9話 はじまりを告げた籠城戦
「こちら本部。応答せよ」
低く重たい男の声である。組織の幹部、作戦統括官と呼ばれる者だ。
「こちら黒燭の牙部隊! 想定外の要因が重なり当初の任務は継続困難! 数多の魔物に追われ仲間の生命が脅かされている! 至急、救援隊を要請する!」
即座にカタリナが答える。彼女の声は緊張に満ちていた。
「状況を報告せよ。現在の座標、食料、武器、弾薬、魔力、すべてを報告せよ。いつまで耐えられるか、判断する」
本部からの返答は、重たく冷たいものである。
イグナーツがカタリナの横に立ち、本部に向かって話し始めた。
「こちらイグナーツ。現在の座標は……北方山岳地帯、黒樅の森、座標X-247、Y-893。食料はほぼ全滅。馬車の転覆時に投棄した。水は雨水で確保可能。武器は全員無事だが、弾薬は半分以下。魔力は魔術師たちが限界に近い。負傷者は全員軽傷。重傷者はいない。現在、古びた塔の中に避難している。塔は防御魔法で守られているが、魔力の消耗が激しい。長くは持たない」
彼の声は冷静だが、その奥には焦燥が滲んでいる。
「了解した。状況を確認した。救援隊を向かわせる。だが……半年ほどかかる」
本部からの返答は、さらに重たいものだった。
「半年だと……!?」
イグナーツが驚愕の声を上げる。
「そうだ。半年だ。理由を説明する。現在、帝国軍が北方全域を封鎖している。黒樅の森は帝国軍の管轄区域であり、我々が進入するには正式な許可が必要だ。だが、帝国軍は現在、南方の反乱軍との戦闘に集中しており、北方への通行許可を出すには最低でも三ヶ月かかる。さらに、黒樅の森は魔物の巣窟であり、救援隊を編成するには特別な装備と人員が必要だ。その準備に二ヶ月。そして、黒樅の森への進入ルートを確保するのに一ヶ月。合計で半年だ」
本部の声は重たく、容赦がない。
イグナーツは本部の言葉を聞き、何も言い返せなくなった。
半年――帝国軍の封鎖、救援隊の編成、進入ルートの確保。
すべてが正当な理由であり、反論の余地はない。
だが、それでも納得できない。
彼は拳を握りしめ、壁に叩きつけた。
石壁が激しく音を立て、拳が痛みに震える。
だが、イグナーツは構わず壁を殴り続けた。
一度、二度、三度――拳の皮が剥け、血が滲む。
「くそ……くそっ……!」
彼の声は怒りに満ちていた。
切れ長の黒目がちな瞳が憎悪に燃え、濃藍の羽織が雨に濡れている。
右耳の真鍮の耳飾りが揺れ、左手の黒紐の腕輪が軋む。
だが、イグナーツは深呼吸をし、冷静さを取り戻した。
何がどう転んでも、救援隊の到着が早くなることはない。
ならば、今できることをするしかないと。
「本部、了解した。半年、ここで耐える。だから必ず助けに来てくれ」
彼は魔法陣に向けて、真剣な声色で言い放つ。
イグナーツの声は真剣で、揺るがない。
「……了解した。諸君らの生存を強く願っている。通信終了」
そして本部からの返答は、重たく、だが優しいものだった。
本部の声には、直ぐに救助に行けない事を悔やむような響きがある。
魔法陣が消え、通信が途切れた。
「通信が……切れました……」
疲労に顔を歪めながら、カタリナが呟く。
魔術刻印杖を下ろし、彼女は魔法を解除した。
淡い薔薇金の髪が汗に濡れ、大きなライラック色の瞳が疲労に揺れる。
その瞬間、塔の中に重たい沈黙が流れた。
しかし、それを最初に破ったのは、ルーカスである。
「半年だと……!? 半年も待てるかよ……! 食料もねぇ、弾薬も少ねぇ、魔力も限界だ……! どうやって半年も生き延びるんだよ……!」
戦鎚を地面に叩きつけ彼は叫んだ。
焦げ茶の短髪が汗と血で張り付き、琥珀色の瞳が不安に揺れる。
鉄打ちの重コートが裂け、金属のプレートアーマーが砕けていた。
その巨体は震え、呼吸が荒い。
「ルーカス、落ち着け……!」
エリザベートが叫んだが、彼は聞いていない。
「落ち着けだと……!? 落ち着けるわけねぇだろ……! あの魔物たちがまた来たらどうする……!? 塔が壊れたらどうする……!? 俺たちは……俺たちは……!」
ルーカスの声は恐怖に満ちていた。
そしてヴェルナーもまた、パニック状態に陥っている。
「半年……半年も……ここで……」
黄金の大剣を握りしめ、その刃を彼は見つめていた。
長めの金髪が雨に濡れ、切れ長の蒼い瞳が揺れる。
白と金を基調とした布鎧が裂け、銀縁のロングマントが焼け焦げていた。
ヴェルナーの表情は冷たく揺るがないはずだが、今は不安に歪んでいる。
「ヴェルナー、お前まで……」
ガロットが呟く。
そしてリュネットもまた、パニック状態に陥っている。
「半年……半年……どうやって……」
双刀を握りしめ、その刃を彼女は見つめていた。
漆黒に近い深藍色の髪が雨に濡れ、細めの淡い銀青の瞳が揺れる。
リュネットの無表情は崩れ、不安が滲んでいた。
「リュネット……」
心配そうにセシリアが見つめる。
「全員、落ち着け。パニックになっても何も解決しない」
イグナーツは深呼吸をし、落ち着いた声で言った。
彼の声は冷静で、揺るがない。
切れ長の黒目がちな瞳が仲間たちを見つめ、濃藍の羽織が風に揺れる。
「落ち着けだと……!? どうやって落ち着くんだよ……!」
ルーカスが叫んだ。
「ルーカス、お前は今まで何度も死地をくぐり抜けてきただろう。今回もそうだ。確かに状況は厳しい。だが、不可能じゃない。俺たちはここにいる。全員、生きている。武器も持っている。塔もある。ならば、生き延びる方法はある。焦るな。冷静になれ」
イグナーツの声は優しく、だが力強い。
すると彼は深呼吸をし、徐々に冷静さを取り戻していく。
「……わかった。すまねぇ、イグナーツ」
ルーカスは戦鎚を握りしめ、数回ほど続けて深呼吸を行う。
「ヴェルナー、お前は教会騎士団出身だろう。お前なら、どんな状況でも冷静に対処できるはずだ。今こそ、その力を見せてくれ」
彼に向けてイグナーツは言った。
「……わかった。すまない、イグナーツ」
ヴェルナーは深呼吸をし、冷静さを取り戻していく。
黄金の大剣を握りしめ彼は、冷たい水面のような蒼い瞳を取り戻す。
「リュネット、お前は誰よりも冷静で、誰よりも強い。お前なら、この状況を乗り越えられる。信じてる」
イグナーツは彼に向かって言った。
「……わかった」
リュネットは深呼吸をし、冷静さを取り戻していく。
双刀を握りしめ彼女は、無表情を取り戻す。
「泣いても笑っても本部が半年と言ったからには半年経たないと救援隊は絶対に来ない。だから今は自分たちに出来る事を全力でやるんだ。まずは……そうだな。この塔の全貌を知る所から始めよう。なんせ、この塔は俺達を例の魔物たちから守ってくれる最後の砦だからな」
全員を見回し、イグナーツは力強く言った。
そして彼の言葉に、全員が頷く。
「そうね。まずはこの塔を知らないと」
聖銀の槍を握りしめ、エリザベートは頷いた。
白金の髪が雨に濡れ、蒼い瞳が決意に燃える。
深紅のロングコートが重く、豊かな胸が上下した。
「……そうですね。まずは探索から」
魔術刻印杖を握りしめ、カタリナは微笑む。
淡い薔薇金の髪が汗に濡れ、大きなライラック色の瞳が輝く。
「わかったわ。探索しましょう」
刃付き鞭を握りしめ、ヴィオラは頷いた。
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