナログな重量感は異様な違和感を伴う。
骨董品か美術品のような代物だが、この狂った星では、この金貨500枚でやっと「馬が一頭」買えるらしい。
どうやらこの世界において「金」そのものの価値はそれほど高くなく、銀貨や銅貨といった下位の通貨概念は存在しない。
持ち歩くにはあまりにも不便な代物だが、一応は街に「銀行」なる施設が存在するとのことだった。
銀行はシステムアリスが管理しているらしく。
確実に安全だそうだ。
案内人の説明によれば、この近くに『スカライト』と呼ばれる港町があるらしい。
町への行き方は簡単だった。
物資を運ぶ乗り合い馬車の後をついていけば、自然とたどり着くという。
馬車の利用には金貨が必要になるが、生憎と無駄な出費をする趣味はなかった。
男はあえて馬車に乗らず、自ら馬を引いて歩く道を選ぶ。
馬に賭ける事はあっても、乗った事なんて無い。
ファーストクラスのボンボンどもはこぞって馬車に乗り込み。
エコノミーの連中はトボトボと徒歩で列をなしている。
その馬車や人の流れを追っていけば、確かにスカライトには着きそうだった。
鬱蒼とした森の小道を抜けると、奇妙な一団と青く輝く巨大な門が視界に入った。
パンフレットにあった、町と町を繋ぐための「転移ゲート」らしい。
もっとも、ゲートの魔力は町の中心へ直接跳ぶことを許さず。
目的の町から約1キロほど離れた郊外へと強制的に放り出される仕組みになっていた。
にしても、歩き通しで腹が減った。
慣れない馬の手綱を握り、人々の背を追い町への道を歩いていると。
背後から軽快な足音が追いついてきた。
振り返れば、一頭の馬に跨がった、西部劇の映画から抜け出してきたような三十代の男がそこにいた。
外見はどこまでも爽やかな伊達男だが。
この星に宇宙船から降りてきた以上、間違いなく中身は現実世界の人間――プレイヤーの疑似体だ。
「お兄さん、さっきファーストクラスにいたよね! 部屋が隣同士だったんだ」
「その厳ついアバターといい、そのリアルな軍服といい……相当なレア物でしょ? すげえなぁ」
ファーストクラスの客層である以上。
十中八九、億単位の金を投じた上級プレイヤーに違いない。
何らかの強力な「特別な何か」を隠し持っている可能性もある。
だが、その底の浅い物言いを聞く限り、警戒する価値すらなかった。
見事なまでの「カモ」が自ら網にかかりに来たと言える。
俺は髭面の悪党面を歪め、自らが出せる限りの気さくな笑みを貼り付けて振り返った。
「いやぁ、初心者なもんでさ。いろいろ教えてもらえると助かるよ。見ての通り、俺はこう見えて小心者でね。この服なんて株主特典で手に入れたけど、正直俺の趣味じゃないんだよねぇ」
こちらの身長は190センチを超え、全身に鋼のような筋肉を纏い。
無精髭を生やした老練の厄介者だ。
おまけに、着用しているのは宇宙連合軍の生々しい逃亡用制服であり。
ゲームの安っぽいアバターなどではなく「本物の生身」だった。
目の前で目をキラキラさせているカウボーイ風の男は、その物騒な軍服の意匠を物珍しそうに凝視している。
見た目はダンディな伊達男だが、その内面は世間知らずのボンボンのガキに違いなかった。
「あ、僕のキャラ名、ロビンっていいます! いやあ、それにしても忠実度が高いアバターだなー! めちゃくちゃよく出来てるよ」
そりゃあ本物の制服なのだから、忠実度もクソもなかった。
それにしても、これほどまでに人を疑うことを知らない愚鈍な生き物がいるものか。
見た目と中身の絶望的なギャップに、吹き出しそうになる笑いを必死に押し殺す。
「株主ってことは、エトロアーム社の株主様……つまり、大富豪じゃないですか!」
一瞬、何の冗談か理解できなかったが、どうやらこの世界を裏で構築した巨大企業の名前らしい。
そういえば、現実世界の金融市場で、裏で糸を引く企業の債券くらいは目を通した記憶があった。エトロアーム社といえば、宇宙規模でも耳慣れた名だ。
「現実の金には困っちゃいないさ。……どうだ、よかったらそのアバターの服と、俺のこの軍服を交換しないか? ついでに利息代わりにゴールド添えてくれたら、手っ取り早く得だぜ」
十数分後。
鼻歌を機嫌よく口ずさみながら。
国連軍の純白制服を誇らしげに纏ったカウボーイ崩れの男――ロビンは、満足げに去っていった。
あまりに素直に懐に入ってきたため、面倒になって適当な嘘をついて追い払ったが。
結果として手元には二百ゴールドもの金貨が転がり込んできた計算になる。
手に入ったカウボーイ風のダサい服を、男の好みに合わせて手荒く仕立て直す。
シャツに縫い付けられていた無駄なフリフリの装飾をすべて引き剥がし、頑丈な茶色の革皮だけを残すと、それなりに野趣あふれる頑丈な野戦服へと生まれ変わった。
元が上等な素材だったのか、革鎧としての防御力はなかなかのものだ。
ただの軟な加工なら素手で引きちぎれるところだが、装飾だけが綺麗に剥がれ落ちてくれたのは僥倖だった。
街への道を歩む道中、原住民――
すなわち、この星で生れ落ちた「現地人」たちの姿もちらほらと見かけるようになった。
過半数以上の人間が纏っているのは、粗末な羊毛で作られた製品だった。
現代の衣類に例えるならば、ぶかぶかの無地Tシャツのようなチュニック。
簡素な布切れを縫い合わせただけのズボン。
女たちは一様に、色褪せたワンピースか、チュニック風の上着とスカートの組み合わせで身を固めている。
彼らはこの星の土を踏み、この星の空気を吸って育った純然たる地元民に違いなかった。
この過酷な世界において、自分の足で歩くのではなく「馬」に跨がっているだけで。
どうやら中流階級以上の身分が保証されるらしい。
宇宙の彼方から転がり込んできた人間どもは一律に「冒険者」と呼ばれ。
この世界の厳格な身分カーストの枠外に置かれる特異な存在だった。
――王族、貴族、市民、そして奴隷。そのいずれにも属さない。
法外の異物。それが冒険者という肩書の本質らしかった。
そんな無駄な思索に浸りながら歩を進めていると、やがて視界が開け、目的の町が姿を現した。
アナウンスが頭の中に流れる。テレパシーか?
「ガード圏内に入りました」
一瞬焦ったが、同じ表情をしてる新参者もちらほら騒いでいる。
現地人からすると当たり前の様だ。
この港町スカライト。
驚くべきことに、その町には城壁も防衛用の柵すら存在しない。
のどかな牧草地のなかに、まるで当たり前のように家屋が点在しているだけだった。
一見してセキュリティは皆無に等しいように思えるが。
ここが絶対的な「ガード圏内」と呼ばれる安全地帯なのだという。
その領域内で他者に対して殺害または明白な殺意を抱き、故意に危害を加えようものなら。
どこからともなく飛来する「ガード」の圧倒的な処罰によって一瞬で命を刈り取りられる。
たとえどれほど巧妙に身を隠そうとも、星を管理する自律AI『アリス』の網の目を潜り抜けることなど不可能であり、いかなる悪事もその場で見逃されることはない。
もっとも、殺意を伴わない小競り合いや。
単なる派手な喧嘩程度であれば、どこぞの牢屋へと一定時間強制的に転送されるだけで済むらしいが。
塩梅は覚えないとな、こちとら生身だ。
装備無しで空間転移機能持ちサイボーグに勝てるわけがない。
――法と暴力が表裏一体となった、あまりにも住み心地の悪い安全地帯。
宇宙警察に追われて、あの地獄の星で永劫監禁されるくらいなら。
ここは天国だ。草も土も空も本物だ。
仮想現実世界をイメージしたこの世界は、夢にまで見た自由。
仲間を解放できるかもしれない希望。
そしてやっと手に入れた本物だった。
男は鼻歌を歌いながら、雑踏の中へと足を踏み入れた。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
知らない街に行ったらどの施設に行きますか?
狸は欲望直球 お酒です
次回もぜひよろしくお願いします。




