第4話 第2次試験
周囲には、徐々に他の受験生も集まり始めている。だが、彼らの多くはエリスたちが避けた「不良品」を手に、得意げに素振りをしていた。
「見てみな、あんなチビな双子に何ができる」
「あんな短槍、一撃で叩き折ってやるよ」
そんな下俗な話し声が聞こえてくるが、エリスは目を閉じ、静かに集中を高める。
隣に座るジュリアスも、膝の上で円盾を撫でながら、楽しげにハミングを口ずさんでいた。そのメロディは、どこか古代の鎮魂歌のようにも聞こえる。
「……お姉様、あの試験官たち。先ほどからこちらを見て下俗な会話を飛ばし合っていますわ」
ジュリアスが、扇子で口元を隠すようにして耳打ちした。
「昨夜の無礼な少年の兄ね、私への侮辱ならまだしも、お母様やサリウス家の名に泥を塗るような会話……万死に値しますわね」
エリスは無言で頷いた。その瞳の奥には、夜の帳よりも深い闇が揺らめている。
「受験番号1021番、エリスディーテ・サリウス! 受験番号1022番、ジュリアス・サリウス!」
何故か二人は同時に呼ばれ、赤の旗が翻る「炎の武舞台」へと進む。
舞台手前の試験官が侮蔑を含む目で二人を見つめる。
「…試験官何か?」
「ふん!サリウス伯爵家の神童と言われてる二人か、田舎の弱小領でその祖祖父が元辺境伯が収める地か、吹けば飛ぶような領地のチビがお受験か?ギャッハハハハ!帰って阿婆擦れの母親のオッパイでも吸ってろよ!」
「お、おい!試験に来た子に何てことを…」
「てめぇは黙ってろ!ほら、睨んでないでサッサと上がれ!クソガキが!」
「「…………」」
(お姉様………)
(分かってるわ、後でジュリアスに譲るわね………)
武舞台に上がり、試験官に対峙する二人
そこに立ちはだかっていたのは、190センチを超える巨躯を鎧で固めた男、セイド・モビット。彼は大剣を肩に担ぎ、エリスたちを見下ろして鼻で笑った。
「俺は試験官のセイド・モビットだ。お前が噂の神童か? 大層な噂だが、そんな非力なチビどもが試験が受けられるのか!お前たちは二人まとめて試験をしてやる!」
「よろしいのですか?基本試験は一人ずつの筈ですが、負けてから失格とか言い出さないわよね」
「はんっ!俺は上級騎士だ!温い貴様等と一緒にするな!俺が負けることは無い、だが、俺が負けたら合格にしてやるよ!」
エリスは淑女教育の賜物である鉄面皮を崩さず、淡々と受験番号を告げたが、セイドの口から漏れ出た言葉は、もはや試験官の領分を完全に踏み越えていた。
「昨日は祖父と弟が世話になったようだな。」
(こいつらが今日来られないように手を打ったとか言っていたが何か手違いでもあったのか…)
「あら、昨日の無礼なお子様のお兄様でしたか。お子様もお子様なら、お兄様もお兄様ですわね。それと、私達が此処に来ないと聞かされていましたか?残念でしたわね」
「な、何を!黙れ!!貴様らこそそんな成りで、学術院に入学できると思うなよ! ……大体、貴様らの母親のテティアは、男に媚びを売って体を使って領地を運営している阿婆擦れだろう?せっかく俺が拾って妾にしてやろうと思ったのによう!俺様をコケにした恨みを貴様らで晴らしてやるよ!」
その瞬間、大講堂の温度が数度下がった。
観客席の受験生たちは、セイドの威圧感に震えていると思っていた。だが違う。この場を支配する「絶対的な殺意」の根源は、舞台の上に立つ、わずか8歳の少女たちから放たれていた。
((……………))
エリスの心の中で、何かが静かに、しかし決定的に断絶した。
隣に立つジュリアスもまた、愛らしい微笑を消し、氷のような無機質な表情でセイドを見据えている。
「お姉様……許可を」
ジュリアスが問いかける。
「……ええ。死なない程度に、魂の底から後悔させてあげなさい」
「それでは、第2次試験を開始します!」
拡声魔法のアナウンスが響き渡る。
「くたばれ、阿婆擦れのチビども!!」
セイドが咆哮し、魔力を纏わせた大剣を上段から振り下ろした。常人であれば、その風圧だけで骨が砕けるほどの暴虐な一撃。
舞台袖のまともな試験官が「やりすぎだ!」と悲鳴を上げる中、大剣がエリスの頭上へと迫る。
――ガギィィィィィィィン!!
鼓膜を突き破るような金属音が響いた。
だが、そこにあった光景は、誰もが予想したものとは正反対だった。
「……あら。随分と鈍らな剣ですわね」
エリスは一歩も動いていなかった。
左手の小剣を斜めに掲げ、セイドの全力の大剣を、まるで羽虫を払うかのように受け流していたのだ。
それだけではない。右手の短槍の石突きが、セイドの重厚な胸甲の「一点」に、吸い込まれるように突き立てられている。
「な……!? なぜ崩れ落ちない、お、俺の剣が……!」
「貴方の筋肉は、ただの見せかけ。魔力の扱いも、体幹すらも基礎の基礎すらできていない。そんなガラクタで、わたくしの家族を侮辱したのですか?」
エリスの緋色の瞳が黄金色に燃え上がる。
同時に、ジュリアスが影のようにセイドの背後に回り込んでいた。
「お姉様の許可が降りました。……貴方のその汚らわしい舌、二度と回らないようにして差し上げますわ」
ジュリアスの細剣が、目にも止まらぬ速さでセイドの四肢の関節を潰された刃の細剣で「撫でる」ように走った。
「ぎ、ぎゃあああああああ!?」
絶叫が上がるが、エリスは逃がさない。彼女は短槍を振り抜き、セイドの巨体を紙屑のように宙へ弾き飛ばした。
「まだ終わりませんわよ? 試験は『終わり』と告げられるまで続くのでしょう?」
宙に舞ったセイドに対し、エリスが短槍と短剣を向ける。
彼女から溢れ出した力が短槍と短剣に流れ込み、その一振りはもはや物理法則を書き換えていた。
エリスは、跳躍しセイドの見下す位置にいた
「私達への侮辱はまだ許せる。お母様への侮辱は万死に値する。一生を掛けて後悔なさい。」
双剣(槍)をセイドに振り降ろす
「『惑星の揺り籠』」
ドォゴォォォォン!!
武舞台が、その形を失うほどに陥没した。
セイドは地面に縫い付けられたカエルのように、自らの重みで四肢をへし折られ、白目を剥いて泡を吹いている。
静まり返る大講堂。
試験官も、受験生も、誰もがその場に凍りついた。
エリスは、血の一滴すら浴びていない馬上服の裾を整え、優雅にカーテシーを決めた。
「あら、もう終わりかしら? 期待外れですわね」
隣でジュリアスが、血の付いていない細剣を鞘に納めながら、天使のような笑顔で付け加える。
「お姉様、次はもう少し『骨のある』試験官を用意していただかないと、お受験になりませんわね♪」
二人の背後で、完全に崩壊した武舞台と、ピクリとも動かない上級騎士の残骸を後に二人は崩壊した部舞台を降りた。
「試験官様、これで試験は終わりでよろしいですか」
「…あっ、ああ……」
「では、ありがとうございました…あぁ、そうそう、あの方のお父様である。モビット伯爵と繋がりのある第二騎士団長様にお伝え下さいね。昨夜の方達も、この試験官も役者には不十分でしたと…」
「え、えっ!?」
颯爽と立ち去る二人の威厳に会場全体が凍りつき、予定不調和に歯が見する者達、急ぎ状況を伝える者達と場は混沌と化すのだった。
「……公爵閣下に伝えないと…」
これが、サリウスの神童――いや、舞台の「序幕」の始まりだった。




