第24話 最終戦線と帰還
深夜、サリウス領の静寂を切り裂いたのは、月光を反射する無数の刃であった。
リレトス聖教法国が放った刺客――彼らは自らを「神の戦士」と称し、この夜襲をサリウスという悪を断罪するための「聖戦」であると狂信していた。
当初、領主騎士団と雇い上げられた冒険者たちは、隠蔽術式を駆使して優位に立ち回っていた。
しかし、実戦経験の「密度」が徐々に戦況を塗り替えていく。
襲撃者たちは、戦勝後に待つ略奪、暴行、そして蹂躙という「断罪の浄化」を正義の名のもとに謳歌しようとする、欲望に飢えた歴戦の精鋭。
対するサリウスの騎士たちは、魔獣相手には精強だが、人対人の凄惨な殺し合い、その悪意の奔流に気圧され、足がすくんでいた。
「落ち着きなさい! 深追いしすぎよ、左翼が空いているわ!」
上空に滞空するテティアの凛とした声が戦場に響く。
致命傷を負いかけた若手騎士の足元へ、高純度の回復術式が光の矢となって突き刺さり、その傷を瞬時に塞ぐ。
テティアは戦場全体を巨大な盤面のように俯瞰し、的確な指示を飛ばしながら、無数に上がる悲鳴を癒しで封じ込めていた。
しかし、騎士たちの心に巣食う最大の敵は、目の前の暗殺者ではなく、背後に横たわる『魔の森』の沈黙であった。
「……森が、静かすぎる。まさか、スタンピードが溜まっているのではないか?」
その疑念が、彼らの剣を鈍らせる。
三千の魔獣が溢れ出し、背後から全てを飲み込むのではないかという根源的な恐怖。
「スタンピートを気にするんじゃないわ! 森は我が領の最高戦力が抑えているわ。連携を乱さず、目の前の不届き者を殲滅しなさい!」
テティアは必死に鼓舞し続ける。
森の奥で、エリスが、全ての災厄をその小さな掌で握りつぶしていることを信じて。
戦闘開始から二時間が経過し、月が西へ傾き始めた頃。
戦場の張り詰めた空気を爆ぜるように一変させる、三つの閃光が地平から現れた。
「「「テティア様! 遅くなりました!」」」
各村を襲っていた別動隊を、文字通り「瞬殺」してのけたメアリー、ミツルギ、カレンが合流したのだ。
「貴方たち! 丁度良いタイミングだわ!」
テティアの表情に、一瞬だけ安堵の色が混じる。
「こちらの兵の練度負けよ。敵が手練れなのもあるけれど、皆、森の様子が気になって腰が引けているの!」
「……ふん。それでこの体たらくですか。テティア様の手を煩わせるとは、万死に値しますわね」
戦場を一瞥したメアリーが、氷点下の声を絞り出した。その指先から紡がれる『神気糸』が、月光を浴びて凶悪な銀色の光を放つ。
「この程度の雑魚相手に、なんと見苦しい醜態を!」
メアリーの瞳に宿ったのは、敵への敵意ではない。愛するテティアを守るべき騎士たちの不甲斐なさへの、苛烈な『憤怒』であった。
「訓練がてら、ミツルギは反時計回り、カレンは時計回りで敵を殲滅しつつ、味方の援護を。メアリーは騎士団の指揮を執って全体を引き締めて! 私はバックアップに回るわ!」
テティアの号令と共に、三人の『怪物』が解き放たれた。
「「「御意!」」」
なかでも、メアリーの戦いぶりはもはや掃討ですらなく、一方的な『私刑』であった。
連携を乱し、敵の威圧に押されて背を見せかけた騎士がいる。
それを見つけるや否や、彼女は流星のごとき速さでその地点へ飛来した。
「何!! その生ぬるい動きは! やる気がないなら、敵に殺される前に、ここで私が死なせてあげましょうか!!」
──ドォォォォォン!!
大地を砕く衝撃波。
敵の精鋭数名をまとめて肉片に変えると同時に、情けない声を上げていた味方の騎士までも、その圧倒的な殺気だけで失神させる。
「ひっ……!?」「メ、メアリー様!?」
敵味方の区別なく、戦場に絶叫が響き渡る。
メアリーが放つ殺気は、皮肉なことに敵の襲撃者たちの狂信的な闘志さえも、純粋な『死への恐怖』で上書きし、彼らの戦意を根底から粉砕していった。
その背後で、ミツルギとカレンもまた、静かながらも確実な死を振りまいていた。
ミツルギの洗練された剣技は、敵の首を撫でるように正確に刈り取り、カレンの変幻自在な歩法は、闇に潜む暗殺者を一人残らず暴き出し、その心臓を撃ち抜いていく。
「……メアリー殿が本気で怒っておられる。早く終わらせないと、我々まで『再教育』の対象になりますよ」
「ええ、同感です。あの怒りの火の粉を被るのは御免だわ」
ミツルギとカレンは戦慄しながら、掃討の速度をさらに上げた。
その刹那、戦場の全テティア達の頭にエリスの声が響き渡った。
同時に脳内に映し出されたのは、ドラン帝国の密偵たちが並ばされ、エリスという名の幼女に恋い焦がれた相貌で、我先に帝国の内情を洗いざらい吐いている光景。
帝国の内情から宰相代理、軍務卿の悪行に至るまで、覆面を脱ぎ捨て歌い踊るように喋らされていた。
この様子は、エリスの手によってミモラやテティア達にもリアルタイムで中継されていた。
戦場で戦闘の最中にあるテティア達は、その映像を前に別の意味で戦慄した。
「ド、ドラン帝国!? ……エ、エリスちゃん! 今度はどこと戦ってるの!?」
三歳の幼女がふんぞり返り、密偵を並べて尋問する光景。
だが、尋問されているはずの暗殺者全員が覆面を外し何故か頬を染め、喜々として暴露大会を催している謎の光景が映し出されていた。
それは、敵襲よりも遥かに恐ろしい無秩序な光景であった。
「「「「「…………」」」」」
あまりに場違いで、かつ衝撃的な「中継」に、テティア達は戦場の時間が一瞬停止する。
敵軍の殲滅の真っ只中に、さらに巨大な国際問題の裏側を見せつけられた彼女たちは、別の意味で深い戦慄を覚えるのだった。
──午前三時。
テティアは結界の内側へ負傷者を移送し、何重もの自動回復術式を展開した。
「……ふぅ。エリスちゃんが森で抑えてくれたおかげね。ドラン帝国のことは気になるけど、あとは、残ったネズミを仕留めるだけね」
防壁の外に取り残された襲撃者たちは、いまや絶望の淵に立たされていた。
「前にも後ろにも結界だと!? これでは撤退すらできん! くそっ、スタンピートはどうした! 街が飲み込まれるはずではなかったのか!」
彼らの計画は、一人の神と、その眷属である怪物たちの存在によって、最初から破綻していたのだ。
東の魔の森から、薄桃色の朝日が差し込み始めた午前六時過ぎ。
かつて精鋭と呼ばれた襲撃者たちは、一人残らず地に伏していた。
テティアの献身的な魔力制御により、味方の死者は奇跡的に皆無であった。
しかし、重傷者は想定を遥かに超え、呻く声が広がり、戦場には疲弊しきった騎士たちと、メアリーの恐怖に震え上がる冒険者たちの、なんとも言えない重苦しい空気が漂っていた。
「死者が出なかったのは幸いだけど……。ギルドへの報告書、部隊の再編、そしてこの壊滅的な練度不足の補填。ああ、胃が痛いわね……」
テティアはこめかみを押さえ、深い、深いため息をついた。
隣では、返り血一つ浴びていないメアリーが、不機嫌そうに鼻を鳴らしている。
「テティア様、この腑抜け共を死なない程度に私が『再教育』致しますわ! 」
「……ほどほどにしてあげてね」
二人は事後処理を回復した騎士団に任せ、重い足取りでサリウス伯爵邸へと歩き出した。
彼女たちが邸の扉を開けたとき、そこには自分たちの想像を絶する『賑やかな幼女たち』が、新たな騒動を引き連れて帰還してくることを、彼女たちはまだ知らない。
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