第2話 宴の前夜
宿『緑の森亭』での手続きを終えた二人は、広々とした特別客室へと案内された。
荷解きをカレンたちに任せ、エリスは窓の外に広がる首都の夜景を見つめる。一方、ジュリアスは部屋に飾られた魔草の花をしげしげと観察していた。
「お姉様、この街の空気……少し澱んでおりますわね。人の欲と、陰謀の残滓が混ざり合っていますわ」
ジュリアスが、その端正な顔立ちを少しだけ曇らせて告げる。彼女もまた「世界の記憶」にアクセスできる身。首都の煌びやかな表舞台の裏に潜む、淀んだ匂いを感じ取っていた。
「ええ、その通りよジュリアス。だからこそ、私たちやお母様達やメイル叔父様やマリオ大おじいちゃま達が『大掃除』の準備をして来たのだけれど……。少しばかり、早めに挨拶に来る不届き者がいるようね」
エリスがクスクスと、鈴を転がすような声で笑った。
その直後、コンコン、と控えめながらも重々しいノックの音が響く。
「……こんな夜更けに、どなたかしら?」
カレンが警戒しながら扉を開けると、そこには豪奢なマントを羽織った初老の男と、その曾孫らしき傲慢な笑みを浮かべたエリス達と年嵩が少し上の少年が立っていた。
「これはこれは、サリウス伯爵家のお嬢様方。私はこの地区を管理するモビット伯爵です。田舎から出てこられたばかりと聞き、ご挨拶に……」
伯爵の孫が、エリスとジュリアスを値踏みするように眺める。
「君たちが『神童』の双子かい? 8歳で飛び入り入学なんて、笑わせるよ。身の程を知らないと、試験で恥をかくだけじゃなく、この国から追放されることにもなりかねないからね忠告に来たんだよ」
ジュリアスは、エリスの顔をチラリと見た。エリスの口角が、わずかに吊り上がっている。それは、彼女が獲物を見つけた時の、最も恐ろしくも美しい笑みだった。
「ご忠告、痛み入りますわ。ですがモビット伯爵様……そしてそちらの『元気なお子様』」
「ぼ、僕の事をお子様扱いするなんて!?お爺様……」
エリスは少しの威圧を込めて告げた。
「黙りなさい」
顔面蒼白で黙り込むお子様……。
エリスは一歩前へ出ると、優雅にカーテシーを決めた。しかし、その瞳には冷徹な光が宿っている。
「私たちの心配よりも、ご自身の足元を気にされた方がよろしいのでは? 先ほどこの街を少し拝見しましたが、貴方様が管理している街の街路灯の魔石、あれはサリウス領から買って頂いた魔石ですか?それとも、《《ドラン帝国》》」ですか?
サリウス領の魔石は、ミモラや領兵達が趣味の魔獣を狩りを楽しみ、その副産物として、山のように魔石が積み上がり、それをサリウス領の特産品として、売り捌くことで、ミレニアム共和国への供給率が今では7割を超えていた。
「な、何を……!?」
伯爵の顔が、一瞬で土気色に変わった。
畳み掛けるように、ジュリアスが可憐に微笑みながら追い打ちをかける。
「何を焦ってらっしゃるの?お姉様それだけではありませんわ。この方たちの背後に漂う《《ドラン帝国》》との『癒着』と……。それから《《名のある方》》とモビット伯爵達が行おうとしていることも」
「き、貴様ら、何をデタラメを……っ!」
「あら、デタラメかどうかは、明日の試験が終わってから判明しますわ。試験官の中には、面白い方も混じっていますもの…ねぇ、伯爵様?あー第2騎士団のお孫さんがそうだったかしら、ねぇ伯爵様?」
エリスは扇子で口元を隠し、ジュリアスと視線を合わせた。
二人の間に流れるのは、常人には理解できない「神域」の意思疎通。
「さあ、お帰りください。わたくしたちは明日のために、良質な睡眠が必要なのです。……それとも、今ここで《《ドラン帝国》》諸共『滅ぼされたい』のかしら?」
「お、お前たち…何を、知ってる……」
「「──全て──」」
エリスから放たれた、一瞬の、けれど絶対的な威圧感。
伯爵親子は、悲鳴を上げる間もなく、腰を抜かしたまま這うようにして廊下へ逃げ出していった。
パタン、と扉を閉めた後、ジュリアスはふぅ、と小さく息をつく。
「お姉様、少しやりすぎではありませんか? まだ入学試験前ですのに」
「いいのよ、ジュリアス。どうせ明日…いいえ、今晩になれば、先ほどの脅しが駒を大勢運んで来るわ。そして、これで台本は否応なしにことは進むわ。……楽しみね、入学試験」
「はい、お姉様。私も楽しみですわ。特等席で見守らせていただきます」
「ウフフ♪貴女、我慢できるのかしら?」
二人は手を取り合い、窓の外に広がる、首都を見つめていた。
「「愉しみね……」」
───
──
─
その深夜、宿を取り囲むように、全身漆黒の一団が佇む。
『ターゲットは、三階の………!?』
「御機嫌よう暗殺者の皆様♪宿の備品を壊されるのは少し困るのよ、だから、ターゲットの私の方から出向いてあげたわ。光栄に思いなさい?」
暗殺者達は既に動きを封じられ、エリスの覇気に冷汗と心の底から警笛が鳴り響く…
「…予定通りにね。さぁ私達の傀儡にしてあげるからしっかりと働いてね。黒子さん達…ウフフ♪舞台には大勢の黒子さん達が必要ですからね」
こうして、狙い通りに手駒を手に入れたエリス達は、その夜のうちに首都にある暗殺組織の一部を掌握し、そして、一つの命令を魂に刻印した。
「お姉様、これで万事ことが進みますね♪」
「ええ、馬鹿な人たち、ウフフっ」
そして、ゆっくりと動き出した源流は、やがて大河となり止められない濁流に変わり荒げえない自然災害の如く飲み込んで行く…
皆様ご機嫌麗しゅうございますわ。
いよいよ、私の女神の台本の幕を開けようとしているわ。まだ、序章前の準備段階ですけどね。ふふっ…
早速、黒子さん達を確保できましたわ。
これから、幕開けと共に忙しくなりそうね。
皆様も楽しんで頂けたら僥倖ですわ。
それでは、本編でお会いしましょうね♪




