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第14話 家族でピクニック

 サリウス邸の庭に、テティアの穏やかな声が響く。


「エリスちゃん、きっと寂しがっているわ。みんなでお弁当を届けに行きましょう」


 『母なる世界の女神』から授かった権能により、テティアは瞬時に『境界跳躍術式』を習得していた。


 本来なら神々が幾年もかけて極める秘術を、「お出かけ」のついでに覚えてしまうのがテティアという女性である。


 彼女はジュリアスとカレンの手を引き、光の渦へと飛び込んだ。


 しかし、辿り着いた神聖界はもぬけの殻。冷たい静寂だけが残されていた。


「あら……いないみたいだわ。ちょっと探してみるわね」


 テティアは鼻歌混じりに、即席の『境界探知術式』を展開した。


 多次元に渡る境界線をスキャンし、愛する娘の気配を特定する。その精密さと速度に、隣にいたジュリアスとカレンは目を丸くして固まっていた。


「見つけたわ! でも、なんだかすごく剣呑なオーラが……エリスちゃん、怒っているのかしら?」


 テティアが再び跳躍を試みようとしたその時、天界の境界が爆発的な神力によって激しく震えた。眷属たちの威嚇が、世界の壁を軋ませたのだ。


「きゃっ! 術式が乱されちゃう!」


 天界のひびに阻まれ、テティアはおろおろと立ち往生してしまう。さらに追い打ちをかけるように、禍々しい「邪気」が噴出した。


「大変、誰かの善性が反転しているわ! エリスちゃんが危ないかもしれないのに……どうしましょう!」


 おたおたするテティアだったが、その直後、エリスの神力が開放され天界を包み込んだ。その発動を察知し、テティアの顔がパッと明るくなった。


「今よ! 二人とも、しっかり掴まって!」


 天界の空に、場違いなほど温かな光の門が開いた。


 そこから現れたのは、重箱を抱えたテティアと、呆気に取られた表情のジュリアス、そして少し酔い気味のカレンである。


「あら?あれって、エリスちゃん達よね?なにしてるのかしら。暫くここで見ていましょうか。」


「はい、お母様!」

「はい、テティア様」


『と、当然だ……《《この世界は私の物だ》》! 貴様のような女神の下に甘んじるなど、断じて……断じて認めない!』


『はぁ〜。……それは、妾に求婚しておるのかのぅ?』


───

──


 無事禍々しい、雰囲気は無くなり、天界らしい様相となり一同は胸を撫でた。


 これまでの、ルシフェルとエリスの会話を聞いていたテティアは、額に青筋を浮かべ、その奔放な言動に呆れ半分、怒り半分で憤っていた。


「……後でエリスちゃんは、お仕置きね」


「「………」」


『つまらん! ここから熱血バトル『神と堕天使の最終決戦』が始まるはずだったのじゃ! ……おい天使ども! 感謝するのじゃな。妾のお母様に貴様らは救われたのじゃ!』


 その言葉で、母テティアの怒りも少し静まった。


 エリスは空中に浮かび上がり、右手を掲げた途端に天界に光の波紋が広がった。


「綺麗ね、ことわりに干渉してるのね」

「お姉様!凄いですわ!」

「理に干渉ですか……」


『今、天界のことわりを更新した。妾の意に背く天使は即座に力を失い、貴様らが蔑んだ人間に堕ちることとなる。それと、お主らも輪廻の輪に組み込んだからのぉ! 人間に消滅させられんように、しっかり人間に正しい善性を導くのじゃぞ!』


「天使さん達、お嬢様を、怒らせたのでしょうか?」

「そうみたいね。バツが悪そうな顔をしてるわね…」

「お姉様が降りてきたわ!」


『さて、まずはルシフェルよ。お主の魂から「光の女神の権能」はすべて回収した』


『権能を……回収?』


『そうじゃ。その傲慢な性格は、元を辿れば妾の妹の性質の一部でな。妾も大層困らされたものじゃ。ほれ、代わりに妾の権能をちび〜っと入れておいてやったからの。どうじゃ? 妾の写し身たちはカワイイじゃろ?』


「えっ!私!?」

「「……………」」


『これが罰じゃ! 引き続きしっかり天界を統べるようにするのじゃ! 次は無いと思え!それと、悪意の種は一つ残さず回収するのじゃ!わかったなぁ!?』


「「「……………」」」


『はっ……! 次こそは道を間違えず、天界を統べると身命を賭して誓います』


「「…………」」

「えっ、私!?私のせいでこうなってるの!?なんで!?なんで!ねぇ、ねぇ!お母様!?」


 ジュリアスのな激うぃ、事情を知るテティアは何も言えなかった。


「……………」


『智天使どもと力天使ども、貴様らは別じゃ! 知略に驕り、脳筋で突っ走った罰として、力を半減し地上へ修行に出す。智天使は知神ミモラの元へ、力天使は戦神メアリーの元へ。そこで認められるまで、権能の返還は許さん!』


『『創造主様!! 温情痛み入ります!!』』


「エリスちゃん何だかご機嫌ななめね。」

「そうですね、ジュリアスお嬢様の権能のせいですかねぇ」

「えっ!?私が悪いの!なんで!私まだ何にもしてないよ!ねぇって!」


『平和に解決したのに、なぜこんなに悔しいのじゃ……。もっとこう、ド派手なバトルがしたかったのじゃ……』


 いじけるエリスを他所に、テティアは声をかけた。「あらあら、エリスちゃん。ずいぶん賑やかなところにいるのね?」


 エリスがこちらをバツの悪そうな顔で振り返るのが見えた。


 風呂敷包みを抱えたテティアとジュリアスとカレンがエリスに歩み寄っていたその時、ジュリアスは、悪い癖が自然とポロリと溢れ出た。


(絶対、あのお母様(母なる世界の女神)が色々間違えたせいよね?天然にも程があるわ……)


――カァァァァァァン!!!


「ふべっ!?!? い、痛いっ!?天界でも、タライ!?」


 虚空から現れた、鈍い光を放つタライが、ジュリアスの脳天を正確に撃ち抜いた。


「「………………」」

「あはは……」


 エリスは、慌てふためいて、冷たい汗を流した。


『お、お母様!? なぜここにおるのじゃ!?』


「神聖界にお弁当を届けに行ったら、貴女がいなかったから……。探知したら、変に昂ぶった力を感じて、大変な事になる前に、慌てて跳躍して来たのよ。」


「ルシフェルさんがおかしかったのは、わ、私のせい!? 私何もしてないわよ! ねぇ、お母様!?」


「今はね。貴女の権能はすべてエリスちゃんの中だものね」


『そんなことより、お母様! 早くお弁当を食べるのじゃ!!』


「エリスちゃん、後でお話しましょうね」


 顔を引つらせながら、コクコクと頭を上下し、神の威厳はどこへやら…


 エリスの驚愕を余所に、テティアは辺りの殺伐とした空気を感じ取り、そっと目を閉じた。


(天使さんも、エリスちゃんも、ジュリアスちゃんも、みんな心がトゲトゲしているわ。……よし!)


 テティアは『生命の息吹』の権能を、そっと天界全域に解放した。


 次の瞬間、ひび割れた神殿の隙間から、見たこともない色鮮やかな花々が次々と芽吹き、天界を甘い香りが包み込む。殺意に満ちていた空間が、一瞬にして「聖母の庭」へと浄化されたのである。


「さあ、ピクニックの時間よ。」


 エリスは毒気を抜かれたように、テティアの広げた敷物の上に座り込んだ。


 天界の雲の上、豪華な刺繍の敷物が広げられ、親子三人と神獣たち六人のピクニックが始まった。


 テティアが重箱の蓋を開けた瞬間、天界全土に『慈愛の香り』が満ち溢れた。


 テティアが握った塩おにぎり、出汁の効いた卵焼き、甘辛く煮た鶏肉。それらは単なる料理ではなく、食べた者の心を溶かす『神の癒やし』そのものだった。


 さっきまで争っていた天使たちも、その香りを嗅いだだけで『我々は、なんて愚かなことを……』と改心し、ボロボロになっていた神殿には、色とりどりの花々が咲き乱れた。


「……結局、お母様が一番最強なのじゃな」


 テティアの温もりに抱きつき、その膝に頭を乗せたエリス。


 その瞬間、あれほど荒ぶっていた彼女の神力は完璧な安定を見せ、ついに人間の姿へと戻ることができた。


「エリス、ジュリアス。二人とも、仲良く食べましょうね。ビャクちゃん達もね」


 テティアが握ったおにぎりを、頬を膨らませて頬張るエリス。その隣で、負けじと大きな口でおかずを頬張るジュリアス。


 そして、『聖母』を遠巻きに拝みながら、涙を流して重箱の残りを崇拝する天使たち。


 テティアが握ったおにぎりを一口頬張った瞬間、エリスの姿は一気に「甘えたがりの娘」へと戻っていく。


〜〜〜〜〜〜〜


 無事にサリウス邸へと戻った一行。

 天界での一件を経て、「やっぱりお母様が一番!」と確信したエリスは、これまでの反動を爆発させるかのように、超弩級の甘えたれに変貌していた。


「お母様〜! 妾、今日はお母様の膝枕でないと眠れんのじゃ! クッキーもあーんしてほしいのじゃ!」


 テティアの腰にしがみつき、ゴロゴロと喉を鳴らすエリス。それを見て、ジュリアスは呆れたように溜息をついた。


「もう、お姉様ったら。女神としての威厳が台無しですよ」


 だが、その横で静かに燃えている少女が一人。


「……エリス様、抜け駆けは禁止です!」


 カレンが、エリスの背中に向かってダイブした。


「わっ、カレン!? 何をするのじゃ!」


「私もエリス様に甘えたいんです! そして私もテティア様に抱っこされたいんです!」


 『水神』の加護を持つカレンの突撃は、意外にも重い。エリスとカレンがテティアを奪い合うようにじゃれ合う光景。それを見ていたジュリアスは、胸の奥がチリチリとする、生まれて初めての感情に襲われた。


(な、なんなのこの気持ち……。私も……私も混ぜてほしいのに、体が動かない……っ!)


 これが「嫉妬」だと気づかないジュリアスは、顔を真っ赤にしておろおろと三人の周りを右往左往するばかり。


「あ、あの、二人とも! お母様が困っています! だから、その……一度離れて、順番に……いえ、私も含めて……」


 消え入りそうな声で訴えるジュリアスを、テティアが優しく手招きした。


「ジュリアスちゃんも、おいで?」


 その一言で、ジュリアスの我慢は決壊した。


「わああああん! お母様ぁぁ!!」


 三人の少女がテティアに重なり合い、もみくちゃになるサリウス家のリビング。


「うふふ、みんな元気で何よりだわ」


 テティアの温かな笑い声が、新しい世界の夜を優しく包み込んでいく。


 最強の女神も、水神の使徒も、光の女神も。ここではただの、愛おしい家族でしかなかった。

読んでくれてありがとうなのじゃ!

いっぱい応援してくれて心から

感謝なのじゃ!


(*´ω`*)/応援これからも頼むのじゃ⭐

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