第二話
翌朝ーー午前五時夏頃
全く。昨日、父が無駄に使った時間を思い出して、イライラして頭が来る。私は怒りを爆散して、手に持っているゴミの山をゴミの置き場に放り込んだ。投げて、八つ当たりに蹴り出して、幸いなことに中身だけは散らしていない。
「喰らえーーーあっ」
最後の一発は本当に散らかしている。慌ててそのゴミを拾い直してる私は自分の事を何とアホな態度を取ったかと考えてしまう。
「まあぁ、いいや」
片付け次第、私は直ちに屋敷へと戻る。
庭の掃除、居間の掃除などしている。
「アイラ先輩。おはようございます」
「えぇ、おはようございます、リム」
使用人としてこの屋敷で就任されたとしても、使用人にはメイドなりの礼儀作法がある。例えば、メイド同士であってもニコニコとした笑顔を浮かべて、互いを挨拶し合い、勤務中は敬語が必須と。
その他にも、外見や服装のルールもかなり厳しい。長めのスカートを履くとか、エプロンを着るとか、爪は短くしろとか。
とにかくいっぱいだ。
「どうかされましたか、リム?」
「ご主人様は今日は早めに上がって良いとの事を伝えに来ました」
「そうでしたか、でもどうしてなのかしら?」
「『今回は一週間くらい、気楽に遊んでこい』との事でして、ご主人様もアイラ先輩の心をもっと理解したいと」
居間の階段辺りを掃除する手がつい止めてしまった。
「もっと理解したいだと?あれはどうせ私に怒られたから、謝罪として『今回だけ緩めにしてあげよう』と言いたいだけでしょうね」
「同意ですね、あはは」
リムちゃんは小笑いして、共にあの男の陰口をする。
メイドにして、あの男の娘である私はこのような陰口ははしたないかもしれないが、一応『娘』の肩書を利用して陰口をいっぱいしていこうと考える。
「はぁぁー、陰口で疲れるんですね。あはは」
「手、止まってますよ。先輩」
「おっと、いけないいけない」私は再び作業にかかり、家の一階を素早く綺麗に掃除する。
この作業は一人でやった訳ではないから、リムちゃんや他の使用人の手助けで昼間まで終えられた。
掃除や仕事を終えた私は着替え室で着替えて、外出準備をしていた。
◇◇◇
「汝はいつか災いを受けるだろう」
「災いって何?」
暗紫色のカーテンで包み込まれ、完全に陽の光が遮られた。唯一無二の光はテーブルの中心に置かれる占いの盤だけ。
魔術師かつ占い師の年寄のおばあさんはタロットカードを五枚置いて
「そう焦るでない、若僧が。ワシはまだ読もうとしている」
それに対して、アイラはただワクワク感を抑えて、赤らめた表情で「はい!」と頷いた。
一方、アイラの傍らに座る友人は「げっ、占いかよ」と声を漏れ出した。
「『げっ』って何じゃよ!ワシは優秀な魔術師じゃぞ!」
「嫌、何も…」
「うるさい、さっさと黙れ。占い中じゃぞ!」
占い師のおばあさんはカードに魔力を込めて、呪文を唱える。五枚のタロットカードは絵を無くし、それぞれ宙に浮いてる。
最後に復唱し、占い師のカードは強く光りだした。
「うわっ、眩しい!」
唐突に光ったから、アイラはつい両目を閉じる。
光が段々と和らいでいくのを感じて、目を開ける瞬間五枚のカードから新しい絵が掲載された。
「ふむふむ、やはり。間違いないじゃのぉ」
「何がですか?」
アイラは唇の両端を上げて、尋ねた。
「若僧、魔法を使うのを控えめにせんと、災いがやってくる。それも大きいのじゃ。ほら、この魔術師の絵を見なさい」
浮いてる一番ど真ん中にあるカードを取って、そこで載せられたのは剣を抱える魔法使い。次にその一番目の左に暗紫色まみれのカード、特に絵は無し。
そして、その左の端には三日月の絵柄があった。
中心から右側はハートのマークと空だった。
漆黒に塗られたようなカードになっていた。
「へえ、魔術師が剣を…」
「ワシにはこの絵が出るのが初めてだから、どういう意味か知らんのじゃが、とにかく魔法を使うのは辞めなさい」
そう断言されると、アイラは顎を添えて、深く考える。(魔法を使うな、かぁ…嫌だなぁ、これ)
アイラにとって、魔法はかけがえのないもの。いかに世間から咎められようがいまいが、必ず魔法を使いたい。
「ふううん、嫌ですねぇ〜。魔法を使いたいです!」
「なっ!」
「やっぱりかぁ」
占い師は驚愕したあまり、言葉を無くす。
「若僧、今何をいっとるのじゃ!正気か!?」
「嫌、本気で魔法を使いたいですね。私の夢の一つは魔法で世界平和をもたらしたいと考えています」
アイラは立ち上がり、手を広げる。両端の唇を極限まで上げて、そのニコニコとした笑みはどこか若者らしいではある。
それにひきかえ、傍らの友人は「やれやれ」と呆れるようで、先に室内を退出した。
「ぐぬぬ、それは夢でしかない!夢は夢だ!お前さんには絶対災いがやってくる」
「あ、もういいです。その言葉はもう慣れっこなので」
「ーーーはっ?」
急変に情熱の勢いを無くしたアイラはお金を取り出し、占い師に渡す。
「お代は要らない……とにかく、魔法を使うな!さもないと世界が滅んでしまう!」
どこか怯えているような声色になった占い師。だけど、占い師の言葉を構わず、アイラは背を向けて
「なら良かった。実は私、この占いには慣れっこなんですよ。良く出るんです」
最後にお代がただになったとの事で、アイラは直ぐに占い室を出た。
最後に残された占い師は呆然とし
「はっ?」
◇◇◇
「良いのか、これで?」
男―――新之助。家名はない。
新之助は綾正愛楽の唯一の親友。彼は首の後ろに手を乗せて、アイラに軽口でそう尋問する。
アイラは彼の顔を横から見て、市場の道路を歩む。
「何に?」
「さっきの占いだよ。慣れっことはいえ、お代を払わずに良いのか?向こうも金を求めるはずだし」
「あっちが『お代はいらない』って言ったから、別に良いと思うよ。それに、何回も同じ結果になった訳だし、別に良いや、って思うよ」
「だとしてもだ。金は金。はぁ―――」
言い切った新之助はアイラの言葉で呆れる。
「そういえば、喉は渇いたし、この真夏で何か飲もうか?」
話題を切り替えたのが新之助だった。彼は彼女の抽象的な趣味にはもううんざりに近かったから、できるだけ話題を変えたいと考える。
新之助は約五〇メートル先にあるジュースの屋台に指を指して指摘する。
「じゃ、あたしはオレンジジュースで。ここで待ってるね」
適当に辺りでしゃがんでる彼女の態度に新之助は溜息をつく。やはりアイラはアイラだと、自由気まま過ぎる、と新之助は内心で呟いた。
「分かった。今回はお前の奢りってことで」
「オッケー」
アイラは簡単に同意した。お金が渡され次第に新之助はジュースの屋台に向かった。一人残されたアイラは彼の背を見て、どこか残念そうに考える。
自分は親友だけじゃなく、恋人関係を築かせる立場にあるものの、相手は簡単に拒否した。アイラはバッグから小型鏡を出し、身だしなみの整いを行った。
正直、アイラは友達関係を築き上げて、約一年間が経過し、自ら新之助に頼り過ぎるようになってしまった。そのついでに、女としての魅力も出したいという考えに至った。
アイラは唇にリップをかけ、簡単なメイクをした。
◇◇◇
「綾正愛楽殿」
突然、横から私の名前が呼ばれた。その呼びかけについ声の由来に顔を合わせて、そこからは黒いフードを被る人影がいる。
粗末なレインコートを纏っている人だ。顔は真っ暗で良く見えない。天気は晴れるといえども、その人はレインコートのようなものを着している。
「誰?」
ふと口から言葉を漏れてしまった。
何、この人?誰だか知らないけど、相手から危険察知の魔法が起動している。故に私はバックから杖を構えて
「―――怖がらなくて良い。僕は貴女の味方です」
味方?何の話だ?少なくとも危険を察知するための魔法はミスっていない、らしい
だが、周囲の状況を観察して、どこか異変を感じる。私は突然現れたフードの人に小声で魔法の呪文を唱える。
しかし、私がそうしているうちに何故か魔力が流れないのを感じた。
何が起きている?
「魔法が使えないのですか?まぁ、当然でしょうね。今、この周囲には魔力は存在しません」
は?さっきから何の話をしている?
魔力が存在しない?普通なら魔力は何処にでもあるものはずだ。魔術師は周囲の魔力を体内に吸収して、魔力量を修復できる。
だが、今は全く感じていない。まるで私の前に平然と現れて、私の横に座っているフードの人の言っている事が当たり前のように。
「警戒心が強いですね。綾正愛楽殿」
「あなたは誰で、何が起きているのか教えなさい!」
あたりを見渡せば、状況がますます常識から離れる。その推測になったのは辺りの人物が全く動かないからだ。
状況が次から次へと一変し過ぎて、私は戸惑う。
フードの人は己のフードを開いた、黒髪でメガネをかけている。
眉間や顔立ちがシワができているのを察して、およそ年寄りのおじいちゃんであろう。そして背中には大型の剣を持っている。
「僕は『魔術師殺し』と呼んで良い。僕は貴女にこの杖を託したいのです」




