第8話 母なる世界の女神
女神アウロラが治める至高の領域「エデン」。
そこは神力が満ち溢れ、常に黄金の光が降り注ぐ場所であった。
ある時、その溢れ出したエネルギーが下層の次元へと漏れ出し、図らずも新たな世界が産声を上げた。
「あら? 世界の下層に新たな世界が誕生したわね。どうしましょう、可愛らしいこと。そうだわ!双子の女神を創造しましょうか」
アウロラは、その新世界に自らの分身を遣わすことにした。『神性の息吹』という至高の奇跡を用い、自身の性質を分けた『闇の女神』と『光の女神』を誕生させることにした。
「アウロラ様、一度に二人は無理です。」
側近の神々の忠言に耳を傾ける。
アウロラは彼女に、神として最も尊い二つの権能と名を授けた。
――『慈愛』と『希望』。名は『アフロディーテ』愛を冠する権能を
「この子は、深い愛を司る闇をも照らす女神。闇の中から自力で力を付け、立派に世界を創造するでしょう。大丈夫、私の子だもの」
そう言い残すと、アウロラは一人きりの幼い女神を下層世界に生み出したまま、長い間その世界を放置してしまった。
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時が過ぎ、アウロラがふと下層世界へ意識を向けた時、彼女の魂に鋭い痛みが走った。
それは、下層から届いた強烈な思念だった。
『さみしい……』
『温もりが欲しい……』
『独りぼっちは嫌だよ……』
暗闇の中で膝を抱え、今にも消え入りそうな孤独に溺れる幼子。
アウロラは慌てて手を差し伸べようとしたが、側近の神々に止められた。
早熟な下層世界に上位神が直接干渉すれば、力の均衡が崩れ、下層世界そのものが上層に引き込まれ消滅してしまう恐れがあったからだ。
「そん、なぁ……わ、私は見ていることしかできないの!?」
アウロラは、日に日に心が疲弊し衰弱していく、幼い女神を、ただ、おろおろしながら見守るしかなかった。未だ双子を創造する力は十全には戻っていない。
──幼い女神は、母なる世界から流れ込む、記憶を羨望の眼差しで垣間見ていた。
そこには、誰もが温もりを感じ、愛が溢れている世界だった。しかし、幼い女神の周りは何も無かった…
幼い女神の『孤独』と『焦燥』が下層世界に理として影響する。闇は深まるばかりだった。──
アウロラは、幾度となく手を差し伸べようとするが、側近の神々がそれを止める。やがて、幼い女神の強い思念がアウロラの魂に痛みと共に再び届いた。
消え入りそうな幼い女神は、強く希った。『温もりが欲しい…』『愛されたい…』『私を愛する家族が欲しい……』と
アウロラは側近の神々に止められながらも、闇と対になる『光』を誕生させれば、二人は手を取り合い、孤独を分かち合えるはずだと信じて、彼女は再び『神性の息吹』を練り上げた。しかし、焦りが彼女の思考を狂わせる。
新たに誕生した『光の女神』に与えられた権能と名は、――『酷薄』と『絶望』。名は『マーキュリアス』癒しを冠する権能…
「アウロラ様!?権能が逆転しています! 闇の女神に『愛』を、光の女神に『絶望』を与えてどうするのですか……!ですから、力が戻るまではと…」
側近の神々の悲鳴を聞き、アウロラは顔を真っ青にした。うっかりでは許されない致命的なミスだったからだ。
だが、干渉するには下層世界は幼過ぎた。二人が成長し、自らの力で世界の真理を構築するのを待つしかなかった。
心配を他所に幼い二人は驚くほど仲睦まじかった。笑顔の絶えない日々、アフロディーテは母なる世界に心から感謝していた。その想いがアウロラへも届いた。
「ああ、良かった。今度こそ大丈夫ね」
アフロディーテに、冷たく当たる妹のマーキュリアスを、母親のように甲斐甲斐しく世話をする姿を見て、アウロラは静かに安堵の涙を流す。
側近の神々も胸を撫で下ろしたが、それは束の間の安らぎに過ぎなかった。
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成長するにつれ、二人の持つ『権能』が宿命のように火花を散らし始める。
アフロディーテは『温もり』と『愛』を求め、惜しみなく与えて『溺愛』した。
しかし『酷薄』の権能を持つマーキュリアスは、次第にその愛を疎んじ、姉を拒絶するようになる。
拒絶されても、『慈愛』の権能を持つアフロディーテは、唯一無二の妹に『希望』を抱き、愛を一層深め続けた。
「ねぇ!?何とかならないの!あの子達も大きくなったわ!もう、直接干渉出来るでしょ!」
その健気な姿に、アウロラは居ても立っても居られず側近の神々たちに詰め寄ったが、『手段がない』とはねつけられるばかりであった。
それからも、マーキュリアスは姉のアフロディーテと交わることは無く、別々の神界を創生した。
変わらない日々、アフロディーテは常に『孤独』と『焦燥』を胸に秘め、幼かった頃の共に過ごした、幸せな思い出に縋り、愛する妹への想いは変わらなかった。
それが一層アフロディーテを深く傷付けている。
心根の優しい闇の女神が深く傷つくたびにアウロラは心を痛めた。自身の焦りからの選択がアフロディーテを一層孤独にし、苦しませていることに。
──相反する権能同士、衝突は必然だった
ついに、マーキュリアスの『権能』の力が溢れ、アフロディーテを飲み込まんと静謐は破られた、彼女が求めない争いへと発展した。
「な、何故争うの!?やめなさい、マーキュリアス!」
アウロラは、嘆き悲しんだ、今すぐにでも止めに行きたい衝動を側近の神々に抑えられ、涙ながらに見ていることしかできなかった。
マーキュリアスはより過激に、より残虐に容赦のない攻撃が続けられた。それでも、アフロディーテは反撃せずに耐え続けた。
アフロディーテの心に悲壮感を滲ませ、終わりなき争いへの無力感に打ちひしがれる思いがアウロラの元に届く。
「マーキュリアスを想って、攻撃できないのね…このままじゃ、あなたが⋯⋯⋯」
──ついに終焉の刻を迎える。
マーキュリアスの全方位からの攻撃が、無防備なアフロディーテへと収束した。その一撃は神の魂を深く穿ち、アフロディーテから女神としての十全な力を奪い去った。
「や、やめて、やめて!それ以上は!アフロディテーが⋯⋯」
アウロラは、次の一撃が、永遠の別れを告げる最後の大技になることに息を飲んだ。
張り詰めた顔が穏やかに変わり、ゆっくりと強張る体から力を抜くアフロディーテ。その様子をアウロラ見逃さなかった。
「アフロディーテ!諦めちゃだめ!しっかりしなさい!嫌よ!⋯ダメ!⋯やめなさい!マーキュリアス!!」
放たれたのは、マーキュリアスがアフロディーテを滅ぼすためだけに編み出した概念攻撃。
「こ、これ以上、この子を傷つけないで!お、お願いよ…ウッ、ウッ、ウ…」
アウロラは膝から崩れ落ち、涙を流すしかなかった。
「避けて!避けて! お願いだから、諦めないで!諦めないでよ────」
避ける素振りも見せないアフロディーテ。迫りくる光の本流を、慈愛の目でどこか遠くを見つめていた。
──アウロラに流れ込む強い想い。
争いなど知らなかった幼い姉妹の日々、妹の笑い声、楽しかった日々、愛しさが溢れる想い。無邪気に笑っていた幼き日の妹の面影が、死を運ぶ虹色の光景と重なる。
アウロラは絶句した。自分の過ち、この過ちだけは、『母の責任』であって、アフロディーテひとりが苦まなくてもいいはずだ。溢れ出る慟哭と焦燥に胸を掻き上げ、息をするのも忘れてしまうほどに胸を焦がす。
終わりを受け入れるように静かに手を下ろし、瞳を閉じたアフロディーテ…
「受け入れちゃだめよ、アフロディーテ⋯お願い、だから、生きて―――」
光の奔流が直撃した───
「あぁ─────────ぁ…… 」
アウロラは、嗚咽を漏らしながら、むせび泣いた。娘を下層へ生み落とし、幸せを願ったが、アウロラ自身が未熟で、このような結末を生んでしまった。取り返しがつかない悔しさに涙に暮れる。アフロディーテの想いが再び届く。
母なる世界への『温もりと愛に溢れた世界』を夢想し渇望した。しかし叶えられそうにないと無力感に包まれ、静かに終わりの時を待つ寂しげなアフロディーテ
「…………」
光に呑まれ、崩壊し光の粒子となり霧散していく。
「…………」
娘が消えゆくなか、再びアフロディーテから強い感謝の思念が届いた。『母上(母なる世界)から託されたこの世界、母の愛の証だと信じて、育て、慈しみ、共にあった。(母上感謝しています。)』
「アフロディーテ───」
アウロラは、泣き崩れることしかでなかった。娘には確かに、アウロラからの愛が届いていた。感謝の想いを確かに受け取った。
母上からの愛を失うことだけは諦められなかった。『母上の愛を踏みにじらせない!』彼女は命の全てを捧げてでも護る強い想いと共に…
「だ、だめ、だめ、魂を開放したら、本当に消滅してしまうわ!やめて、私なんかを想っても、ダメな母親だから!自分を大切にして、お願いだから、それだけは───
『くっ⋯⋯⋯⋯。闇の神界よ、妾に仇なす外敵を退け、永久に閉じよ!』
魂の消滅とともに神界の外郭を封鎖し、『母なる世界への想いを汚されないように』と想いが強固な理に変わる、闇の神界は外部からの干渉と過去の光との思い出ごとすべてを断絶した。ただ一つの母の愛の証を残すために⋯
アフロディーテの母を想う気持ちが流れ込んでくる。その強い『温もり』と『愛』を渇望する愛情深い想いに言葉も出ないアウロラ
アフロディーテは、去りゆくマーキュリアスを愛おしげに見つめている。
最後まで憎むことはできなかった彼女の想い。幸福な記憶を抱いたまま消えゆく姿を、アウロラは涙で霞むなかその最後の輝きを見つめ続けた。
儚い輝きを放ちながら消えゆく間際、アフロディーテの瞳から涙が溢れ落ちたのをアウロラが寂しげに見つめる。
その涙は私に最後に贈られた想いだったからだ──
読んでくれてありがとうなのじゃ!
いっぱい応援してくれて心から
感謝なのじゃ!
(*´ω`*)/応援これからも頼むのじゃ⭐




