第2話 安易な自己犠牲
テティアは、いつの間にか純白の虚無が広がる不可思議な空間に立っていた。
地平線の先まで何もないその場所には、太陽さえ存在しない。ただ、空間全体が淡く柔らかな光を放っていた。
テティアは、奇妙な既視感を覚えつつ、背後に確かな気配を感じて振り返った。
そこにいたのは、三対六枚の純白の翼を背負い、陽光を散りばめたような白銀の髪をなびかせる、娘と同じ顔をした絶世の美女だった。
「…………」
額に白銀のサークレットを戴くその姿からは、抗いがたい神性が溢れ出している。
テティアの脳裏に、あの日が鮮明に蘇った。
(同じだわ……。エリスと初めて出会った時と……)
内側から熱い何かが膨れ上がる感覚。自身の魂が、この超常の存在に共鳴していく感覚。すべてが、あの運命の出会いと同じだった。
(でも…私を呼んだのは…この子ではなさそうね…)
すると、白銀の女神は突如としてその場に膝をつき、あろうことか「土下座」を始めた。そして、鈴を転がすような美しい声を震わせて語りかける。
『お、お願いがあります……! どうか、お話を聞いていただけないでしょうか!?』
「……。すみませんが、まずは頭を上げてくださいな。大切な話があるのでしょう?」
テティアは落ち着いて促した。
「ここは、精神世界ですね? 貴女はもしかして、女神アフロディーテ……いえ、エリスの、ご家族ですか?」
マーキュリアスは驚きに目を見開き、頭を上げると、コクコクと激しく上下に振った。
「そう、やっぱり……。確か、こんな感じかしら。(『物質創世』)……ええ、できたわね」
テティアが念じると、何もない虚空に猫脚の椅子と円卓が鮮やかに具現化した。彼女は戸惑う女神に座るよう促す。
『……は、はい』
二人が向かい合って座ると、宙に浮いたティーポットからカップへ、香ばしい紅茶が注がれる。
(できるものなのね……)
テティア自身、自分の適応力に少し感動していた。一方で、マーキュリアスは驚愕のあまり言葉も出ない様子で、まるで「借りてきた猫」のようにちょこんと椅子に腰掛けていた。
(え〜なに!なに!お姉ちゃんのお母様って女神様なの〜〜!どうなってるの!?)
「それで、私へのお話とは……。まずは自己紹介から始めましょうか。私はテティア・サリウス。闇の女神アフロディーテ……今はエリスディーテ・サリウスの母であり、『女神の聖母』と『陽神』の座を授かっているわ」
(きゃぁ〜〜!お姉ちゃん以外の女神様って初めてだわ!?)
『エ、エリスディーテ……。す、すみません! 私は、や、闇の女神アフロディーテの双子の妹で、光の女神を務めていたマーキュリアスと言います!』
「やはり、妹さんでしたか。それで、何のお話? もしかして、姉を返せとでも仰るのかしら……?」
『ち、違います!』
──女神は緊張に肩を震わせながら、真実を語り始めた。
かつて姉の神界を奪おうとして、結果として姉を消滅させてしまったこと。
その罪に悩み、強く反省していること。姉への贖罪として自分の神性を捨て、エリスの力の一部となって彼女を支えたいという悲痛な想いを、思念と共に吐露した。
姉から与えられていた多くの愛。それを失うまで気づけなかった愚かさと後悔。
語られる言葉の端々から、彼女の胸の奥に秘められた、幼く身勝手な焦燥が浮き彫りになっていく。
永遠に近い懺悔と、擦り切れるような贖罪の念。
その独白を聴き、共有される思念を観るうちに、テティアはゆっくりと目を瞑った──
「………そう」
目をゆっくりと開けたテティアの拳は、静かな怒りに焼かれていた。
テティアはスーッと立ち上がると、マーキュリアスの胸ぐらを掴み、力の限りその頬を殴りつけた。
『!? ……っ、ぐっぐっほっっ……!』
衝撃に弾かれ、女神は力なく吹き飛ばされ床に倒れ伏した。
テティアは激怒していた。
娘(女神アフロディーテ)に永遠の孤独と哀しみを与えたこと。そして、その償いとして自分を消し去り、力を譲渡し、それで赦されるという、あまりに幼稚で自己満足な考えに対して。
「ふぅー……。立ちなさい。その腐った根性を叩き直してあげるわ」
─
───
────
……しばらくの後。
ボコボコに腫れ上がった顔の女神が、正座をさせられてガタガタと震えていた。
そこから、テティアによる「永遠」とも感じるほどの説教が始まった。
(お、お姉ちゃんのお母様……こ、こ、怖いよぉぉ……!)
テティアは、エリスに出会った際に見せられた思念をマーキュリアスに送り、語り聞かせた。
この世界が生まれる以前の記憶を失い、それでも魂が強く欲した「家族」の温もりと愛。深い孤独に心が擦り切れかけていた、闇の女神の本当の想いを語り聴かせた。
『ヒグッ、ヒグッ…。は、はん、せい…ヒグッ、しました…。お、お、お姉ちゃぁぁぁん!! ごめんなさぁぁぁい! ウワァァァァァアン!!』
テティアは心が軋む想いで、心はしたくもない暴力にジクジクと泣いた。しかし、マーキュリアスに大切な事を伝えたかった。
自身の身勝手さと幼稚さを、暴力という名の折檻と、心をへし折る長時間の説教によって、マーキュリアスの魂に深く刻み込んだ。
「安易な自己犠牲」という名の贖罪では、誰も幸せになれないのだと。
読んでくれてありがとうなのじゃ!
いっぱい応援してくれて心から
感謝なのじゃ!
この章の第一話の後書を修正したのじゃ。第一章を読み解くのじゃ!と書いておいて、違う章だったのじゃ。ごめんなさい(_ _;)なのじゃ。
(*´ω`*)/応援これからも頼むのじゃ⭐




