8話 精神崩壊を起こす狩人
「ユリウス……降りてくれ……危ない……」
優しく声を掛けながらイグナーツは近づいた。相手を刺激しないように気を付けている。
切れ長の黒目がちな瞳が心配の色を浮かべ、濃藍の羽織が風に揺れる。
そのままイグナーツは低姿勢で近づいた。
しかしユリウスは何を思いついたのか唐突に、石の手すりの上で意味不明なダンスを踊り始める。
「あはは……あはははは……」
彼は笑いながら踊りを披露した。銀灰色の髪が風に揺れ、伏せがちな蒼灰色の瞳が狂気に揺れる。
そして、バランスを崩して落下しそうになった。
「うわっ……!」
ユリウスの身体が傾き、手すりから落ちそうになる。
イグナーツは急いで駆け寄り、落ちる寸前の彼の腕を掴んで助けた。
「ユリウス……!」
イグナーツの声が響く。だが、イグナーツがユリウスの腕を掴んだ瞬間に、彼は静かに口を開いた。
「なんで助けたんだよ……。いっそ落ちていたら楽になれたのに……」
ユリウスの声は虚ろで、助けられたことに怒りすら感じている。
銀灰色の髪が風に揺れ、伏せがちな蒼灰色の瞳が虚ろに揺れた。
イグナーツは何も言わず、彼を手すりから引き上げる。
そしてユリウスは、疲労が極限まで溜まっていたのか、そのまま気絶した。
「ユリウス! おい、しっかりしろ! ……ったく」
彼を抱き抱えたまま、イグナーツは最上階から降りて塔の中へと戻る。
気絶した仲間を抱えて彼が寝室に入ると、そこで身支度をしていたヴェルナーが、急に表情を怒りのものに変えて、イグナーツに近づいた。
彼は拳を握り固めて、失神状態のユリウスを殴る。ヴェルナーの拳が彼の頬を打ち、鈍い音が響く。
だが、失神状態のユリウスは殴られても目を覚ます事はなく、まるで死んでいるかのように無だ。
銀灰色の髪が乱れ、伏せがちな蒼灰色の瞳は閉じられたままである。
そして急な出来事にイグナーツは呆然としたが、すぐに動いて再び殴りかかろうとしているヴェルナーを宥めて止めた。
「ヴェルナー、やめろ! 何をしている!」
イグナーツの声が響く。切れ長の黒目がちな瞳が驚愕に揺れ、濃藍の羽織が揺れる。
「何をしている……? 決まっている! こいつが勝手に持ち場を離れたせいで、仲間全員を危険に晒したんだ! 許されない!」
ヴェルナーの声は怒りに満ちており、長めの金髪が乱れ、切れ長の蒼い瞳が怒りに燃えた。
「ヴェルナー……落ち着け……今は……」
「落ち着けだと……? こいつのせいで俺たちは死にかけたんだぞ……!」
「わかっている! だが、今は……」
イグナーツが冷静に呟く。そして、ひと悶着ありはしたが、ヴェルナーは拳を下ろし、その場を去る。
それから瞬く間に夜を迎えると、再びイグナーツと仲間たちは自分たちの命を守るために、塔の最上階へと登ろうとした。
「全員、最上階へ上がれ……!」
塔の外から魔物の声と足音が聞えると、イグナーツは即座に命令を出した。
そして全員が塔を防衛する為に、最上階へと駆け上がる。
だが、最上階へと続く階段を上っている最中に突如として、ユリウスが自身の髪を引きちぎりながら奇声を上げて発狂を起こした。
「あああああああああああああっ……!」
彼の奇声が塔全体に響き渡る。銀灰色の髪を両手で掴み、引きちぎった。髪が抜け、血が滲む。
伏せがちな蒼灰色の瞳が狂気に揺れ、黒を基調としたロングジャケットが揺れる。
「ユリウス……!」
イグナーツが叫んだ。しかし発狂したユリウスは何を考えたのか、そのまま彼に突撃すると、体当たりをかまして最上階へと押し出す。
「ぐあっ……!」
体当たりを諸に受けたイグナーツは吹き飛び、一人だけ最上階へと放り出された。
そのまま彼は床に倒れ、激しい衝撃が全身を襲う。
「この境界を以て、すべての因果を断絶せん。光も、声も、戻らない日常も、すべてを永遠の闇の底へと埋葬しろ。――シールド・オブ・エターニティ」
発狂したユリウスは息を荒げながら、最上階と塔の内部を繋ぐ通路の扉を閉めると、内側から封印魔法を掛けて、イグナーツを一人だけ最上階に追い出した。
「ユリウス! 一体なにをしているんだ! 今すぐ封印魔法を解け!」
突然の出来事に、イグナーツは怒りながら扉を叩いた。
「あはははははは……あはははははは……」
発狂したユリウスは、ただ狂ったように笑い続ける。
彼は壊れた人形のように手を振りながら首を傾げた。
銀灰色の髪が乱れ、伏せがちな蒼灰色の瞳が狂気に揺れる。
「どうせ……皆……ここで死ぬことになる……。だったら……隊長が先に……死んでくれ……。あはははははは……」
ユリウスの声は狂気に満ちており、恐ろしい雰囲気を醸し出していた。
「魔物に食われて苦痛を味わいながら死ぬか……鋭利な爪で裂かれて惨たらしく殺されるか……ガロットみたいに魔物に変貌するか……セシリアみたいにかつての仲間だった者に食い殺されるか……くっ……! 貴方は責任を取らなければならない! 俺達を危険に晒した責任を! 貴方はこの部隊の隊長だ! だから! 今この場で責任を取って死んでくれ……! イグナーツ!」
発狂した彼は笑みを浮かべながら話を続ける。ユリウスの声は狂気に満ちており、死ぬことに怯え、イグナーツに責任を取らせようとしていた。銀灰色の髪が乱れ、伏せがちな蒼灰色の瞳が狂気に揺れる。
「一体なにを言っているんだ……! ユリウス……!」
彼の言葉を聞いて、イグナーツは叫んだ。
そして彼は扉を破壊しようと魔法を放つ。
「立ち塞がる絶望の檻よ、今一撃の下に融解しろ。――フレアバースト!」
イグナーツの手から炎が放たれ扉に激突する。だが、封印魔法により弾かれた。
炎は扉に触れることなく消え、扉は無傷の状態である。
「くそ……!」
彼が舌打ちを放つ。扉の向こうでは、発狂したユリウスと共にいる他の仲間たちが、これ以上彼が良からぬことをする前に、全員が協力して取り押さえた。
エリザベート、カタリナ、ヴィオラ、リュネット、ヴェルナー、ルーカスが、ユリウスの両腕、両足、胴体を押さえつける。
「ユリウス! 今すぐに封印魔法を解除しろ!」
ヴェルナーが叫んだ。長めの金髪が乱れ、切れ長の蒼い瞳が怒りに燃える。
しかし、取り押さえられても、発狂したユリウスは壊れたように笑い続けて、仲間の命令に取り合わない。
「あはははははは……あはははははは……死ぬ……死ぬ……皆死ぬ……あはははははは……」
他の仲間たちに取り押さえられながらも、彼は意味不明な言葉を狂ったように繰り返し言い続けて、対話が不可能である。
そしてカタリナが冷静に、扉に掛けられた封印魔法を確認した。
魔術刻印杖を振るい彼女は、扉に掛けられた魔法を解析する。
「……これは……高度な封印魔法ですぅ……」
カタリナが呟いた。彼女は扉に掛けられた魔法を解析して、その効果や内容を理解する。
「……これは例え術者であろうと、任意の解除はできない高度な魔法ですぅ……。唯一の解除条件は時間経過で自然に解除されるのを待つ事のみですぅ……。大体……六時間後に解除されますぅ……」
そして、カタリナは仲間たちやイグナーツに聞こえるように、扉に掛けられた魔法の内容を説明した。
「くっそ……!」
彼女の説明を聞いて、イグナーツは不満を漏らした。彼は魔法を止めて、扉の破壊行為を辞めたが、そのまま思いっきり扉を蹴り上げて八つ当たりを行う。しかし、それと同時に漆黒の森から大量の魔物の雄叫びと、けたたましい足音が一斉に響き聞こえてきた。
「グオオオオオオオオッ……!」
魔物たちの咆哮が森全体を震わせる。
「仕方ない! 俺が一人で魔物の群れを相手にする! お前たちはユリウスを空き部屋に閉じ込めておけ! そして魔法が使える者は、塔の壁や出入り口の扉を強固に死守しろ! 頼んだぞ……!」
仲間たちに対して、イグナーツは叫んだ。その声は力強く、自分一人で今夜の襲撃を耐え凌ぐ覚悟を示す。切れ長の黒目がちな瞳が決意に燃え、濃藍の羽織が風に揺れる。
だが仲間たちは彼の命令に、最初こそ反論した。
「隊長! 何を言っているんだ! 一人であの大量の魔物は相手に出来ない! 死ぬことになるぞ……!」
「隊長! 私たちも手伝います!」
ヴェルナーとエリザベートが叫ぶ。仲間たちは必死に扉に掛けられた封印魔法の解除を試みた。
「お前たちは塔を守れ! 俺は一人で戦う! これは命令だ! お前たちを失うわけにはいかない……!頼む……!」
仲間たちを説得するような言葉を、イグナーツは尚も口にする。その声は真剣であり、仲間たちを想う気持ちが滲んでいた。仲間たちはイグナーツの説得に、渋々だが従うことを選ぶ。
仲間たちは塔を内部から守る事にして、発狂したユリウスを拘束して、空き部屋へと連行することにした。しかし仲間たちは彼の元を離れる前に、一人ずつ言葉を交わす。
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