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第9話 第1騎士団

 首都の目抜き通りを支配していたのは、一触即発の緊張感──などという生ぬるいものではなかった。


 そこにあったのは、圧倒的な強者が弱者を弄ぶ、残酷なまでに美しい「舞台」の予感であった。


「騎士団の格好をした人達って、名乗ることもできないのかしら。ねぇ、お姉様♪」


 ジュリアスが、可憐な首を傾げて抜剣した第一騎士団をなぞるように見つめた。その瞳には、恐怖の欠片も、敵意すらも宿っていない。ただ、舞台上に現れた「出来の悪い脇役」を眺めるような、純粋な好奇心だけがあった。


「そうね、ジュリアス。騎士ではなくて、こんな子供に剣を抜くなんて、あの方たちと一緒で『悪賊』の類なのでしょうね。フフフ♪」


 エリスのレッドブロンドの髪が、微風にさらさらと流れる。その微笑みはあまりに深く、あまりに冷たい。


「なっ……! ……し、失礼。お嬢様方、私は第一騎士団長のエリックだ」


 エリック・ベナードは、己の喉が引き攣るのを感じながらも、騎士団長としての矜持だけで言葉を絞り出した。目の前の二人が放つ覇気は、もはや人間の域を超えている。


「お嬢様方は、サリウス伯爵家の令嬢ですね。事態をこれ以上悪化させぬよう、我々にご同行をお願いしたい」


「あら、名乗るのが遅くなりまして失礼いたしましたわ、エリック団長様?」


 エリスが優雅に、しかし挑発的にスカートの端を持ち上げる。


「私はサリウス伯爵のエリスディーテ。こちらは妹のジュリアス。……でも、法を無視して私たちを連行しようとするのなら、あなたも『悪賊』の仲間と見なしますわ。……まぁ、既に剣を抜いていらっしゃいましたわね。悪は、成敗しなくては♪」


 エリスが不敵に微笑み、その小さな拳に「神力」を集めた。その瞬間、第一騎士団の精鋭たちの本能が絶叫した。全身の産毛が逆立ち、心臓が凍りつくような原初の恐怖。


 そこへ、意識を取り戻した第二騎士団の残党が、引き攣った声を張り上げた。


「エリック団長! 逃げてください! その少女は悪神の化身だ! 『悪神令嬢』だ!!」


──『悪神令嬢』


 その言葉が首都の空に響き渡った瞬間、エリスの額にピキリと、青筋が浮かび上がった。


「……不名誉な仇名を捏造するなと言っているでしょうがぁぁあーーー!!」


──フッ!!!


 物理法則を置き去りにした超高速の移動


──「瞬歩」。


 エリスの姿が視界から掻き消えた直後、叫んでいた騎士たちは再び砲弾と化して空を飛んだ。数十メートル先の石壁に「装飾品」のように突き刺さる仲間を見て、第一騎士団の陣形が初めてガタガタと崩れた。


「抜剣している方たちは敵ということでよろしいですわね。ジュリアス、まとめてお掃除して差し上げましょう! さあ、華麗に第一幕の開幕でーす!」


「はい、お姉様!」


 二人は、もはやこれが戦いであることすら忘れているようだった。


 住民に笑顔を振りまき、手を振りながら、颯爽と、そして嬉々として第一騎士団へと突撃する。


 それは第二騎士団を壊滅させた時と同じ、あるいはそれ以上に洗練された「蹂躙」だった。


 第一騎士団は確かに練度が高い。緻密に計算された連携、死角を突く剣捌き。だが、エリスとジュリアスの前では、それすらも「舞台装置」の一部に過ぎなかった。


 緩急をつけた連撃、演舞のような身体捌き。


「あら、三方向から? 少し足並みが乱れていますわよ」


「こちらの方は、私がお相手いたしますわ♪」


 余裕を持ってファンサービスも忘れない。完璧に観客(住民)の心を掴むため、あえて攻撃を紙一重で躱し、大仰なアクションで敵を弾き飛ばす。


 その光景は、もはや戦闘ではなく、一級の歌劇を観ているかのような高揚感を住民たちに与えていた。


──ドゥォォォォン!!


 一瞬の潜入から放たれた、内臓を揺らす神力の衝撃波。


 エリスが一人を沈め、その背後でジュリアスが影の糸で三人を見事に絡め取る。


 二人が着地と同時に決めポーズをとると、周囲からは地響きのような拍手喝采とエールが飛び交った。


 エリック団長は、ただ呆然と立ち尽くしていた。


 当初は怪我をさせるつもりもなかった部下たちが、今や本気の殺意を剥き出しにして、必死に二人の少女に挑み、そして羽虫のように叩き落とされていく。


「何だこれは……俺は、一体何を見せられているんだ……」


 それは、異次元の戦い。


 一方的な「魅せるための闘争」。


 気がつけば、抜剣していた騎士たちは一人残らず、見る影もなく地面に伏していた。


「……ふぅ。こんなところかしら」


 手をパンパンと払い、埃を落としたエリスとジュリアスは、流れるような動作で馬車の屋根に飛び乗った。


「皆さま、ご注目を!」


 エリスが拡声術式と俯瞰映像術式を上空に展開した。首都全域に、透き通った、しかし凛とした声が響き渡る。


 上空に映し出されたのは、入学試験からの全記録。いかに自分たちが不当な扱いを受け、腐敗した騎士団と貴族が利権のために幼い少女を虐げたか。エリスはそれを、涙を誘うドラマチックな口調で、時に熱く、時に悲劇的に語り上げた。


 続いてジュリアスが、阿吽の呼吸でヒロインの役を引き継ぐ。


「私たちは、ただ学びたかっただけなのです。ですが、この国の正義を司るはずの方々が、あろうことか無垢な子供に剣を向けました。……皆さま、これが本当に私たちの信じていた国の姿なのでしょうか?」


 身振り手振りを交え、絶妙な精神誘導を織り交ぜた言葉が、住民たちの心の奥底に眠る不満の火に油を注いだ。


「「この国を、いいえ、私たち国民を虐げているのは、この国の腐敗した貴族と、あそこに転がっている騎士団を名乗る愚か者たちですわ!」」


 二人が声を揃えて宣言し、嘘泣きの涙を零しながらポーズを決めると、首都の住民たちの感情は臨界点を超えた。


「そうだ! 少女たちを守れ!」

「腐敗した騎士団は去れ!」


 思考誘導を完璧に完了させたエリスは、満足げにカーテシーを決め、優雅に馬車へと戻った。


 和やかに窓から手を振る「悪神令嬢」たち。民衆はもはや彼女たちに魅了され、畏怖と憧れを込めて、自ら道を開けていく。


 馬車の扉が閉まった瞬間、ジュリアスが目をキラキラさせてエリスに詰め寄った。


「お姉様、素晴らしい演出でしたわ! 首都の民の意識をあそこまで掌握するなんて! 悪神令嬢が板についていましたわ!」


「……痛っ!! 止めてくださいお姉様、痛いですぅ!」


 ジュリアスは小突かれた頭を擦りながら縮こまった。


「貴女、聞いていなかったの? 悪神令嬢は『私たち二人』らしいわよ。……まぁ、少しやりすぎたかしら? でも、これで後の掃除が楽になるわ」


 エリスは冷たく微笑む。


 そこへ、サリウス領から戻ったカレンが転移で現れた。


「お嬢様、ただいま戻りました。ミモラ様とテティア様からのお返事です。……『やらかしすぎ』との苦笑いもありましたが、予定通り。軍装は解かず、いつでも出撃できる状態で待機されています。……それから」


 カレンの声が、わずかにトーンを落とした。


「エリスお嬢様は、ジュリアスお嬢様に暴力を振るわれたから帰ったら『お説教』とのことです」


「な、な、なんで私だけ!! ジュリアスが悪口を言うからじゃない! 」


 パニックに陥り、先ほどまでの威厳が霧散したエリス。それを見て「お母様たちは見ていてくれたんだ」と温かい気持ちになるジュリアス。


 その頃、王宮の評議会場は、まさに地獄絵図と化していた。


「報告します! 第二騎士団壊滅! 続いて駆けつけた第一騎士団も団長と僅かな騎士を残して壊滅!」


「エリスディーテ嬢らの演説により、市民の不満が暴動寸前まで高まっております!」


「サリウス軍、エンケラド辺境伯軍、共に武装を完了! 独立は避けられません!」


 アドルフ宰相は、届けられた「ダブルピースを決めるエリス」の写しを、震える手で握りしめた。


「……悪神令嬢、か。我々は、とんでもないものを敵に回してしまったようだ」


(『神隠し』、聖教法国の滅亡、ドラン帝国の敗走……あの家族がそれらの首謀者だとしたら、開戦したところで勝てる見込みなど万に一つもないわ!)


 アドルフは心の中で発狂しながら、震える声で命じた。


「……全評議員を集めろ」



 その日の夜、宿『緑の森亭』。


 騒動の中心にいるはずのエリス、ジュリアス、カレン、クロエの四人は、何事もなかったかのように首都名物のポトフを囲んでいた。


「お姉様、明日が楽しみですわね。どんな『お祭り』になるのかしら」


「ええ、ジュリアス。……私たちの聖域を脅かす輩には、数では抗えない力を、魂にまで刻みつけてあげましょう」


 エリスは窓から見える王宮を、静かに、そして冷徹に見据えた。


 一方、回収された負傷者たちを抱え、騎士詰所へ戻ったエリック団長は、自身の甘さを呪っていた。


「サリウス伯爵家は、一体なんなのだ……。一騎当万が事実だとは。剣技だけであの次元。魔法も無詠唱。もし超級・神級魔法を本気で使われたら……」


 恐怖と焦燥に焼かれながら、彼は報告書を書き上げた。


 半刻後、宰相との対面。アドルフ宰相は、報告書とエリックの顔を見比べ、深いため息をついた。


「エリック……お前がついていながら、どうしてこうなったのだ」


「誠に申し訳ありません。驕りがあったのは私の方です。八歳の少女が、あそこまで規格外だとは、想定の埒外でした」


 二人の重鎮が眉間に皺を寄せ、落とし所を探る中、首都の市井では噂が猛スピードで駆け巡っていた。


 学術院の汚職、騎士団の暴挙、それらを一掃したサリウス領の神童。


 そして──国を滅ぼすほどに美しく、恐ろしい『悪神令嬢』。


 脚本は既に、エリスの手によって最終章へと書き換えられていた。


 夜の帳が降りる中、ミレニアム共和国の終わりの鐘が、静かに鳴り響こうとしていた。

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