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家族 15話

正規軍の物資部隊を強襲したオークスカウトの群れを次々と血祭りに上げ。

「鬼狸」はついに敵大将であるオークリーダーを討ち果たした。

圧倒的な暴力で戦場を蹂躙する主人公の前に、今度は一組の「家族」が立ちはだかる。

命のやり取りの果てに突きつけられた、予想外の光景とは――。



ヒュンッ!


風を切る不気味な音が響く。

俺の頭蓋骨を正確に射抜こうと、黒矢が飛んできた。

それを最小限の動きでひらりと躱す。

矢が来ると分かっていれば当たる事はない。


 俺は黒矢の攻撃を放置し、恐怖で逃げ惑うオークを薙ぎ払いながら。

オークの弓兵本隊めがけて全速力で駆けだした。

距離さえ詰めてしまえば、遠距離攻撃しか能のない弓兵どもなどただの肉の塊にすぎない。



「お前にかまってる暇はねぇんだよ! ざまぁみろ、手柄の山だ!」



俺は興奮の冷めやらぬまま、ハンマーを振り回しながら突進する。

弓兵たちを必死に守ろうとしていた数少ない歩兵オークたちも。

俺の殺気を見て慌てて道を開けるように逃げ出していった。

柵すらない、ただ小高くなっているだけの丘の上に、大勢の弓兵がうろたえながら密集している。



「ヘベーヤウ! ベーギィキィッ!!」



弓兵のオークどもはすっかり恐慌状態に陥り。

丘の上から我先にと転げ落ちるように逃げ出し始めていた。

150匹とはいえ、部隊としては小規模程でパニック状態だ。

身を挺して戦線を支えるべき強者たちが次々とミンチにされ。

前からは正規軍、後ろからはこの鬼神のような俺が迫ってくるのだから。

蜘蛛の子を散らすように逃げ出すのは自明の理だった。

だが、あろうことか連中は俺とは逆の方向へばかり逃げていく……腰抜けどもめ。



「ッガッ! ガガガガアアアアアアアアアアッ!」



そんな逃げ惑う群れの中、粗末な腰巻きとボロの毛皮の胸当てをまとった――どう見てもまだ子供のオーク。

小さな片手斧を振りかざして真っすぐこちらに向かって走ってきた。

まだ生え揃っていない小さな牙を剥き出しにし、恐怖を押し殺すような咆哮だけは一人前だ。

よりによってこの地獄の戦場で俺に向かって突っ込んでくるとは、よほど頭悪いガキだ。

まぁいい、ちょっと脅して肝を冷やさせてやるか。

俺はハンマーを軽く振りかざし、威嚇の姿勢をとる。

大人のオークが逃げる中、子供のオークは一直線に俺めがけて無謀な突進を続けてくる。



「っへ! ガキのくせに、いい度胸じゃねぇか!」


「ガアァァァッ!」



十分に間合いが詰まったところで、俺は地面を抉る様にてハンマーを振る。

地面から大量の土砂が巻き上がる。

その荒々しい砂利を含む土のシャワーが、子供のオークの全身を直撃した。



「石のシャワーの味はどうだ、坊主? ハッハハハハ! ……ん?」



だが、子供のオークは飛散する土砂や小石をまったく気に留める様子もない。

顔中を血だらけにしながら突っ込んできた。

小さな手斧を固く握りしめ、二度と戻れない覚悟を決めたような、不退転の瞳がそこにあった。



「ガアアァァァっ!」


「……なるほど、立派な一人の戦士だな。舐めてて悪かったわ」



大人のオークどもが蜘蛛の子を散らすように逃げ出しているというのに。

たった一本の手斧で単身接近戦を挑んでくる子供。

俺は構え直したハンマーに力を込め、一撃で、苦しませる間もなく絶命させてやろうと考えた。

ガキを殺す趣味などないが、こいつはもう立派な「敵の戦士」だ。

俺のハンマーは、電光石火のスピードでオークの子供の頭部をとらえた。

風を切る重い鈍い音が、周囲の空気を切り裂く。

一撃ですべてが終わる。

この戦士を倒し、敗残兵を殺す。



「グチャッ!」



鈍い破壊音とともに、オークが吹っ飛び鮮血が宙を舞う。

だが――その血は、目の前の子供のオークの血ではなかった。

ガキを覆うように飛び込んできた、黒いローブですっぽりと顔を覆った痩せ型の影。

――黒い弓を背負った一匹のメスオークが、子供を庇うように俺のハンマーの軌道に割り込んできたのだ。

正確に右肩あたりに俺のハンマーが直撃したらしく。

痩せた右腕は不自然に折れ曲がり、白い骨が皮膚を突き破って鮮血が噴き出している。



「ガ、ガグガッ! アロっ、ガグググガッ……」



 子供のオークが、激しく吹き飛ばされて地面に倒れ込んだ痩せたオークめがけて。

必死の形相で走り寄る。

顔見知りのようだが、何を叫んでいるのか言葉の意味はまったくわからない。

先ほどまで殺意剥き出しの決死の戦士だったはずの子供のオーク。

今やただ泣きじゃくる普通の子供の姿に戻っていた。



「ふっ……すっかり興がそがれちまったぜ。あぁ? あのときの黒い弓に黒い矢……てめぇが例の野郎か」



俺は青筋をこめかみに浮かせ、地面にうずくまる痩せたオークへと歩み寄る。

我が物顔で黒矢を撃ち込んできたその借りを、ここでしっかり返さなくては気が済まない。

ボソボソと聞き慣れない言葉で何かを呟いているので、俺は邪魔な黒い弓を足先で乱暴に蹴り飛ばし、その胸倉を強引につかみ上げた。


頭に被っていた黒い頭巾のローブが剥ぎ取られ、その顔がむき出しになる。

浅黒い肌をしてはいるが、骨格や顔立ちは人間の女性と見紛うほどによく似ていた。

長く伸びた黒髪はドレッドヘアになっており、右サイドが綺麗に編み込まれたアシンメトリーの髪型。

まるで女性ダンサーを彷彿とさせる。

筋肉質でしなやかな、文字通りの美女と言ってもいい容姿だった。



「っち……なんだ、こいつメスかよ」


「ユ、ユウキ……ニゲテ……イキテ、ゲンキニ……」



先ほどの大斧のオークリーダーと同じように、このメスオークも人間の言葉を解するらしい。

「ユウキ」というのが、さっき手斧を持って突撃してきたあのガキの名前か。

いったいどうなってやがるんだ、まったく……。



「アロオオオオオォオッ!」



先ほどのガキ――ユウキが再び手斧を握りしめ、涙を流しながらこちらへ突進してきている。

俺は片手でメスオークの胸倉をつかんだまま、容赦なくその小さな体を蹴り飛ばした。

ユウキはゴロゴロと乾いた地面を転がっていく。



「ユウキッ! ……オネガイ、ニゲテッ!」



 俺はメスオークの首筋に力を込め、その体を地面から無理やり持ち上げる。

そして殺気を込めた鋭い眼光で、その女の顔をまじまじと睨みつけた。



「おめーは自分の心配でもしてろよ! あぁっ? これ以上俺をイラつかせんじゃねぇぞ」


「コ、コロシテ、クダサイ……ダカラ、アノコダケハ……ッゴホッ!」


「あぁっ?」


「ワタシ、アロー。アナタノ、コロシタ……ブユウガ、オット。ユウキハ、ワタシタチノ、タイセツナ、コ……」



俺の頭の中で散らばっていたピースが、一気に繋がっていく。

俺がさっき頭を砕いて殺した羊の骸骨をかぶった大斧戦士が「ブユウ」。

そしてこのメスオークが「アロー」。

このガキのユウキは、二人の間に生まれた子供というわけだ。

自分の父親が無残に殺されるのを目の前で目撃し、父親と同じ獲物の手斧を持って単身で突撃してきた。

その我が子を殺させまいと、母親であるアローが身を挺して庇いに飛び込んできた――。

俺は無造作にアローの体を地面へと投げ捨てた。



「ッグフッ……ユウキ……ユウキ……」



折れていない左腕を必死にユウキの方へと伸ばしながら、掠れた声で何度もその名前を呼び続けている。

ユウキのほうは、衝撃でその場で気を失っているようだった。

目の前に転がっているのは、どちらもほんの少し前まで俺の命を狙っていたオークの生き残りにすぎない。

こいつらは命を賭けた賭けに負けた、それだけの話だ。

この親子を逃がしたところで。

ユウキが成長すれば、いつか俺の「夫と父親の仇」として必ず牙を剥いてくるだろう。

俺はハンマーの柄を強く握りしめ、とどめを刺そうと頭上に振りかぶった。



「オカアサン、ゴメンネ……ユウキ、マモレナイ。ワルイ、オカアサンデ、ゴメンネ……」



アローは抵抗するのをやめ、ただ片手で息子のほうへ手を伸ばしたまま、静かに目を閉じた。

これから自分がどうなるのか、その結末を痛いほど理解しているのだろう。



「……っく」


「あああぁっ! うぜぇぇえっ!」



 ハンマーを何度も構え直すというのに、なぜかどうしても振り下ろすことができない。

俺はいつの間にこんな甘ったれた性分になってしまったんだ?

合理的に考えれば、ここで確実に息の根を止めておくべきなのは明白だ。

なのに腕は、頭でどれほど「殺せ」と命じても。

構えたままピクリとも動かなかった。



「おい、こっちだ! 生き残りがいるぞ!」



 不意に、背後からガチャガチャと重い鎧の擦れる音が響いてきた。

長槍を手にした傭兵の男たちが、血相を変えて走り寄ってくる。

チェインメイルやボロボロの皮鎧を身にまとった連中が六人ほど。



「まだオークの生き残りがいやがった! みんなに殺せ!」



叫び声に反応するように、気絶していたはずのユウキが意識を取り戻した。

子供はすぐさま俺の足元をすり抜け、無我夢中で母親のアローのほうへと這っていく。

転びながら、もはや四足歩行の野獣のように必死に泥を掻く。

そして、ぐったりと倒れるアローの体にすがりつくようにしがみついた。



「アロッ! アロッ! アロっ……! グガ、グアガア、アロォッ!」


「アァ……ユウキ……」



折れていない左腕で、ボロボロになった体に鞭打ちながらアローはユウキをしっかりと抱き寄せた。

二人は互いに顔を血まみれにしながら、ただ震えて目を閉じている。



「おっ、こいつはあの黒弓のメスオークじゃねぇか! そこの兄さん、お手柄じゃねぇか!」


 俺は、目の前で地に伏す二匹の――いや、二人の姿をただ茫然と見つめていた。

傭兵たちが足音を荒らして近づいてくる。

このままこいつらに任せて、連中にオークを始末させれば楽だ。

頭の中で様々な感情が激しくぶつかり合っていた。

だが俺は結局、その場に背中を向けることで「合理性」を選ぶことに決めた。



「いやぁ、こいつはとんだ大金星だぜ! 兄さん、この黒弓の女、噂通りさだが……まさかメスだったとはな」


「あぁ」


「しかもこのメスオーク、上玉じゃねぇか。おい、お宝だなこりゃ」


「マジかよ、ひゅーっ……!」


皆一様に無精髭を生やしているが、正規軍のような統一感はなく。

どこか薄汚くて下品な雰囲気を漂わせている。

その中で、一番偉そうにふんぞりかえっていた一人の男がアローに近づく。

ガチャガチャと音を立てながら腰のベルトを外し始めた。

その男の身体的特徴というか、アゴがしゃくれている。

一瞬、亜人の類かと思ったレベルだ。


「俺はシレネってんだ、よろしくな! 兄さん、もう味見は済んだのかい? いやぁ、もしよけりゃ俺に譲ってくれよ」



こいつら、目の前の血だらけのオークを相手に一体何を始めるつもりだ?

いやらしい舌なめずりをしながら。

下劣な笑みを浮かべた男がアローの体を卑しい目で舐め回すように見つめている。

シレネの後ろに控えていた他の手下の傭兵たちも、口々に品のない嬌声を上げながらニヤニヤと順番を待っていた。

シレネがねっとりとした手つきで、アローのボロボロのローブに触れようと手を伸ばした。


その瞬間――



「いてぇっ! このガキ、噛みつきやがったな!」



我が身を挺して母親を守ろうと、ユウキがシレネの腕にガブリと噛みついたのだ。

シレネは苛立ったように顔を歪め、空いていた反対の手でユウキの頭を容赦なく殴り飛ばした。

所詮はオークの子供だ。人間の大人には到底かなわない。

ユウキは激しい音を立てて吹き飛ばされ、背中から地面に強く叩きつけられた。



「ッガゴッ!」


「ユウキッ! ……ウウッ、ウ……」



再びアローのローブに手をかけようと、シレネが冷酷な笑みを浮かべる。

物心つかない幼い子供の目の前で、母親を――。

そんなクソ以下の外道どもがやろうとしている悪事。

俺が、傍観という形で、今まさに加担しようとしている。

傭兵仲間たちとのくだらないコネクションのために、薄ら笑いを浮かべながら傍観している――。

このアローもネームドだ。人間を沢山殺している。

戦場にそんなオークの女が入れば、自業自得の展開だ。

今の俺は、人間だ。




「――やめろ」



俺が自分で思考し決断するよりも早く、その言葉が勝手に口から零れ落ちていた。

書いてる内に、想定とどんどん物語が狸らしく変わる。

なんかノってます

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