第11話 穏やかな日常
楽しい時間は残酷な現実を連れてくる。
全盛期以上の神力をその小さな体に宿してしまったエリス。
彼女の存在そのものが、地上に留まるには強大すぎたのだ。
「……長く地上にいれば、この地の理が崩壊しかねません。エリス様、今は神聖界への移住が最善かと」
ビャクの言葉に、エリスは唇を噛んだ。
力が馴染むまで、一時的に地上を離れる。
それは、大好きな母との別れを意味していた。
「お、お母様……。妾、すぐ戻るからの!決して忘れないでほしいのじゃ!」
「ええ、大丈夫よ。エリスちゃんの事忘れるなんてことはないからね!神聖界でしっかり力を整えてくるのよ。ジュリアスは私が責任を持って見ておくからね」
愛しさと寂しさ、そして切なさ。初めて抱く感情に胸を締め付けられながら、エリスと眷属たちは黄金の光に包まれ、新しく創造された神聖界へと昇天していった。
――サリウス邸。
エリスがいなくなった静寂を埋めるように、テティアとジュリアスは多くの時間を共に過ごした。共にお風呂に入り、背中を流し合い、一つのベッドで夜遅くまで語り合う。
(お母様……温かい。これが、お姉ちゃんがずっと欲しかった『愛』なんだわ……)
ジュリアスは、姉が手に入れた幸せの意味を肌で感じていた。だが、幸せに浸る彼女の脳裏に、かつての光の女神としての『毒』がふと顔を出す。
(……でも待って。よく考えたら、光の女神の権能が『酷薄』とか『絶望』で、闇の女神が『慈愛』と『希望』って……。絶対、あのお母様(母なる世界の女神)が間違えたのよね?天然にも程があるわ……)
その思考が完結した、次の瞬間。
――カァァァァァァン!!!
「ふべっ!?!? い、痛いっ!?な、何これ、た、タライ!?」
虚空から現れた、鈍い光を放つタライが、ジュリアスの脳天を正確に撃ち抜いた。
「……み、見てるのね。心を読まないでほしいですぅ……(切実)」
それ以来、ジュリアスが魂の生みの親を毒づくたびに、どこからともなくタライが降り注ぐという怪異がサリウス邸の名物となった。
一方で、中庭に落ちた高級なタライは、使用人たちの洗濯桶として大層重宝され、サリウス家の生活水準を地味に向上させたのであった。
サリウス邸の最上階にある、魔石で常に適温に保たれた大浴場。白濁した湯船に、テティアとジュリアスは肩まで浸かっていた。
「……ふぅ、極楽ですぅ。お母様、背中をお流ししますね」
「あら、ありがとうジュリアス。ふふ、貴女は本当に器用ね。エリスちゃんは力が強すぎて、時々石鹸ごと粉砕しちゃうことがあったから……」
ジュリアスは、慣れない手つきながらも丁寧にテティアの白い肌を流していく。
かつて姉の世界を支配しようとした指先が、今は母の髪を梳いている。
その事実に、ジュリアス自身も不思議な充足感を感じていた。
(お母様♫ 温かい♡)
―― 一方、新たに創造された『神聖界』。
そこは、エリスの魔力が溢れ出したことで生まれた、金色の雲と無限の星海が広がる美しき領域……のはずだった。
「おーかーさーまーにーー!!あぁーーいーたーいーのぉぉぉじゃあああああ!!!」
――ドォォォォン!!
エリスの絶叫と共に、神聖界にそびえ立つ白亜の宮殿の柱がまた一本、派手に吹き飛んだ。
あまりにも膨大すぎる神力を小さな体に詰め込まれた副作用で、エリスは現在、地上に降りればその一歩ごとに大地を陥没させ、その吐息一つで気象を激変させてしまう『歩く終末兵器』と化していた。
「お、おのれーー!ジュリアーーース!妾をこんな不自由な体にしおって!それに、神聖界に妾を追いやって、自分はお母様とお風呂に入ったり、一緒に寝たり、おやつを食べたりしておるのじゃ!?許せん!許せんのじゃぁぁぁぁああ!」
「エ、エリスお嬢様、落ち着いてください!宮殿が、昨日直したばかりの宮殿がまた砂になってしまいます!」
ビャクが必死に宥めるが、逆効果だ。
エリスは地面をゴロゴロと高速で転がり回りながら、八つ当たりの対象を探して目を血走らせている。
「ビャク!修行じゃ!修行の時間じゃ!妾のこの有り余るエネルギーをぶつけられるのは、お主らしかおらんじゃろぉ!?」
ビャクは冷や汗をその場に残し、命惜しさに必死の形相で逃げた。他の眷属たちも同様に危険を察知し、蜘蛛の子を散らすように散開する。
――命がけの鬼ごっこが始まった。
それを更に般若の形相で追いかけるエリス……。
追いかけ回している間に、段々楽しくなってきたエリスは、最終的に満面の笑顔でビャクたちを追い、ビャクたちも命の危機を脱したことに安堵する。
こうして平穏な(?)神聖界の一日が無事終わる。
(まあ、お母様から、ジュリアスが転生した理由と精神世界での出来事を共有してもらったが……。これまで『双子』や『妹』という言葉に感じていたモヤモヤの正体が知れたのは良かったのぉ。……しかし、実の妹を物理で分からせるとは。母上のブチギレシーン、恐ろしすぎて夢に見そうじゃ……)
かつて自分を消滅に追い込んだ元凶を、再び妹として迎える。その複雑な心境は、誰に理解できるものでもない。
その夜、ビャクと眷属はひっそりと集まり、話し合っていた。
「聖母様に伝えないと、我々の命が危ない――」
エリスが寝静まった後、ビャクと眷属はテティアの元へ行き、エリスの窮状を伝え、神聖界に足を運んでくれるように頼み、『境界跳躍術式』を伝えたのだった。
こうして、ビャクと眷属たちの涙ぐましい働きにより、一つの世界(と彼らの命)が守られることになるのだった。
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