第13話 堕天使ルシフェル
「ほぉ。不快じゃのぉ。二度も似たようなセリフを面と向かって言われると、妾……ハートブレイクしそうじゃ。……お主、妾を超えられると本気で思っておるのか?」
天界の空は、漆黒の邪気と紫の雷鳴に支配されていた。
その中心で、八枚の漆黒と白銀の翼を広げたエリスは、黄金の瞳に冷徹な光を宿し、神力を解放した。
邪気と紫電は、霞のように霧散し、天界の全てが、神威に当てられ嘆くかのように鳴動する。
天界を覆い尽くした神の力に慄き震える天使たち
エリスは、地に這いつくばるルシフェルを見下ろした。
ルシフェルは震えていた。かつて、自分たちがこの世界で最強で我らの振る舞いは世界の摂理であると信じ、この世界の『主』だと本気で思っていた。
しかし、創造神が、これほどまでに強大で、理不尽な存在だとは夢にも思わなかったのだ。それでも、うちに秘める衝動が抑えることができないでいた。
「と、当然だ……この世界は私の物だ! 貴様のような女神の下に甘んじるなど、断じて……断じて認めない!」
「はぁ〜。……それは、妾に求婚しておるのかのぅ?」
「……!? な、何を言っている!」
ルシフェルが呆気にとられたように声を裏返す。エリスはヤレヤレと首を振った。
「そのままの意味じゃ。この世界そのものが妾の体の一部であり、妾の意思の延長線上にある。お主ら天使は、例えるなら妾の体内を巡る細胞の一つに過ぎん。指図め、宿主を乗っ取ろうとする免疫細胞の暴走か何かのつもりか? 滑稽にもほどがあるわい」
エリスの声が天界の隅々にまで響き渡り、空間そのものが振動する。
「まあ、ええ。妾もこの不自由な神聖界に閉じ込められて、ストレスが溜まっておったところじゃ。お主が光の権能……我が妹ジュリアスの負の遺産に支配されておるのも、面白い因果じゃの。いいぞ、面白い! このまま熱い展開が始まる予感じゃのぅ! さぁ、全力でかかって来るのじゃ!!」
エリスが拳を握りしめ、堕天したルシフェルに踊りかかろうとしたその瞬間――。
「お嬢様。期待されているところ大変申し訳ありませんが、これ以上は世界の調整機構が崩壊します」
ビャクの、感情の欠片もない冷ややかな声が割り込んだ。
「……テティア様に、天界を壊したことがバレてもよろしいのですか?」
その一言に、エリスの動きがピタリと止まった。あれほど猛り狂っていた神気が、嘘のように霧散していく。
「……っ!!」
エリスは露骨に肩を落とし、苦虫を噛み潰したような顔で唇を噛んだ。
「う、うむ、……仕方ないのぉ。お母様に叱られるのは、何よりも堪えるからのぅ。仕方ないのぅ……ハァ『世界調律』術式展開…」
やる気無くパチン、とエリスが指を鳴らした。
次の瞬間、天界を覆い尽くして霧散した漆黒の邪気の残渣が、降り注いだ黄金の光芒によって一掃され…
おどろおどろしい景色は一瞬で元の美しい宮殿へと戻り、堕天使たちは強制的に元の純白の翼を持つ天使の姿へと引き戻されたのである。
「つまらん! ここから熱血バトル『神と堕天使の最終決戦』が始まるはずだったのじゃ! ……おい天使ども! 感謝するのじゃな。妾のお母様に貴様らは救われたのじゃ!」
エリスは空中に浮かび上がり、その絶大な権能で天界の理を書き換えていく。
「今、天界の理を更新した。妾の意に背く天使は即座に力を失い、貴様らが蔑んだ人間に堕ちることとなる。それと、お主らも輪廻の輪に組み込んだからのぉ! 人間に消滅させられんように、しっかり人間に正しい善性を導くのじゃぞ!」
もはや抵抗する者などいなかった。目の前にある小さな少女の姿をした神。そのあまりにも奔放で、かつ絶対的な力を見せつけられ、天使たちは己の驕りを深く戒めるしかなかった。
エリスは、呆然とするルシフェルの前へ降り立った。
「さて、まずはルシフェルよ。お主の魂から『光の女神の権能』はすべて回収した」
「権能を……回収?」
「そうじゃ。その傲慢な性格は、元を辿れば妾の妹の性質の一部でな。妾も大層困らされたものじゃ。ほれ、代わりに妾の権能をちび〜っと入れておいてやったからの。どうじゃ? 妾の写し身たちはカワイイじゃろ?」
ルシフェルは驚愕した。自分の中にあった、あの沸き立つような支配欲や不満が、綺麗さっぱり消え去っているのだ。代わりに、胸の奥から温かな、何かを守りたくなるような慈愛の感情が溢れ出してくる。
「これが罰じゃ! 引き続きしっかり天界を統べるようにするのじゃ! 次は無いと思え!それと、悪意の種は一つ残さず回収するのじゃ!わかったなぁ!?」
ルシフェルは言葉もなく、その場に跪いた。かつて感じていた傲慢なプライドではなく、純粋な敬愛と信仰が魂に刻み込まれる。
「はっ……! 次こそは道を間違えず、天界を統べると身命を賭して誓います」
頬を赤らめ、深々と頭を下げるルシフェル。
その横では、カルマを燃やされた智天使や力天使たちが、ガタガタと震えながら審判を待っていた。
「智天使どもと力天使ども、貴様らは別じゃ! 知略に驕り、脳筋で突っ走った罰として、力を半減し地上へ修行に出す。智天使は知神ミモラの元へ、力天使は戦神メアリーの元へ。そこで認められるまで、権能の返還は許さん!」
「「創造主様!! 温情痛み入ります!!」」
地獄への片道切符のような修行だが、消滅を免れた天使たちは涙を流して感謝した。
こうして天界の騒乱は幕を閉じた。……が、エリスの機嫌は治らない。
「平和に解決したのに、なぜこんなに悔しいのじゃ……。もっとこう、ド派手なバトルがしたかったのじゃ……」
いじけるエリス。そこへ、世界で一番優しく、そして恐ろしい声が響いた。
「あらあら、エリスちゃん。ずいぶん賑やかなところにいるのね?」
振り返れば、そこには風呂敷包みを大事そうに抱えたテティアと、その後ろで虚空から降ってきたタライの直撃を受けながらも「あはは……」と笑うジュリアスの姿があった。
「お、お母様!? なぜここに!?」
「神聖界にお弁当を届けに行ったら、貴女がいなかったから……。探知したら、変に昂ぶった力を感じて、大変な事になる前に、慌てて跳躍して来たのよ。」
エリスは、慌てふためいて、冷たい汗を流した。
「お、お母様、い、いつから、ここに?」
「そこのルシフェルさんが、エリスちゃんに求婚したところからかしら」
聞かれたくなかった部分を全て聞かれてしまい、非常に不味いと顔が引きつるエリス
その傍らビャクが、二人をルシフェルに紹介した。
テティアが『聖母』であり『陽神』であることを知った天使たちは、あまりの情報量と彼女から溢れる究極の慈愛のオーラに、次々と泡を吹いて倒れ伏した。
「ルシフェルさんがおかしかったのは、わ、私のせい!? 私何もしてないわよ! ねぇ、お母様!?」
「今はね。貴女の権能はすべてエリスちゃんの中だものね」
「そんなことより、お母様! 早くお弁当を食べるのじゃ!!」
「エリスちゃん、後でお話しましょうね」
顔を引つらせながら、コクコクと頭を上下し、神の威厳はどこへやら…
天界全体に春の麗らかな陽光が降り注いだ様な陽だまりの温もりがそよそよと感じ、誰しも幸せの息吹を感じ、刺々していた心も、陽気に当てられ、心安らかな安堵の気持ちとなった。
ひび割れた神殿の隙間から、見たこともない色鮮やかな花々が次々と芽吹き、天界を甘い香りが包み込む。殺意に満ちていた空間が、一瞬にして「聖母の庭」へと浄化されたのである。
天界の雲の上、一面お花畑になった天界、豪華な刺繍の敷物が広げられ、親子三人と神獣たち六人のピクニックが始まった。
テティアが重箱の蓋を開けた瞬間、天界全土に『慈愛の香り』が満ち溢れた。
テティアが握った塩おにぎり、出汁の効いた卵焼き、甘辛く煮た鶏肉。それらは単なる料理ではなく、食べた者の心を溶かす『神の癒やし』そのものだった。
さっきまで争っていた天使たちも、その香りを嗅いだだけで『我々は、なんて愚かなことを……』と改心し、ボロボロになっていた神殿には、色とりどりの花々が咲き乱れた。
「……結局、お母様が一番最強なのじゃな」
テティアの温もりに抱きつき、その膝に頭を乗せたエリス。
その瞬間、あれほど荒ぶっていた彼女の神力は完璧な安定を見せ、ついに人間の姿へと戻ることができた。
「エリス、ジュリアス。二人とも、仲良く食べましょうね。ビャクちゃん達もね」
テティアが握ったおにぎりを、頬を膨らませて頬張るエリス。その隣で、負けじと大きな口でおかずを頬張るジュリアス。
そして、『聖母』を遠巻きに拝みながら、涙を流して重箱の残りを崇拝する天使たち。
新しい世界の創世は、暴力による破壊ではなく、お弁当と家族の愛によって再構築されていく。
空の上では、『母なる世界の女神』がタライを磨きながら、このカオスで愛おしい光景を満足げに見つめていた。
サリウス領の明日は、きっと今日よりもさらに予測不能で、温かな愛の光に包まれるだろう。
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