第1話 神聖界と母娘の異変
リレトス聖教法国が滅びてから二ヶ月が過ぎた。
ガリレア大陸のシェード公国やアーク王国、ミレニアム共和国は国の中枢に行く程、天災を大規模な自然災害と認識し、神の降臨は忘れられ、落ち着きを取り戻していた。
一方で、信仰の厚い者達は、聖地サリウスから広まった『本当の信仰は心の中にある』という言葉と共に、新たな信仰の形として、大陸全土を駆け巡り、新生リレトス新神教国でも受け入れられ、徐々に日常を取り戻しつつあった。
そうして、大陸を混迷の渦に陥れた元凶はというと
エリスは相変わらず、神獣たちと野山を駆け回り、魔獣を追いかけ回し、領地に豊穣の術式を施して回るなど、いつも通りの平和を日々を享受していた。
そんな代わり映えのしない平和な目覚めは、鳥のさえずりとともに、目を覚ました。
朝日が差し込む窓辺にエメラルド色に輝く2羽の鳥が仲睦まじく囀っている。
それを眺めつつ、少し幸せな気持ちになりながら、ゆっくりと布団から出る。
とても爽やかな目覚めをしたエリスは、伸びをした。いつも通りの平和な朝を迎えたはずだった。
しかし、生まれてこの方、病一つしたことのないエリスは、体に走る違和感に首を傾げた。
身体に感じる違和感、発熱からくる倦怠感が頭がボーッとさせる。
(今日はやけに体が熱いのぉ。何かが……膨大な何かが、流れ込んでくるようじゃ)
扉が叩く音が何故だか遠くに聴こえる。
──トン、トン、トン
「エリスお嬢様、おはようございます。朝の支度をいたしましょうか」
ゆっくりとベッドから立ち上がり、朝の支度に向かおうとするエリスだが…
「カレンか……うむ、相分かった」
「お嬢様? 少しお顔が赤いようですが、大丈夫ですか?」
思考が回らないのじゃ、こんなことは今までなかったのぅ…
「うーむ……。目覚めてから、どうにも体が熱くてのぉ。体もだるいし、なんだかのぅ、頭もボーッとしてのぅ」
「風邪でもひかれましたか?」
エリスの額に、カレンが自分の額を当て熱を計った。
「風邪か……いっそ、女神の姿に戻れば全快するかのぅ?」
「そうですねぇ。やはり熱が高いようですね。お顔も赤いですし。女神の姿に戻れば治るのですか?」
カレンは、少しオロオロしながら、エリスの話を聞いて、内心本当に大丈夫か気が気じゃなかった。
「人の身ゆえの病なら、確実に治るはずじゃ。女神が病に臥すなど聞いたことがないからの。一度試してみるかのぅ」
エリスは意識を切り替え、本来の姿──女神の姿へと戻った。
その瞬間、エリスの胸の中心から強烈な光が溢れ出した。それはいつまで経っても収まるどころか、ますます輝きを増していく。
「な、なんじゃこれは!? どうなっておるのじゃ!」
「お、お嬢様! まぶしすぎます! 一体何が……!」
「わからぬ! 制御が効かぬのじゃ! さきほどよりも、さらに力が…っ! くっ……!」
輝きは収束せず、エリスは女神の姿のまま、糸が切れたようにその場に倒れ込んだ。
「お嬢様ぁぁああ!!! テティア様!! ミモラ様!! お嬢様が大変です!!」
カレンの悲鳴に近い叫び声が屋敷に響く。
異変を感じて集まりかけたメイドや従者たちを、カレンは必死に制止した。
「他の方は部屋に近づかないでください! お嬢様の魔力暴走かもしれません!」
冷や汗を流しながら、カレンは扉を固く閉ざした。
そこへ、テティアとミモラが息を切らして飛び込んできた、床に倒れているエリスを抱き上げ、ベッドへ運び、カーテンを閉めた。
「カレン!? これは一体どういうことなの!?」
「わかりません! お嬢様が、体が熱い、だるいと仰って……女神の姿に戻れば治ると仰ったのですが、直後にこの光が……!」
カレンは震える声で状況を説明した。
「困ったわね……女神の病気って、どうしたらいいのでしょうね。」
「どうしましょう、大丈夫かしら……」
「お嬢様がこのお姿では、誰にも見せるわけにはいきませんし……」
三人が光り輝くエリスを前に立ち尽くしていた、その時だった。
神聖界にいたはずのビャクと眷属たちが、顔を真っ青にして転移してきた。
「た、た、大変なの!」
「神聖界が……神聖界がおかしいの!」
ミモラ達は慌てふためく六人をなだめ、何とか事情を聞き出した。
「いつも通りに、主が望む神聖界に創り変えていたら、突然、神聖界が崩壊し始めて…闇に包まれて……」
これまで永い間、永遠の光に満たされていた神聖界。その光が突如として失われ、世界が深い闇に包まれてしまったというのだ。
「エリスちゃんの異変……無関係ではないわね。貴女たち、何か分かることはない? 特にビャク、貴女はエリスちゃんの守護者でしょう?」
「こ、こ、これは!?」
ビャクは震える足で、横たわるエリスへと近づいた。
「……エリス様の力が弱まったわけではないようです。むしろ、逆に強まっているように見えます。その証拠に……見てください」
ビャクが、仰向けだったエリスの体を慎重に横向きへと変えた。
かつて二対四枚だったエリスの漆黒の翼。
それが今や、四対八枚へと倍増していた。
新しく増えた翼は透き通るような白銀。そして、中央の二対は白と黒が溶け合うような美しいグラデーションを描いていた。
一同が息を呑み、沈黙が部屋を支配する。
「………………」
「翼の色は違うけど、精神世界で出会った時のエリスちゃんの翼の数と一緒だわ…以前は全ての翼が漆黒の神聖な輝きだったわ」
「綺麗……蝶々さんみたい」
驚愕で言葉を失う面々の中、カレンだけはうっとりと目を輝かせていた。彼女はベッドの傍らに膝をつき、エリスの手を握りしめ、祈りを捧げるように頬に当てる。
超常の現象、そして変貌を遂げた主の姿。
エリスの身に何が起きたのか、誰もが固唾を飲んで見守っていたとき…
放たれていた光が一点に収束し、眩い『光の玉』へと姿を変えた。その玉は意思を持っているかのように、ゆっくりとテティアの方へと浮遊していく。
あまりの光景に、言葉を失い、ただ光の玉を凝視することしかできなかった。
やがて光の玉はテティアの目の前で止まった。
光の玉を慈しむように見つめていたかと思うと、両手でそっと包み込んだ。
「テ、テティア!?だ、大丈夫なの!」
心から心配する母ミモラが、テティアの傍らに駆け寄った
「お母様、落ち着いて下さい。大丈夫ですわ。少し《《この子》》とお話をしてきますわ」
「な、何を言ってるの!?『この子』って誰!その光りの玉のことなの?」
優しく微笑み、コクリと頷き、光の玉を自身の胸にあてがった。
光の玉は、胸元に触れると、吸い込まれるように彼女の体の中へと消えていった。
「えっ!? な、何これ? テティア!?テティア!!の中に、あぁ……光の玉が……入って…」
テティアは抗わず、自ら受け入れ、そのまま深い眠りに落ちるように崩れ落ちた。
「て、テティア!?」
「テティア様まで!?」
二人は慌ててテティアを支え、エリスの隣へとそっと寝かせた。
「一体何が起きているの? エリスに続いて、テティアまでなんて……」
そして変化の見られないテティアには何が宿ったのか。
彼女たちは、嵐の前の静けさのような時間の中で、ただ二人を見守ることしかできなかった。
読んでくれてありがとうなのじゃ!
いっぱい応援してくれて
心から感謝なのじゃ!
いよいよ新章に突入したのじゃ!
第三章の「幕間相対する光の贖罪」を読み返せばこのお母様の異変の謎は解けるのじゃ!
(*´ω`*)/応援これからも頼むのじゃ⭐




