第10話 謀(はかりごと)
──ミレニアム共和国の評議会場
そこは本来、国の未来を決める神聖な場所であった。しかし今、そこにあるのは『終わりの予感』に怯える大人たちの醜い擦り合いだけだった。
「評議長は…流石に不参加か、エンケラド辺境伯も当事者だからな…」
「一騎当万……。笑い話にもならん」
エリック第1騎士団長が提出した報告書は、もはや戦記物ですらあった。8歳の少女二人が、国家の精鋭をまるで舞台劇や歌劇の俳優陣の振る舞いで、まるで演目を演じるかのように、粉砕したという事実は、彼らのプライドを木っ端微塵に砕き去った。
アドルフ宰相は、震える手で3つ目の映像魔道具を起動させた。
そこには、エリスとジュリアスが悲劇のヒロインを演じるかのように振る舞い、時に凛とした姿で馬車の屋根に立ち、民衆を煽動する姿が映し出されていた。
『『この国を、いいえ、私達国民を虐げているのは、この国の腐敗した貴族と、あそこに転がっている騎士団を名乗る愚か者たちですわ!』』
映像の中のエリスとジュリアスが胸を張って言い切る。
その言葉一つ一つが、評議員たちの胸に楔のように打ち込まれる。
民衆の怒りに満ちた顔、絶叫、そしてサリウス伯爵家からの『内戦も辞さず』という最後通牒。
「……溜息しか出んのか、貴様ら」
アドルフ宰相が低く唸るように言った。
「アルデバラン軍務卿、お主の寄子たちが仕掛けたこの不始末……どう落とし前をつける? サリウス伯爵軍は既に開戦の準備を終えているのだぞ。あの家族が一歩動けば、この王都は一日で灰になる」
軍務卿は忌々しそうに黙り込む。映像に映ったエリスとジュリアスの力は、もはや個人の武力を超越していた。
「……我が軍にも面子がある。その、エリスディーテ嬢とジュリアス嬢を何らかの形で懐柔、あるいは……」
「馬鹿を言え!」
ザラス法務卿が立ち上がった。
「彼女は民衆の前で、我々を『腐りきった悪賊集団』と定義したのだ! 懐柔などできるものか。」
──アドルフ宰相は静かに語りかけた
「この映像を観て理解頂けたと思うが、サリウス伯爵家のエリスディーテ嬢とジュリアス嬢には、何の非もない。この映像魔道具は、すべて複製品だ。原本はサリウス伯爵が保管しているので、隠蔽は不可能だ。
ここに映し出された出来事は、サリウス伯爵がリアルタイムで見ていたとのことだ。既に、こちらに書状が3枚届けられており、共和国との敵対も視野に入れ内戦の準備に入っている。
この評議会の裁定によって、開戦するとのことだ。
また、この少女二人で騎士団およそ二百名を歯牙にもかけない。
理解できるとおり、この少女と同格と思われる一騎当千以上の強者がサリウス伯爵家に最低10人以上は存在している。
それと、サリウス領の兵も共和国の騎士団より練度が高く、可能性として、この少女程度の実力がある可能性も否定できない。」
衝撃的な内容を聞かされ、評議会のメンバーは、自身の保身どころの話ではなく、国を揺るがす事態であることに、驚きと動揺を隠せなかった。
「評議員の皆さん、落ち着いて下さい。幸いなことに、この首都に、サリウス伯爵家の工リスディーテ嬢とジュリアス嬢がいるではないですか。」
「それがどうしたというのだ、アルデバラン軍務卿!」
「お判りになりませんか?サリウス領は、この首都から馬車で3日の距離、馬に乗り換えながら走っても1日かかる距離です。問題が発生してからまだ半日も経っていません。それに、サリウス伯爵は、開戦すると宣言しているではありませんか。立派な国家転覆罪ですよ。」
「騎士団でも歯が立たないのに、無駄に犠牲を出すだけではないか。」
「いえいえ、8歳の少女がいくら強かろうが、正式な手続きで罪に問い拘束すればよろしかろう。」
「では、映像魔道具に映し出された証拠はいかにするのだ。」
「簡単なこと、映像魔道具はこの王城とサリウス領にしか無いのなら、無かったことにしてしまえば良いではないかな?」
「学術院の件も、騎士団の件も、無かったことにするのか?それは無理があるではないのか?」
「そう、このままでは、我々は完敗ですな。しかし、たかだか、千騎にも満たないサリウス伯爵領軍で、こちらの共和国軍は第1から第6騎士団まで総勢ニ万、それに、各貴族家の軍を含めれば、少なくとも六万は下らないかと。六万対千の戦を想像してみて下さい。お分かりのとおりだと思いますが。」
「しかし、サリウス伯爵だけでなく、エンケラド辺境伯も加勢すれば、同等の人員の配備も可能となるのではないのか?アルデバラン軍務卿」
「はい、おっしゃるとおり、そうなります。しかし、ドラン帝国の国境に隣接するエンケラド辺境伯領に、近頃きな臭い情勢と聞き及んでいます。ドラン帝国から総勢三万の軍勢がエンケラド辺境伯との国境線に配備されるとの情報を得ており、防衛に向けて、エンケラド辺境伯は国境に兵を集めることになると聞き及んでいます。」
「それは、共和国として大丈夫なのか?」
「ええ大丈夫です。ドラン帝国が攻めて来なかったら、サリウス領の反乱にエンケラド辺境伯領も加わっていたことでしょう。今の状況は、それは、起こり得ません。それに、騎士団が罪により捕縛されて罪を償うよりかは、反旗を翻したサリウス領軍を打ったとした方がいろいろと都合が良いのではありませんかな?」
宰相は、論点の挿げ替えを行う評議会に頭を抱えながらも、共和国の法に従い採決をとる必要があった。副議長である法務教に合図を送る…
「はぁ、法務卿⋯」
「⋯はい。そ、それでは、採決に移る。宰相が提案する問題のあった貴族と騎士団へ罰を与え、サリウス伯爵へ謝罪し賠償金を支払う案を推すものは起立を·······
アルデバラン軍務卿の提案する、国家転覆罪に問いサリウス領を攻め滅ぼす案を推すものは起立を······
評議会はアルデバラン軍務卿の提案を支持する。」
「評議員の皆さん、ご理解いただけたようで何よりです。それでは、開戦の準備を進めますので、これで、私は失礼します。」
アルデバラン軍務卿は、評議会室を後にし、軍務卿の執務室へ向かった。
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執務室に座り、机の鍵を開け、通信魔道具と防音魔道具を取り出し、防音魔道具で防音結界を張り、通信魔道具に魔力を込めた。
「想定外の事態が発生したが、エンケラド辺境伯領を落とすのは、予定より早くなった。こちらも、エンケラド辺境伯のセリウス伯爵領が共和国に反旗を翻した。開戦することになったが、うまくいけば挟み撃ちにして、エンケラド辺境伯とセリウス伯爵領を沈めてから、当初の目的を遂げる。」
『こちらの国境への配備は予定通り終わった。いつでもいける。エンケラド辺境伯軍は、ようやくこちらの動きに気付いたが、慌てている様子が全くないがどうなってるのだ?
それはともかく、約束通り、エンケラド辺境伯領一帯は我がドラン帝国領が頂く、結果を楽しみにしている。次期アルデバラン王よ』
アルデバラン軍務卿は、通信魔道具を切り、自身が王となる未来を想像し、ほくそ笑むのだった。
アルデバラン軍務卿以外、誰もいない部屋に向かって声を掛け、指示を出すと、一瞬片膝をついて黒装束の姿を現し、「はっ!」と返答し、再び姿をかき消えた。
「ふはははっ!この国は私の掌中だ!お飾りの王などいらぬわ!」
嘲笑うアルデバラン軍務卿の声だけが静寂に響き渡る…




