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第29話 エンケラド辺境伯の憂鬱2

 サリウス領襲撃から、わずか二日が過ぎた。


 領内に留め置かれていた親族たちは無事帰路に就き、迅速な対応を見せたサリウス領主へ賞賛と忠誠を誓い、去っていった。去り際の彼らの瞳には、恐怖を通り越した畏怖の念が宿っていた。


 だが、私――エンケラド辺境伯にしてミレニアム共和国外務卿メイルにとって、真の地獄はここからだった。


 私は父と共に、姉のミモラと、その娘テティアに応接室へと呼び出された。


 正直、この二人に呼ばれる時はろくなことがない。


 姉上の孫娘エリスの、あの常識を粉砕するような衝撃的な話を聞いてしまった後なら尚更だ……聴きたくない! 切実に!


「お父様、メイル。本日はお集まりいただきありがとうございます。襲撃の顛末をご説明いたしますわ」


 メイドがお茶を淹れると同時に、部屋に『隔絶結界』なるものが張られた。


 遮音どころか存在そのものが世界から切り離されるような、不気味なほど静謐な結界だ。


 仕組みを尋ねても「そういうものです」としか返ってこない。……嫌な予感しかしない。


 私の勘は、こういう時だけは外務卿としての経験以上に鋭く働くのだ。


 そこから語られた『事実』に、私は外務卿として頭を抱え、胃を掻きむしった。


 首謀者はリレトス聖教法国。


 そして、その壊滅を狙って火事場泥棒を仕掛けたドラン帝国。


 大陸のパワーバランスを支える大国二つが、この田舎の領地を標的にしていたのだ。


 狙いはテティアの娘エリスディーテと侍女のカレン。拉致のうえ領民を皆殺しにする計画だったという。


 リレトスは異端審問官の全部隊と七聖天の内六人も投入し、禁忌の魔獣スタンピートで領地を根絶やしにしようとした。


 ……恐ろしい話だ。だが、その後の説明はもっと恐ろしかった。


「エリスちゃんがスタンピートを止めに行ったら、勢い余って、リレトス聖教法国は……全焼して消えちゃったわ。それからドラン帝国の密偵はエリスちゃんをイラッとさせたから潰したんだって、それに、どさくさに紛れて侵攻してきた帝国軍と首謀者の皇帝は、ビャクちゃんが追い払ってくれたの」


 あまりに『ふわっと』した姉上の短い説明に、私は絶句する。エリスが叱られていた後に説明していた。あの凄惨な暴露話はいったい何だったのか…


「…………。その、姉上。帝国軍を『追い払った』とは、具体的にどうやって? 数万の軍勢を追い払うには、相応の武力が必要なはずですが……」


「さあ? ビャクちゃんが雷を落としたらしいわよ。あとは『そういうことで』納得してちょうだい」


 何も聴くなと言わんばかりに微笑む姉。


 詳しい方法は教えてもらえなかったが、いや、聞きたくない。聞いては駄目だ! 踏み込めば私の理性という名の壁が崩壊する。


 襲撃者は壊滅、一国は地図から消え、もう一国は謎の敗走。


 ……サリウス領はいつから人類を辞めた軍事領家になったのか?


 私は静かに目を閉じ、忘れようと決めた。


 ハラハラと舞い落ちる自分の貴重な髪の毛と、穴が空きそうな胃のために。


 数日後、震える足で王都に戻ると、国民はリレトスの滅亡とドラン帝国の謎の敗戦に沸き返っていた。


 驚くべきことに、焼き尽くされたはずのリレトスでは、すでに『リレトス新神教国』なる暫定政府が爆速で立ち上がっていた。


 旧勢力が一掃――いや、物理的に消滅したからこその、歴史上あり得ない再建速度だ。


 王位には善政を敷いていたタイタン公爵が就き、街角では信じがたい噂が飛び交っていた。


「主神が降臨して悪を浄化の炎で焼き、その神託を受けた神獣の雷が、遠く離れたドラン皇帝の玉座を粉砕した」


 ……「触らぬ神に祟りなし」が帝国の合言葉らしい。


 サリウス領軍ではなく、神軍だった。あるいは、それ以上の何かなのかもしれない…考えてはダメだ!


 私は外務卿として即刻、新神教国への援助を提言した。何故か、評議会も国王も私に怯える…何故だ!ただ必死なだけなのに。解せぬ。


 他国に先駆けて調印を行い、姪のやらかしがバレないように、寝る間も惜しみ証拠隠滅に明け暮れた。何故か、タイタン教皇から涙ながらに感謝され、遠い目をしながら熱い抱擁を交わした。


 教皇の瞳には『生き残ってしまった者』特有の深い絶望と安堵が混ざっていた。私には分かる。同類だからだ。


 それからも、壮絶な真実が『噂』という薄皮を被って次々と流れ込んできた。


 三十万人を超える粛清……それに、各国の反応と対応が恐ろしい程早かった。


 『慈善活動の流行』……何だそれは? 貴族たちが競って貧民を救い始めた? 罪業カルマを燃やされたくないから?そういう奴は真っ先に燃やされしまえ!(ただの恨み節)


 大陸中の人々が新しい神の降臨劇に沸き立ち、あの一家――私の親族を信仰し始めている。


 世の中がおかしくなっている。それも、取り返しのつかない速度で…


 やらかしもここまでやれば神業だな……そう言えば、姪は本物の神だった。


 私は、執務室で一人、頭を掻きむしった。ハラリ、ハラリと舞い散る髪の毛を虚ろな目で眺める。指に絡まるそれは、私の命の灯火だ。


 よし! 手紙を書こう! 暴露してしまおう!


 国の守秘義務? 何それ、おいしいの? 精神の安定こそが最優先だ!


 私は、小さな女神がしでかした『壮絶なやらかし』を、怨嗟と怨言を込め気の赴くまま書き殴った。誰かに伝えないと発狂しそうだったからだ!


 さぁ! 姉上達に怒られるがいいわ!


  私一人がこの重圧に耐えるなど不公平だ!(やけくそ)


 ……それからも、私は心血を注いでサリウス領の家族がしでかした尻拭いを続け、新神教国の復興支援に明け暮れた。


 尻拭いをしているだけなのに、なぜこれほどまでに国際社会から感謝され、称えられるのか。


────解せぬ。


 そうして、家族の不始末を『迅速な手腕による国際貢献』という体裁で、吐血しながらも、闇に屠り続け、三年の歳月が流れた。


 その間に、姉からついに真実を聞かされた。


 サリウス領はもはや、神の住まう、人類が太刀打ちできない『聖域という名の魔境』と化していた。


 私の髪(神)は完全に失われた。そして同時に、私の心の神も失われた。


 美しく、そして神々しく成長した姪のエリスから、『メイルおじ様、これ、特注の最高級品なのじゃ! 素材は神域の神獣の毛を贅沢に使ったのじゃ!』と満面の笑みでカツラを贈呈された時、私は顔で笑い、心で血の涙を流した。


 神獣の毛……ビャクの毛か? 誰の毛だ?私は自分の頭上に、あの神罰を落とす「しろもふ」を乗せて生きろというのか…


 カツラを被った瞬間、頭皮が不思議とポカポカしたが、今の私にはそれを楽しむ余裕などなかった…


 失ったものが多かったからだ…失い過ぎたからこそ私は、もう立ち止まれなかった…


 結局、国内外を救い切った(隠蔽し切った)手腕を高く評価され、私はミレニアム共和国の評議会議長という、逃げ場のない地位に担ぎ上げられた。


───辞めたい。切実に。


 おお、神(髪)よ! 貴方は存在しないのか!(現実逃避)


 救(梳)くうべき神(髪)は消え、私はもはや救(梳)くわれないのか――!


 辺境伯の苦難は、まだまだ続く……。

いつも読んでくれて嬉しいのじゃ!

それと応援してくれて感謝じゃ!

嬉しくて!妾は、張り切って

頑張るからのう


これで、いよいよこの章も、幕間を2つ挟んで終わりじゃのぉ

新章を楽しみにするのじゃぞ!


(*´ω`*)/応援これからも頼むのじゃ⭐

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