幕間 九尾のクロエ
神聖界の穏やかな陽光を浴びながら、私は時折、遠い昔のことを思い出す。
今でこそ、エリス様の使徒として神獣の末席に名を連ねているが、私の始まりは『魔の森』の湿った土の上、臆病に震えるだけの小さな一匹の狐に過ぎなかった。
当時の私は、D級魔獣『金魔狐』、通称『マギツネ』と呼ばれていた。
毛並みこそ金色だが、属性は『金』という、ただ硬いだけの不器用な力。
鋭い牙もなければ、獲物を仕留める狡猾さもない。
ただ両親の温かな毛並みに隠れ、外敵の咆哮に耳を塞ぐ日々。
それが私の世界のすべてだった。
『お前は優しい子だ。だが、この森で生きるには優しすぎる』
父の言葉が、今も耳に残っている。
その父も、慈愛に満ちた母も、ある日突然、理不尽な暴力によって奪われた。
今思えば、これが自然の摂理なのだと理解できるが、当時は子供で復讐しか考えられなかったのは、仕方がなかったのだろう。
森の暴君、A級魔獣『黒鋼の大熊』
圧倒的な質量と暴力の前に、私を守ろうとした両親は、あまりに呆気なく土に還った。
絶望が、私の心の中で『金』を研ぎ澄ませた。
悲しみは数秒で枯れ、代わりに燃え上がったのは、身を焦がすような復讐の炎。
(あいつを殺す……あいつを殺すまで、私は死ねない……!)
それからの私は、もはや『温厚』などという甘い気持ちを捨てた。
来る日も力を研ぎ澄まし、いつからか、B級魔獣『金妖狐』へと進化し、自らの尾を刃の如く硬質化させ、ただ強さを求めて魔の森の深部へと潜った。
属性である『金』を魔力で鍛え上げ、神経を研ぎ澄まし、数多の死線を潜り抜けた。
月日が流れ、私はS級魔獣『金大妖狐』へと至る。
かつての臆病な面影は消え、森の住人たちが私の金の瞳を見るだけで震えるほどの威厳を手に入れた。
──そして、復讐の日は訪れた。
目の前には、かつて両親を屠った、さらに巨大化した黒鋼の大熊。
戦いは熾烈を極めた。私の『金』の刃は奴の皮膚を切り裂き、奴の爪は私の脇腹を深く抉った。
理性などとうに吹き飛び、三日三晩、ただ相手を屠ることだけを求めた凄惨な死闘。
決着は、夜明けと共に訪れた。
喉笛を噛み切り、かつての仇が物言わぬ肉塊となった時、私は勝利の咆哮を上げた。
……だが。
立ち込める血の匂いの中、私を襲ったのは歓喜ではなく、底なしの『虚無』だった。
(終わった……。だが、これで何が変わるというのだ?)
両親は戻らない。私の爪は牙は尾は血に汚れ、心には冷たい風が吹き抜けるだけ。
生きる目的を失った私は、魔の森の最深部、誰の目にも触れぬ洞穴で、ただ静かに朽ちていくことを選んだ。
「……さみしい、わね」
誰にも届かない独り言…救いのない孤独。
私の意識が微睡みへと落ちていこうとした。
復讐を終えた私の心は、凍てついた洞穴の最深層のようだった。
魔の森の最深部、光も届かぬ洞穴で、私はただ自身の終わりを待っていた。
だが、運命は……いいえ、その『幼き神』は、私の絶望など一顧だにしなかった。
「ぬん?」
突如、私の意識が、そして空間そのものが握り潰された。
抵抗など無意味。因果も理も無視した強引な転移によって、私が次に目にしたのは、吹き抜ける風と、断崖の下に広がる絶景──そして、この世の理を超越した人の皮を被った幼女と欠伸をする白銀の巨狼の気配だった。
(…っ!? な、なんですの、ここは…!)
混乱する私の横に、同様に強制転移させられた四体の異形が並んでいた。
闇を纏う大黒猫、山を巻きつく白蛇、霊気を放つ巨鹿、そして空を覆う焔の怪鳥。いずれも名も無き魔の森の深層に君臨していた『王』たちだ。
だが、森で誇り高き覇者だったはずの彼らは、今や生まれたての子鹿のように震えていた。
その視線の先に、得体の知れ無い少女がいた。
「さて、気を取り直して始めるかのぅ!」
少女は、白狼の背でモフモフを堪能し、ご機嫌そうな小さな少女が、崖の上で不敵に言い放った。魂に響く声だ。
その瞳は、先ほどまで見せていた少女の愛らしさなど微塵も感じさせない、冷酷で神々しい黄金色に輝いている。
(な、なんですの……このお方は……!? 私にはわかりますわ。この少女……いえ、この御方は、神級に至った方ですわ!)
白狼だと思いこんでいたが、神聖な神気を纏っていることに気がついた。
(えっ!白狼ではなくて、神獣……フェンリル……ま、まさか!?)
隣に立つ神獣が、面倒そうに欠伸をする。その余裕さえも、私たちにとっては絶望的な実力差の証明でしかなかった。
「ほぉ♪ 狐に猫、白蛇、鹿に鳥か。お主ら、妾に仕える気はあるかのぅ?」
少女の言葉が、鼓膜ではなく魂に直接叩きつけられた。
『NO』と言えば、次の瞬間には存在そのものが消滅する。いや、そんな打算すら働く暇もなく、私は、私たちは、本能的に理解してしまった。
(ああ……これこそが、私が無意識に求め続けていた『光』。絶望を塗り潰す、圧倒的な闇の肯定……!)
私は、誰よりも早く大地に頭を擦り付けた。
誇りなど、この御方の前では塵に等しい。
ただ、この圧倒的な神威の末席にいたい。
その渇望が、私の背中を押した。
『……御意。この命、お望みのままに…!』
「さあ、貴女達は、今から私の眷属です。『加護』を与えましょう。」
そうして、加護を与えられた。
(──神獣フェンリルの加護……。)
その瞬間だった。ビャクと呼ばれる巨狼から、神聖な力が流れ込んだ。
内側から『金』の属性が爆発的に昇華していく。
三本だった私の尾は、激しい熱を伴って六つに分かたれ、聖獣としての神核が形成された。名も無き聖獣。
「準備完了じゃ。ビャクよ、この眷属どもを連れて、リレトス聖教法国を攻め落としてくるのじゃ。……これは、妾からの最初の命令じゃぞ!」
エリス様の傍らには、虫ケラのように転がされている魔導師の男が一人いた。エリス様はその意識を強引に書き換え、敗北の絶望を刻み込んでいく。
そして、神獣を人化させ、『あーして、こーして』と振る舞いと言葉遣いや世界の記憶と言う物に接続する方法ををレクチャーしていた。
ただ、人智を超えた出来事に唖然として見ていた。
(……なんて凄絶で、なんて美しい。国一つを滅ぼす命を、まるでおままごとのように下すなんて……。わたくし、決めたわ。このお方の行く手に立ち塞がるものすべて、わたくしの六つの尾で切り裂いて差し上げますわ)
漆黒の波動を纏い、不敵に嗤う少女。
その背中に、私はかつて失った『生きる理由』を再び見出した。
「皆のもの準備は良いか?主の初陣だ。……リレトス聖教法国を、絶望で染め上げて差し上げましょう」
私は、六尾を誇らしげに振りかざし、ビャク様の後に続いた。『思考共有』という術式でビャク様と五匹の意識を共有する事で、少女は『女神様』であることを知った。
復讐を終えた『狐』は死に、今、断罪の女神の『盾』として生まれ変わったのだ。
──そして私達は、神獣ビャク様と共に謁見の間へ飛ばされた──
そこからは、正に神の一手、主様の力は常軌を逸していた。
瞬く間にリレトス聖教法国の罪業が深い者は魂が白銀の炎に浄化され冥界に強制的に送られるという……理解が追いつかなかった。
──リレトス聖教法国から帰還
危うく森へ帰される所、私達は、ごねた…精一杯ごねた…ビャク様の援護をいただき願いが聞き届けられた。
エリス様がその小さな手を私に向けた瞬間、私の魂に『名』が刻まれた。
──「クロエ」。
その瞬間、私の体は熱い神気に包まれた。
R級の聖獣としての殻が弾け飛び、種族そのものが昇華していく。
濁っていた金の毛並みは本物の黄金の輝きを放ち始め、六尾が九尾となり、魂が創り変えられるのが分かった。
神獣「九尾のクロエ」。
「…クロエ、お主には自然界の五行の『金』を司る加護を与えるのじゃ。妾の使徒として、ビャクの眷属として、しっかり努めるのじゃぞ。我らは今から家族じゃ!」
(ああ……。復讐の果てに枯れ果てたはずの私の魂に、温かな力が……)
内側から溢れるのは、絶望を塗りつぶすほどの圧倒的な『生』の肯定。
私は知らぬ間に、主神に似せて人化し、その場に膝をつき、幼き女神を仰ぎ見ていた。
(……この方は、とんでもないお方ですわ。次元も、理も、私の過去すらも、笑い飛ばして塗り替えてしまう。……いいでしょう。復讐に生きたこれまでの命、これからはこの『エリスお嬢様』に捧げるのも悪くありません)
「……ふふ。家族にお招きに預かり光栄ですわ、主様。……いえ、エリスお嬢様」
こうして、孤独に朽ちていく筈のわたくしは、思いもしない、失ったはずの、新たな家族を得られ、充実した幸せな日々が約束されたのだ。
いつも読んでくれて嬉しいのじゃ!
それと応援してくれて感謝じゃ!
嬉しくて!妾は、張り切って
頑張るからのう
そうそう、作者がのう新しく書いている『「冤罪で殺された私」は復讐を誓い何度でも返り咲いて咲き誇りますわ』の17話から20話までが更新されたみたいじゃ。あちらは、異世界恋愛もので、ダークファンタジー風に書いているそうじゃ。良かったら見てやってくれんかのう。しかしじゃ!あっちのお話は少々癖があるでのう。刺激が強いかもじゃ!気をつけるのじゃぞ!
(*´ω`*)/応援これからも頼むのじゃ⭐




