第5話 踊る会議
エリスと会話するもう一人の試験官を横目に、我に帰ったまともな試験官は…
「な、何を呆けてる!早く!治療班を呼べ!!」
「は、はい!」
(モビット伯爵?…昨夜?…役者?…… 公爵閣下?………何が起こってる?)
───
──
─
セイド試験官の治療をする救護班は、懸命に治癒魔法を施した。
一命は取り留めたが、余りにも鮮やかに、全身の筋繊維や腱を狙ったかのように切り刻まれ、断裂していた。
──学術院に所属する保健医はこう語る。
「長年、私は治癒魔法で、多くの者達を治療してきたが、ここまで鮮やかに全身の筋だけを絶たれ、回復が難しい状態は初めてだ」
治療に長期間の時間が必要となり、完治は見込めない。
騎士として再起はできない状態だ。
騎士として生きたいのなら、このまま亡くなった方が幸せだったかもしれないと、背中に冷たい汗が流れた。
一命を取り留めた、セイド試験官は救護室にタンカで運ばれ、騎士団と教師陣による、聴取が行われた。
座って控えていた二人の試験官の一人が、試験開始前のセイド試験官とエリスとジュリアスの会話を包み隠さず報告し、近くで観ていた試験官からも、エリスを煽った試験官の二人と、止めに入った試験官についても語られた。
その一方で慌ただしく動き出す者達もいた。
「第2騎士団は試験の補助は中断だ!詰所に緊急招集だ!」
エリスの過剰防衛ともいえる対応に憤慨する騎士とエリスに同情する騎士に分かれる中、新たな壁が、エリスに立ちはだかるのだった。
〜〜〜〜〜〜
その頃、学術院の最高意思決定機関である理事会は、かつてない激震に見舞われていた。
白髪の小柄な老人――学術院理事長は、厳格な眼差しで円卓を見渡した。
手元にはエリスとジュリアスの筆記試験結果が置かれている。
全教科満点。回答の余白には、現行の法体系や経済論の欠陥を指摘する注釈までが、8歳の少女の筆致で理路整然と記されていた。
2次試験の騒動について、急遽、理事会が招集された、学術院始まって以来の問題が発生したからだ。
しかし、学術院理事10人が円卓に腰を掛け、険悪な雰囲気の中、理事長の厳粛な発声のもと行われた。
「この度の騒動の前に、現時点でのエリスディーテ嬢とジュリアス嬢の試験結果について、皆に伝える。第1次試験の筆記試験結果は、エリスディーテ嬢とジュリアス嬢は全教科満点だ。」
「エリスディーテ嬢、およびジュリアス嬢。この二人は間違いなく、我が校始まって以来の英傑じゃ」
「第2次試験の現時点で、上級騎士を一方的に切り伏せた実力から、主席になるのは、双子のサリウス嬢二人と予想される。」
「理事長!試験官を半殺しにした者を主席合格にするのですか!?過剰防衛ですよ!不合格でよろしいのでは?」
「いいや、セイド試験官の個人的な私怨による、サリウス伯爵家への誹謗中傷とエリスディーテ嬢とジュリアス嬢の飛び入り入学を良く思わなかったことへの誹謗中傷が重なったのが今回の原因と聞いている。」
「それでも、やりすぎでしょ!試験官を再起不能にするのは!?」
「それでは、お主に聞くが、騎士団でも上級騎士であるセイド試験官を再起不能までできる逸材はいるのか?」
「い、いや、そ、それは⋯⋯。しかし!」
「····ザイル理事よ、お主もサリウス伯爵のテティア次期伯爵に私怨がありそうじゃの?お主も求婚した口ではなかったかの?」
「むぐ!?何故それを!今はそんな事…」
「それに、ザイル理事よ、お主、モビット伯爵家から口利き料を受け取っておるの?」
「っ!?」
「受け取った証拠と抗議書が、先ほどサリウス伯爵家から届けられたぞ。」
「!?」
理事長は、サリウス伯爵からの抗議文と記録結晶と言われる、事象を記録保存する魔道具を机に置き、魔道具を起動させ、部屋の壁に映し出した。
───「ザイル理事よ、モビット伯爵家のセイド様が再起不能の重体に陥りました。主は酷く憤慨されています。私どもモビット伯爵家は断固、サリウス伯爵を糾弾します。エリスディーテ嬢とジュリアス嬢を不合格にしなければ、ザイル理事にこれまで便宜を図った裏口入学の口利き料は今回限りとさせていただくと主が申しております。
今回、不合格にすることができたら、今回の試験での失敗は不問にしますとのこと。
成功報酬は、前金で50金貨、成功報酬として、残り100金貨を準備させていただきます。いかがですかな?」
「わ、わかった!不合格にすればいいのだな!私に任せておきなさい!裏口入学の口利きについては、これまでどおりこちらで何とか融通しよう。モビット伯爵にはくれぐれも宜しく頼むと伝えておいてくれ!」
問題発生直後のモビット伯爵家の執事とザイル理事の密談の様子が、魔道具に記録され、理事室に流れたのだった。
「この魔道具については、複製で、同じものが王城にも届けられたらしい。学術院始まって以来の由々しき事態だ。釈明の余地はあるか?ザイル理事よ。」
『サリウス伯爵家は、一体どこまで見通しておるのじゃ……』と、内心ごちる。しかし、その手際の良さと、未来を見透かすような恐怖に、理事長は背筋が凍るような戦慄を隠せない。
「?!王城に、既に届けられた後、だ、と···」
ザイル理事は、顔を蒼白にして項垂れた。理事長が呼んだ衛兵に捕縛され、理事室を後にした。
「では、この場を借りて、ザイル理事の罷免決議(解雇するかどうかの会議)を執り行う、賛成のものは挙手を·····。」
その場にいた理事全員が挙手を行った。
「全員賛成ということで、ザイル理事は罷免とする。」
「さて、話を戻すが、エリスディーテ嬢とジュリアス嬢の2次試験の問題について、試験官の問題として、二人の令嬢は問題なしとして扱う者は挙手を⋯⋯」
その場にいた理事全員が挙手を行った。
「全員問題なしということで、入学試験の適切な選考を公平に行いたいと思う。」
「分かりました。」
理事長を一人残し、各理事は散会していき、サリウス伯爵から提出されたエリスディーテ嬢とジュリアス嬢の履歴書を見返した。
「エリスディーテ嬢とジュリアス嬢か⋯」
しかし、この踊る会議も無駄に終わる。時既に学園の問題だけでなく国を揺るがす大きな波乱を呼び、共和国の存亡に関わる騒動となるとは、誰もまだ知らない。
すべてが双子の女神の手のひらの上で…




