第28話 無理のある記憶の改竄
──ミレニアム共和国
大陸の勢力図が、たった数時間で書き換えられた。
隣国である『リレトス聖教法国の滅亡』と『ドラン帝国の敗走』。この未曾有の報せは、ミレニアム共和国を根底から揺るがした。
メイル辺境伯は、サリウス一家から『説明』という名の大雑把な報告――『ちょっとやらかしちゃった』程度のニュアンス――を受け、血相を変えて首都へと取って返した。案の定、首都は歓喜と恐怖が入り混じった狂乱の渦中にあった。
メイルは休む間もなく、評議会の諜報機関と王族直属の密偵部隊から届く極秘資料を精査し始めた。しかし、読み進めるほどに彼の顔からは生気が失われていく。
資料に記されていたのは、姪であるエリスディーテから聞いた話の裏付け……というより、その『規模の差』であった。
『神の降臨。僅か数時間で三十万人強の罪業が深い者が神の炎に焼かれ、塵一つ残さず消滅――』
「エ、エリスよ……お前は、本当は神だったのか……」
メイルの手が震える。エリスの言葉を思い返す。『ついでに滅ぼした』や『イラッとしたからちょびっと潰しただけ』。
その『ついでに』の結果が聖教法国を地図から消し、『ちょびっと』の結果が、最強を誇った帝国軍を敗走させ、皇帝を完膚なきまでに叩き潰すことなのか。
あまりの衝撃に、メイルの豊かな髪がハラリ、ハラリと虚空を舞った。愛する姪がしでかした『天災』級の不始末。
その後の処理を担うであろう新教皇の苦労を思い、メイルは胃の痛みに悶絶した。
だが、彼は止まらなかった。外務卿としての責務、そして何より『姪の正体』を隠蔽するという鉄の意志が、彼を突き動かした。
メイルは評議長マカロンとの会談に臨むと、鬼気迫る形相で『新生リレトス新神教国』の樹立と全面的な復興援助、そして迅速な国交調印を熱弁した。その眼力は血走り、放たれる覇気はもはや物理的な圧力を伴っていた。
「いいか、これは慈悲ではない!我が国の安全保障のための先行投資だ!」
その迫力に押され、評議会の面々は「ひぃっ」と声を漏らしながら快く(という名の恐怖による)承諾を下した。メイルはそのまま、国王代理としての全権を力ずくで獲得した。
続く緊急評議会では、神の降臨による実態が報告された。神の御業に戦慄し、そのあまりに徹底した、慈悲なき裁きを知るにつれ、議員たちは顔を青ざめさせ、貝のように口を閉ざした。
閉会後、メイルは秒単位で各部署との調整を済ませると、外務局に最低限の人員を残し、自ら『新生リレトス』へと飛び出した。
すべては、これが一人の少女の「やらかし」だとバレる前に、歴史の闇に葬るためであった。
──新生リレトス新神教国
滅亡の淵から『リレトス新神教国』として再出発した地。そこには、なぜか悲壮な決意を固めた形相で、平身低頭に支援を申し出るメイル外務卿の姿があった。
新教皇タイタンは、大国の重鎮であるメイルの謙虚すぎる姿勢に、深く、深く感銘を受けていた。
「メイル殿、これほどの支援、言葉もありません。生存者の財産が奇跡的に無傷だったのは、不幸中の幸いでした。家族を失った者たちも……『神の火で浄化されたのなら、それは過去の罪による自業自得だ』と、前向きに新しい信仰に励んでおりますよ」
メイルは、必死に支援物資をかき集め、国民の間に飛び込んでいった。
「なんと頼りになるお方だ。これこそ神が遣わした隣国の友だ」
国民からの信頼はうなぎのぼりだったが、当のメイルは教皇が『神の話題』を出すたびに、激しい偏頭痛に襲われたように頭を押さえ、「髪が……私の毛根が……」と世迷い言を呟く。教皇はその度に「ああ、神の威光に当てられたのだな」と勝手に納得し、首を傾げるばかりであった。
メイル一人の奔走によって救われたと言っても過言ではない新神教国。
いつしか彼は国民から『神の使い』として崇拝の対象となった。
崇められるたびにメイルは魂が抜け落ちたように放心したが、それを見た国民は「ああ、なんという無欲の慈悲!己の功績に一切執着せぬ聖人だ!」と勘違いを加速させた。
こうしてメイルは、本人の意図とは真逆の方向で、教国全土に『慈悲の御使い』としてその名を轟かせることになったのである。
──サリウス領
一方、すべての元凶であるサリウス領。
エリスの『やらかし』の詳細が明るみに出るにつれ、邸宅内には氷点下の空気が流れていた。
エリスと、ビャクをはじめとする眷属の面々。計七人は、滝のような冷や汗を流しながら板の間に正座させられていた。
その前には、一通の手紙を携えたミモラといつもの5人が立っている。
「エリスちゃん? この弟のメイルから届いた『遺書のような手紙』に書かれていること、詳しく説明してくれるかしら?」
手紙には、メイルの抜け落ちた髪の毛の怨念と、彼が現地で耳にした『神の裁き』の凄惨な実態が、呪詛のように綴られていた。いわば、メイルなりのささやかな復讐である。
三十万人を超える人類の消失。神の選別。ガリレア大陸を襲った真の神の降臨。
隠しきれない『神の残り香』は、サリウス領内にも波及していた。領民や騎士たちの目が、日に日に『敬愛』と『畏怖』へと変わっていくのをミモラたちは感じていたが、その原因がようやく判明したのだ。
「しでかしてしまったことは仕方ないわ。でもね、この……『崇め奉られる状況』だけでも何とかならないの!?」
ミモラは頭を抱えた。
「領都に寄付を集めて神殿を建てようとする動きがあるのよ! しかも『紅女神の5姫』と『剣神ミツルギ』って……どうしてこうなったの!」
いつの間にか、無名のカレンまで女神に昇格して数えられている。
「邸宅の前で膝を折って祈っている人たちは何!? 百や二百じゃないのよ!? どうするのこれ!」
テティアが叫ぶと、七人はさらに小さく縮こまった。
しかし、その中でシルビアだけは淡々と、無表情で呟いた。
「でも……あの短時間でそこまで徹底的に滅ぼすとは。逆に関心しますわ、お嬢様」
「そうですわ! 崇められるのは少し困りますけど、流石はお嬢様です!」
カレンに至っては、主人の『偉業』に目をキラキラと輝かせている始末。
「わ、分かったのじゃ! ここまで話が広まるのは想定外じゃったが、逆に心地よい信仰の祈りが妾や神聖界に流れ込んできて、神冥利に尽きるのじゃ!」
エリスが開き直ったように胸を張ると、保護者たちは一斉に溜息をついた。
「もったいないけど、仕方ないのじゃ。せっかくの善行ブームが収まってしまうが……それでも良いかのう?」
エリスはいやらしい笑みを浮かべ、皆に問いかける。
「うっ……し、仕方ないわ。次に同じようなことがあったら、その時は諦めて信仰の対象にでも何でもなってやるわよ!表舞台にだって出てやるわよ!そ、それでいいかしら?」
ミモラの言葉に、テティア、シルビア、ミツルギ、メアリー、カレンが仕方がないと言わんばかりに一斉に頷く。
エリスは「くくく、言質は取ったからの〜」と不敵に笑った。
その瞬間、一同の背中に冷たい汗が伝い、さらなる破天荒な未来への嫌な予感がよぎった。
その後、エリスは悩みに悩んだ。
大陸全土に広まった記憶をどう処理するか。
事象改変術式を使えば不可能ではないが、対象は五千万人を超える。
彼女が検討したのは二案。
①該当期間の記憶を一律に消去し、死者を蘇生させる。
②時間を巻き戻し、歴史をやり直す。
しかし、①は罪深い者まで生き返ってしまう。②は眷属たちとの出会いを再現するのが面倒くさい。
「……よし、却下じゃな」
結局、彼女が選んだのは第三の道。
『権力者に限って効力が高い、緩やかな記憶の改竄』であった。
こうして騒動は、表面上は沈静化した。
体験した本人や、極めて信仰の厚い者には効果が薄かったが、噂を聞いた程度の者や、理屈で考える権力者たちの記憶からは『神の炎での消滅』が『神隠し』や『自然災害』へと書き換えられていった。
だが、サリウス領だけは別だった。
領民となった元奴隷たちは、自分たちを救った『真の女神』の正体を、もはや魂レベルで刻み込んでいた。
彼らは、領主一家が平穏に暮らせるよう、あえて『表立って崇めること』をやめ本当の信仰は心の中にあると説いた。
それは、領内の『公然の秘事』となった。
いつしか、秘密裏にサリウス教会が建てられ、六体の神像が安置されたとか、されていないとか。
サリウス領の信仰は、大陸のどこよりも深く、静かに、そして強固に根を張っていった。
こうして、エリスの気まぐれな術式と周囲の必死な隠蔽工作により、サリウス一家は『偽りの平穏』を手にしたのである。
――それが、さらなる『新世界』の胎動であることに、まだ誰も気づいてはいなかった。
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