第26話 説明
サリウス伯爵邸の応接室。
そこには今、五匹の愛くるしい魔獣たちを女性陣が撫でさする、甘く平和な『桃色空間』が広がっていた。
……しかし、ほんの半刻前までは、文字通りの地獄であった。
エリスと人化したビャクを含む七人は、ミモラ、テティア、メアリー、ミツルギ、カレンという『サリウス家の保護者』たちに包囲されていた。
その背後では、騒動に巻き込まれたエンケラド辺境伯一家が、戦々恐々としながら事の顛末を見守っている。
「エリスディーテ、正座なさい」
その一言から始まった。
切々と、淡々と、そしてクドクドと続く、逃げ場のない説教の嵐。
耐えきれなくなったのは、五体の眷属たちだった。
主神エリスの加護を受けた「聖母・陽神テティア」や「戦神メアリー」が放つ、ある意味で主神より純粋で恐ろしい威圧。
それに屈した彼らは、人化が解けて本来の幼い魔獣の姿に戻り、泣きながら「ごめんなさい!」と床を叩いて平謝りした。
そのあまりの愛くるしさに、ついに保護者たちの毒気が抜けた。
「……もう、可愛すぎるわね!」
説教はどこへやら、彼女たちは五匹を「確保」し、膝に乗せて撫で繰りまわし始めた。
それを見守りながら、未だに正座を続けていたエリスは顔をいまだ強張らせていた。
しかし、共に叱られてていたビャクもしれっと人化を解き、神獣の威厳をかなぐり捨てた「無害な小型犬」の姿でテチテチテチと、テティアの膝に収まる。
便乗して甘える仲間たち、眷属や使徒から見放され、一人取り残されたエリスは、額にダラダラと冷や汗をかいた。
「さて、エリスちゃん。そろそろ、どうして『スタンピートを止めに行っただけ』のはずが、帰りが遅くなり、地平線まで大地が割れるような事態になったのか……お母様に詳しく説明してくれるかしら?」
「は、はいっ! お、お母様! 不肖、エリスディーテ、包み隠さずご報告申し上げますわ!」
エリスは背筋をピンと伸ばし、一気にまくしたてた。
リレトス聖教法国の魔術師を始末し、操られていた魔獣たちを逆に使役したこと。
その最中に空から降ってきたフェンリルに飛びかかられ、木々をなぎ倒し、懐かれたので、ビャクと命名したこと。森の精鋭たちをビャクが眷属とし聖獣へと進化させたこと。
さらには、スタンピートの魔獣三千の軍勢を聖教法国の全都市へ転移させ、全国民へ偽女神の悪事を暴き、ビャクと眷属を謁見の間へ行かせ、法皇や腐敗貴族を吊るして上げて、物理的に国を滅ぼしてきたこと――。
「……ぜー、はー。……というわけなのじゃ!」
一息に説明しきり、肩で息をするエリスに対し、家族たちは絶句していた。
「……それだけじゃないわよね? ドラン帝国の密偵と楽しそうにお話しているところを見せられたけれど?」
「ギクッ! ……そ、そうじゃった。お母様たちを狙っていた暗殺者が標的を妾に変えたのでのぉ、全員吐かせた後、首謀者の宰相代理の部屋に『心肺停止の綺麗な死体』として整然と並べて返しておいたのじゃ。害を成す余計な者たちも同様に処分しておいたわい。
さらに、帝国軍が出兵し始めたから、ビャクを顕現させて『攻めるなら燃やす』と警告し、皇帝の目の前に天雷を落として戦争を止めてきたのじゃ! ……あ、その後は、眷属たちに懐かれて朝寝をしておったら、お昼前になっていたのじゃ……以上!」
満面の笑みを浮かべるエリスに、テティアは額を押さえた。
「エ・リ・スちゃん? あなたの役割は、スタンピートを『止める』ことだけだったわよね?」
「YES! マム! でも、半年前の一件や過去視を見ていたら、妾が闇落ちした時の事を思い出しイラっとしたから、ついでに滅ぼしただけじゃ!
ドラン帝国もお母様達に暗殺者を差し向けたから、ちょびっと苛ついたから潰しただけなのじゃ! 妾は何も悪くないのじゃ!」
「鉄拳制裁じゃ!」と小さな拳を握る娘に、ミモラたちはもはや呆れるしかなかった。
だが、エリスから共有された「聖教会の悪行」の記憶を見た瞬間、全員の顔が凍りついた。
特に、前回の殲滅劇に参加していなかったミツルギとカレンは、そのあまりの残虐非道な「真実」にショックを受け、モノクロの廃人のようになって崩れ落ちた。
「……これは酷いわね。自業自得だわ」
テティアは静かに、しかし冷徹に断じた。
「そうなのじゃ! だから問題ないのじゃ! 足が付かないよう死因も偽装済みじゃし、ビャクも『神の使い』として演出したから完璧じゃ!」
「……やりすぎよ、本当に。……でも、終わったことは仕方ないわね」
テティアは溜息をつき、領内の重傷者の話題に切り替えた。
騎士団と冒険者の練度が低く、敵の狂信的な攻撃に晒されたことで、救護所が溢れかえっているという。
「おばあちゃま、怪我が治ればいいんじゃな? ミロク、ディア! 出番じゃ」
エリスの命を受け、二体の眷属が、今度は凛とした成人女性の姿へと人化した。
「「主よ、承知いたしました。欠損程度、瞬きする間に癒してみせましょう」」
その日の夕刻。
サリウス領の街では、「領主が遣わした二人の癒し手」が、すべての傷病者を一瞬で完治させたという奇跡の噂で持ち切りとなった。
誰からともなく、彼女たちは『双生の聖女』と称えられるようになる。
「……双生……双子……?」
その言葉を耳にした瞬間、エリスの頭の中に鋭い痛みが走った。
胸がズキリと疼く。
記憶の底、深い澱の中から、自分に似た、しかし自分ではない「もう一人の誰か」の面影が浮かんで消える。
(今の……美しい女性は誰じゃ? なぜ、これほどまでに胸がざわつく……?)
結局、その違和感の正体を掴めぬまま。
エリスはモヤモヤとした焦燥感を抱え、ベッドの上をごろごろと転がりながら、騒がしい一日の終わりを迎えた。
しかし、サリウス一家はまだ気づいていない。
リレトスを滅ぼし、帝国を脅かした一晩の出来事が、世界全土にどれほど巨大な激震を走らせ、さらなる事態の悪化を招こうとしているのかを――。
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