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第23話 眷属

 リレトス聖教法国を覆っていた断罪の悲鳴は止み、後にはただ、祈りのような静寂だけが吹き抜けていた。


「やっと……終わったのじゃ」


 幼き外見に似合わぬ深淵の神力を湛えた少女、エリスは小さく息を吐いた。


 エリスの指先が虚空を優雅になぞると、召喚されていた魔獣たちが次々と空間の裂け目へと吸い込まれ、『魔の森』へと還っていく。


 しかし、ここでエリスは深く考えなかった。


 大規模な術式の行使と、次元を越えた「神の瞳」の顕現により、彼女はかなりの神力を消耗し、少々注意散漫になっていたのだ。


 「5聖獣と魔獣たちがやらかし過ぎたのじゃ! 死体がいっぱいのこの凄惨な有様をこのまま放置しておっては、お母様に『エリス!やりすぎでしょ!そこにお座りなさい!』と怒られてしまうのじゃ! 疫病が発生する前に、早々に証拠隠滅をせねばならんのぅ」


 エリスは己の行為を隠蔽せんとする子供のような動機で、右手を天高く掲げた。


 その小さな掌に、天界を震わせるほどの膨大な神力を凝縮させる。


「浄化の洗礼シルバー・パニッシュメント――ッ!」


 解き放たれたのは、熱を持たず、ただ「概念」を焼き尽くす白銀の劫火であった。


 それは津波のようにリレトス全土を呑み込み、惨殺した死体も、血に染まった石畳も、不浄なものは全て一掃していく。それが、不治の病や飢餓さえも一掃していく、正しく神の炎の浄化であった。


「よし! これで証拠隠滅完了じゃ! 疫病も出んし、お母様への言い訳も立つじゃろ」


 エリスは満足げに鼻を鳴らしたが、炎を浴びた側にとっては、それは一国の歴史が塗り替えられた「終焉と再生」の浄化であった。


 この「うっかり」が、後にガリレア大陸全土を巻き込む新たな信仰の騒動へと繋がることに、エリスはまだ気づいていない。


 神獣フェンリルであるビャクと、その精鋭たる五体の眷属を除き、使役術式の拘束から解き放たれた魔獣たちは、畏怖を込めてそれぞれの住処へと消えていく。


 だが、その場に微動だにせず留まる六体の影があった。


「ビャクよ、こやつらは(いえ)に帰らんでよいのか?」


 エリスは不思議そうに首を傾げ、隣に控える白銀の巨狼を見上げた。


「森に帰りたいのであれば、こやつらに刻んだ『眷属』の称号を消して、自由にしてやってもよいのじゃが。これまでの働きに免じて、特別に解放してやるぞ?」


 その慈悲深い提案は、魔獣たちにとっては天が落ちてくるほどの衝撃であった。


「「「「「ぎゃうっ!?」」」」」


──称号を奪われる。


 それは、この絶対的な主との縁を断ち切られ、ただの野良魔獣に成り下がることを意味する。


 彼らにとって、ビャクの部下として(エリス)に仕えることは、種族としての最高到達点であり、生きる意味そのものなのだ。


 魔獣たちは血相を変え、我先にとエリスの足元へ転がり出た。


「きゅうん!」「ガゥッ! ガゥガゥッ!」


 巨躯を震わせ、必死に四肢を投げ出して腹を晒す。


 尻尾を千切れんばかりに振り、喉を鳴らして『捨てないで!』と全身で縋り付く。


 その必死すぎる形相は、もはや威厳ある魔獣のそれではなく、捨てられるのを恐れる子犬そのものだった。


「うおっ!? な、なんじゃ急に寝転がりおって……。お腹が空いたのかえ? 何がしたいのじゃ?」


 あまりの勢いに面食らったエリスは、困り果てた様子でビャクに助けを求めた。


 ビャクは、忠誠心溢れる部下たちの不器用な甘え方に、わずかに口角を上げた。


「主様、どうかこのまま私の眷属としてお側へ置いてやってくださいませ。今回の遠征を通じ、私も彼らに愛着が湧きました。彼らもまた、主様の高潔な魂に、その根源から心酔しております」


 エリスは宇宙を感じさせる漆黒の瞳を瞬かせ、足元で身悶える魔獣たちを眺めた。


 その瞳には、彼らが持つ純粋無垢な忠義が映っている。


「あい、分かった! ならばこ奴らにも名前を授けるとしようかの。妾の使徒が名無しでは格好がつかぬからの。名前を付けるのに、ビャクよ、この者たちの現在の種族と位階を教えてくれんかのう」


 ビャクは恭しく頭を垂れ、一際力強い個体たちを順に指し示した。


金大妖狐(こんだいようこ)のレジェンド級が一体。ほか四体はSSS級の幻大妖猫(げんだいようびょう)神仕白蛇(しんしはくじゃ)朧幻妖鹿(ろうげんようろく)白焔霊鳥(はくえんれいちょう)にございます。いずれも主様の加護を受ければ、神級に至る資質を秘めた傑物たちです」


「ほへー、妾の権能の残渣を持つだけあって、魔の森の(ぬし)を張っていただけあるのぉ。中々に見事な顔ぶれじゃな! ならば自然を司る五行の加護をやろう!」


 エリスは満足げに頷くと、小さく可愛らしい手を虚空にかざした。彼女の周囲に、万物の根源たる五行の神力が猛烈な勢いで渦巻き始める。


金大妖狐(こんだいようこ)――名は『クロエ』。お主には鋭き『金』の加護を」


幻大妖猫(げんだいようびょう)――名は『シヴァ』。お主には慈愛の『土』の加護を」


神仕白蛇(しんしはくじゃ)――名は『ミロク』。お主には清冽(せいれつ)なる『水』の加護を」


朧幻妖鹿(ろうげんようろく)――名は『ディア』。お主には不屈の『木』の加護を」


白焔霊鳥(はくえんれいちょう)――名は『ファル』。お主には不滅の『火』の加護を」


 言霊が放たれた瞬間、崖の上は神々しい光の柱に包まれた。五行の色彩が混ざり合い、世界の理を書き換える荘厳な音が響き渡る。


 光が収まった時、そこにいたのは、もはやかつての魔獣ではなかった。


 クロエは、九つの尾が銀河のように揺らめく『幻獣・九尾』へ。


 シヴァは、二股の尾で漆黒の影を纏う『精霊・猫又』へ。


 ミロクは、真珠の如き鱗を纏い天を翔ける『神獣・白龍』へ。


 ディアは、霊妙なる角を戴き森の理を司る『朧幻・麒麟』へ。


 ファルは、黄金の炎を纏い灰から再生する『霊鳥・不死鳥フェニックス』へ。


 その力は、単なる生命の枠を超え、星の概念そのものへと昇華されていた。


「主様、ありがとうございます。これで眷属すべてが神級に至り、神聖界へ連れて行くことも叶います」


 ビャクは歓喜に震えながら、大狼の姿から凛々しい美女へと『人化』し、エリスの前で片膝をついた。


 それを見た五体の眷属も、主の側に侍るため、慌ててビャクの真似をして人化を試みる。


 彼らが意識の底で選んだ姿は、自分たちが最も愛し、敬う「主」の姿を模したものだった。


 光が霧散すると、そこにはビャクの背後に並ぶ、五人の愛らしい「幼児」たちがいた。


「あるじさま!」「だいすき!」「ずっといっしょ!」


 エリスとよく似た三、四歳ほどの子供たちが、キラキラとした瞳で彼女を見つめる。


「うむうむ、かわええのぅ!壮観じゃ。これからよろしく頼むのじゃ! お主らもこれで妾の家族じゃ!」


「「「「「家族!?」」」」」


 魂に刻まれた「家族」という言葉に、五人の幼子(神獣)たちは、歓喜のあまりその場で飛び跳ねた。


 それからの時間は、先刻までの血生臭い粛清を忘れさせるほど、無邪気で平和なものだった。


 広大な荒野を駆け回り、鬼ごっこやかくれんぼに興じる。


 神級の力を持つ者たちによる遊びは、一歩間違えれば大陸が沈む天変地異だが、エリスが張った絶対結界の中では微笑ましい遊戯に過ぎない。


 やがて、遊び疲れたエリスは、再び大狼の姿に戻ったビャクのふかふかのお腹に体を預けた。


「……ふわぁ、少し眠くなったのじゃ……」


「おやすみなさいませ、我が主」


 ビャクの温かい尻尾が、特上の毛布のようにエリスと五人の幼児たちを優雅に包み込む。


 彼らは重なり合うようにして、平和な眠りに落ちていった。




 どれほど時間が経っただろうか。


 「ぐぅ」と、可愛らしい音が静寂を破る。


 空腹を感じて目を覚ましたエリスは、まだ夢心地のビャクたちの鼻先をツンと突いた。


「さて、一旦サリウス領の邸へ戻るが、お主たちはどうするのじゃ? 森へ戻って仲間たちに会ってきてもよいのじゃぞ?」


 その問いに対し、六人は間髪入れずに声を揃えた。


「「「「「「お供しますっ!」」」」」」


 一人として、主の側を離れるという選択肢は持っていないようだった。


 全員の目が、お出かけを心待ちにする子犬のように、期待と忠誠で輝いている。


「ふふ、愛い奴らじゃのぉ。では、目立ちすぎぬよう全員妾と同じ年頃に人化するのじゃ」


 エリスは満足げに頬を緩ませると、六人の配者を引き連れ、意気揚々と帰還の途についた。


 一晩で一つの大宗教国家を滅ぼし、歴史を書き換えた。


 その正体は、かつてないほど賑やかで、そして世界を容易く滅ぼせるほどの戦力を有した『幼子の一団』を引き連れ、お家に帰る一人の少女であった。

いつも読んでくれて嬉しいのじゃ!

それと応援してくれて感謝じゃ!

嬉しくて!妾は、張り切って

頑張るからのう


(*´ω`*)/応援これからも頼むのじゃ⭐

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