12話 精神崩壊手前の狩人たち
「ぐっ……!」
痛みにイグナーツは顔を歪めた。だが、彼は構わず、大剣を振るい続ける。
刃がユリウスの右肩を切り裂き、血が飛び散った。
「ぐあああああああああああっ……!」
彼が悲鳴を上げる。イグナーツは大剣を鞘に収め、ユリウスに近づいた。そして、彼はユリウスの首を両手で掴み、渾身の力で捻る。骨が砕ける音が響き、彼の首の骨が折れた。
ユリウスは悲鳴を上げることもなく、完全に動きを止める。
イグナーツは彼の身体を床に横たえた。銀灰色の髪が乱れ、伏せがちな蒼灰色の瞳が虚ろに見開かれている。ユリウスは絶命していた。イグナーツは仲間を殺すと、その場に崩れるようにして跪く。
自身の両手を震わせながら見ると、ユリウスの首の骨を折った時の感触が鮮明に残る。
「すまない……ユリウス……すまない……」
彼の声は震え、涙が頬を伝う。イグナーツはいくら割り切ろうとしても、目の前に転がる彼の死体を見て、更には仲間を殺した事実を考えると、酷く深い後悔の念に駆られた。
「俺が……俺が殺した……仲間を……」
彼の声は絶望に満ちている。切れ長の黒目がちな瞳が涙で潤み、濃藍の羽織が震えた。
そして二人が戦う際に発生した戦闘音を聞いて、外で待機していた仲間たちが、なにがあったのかと次々に様子を確認する為に慌てて扉を開けて、部屋に入る。
「隊長……!」
エリザベートが叫んだ。仲間たちは部屋に入ると、ベッドの上で錯乱状態のリュネットや、床に転がる仲間の死体や、深い絶望感に襲われているイグナーツを見て、言葉を失うと、その場から動けなくなる。
「な……なに……?」
震える声でエリザベートが呟いた。白金の髪が揺れ、蒼い瞳が恐怖と混乱に揺れる。
「……嘘……ですよねぇ……? ユリウスが……死んでる……?」
震える声でカタリナが呟いた。淡い薔薇金の髪が揺れ、大きなライラック色の瞳が恐怖と混乱に揺れる。
「ユリウス……! リュネット……! 一体何が……!」
震える声でヴィオラが叫んだ。深い漆黒に紫を滲ませた長髪が揺れ、紅い瞳が恐怖と混乱に揺れる。
「隊長……何があったんだ……?」
震える声でヴェルナーが尋ねた。長めの金髪が揺れ、切れ長の蒼い瞳が混乱に揺れる。
「ユリウス……死んでる……」
震える声でルーカスが呟いた。焦げ茶の短髪が揺れ、琥珀色の瞳が混乱に揺れる。
仲間たちは、それぞれが耐え難い嫌悪や苦痛や混乱や焦燥や疑問に襲われていた。
「なんで……なんで……こんなことに……」
床に座り込み、エリザベートは涙を流す。
「……もう……無理ですぅ……」
壁にもたれかかり、カタリナは震えていた。
「ユリウス……」
ユリウスの死体を見つめ、ヴィオラは涙を流す。イグナーツは跪いたまま、動けなかった。
――それからイグナーツが、ユリウスを殺して丁寧に川沿いに埋葬してから、数日が経過。
川沿いに埋葬したのは、彼の故郷には大きな川が流れているからだ。
一体何が起きてユリウスがリュネットを襲ったのか、明確な理由は分からないが、それでも供養だけは行うべきだとして、イグナーツは元仲間として丁寧に自らの手で埋葬した。
彼は川沿いに穴を掘り、ユリウスの遺体を慎重に埋めて、即席で用意した小さな石碑を立てた。
石碑には、彼の名前が刻まれている。
「ユリウス……安らかに眠れ……」
イグナーツの声は悲しみに満ちていた。そして現在、午前九時頃。
彼が何時も通りに魔物の襲撃を受けて耐え忍び、数時間の仮眠を取り起床を果たすと、仲間のヴィオラからリュネットに食事を届けて欲しいと頼まれた。
「隊長……リュネットに食事を届けて欲しいの……。あたし、今日は他の作業があって……」
彼女の声は疲労に満ちている。
「分かった……。任せてくれ」
イグナーツが答えた。今現在、性的に襲われたリュネットは、精神的ストレスの影響で全くと言えるほど口が聞けなくなり、あの日以来ずっと虚ろな表情を見せて、食事すら取らず、日に日にやせ細っている。
それこそ今の彼女の肉体は、枯れ枝のように細く、とても健康とは言えない。
漆黒に近い深藍色の髪は艶を失い、細めの淡い銀青の瞳は虚ろに揺れている。
控えめな胸は更に小さくなり、肋骨が浮き出ているほど。
細腰は更に細くなり、骨ばっている。太腿は痩せ細り、骨が浮き出ていた。
さらには一人でトイレや食事すらも出来ず、介護が必須の状態であり、リュネットの精神や身体の状況は限りなく極めて危険なものだ。しかし、幸いなことに彼女は男性恐怖症を発症しておらず、イグナーツが接しても発狂したり暴れたりしない。
そして当然の如く、リュネットは今現在、隔離部屋に監禁されている。
イグナーツは、缶詰食が盛り付けられた皿と、水が注がれたコップを乗せたお盆を、ヴィオラから受け取ると、食事を届けるべくリュネットが居る部屋へと向かう。
「リュネット、食事を運んで来たぞ! 今日は特別豪華だ! 宮廷料理並みの缶詰だぞ!」
部屋の前に着くと、彼は扉を軽くノックして、入室許可を乞うた。
その声は冗談めいた口調であり、気を利かせている。
しかし、当然ながら中から返事が帰ってくる事はなく、イグナーツは肩を大きく竦めながら、扉の鍵を開けて中へ入った。彼は何時も通りに、部屋の中を見渡しつつ気さくに話し掛けながら、リュネットに近づく。
「おーい、飯を持ってきたぞ。喜べ。今日は、お前が大好きな、ミートスープの缶詰だ。いっぱい食って、早く元気になって……くれ……よ……な……」
イグナーツの声は明るいが、彼女を見た途端に、段々と歯切れが悪くなる。
その理由は、有り得ない光景を目撃したからだ。
性的に襲われたリュネットは縄を使い、部屋の真ん中で首つり自殺をしていたのである。
彼女の遺体は、天井の梁から垂れ下がった縄に吊るされていた。
漆黒に近い深藍色の髪が乱れ、細めの淡い銀青の瞳は見開いたまま、光を失っている。
顔は青白く、血が通わない白い肌が露わだ。
その表情は深く絶望しており、まるで全てを諦めたような、悲しみと憎しみに満ちたものである。
黒を基調とした極薄素材のスポーツタイプの下着姿のまま、身体は宙に浮いていた。
控えめな胸は更に小さくなり、肋骨が浮き出ている。細腰は更に細くなり、骨ばっていた。
太腿は痩せ細り、骨が浮き出ている。
リュネットの死に様は、まるで信じていた仲間に裏切られて性的に襲われた事で裏切りを経験し、更には純潔を奪われた事で心が完全に死んでしまい、生きる事に絶望して全てを憎んでいるようだ。
イグナーツは手に持っていたお盆を床に落とす。
お盆が床に激突し、食べ物は汚く床に散乱して、食器類も割れて音が響く。
ミートスープの缶詰が床に散乱し、液体が床を汚す。皿が割れ、破片が飛び散る。
コップが床に落ちて割れ、その破片が飛び、彼の膝を掠めて傷を与えた。
掠り傷から血が流れる。イグナーツは、リュネットの自殺を直視して、言葉にならない声を出した。
「ああ……ああ……あああああ……」
両手で自身の顔に触れて、彼は深い絶望感と虚無感に襲われる。
切れ長の黒目がちな瞳が涙で潤み、濃藍の羽織が震える。
「すまない……リュネット……。無能な隊長を許してくれ……。俺が……俺がお前を守れなかった……。俺のせいだ……。すまない……すまない……」
膝から崩れ落ちるとイグナーツは、彼女の遺体を見上げながら、生気の宿らない瞳を見ながら呟いた。
その声は絶望に満ちており、涙が止まらない。その場に蹲りながら、イグナーツは大声で泣いた。
――そして暫くして、彼は首つり自殺をしたリュネットを静かに床に下ろすと、仲間たちを集めて全ての事情を説明してから、丁寧に花畑に埋葬して供養を行う。
仲間たちは彼女が自殺した事に深い精神的な衝撃を受けていた。
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