第5話 生命の息吹『誕生』
エリスが空を見上げ、不敵な笑みを浮かべていた、その時だった。
静寂に包まれた寝室に、シーツが擦れる微かな音が響く。
背後のベッドで、三日間眠り続けていたテティアの指先が、春の芽吹きのようにピクリと動いた。
「……ん……。あら、皆……。ふふ、おはよう。ずいぶん賑やかね♪」
「お母様! お目覚めですか!」
エリスが弾かれたように駆け寄る。
その瞳には、普段の威厳を忘れた、純粋な娘としての喜びが溢れていた。
カレンやミモラ、ビャクたち眷属も、張り詰めていた糸が切れたように安堵の溜息を漏らし、その場に跪く。
テティアはゆっくりと上体を起こした。
その肌は透き通り、放たれる慈愛のオーラは部屋全体を暖かな陽だまりへと変えていく。
「エリス……。ええ、もう大丈夫よ。それと……お母様にビャクちゃん、皆さんも。私のわがままで心配をかけてごめんなさいね。でもね、どうしても紹介したい人がいるの」
テティアの言葉に、一同の間に緊張が走る。
脳裏をよぎるのは、エリスが先ほど口にした『異界の神の魂』という不穏な言葉だ。
その瞬間、テティアの胸元から、心臓の鼓動に合わせるように眩い白銀の光が溢れ出した。
それは物理的な光を超えた、高密度の神格の輝き。
光は一点へと収束し、テティアはそれを慈しむように両手で包み込んだ。
「さあ、生まれ出ておいでなさい。 ──『生命の息吹』」
彼女が優しく息を吹きかける。
途端に、圧倒的な生命力が部屋を満たした。
白銀の光はテティアの手の中で『光の胎』へと変化し、母の胎内で育つ生命そのものの如く、急速に幼生体へと姿を変えていく。
それは奇跡の加速だった──
光の中で幼い命がスクスクと育つ。赤子から幼児、そして少女へ……。
数秒の間に数年の時を駆け抜け、光が霧散したとき、そこには一人の少女が形作られていた。
テティアに抱きしめられたその少女は、エリスと瓜二つだった。違うのは、夜の闇を溶かしたようなエリスの黒髪に対し、彼女の髪が月光を紡いだような白銀であることだけだ。
エリスが即座に身構えた。その刹那、彼女の脳内に『心折られた前世の記憶』が濁流となって流れ込んだ。
──世界を創造する以前、自分を裏切り、消滅の淵へと追い込んだ元凶。傲慢で、独善的な光の女神。
「なっ……お、思い出したぞ!?お主は……マーキュリアス!? なぜお母様から生まれてくるのじゃ!」
エリスの背後で八枚の漆黒の翼と白銀の翼が逆立ち、部屋の空気が爆ぜるような神威が吹き荒れる。ビャクたちも瞬時に殺気を放ち、攻撃体制に移行する。
だが、現れたマーキュリアス──白銀の三対六枚の翼を背負った少女は、反撃するどころか、テティアの背中に隠れてガタガタと震え出した。
「ひ、ひぃぃっ! お、お姉ちゃん……じゃなくて、エリスお姉様! 怖いです、その顔怖いですぅ! 目が、目がマジですぅーっ!」
『……え?』
殺気立っていた全員の動きが凍りついた。
かつて闇の女神を滅ぼし、神域を強奪しようとしたあの傲慢な女神が、今や涙目でテティアの服の裾を掴み、縮こまっている。
「こら、マーキュリアス。お姉様に向かってそんな失礼な態度は許しませんよ? それに、貴女……生まれたてで『裸んぼう』なんだから。クスッ」
テティアの、鈴を鳴らすような優しい、けれど絶対的な拒否を許さない声。その一言で、部屋の重圧は霧散した。
「メアリー、この子にエリスの予備の服を着せてあげて。……さあ、皆は一旦外へ。レディの着替えの時間よ」
テティアの微笑みの裏にある『有無を言わせぬ圧力』に、光の女神は完全に屈服していた。
着替えが終わり、一同が再び部屋に戻ると、そこにはシュンとした様子で、少しサイズの大きい服を着たマーキュリアスがいた。
彼女はテティアに背中を押されるように前に出ると──。
ドサッ。
これ以上ないほど綺麗な姿勢で、エリスの前に「土下座」をした。
「え、エリスお姉様……。これまで、その……多大なるご迷惑をおかけしました。これからは、テティアお母様の二番目の娘として、そして貴女の双子の妹として、心を入れ替えて尽くす所存です。……ですので、どうか、その……拳を下ろしていただけないでしょうか……?」
エリスは呆然と母を見た。
あの、傲慢が服を着て歩いているような光の女神が、今や完全に『しつけられた仔犬』のようになっている。
「お母様……。これは、一体どういう状況なのじゃ? 妾の知るマーキュリアスは、もっと……こう、救いようのない傲慢の塊だったはずじゃが」
テティアは楽しげに、ふふっと微笑んだ。
「エリス、この子はもう悪いことはしません。精神世界でじっくりと『お話し』して、しっかりと『お説教』しましたから。……ね、マーキュリアス?」
「は、はいっ! 異論はございません! お母様の教えは絶対です! 私はお母様の忠実な娘です!」
エリスは毒気を抜かれたように翼を畳んだ。これほどまでに完璧な『お説教』を完遂した母に対し、恐怖に近い敬意を抱かざるを得ない。
エリスは、自身の頬を流れる熱いものに気づいた………。そうして、涙と共に溢れ出る想いに心を震わせた………。
「……お母様。妾は、もう、一人ではないのじゃな?」と小さく呟いた。
「えっ?エリス何か言った。何故、泣いてるの?」
「いいや、お母様何もないのじゃ。ちょっと、目にゴミが入っただけじゃ!」
エリスは、母テティアの胸に飛び込み、顔をきつく擦り付け、その温もりを、愛を、かつて渇望した想いを、雪解けのように暖かく融かしていった。
「変な子ね♪ウフフ」と、エリスを抱きしめ、優しく頭を撫でるのであった。
「それから皆、聞いて。この子は今日からマーキュリアスではなく、エリスの双子の妹『ジュリアス・サリウス』として暮らします。この子の神としての力は、神格の核以外すべてエリスに引き継がれたので、今は人間と同等の力しかありません。皆で守ってあげてくださいね」
テティアの宣言に、眷属たちは困惑しつつも、主の決定に従い深く頭を下げた。
だが、エリスだけは納得がいかない様子で首を傾げる。
「ジュリアスをお母様の子供として生み落としたその力なのじゃが……。妾が与えた加護の『聖母』の力は分かるが、魂を肉体として再構成し、受肉させるほどの権能は、妾には無かったはずじゃが?」
「ふふふ♪ エリスちゃん、鋭いわね。驚いちゃだめよ? この力はね……貴女とこの子を生んだ、本当の意味での『母なる世界の女神様』から直接いただいた力なのよ」
「なっ……!? 何!! 妾が転生前に心から慕っておった、母なる世界の母上に会ったのか! お母様! ジュリアス! 羨ましいのじゃ!」
「い、いえ……エリスお姉様。お話をされていたのは、お母様だけで……」
ジュリアスが震えながら補足する。
「ええ、少しお話ししたわ。『エリスとジュリアスをお願いします』って言われたから、キチンと育てますって答えておいたわ。二人で壮大な姉妹ゲンカをして、世界を壊しかけて、二人とも迷子になっていたんですもの。お母さんとしてはね、ガツンと言っておかないとね」
さらなる上位存在である『上層世界の神』と対等、あるいはそれ以上に渡り合い、力を引き出したテティア。その姿に、一同は確信した。
この優しい聖母こそが、この世界における真の『絶対者』であると──
サリウス領の日常は、神々の因縁を飲み込み、より騒がしく、予測不能な新章へと突入したのである。
読んでくれてありがとうなのじゃ!
いっぱい応援してくれて心から
感謝なのじゃ!
明日は、短めなので2話更新するでのう
7時と12時じゃ
楽しみにしておくのじゃぞ!
(*´ω`*)/応援これからも頼むのじゃ⭐




