第6話 女神の追憶
テティアお母様に抱きしめられた、自分と瓜二つの少女。
夜の闇を溶かしたようなエリスの黒髪に対し、その少女の髪は月光を紡いだような白銀に輝いている。
その姿を目にした刹那、エリスの脳裏で、封印されていたはずの重く悲しい物語が濁流となって溢れ出した。それは、彼女が『エリス』となる前、神話の黎明に刻まれた絶望の記録。
──創生の刻。
母なる世界の力場が溢れ出し、下層に新たな神の世界が産声を上げた。
誕生したばかりの孤独な世界に、彼女……アフロディーテは、ただ独りだった。
永い永い孤独の中、母なる世界から届く『温もり』と『愛』の断片。彼女はそれを羨望し、震える手でその光を求め、母なる世界へ届かぬ渇望を叫び続けた。
願いは、聞き届けられた。
天空から一粒の希望が零れ落ち、彼女と同格の輝きを持つ『光』が誕生したのだ。
だが、それは救いであると同時に、呪いでもあった。
幼い彼女は光の化身である妹に、己の持てるすべての『温もり』と『愛』を注ぎ、溺愛した。
しかし、光はやがて彼女の愛を『闇の重圧』として疎んじ、拒絶するようになる。
永劫の刻が過ぎ、姉妹は交わることなく別々の神界を創生した。
アフロディーテは常に、幼き日の幸福な残像に縋り、光への希望を捨てきれなかった。
それが一層彼女を傷つけることとなる。
だが、同じ母なる世界から注がれる神力をを分かち合う光と闇の衝突は、もはや必然だったのかもしれない。
──静謐は破られた
光は溢れ、彼女の領域を飲み込み、アフロディーテが望まぬ『神々の戦い』へと発展したのである。
──戦いが始まって、幾光年
どれほど言葉を尽くしても、光に彼女の想いは届かない。
容赦のない光の礫は彼女の心を悲愴感で染め上げ、終わりなき争いへの無力感が彼女の魂を削り取っていく。
そして、ついに終焉が訪れた──
全方位から収束する光の奔流。
神の魂を穿つ一撃は、彼女から女神としての力を残酷に奪い去った。
深淵なる闇の領域は光に侵食され、彼女が育んできた七色の輝きは、すべて光の女神の手元へと吸い込まれていく。
アフロディーテは悟った。
次の一撃が、永遠の別れを告げる絶縁状になることを。
彼女は強張る体からゆっくりと力を抜き、静かな諦念の中、瞳を閉じた。
(……あぁ、それでも…妾は、マーキュリアス。お主を……愛しておる)
放たれたのは、彼女の神格を根源から消去する概念攻撃。
迫りくる虹色の死を、彼女は慈愛の目でどこか遠くを見つめていた。
……脳裏をよぎるのは、争いなど知らなかった幼い頃の妹の笑い声…様々な思い出。愛しさが溢れる、けれどもう二度と触れられない思い出。
そして、母なる世界への『温もりと愛に溢れた世界』を夢想し渇望した…叶えられない想いに無力感を抱いた
光の奔流が直撃する──
魂が砕け、記憶が白く塗りつぶされていく。
母上(母なる世界)から託されたこの世界、母の愛の証だと信じて、育て、慈しみ、共にあった。
──母上感謝しています。
消えゆく意識の中で、彼女は母なる世界へと最後の手を伸ばした。
この世界を、母が託してくれた愛の証を、異分子である光に汚されたくない。
母上からの愛を失うことだけは諦められなかった。
──母上の愛を踏みにじらせない!
「くっ……! 闇の神界よ、妾に仇なす外敵を退け……永久に閉じよ!」
魂の消滅と引き換えに、彼女は神界の外郭を封鎖した。
光を弾き出し、過去の思い出ごとすべてを断絶する。
──ただ一つの『愛の証』を守るために。
薄れゆく視界の端で、勝利に酔う妹──マーキュリアスの姿を追った。
姉として導けなかった後悔。
最期まで憎みきれなかった、自分への忸怩たる思い。
「お姉ちゃん、さようなら。この世界に、貴女はいらないの」
迷いのない妹の瞳。
アフロディーテは最期の瞬間まで、その冷酷な光を愛おしげに見つめていた。
女神が消滅した跡には、煌めく神気の残渣と……。
彼女が生きた唯一の証として、母への強い想いが結晶化した『一粒の涙』だけが、虚空に漂っていた。
──
───
─────
「これが、妾が自ら封印した記憶……そして、記憶が蘇ったことで開放された、世界の記憶………」
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