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第20話 抗う事ができない絶望

 謁見の間の中央、イオン臭を伴う光の中から現れた人外の美女。


 それは、神獣フェンリルが主神エリスの導きと権能によって人の姿を借りた形態――『神獣ビャク』であった。


 その背後に控える五体の眷属もまた、ビャクの加護を受け、単なる魔獣の域を遥かに超越した「レジェンド級」さらには「SSS級」へと進化を遂げた『聖獣』たちである。


 かつては魔の森の深層で王として君臨していた彼らも、今は神の意志を遂行する尖兵へと昇華していた。


『私は神獣ビャク。後ろに控えるは我が眷属たる五聖獣。我が主神の命により――この国を滅ぼしに参りました』


 透き通るような鈴の音に似た声。


 しかし、そこには一片の情けも、交渉の余地もない絶対的な拒絶が含まれていた。


『主神は、貴方方と天界の羽虫――天使たちの行いに、大層お怒りです。その身をもって、これまでのとがを受けるがいい』


「ま、待たれよ、神獣ビャク殿! 誤解だ。我々も、女神と名乗る天使に騙された被害者なのだ!」


 ラウエル元帥ら七聖天は、全身から滝のような脂汗を流し、膝の震えを必死に抑えながらも、法皇の盾となるべく抜身の剣を構え続けていた。


 しかし、その剣先は、ビャクが放つ静かな覇気によって微かに震えている。


 ビャクは、冷ややかな、ゴミを見るような視線を法皇へと向けた。


『今、空に映し出されている真実こそが、この国の罪そのもの。我が主神は、貴方方がこれまで他者に行ってきた非道を、そのまま貴方方に返すよう命じられました。……それでも、知らぬと仰るのですか?』


「それは大司教たちが勝手に企てたことだ! 余は一切知らぬ! 国を滅ぼす理由にはならん!」


 法皇の醜い、魂の底から絞り出したような叫びを聞き、ビャクは小さく、憐れむように溜息をついた。


『見苦しいですね……。では、貴方たちが犠牲にしてきた無垢な子供たちや慈悲を乞うた人々と同じように、魂ごと消滅してみましょうか? 輪廻の輪にも戻れず、偽女神への贄にもなれぬままに』


 その言葉が終わるか否か。


 大司教バロウと審問官たちが、突如として内側から噴き出した白銀の炎に包まれた。


「ぎ、ぎゃあああああああああッ!!」


 彼らは床をのたうち回り、まるで誰かに強制されているかのように、過去に自らが行った凄惨な罪状を絶叫し続けた。


 肉体は見る間に白銀の炎に浄化され、霧散していく。


 後に残されたのは、無残に汚れ、主を失った法衣の残骸だけであった。


「り、輪廻の輪だと……贄だと……。我が国がそんな疚しいことをしているはずがない!」


『往生際が悪い。偽女神オフィリアに魂を捧げ、引き換えに「奇跡」という名のまやかしを受け取っていたのは、他ならぬ貴方方でしょう。主神は天界をも罰し、その偽女神すら滅ぼすお積りですよ』


「女神様を滅ぼすだと……? そんなこと、できるはずがない! 戯言だ!」


『主神にとっては、瞬きをするよりも容易いこと。この世界そのものが、主神の創りたもうた「箱庭」に過ぎないのですから。過去、現在、未来――すべての時間軸を超越し、歴史のすべてを主神は視ておられる。貴方たちが虐殺してきた無数の魂の嘆きを、知らないとでも?』


 ビャクは冷酷に告げると、背後の眷属たちに命じた。


『選別を始めなさい。魂の穢れを、その身に刻みつけるのです』


「「「「「御心のままに」」」」」


 聖獣たちは一斉に転移し、断罪の場へと散っていった。


 残されたビャクが優雅に尾を一振りする。それだけで、強固な石造りの謁見の間の壁と屋根が、光の粒子となって消失し、視界が拓けた。


 そこには、阿鼻叫喚の地獄と化した聖都があった。


 空には国内各地で魔獣に蹂躙され、自らの罪に焼かれる街々の光景が映し出されている。


「救いはないのか……無実の民まで死ぬというのか!」


 ラウエル元帥の悲痛な叫びに、ビャクは事も無げに返した。


『安心なさい。主神の言葉通り「魂の選定」は厳格に行われます。魂が清らかな者は、魔獣に襲われることもなく、むしろ主神の癒しによって病や怪我も完治するでしょう。今、燃えているのは闇が深く穢れた場所だけ。これは「神の浄化」なのです』


「ならば、我々はどうなる!」


「聖教従軍のラウエル元帥、よくぞ言った! 余はこの国の聖王! 余を失えば国が崩壊するのだぞ!」


 縋るように叫ぶ法皇を、ビャクは嘲笑と共に一蹴した。


『ですから、最初から「滅ぼす」と言っているではありませんか。貴方たちの魂は、もはや取り返しのつかないほどに澱んでいます。最も重い罰が与えられるのは確定しているのですよ』


「ラウエル、この女を始末しろ! 女神オフィリア様! 偽神から我らをお守りください!」


 法皇は王家に伝わる聖王笏を掲げ、全魔力を注ぎ込んで女神の顕現を祈った。


 …しかし、どれほど時間をかけても、奇跡の兆しすら現れない。


『あら、そんなに会いたいのですか? では、連れてきてあげましょう』


 ビャクは虚空に、まるで水面に手を浸すように無造作に腕を突っ込み、何かを掴んで引き抜いた。刹那に世界を繋ぐ理が外れる音が鳴り響く


───パリン


 空間から引きずり出されたのは、金髪の美しい、しかし恐怖に顔を歪め、翼を千切れんばかりに震わせた女性――女神オフィリアその人であった。


 ビャクは彼女の首根っこを無造作に掴み、法皇の足元へ投げ出した。


「女神オフィリア様! お助けください!」


「い、いやぁ……無理です……私では無理……格が、次元が違いすぎる……ッ!」



──その時。


 世界が圧っし潰されるような、凄まじい「重圧」が場を支配した。


 破壊された天井の遥か上空、次元の壁がガラスのように粉砕され、巨大な『ひび』が入った。


 その裂け目から、宇宙そのものを凝縮したような、巨大な怒気をはらんだ『瞳』が現れ、地上を覗き込んだのだ。


「「ヒッ……!!」」


 その視線を受けただけで、ビャクとオフィリアが同時に悲鳴を上げ、膝をついた。


 ビャクは慌ててオフィリアの頭を床に叩きつけ、強制的に土下座の姿勢を取らせた。


『……ビャクよ、何をしておるのじゃ?』


 天の裂け目から、幼くも絶対的な威厳と、万物を塵に変えるほどの怒気を湛えた声が降り注ぐ。


『は、はい! 申し訳ありません主神様! 過ぎた真似をいたしました!』


『分かればよい。そ奴の罰は、後で天界でじっくりと与えてやる。妾の創った箱庭を汚した玩具どもは、すべて妾が直接「遊んで」やるからのぅ』


 瞳が一度、瞬きをする──


 それだけで、次元の罅は跡形もなく消え去った。


 主神が去った後、ビャクは震える手でオフィリアを空間の穴へと放り投げた。


『天界で大人しく裁きを待ちなさい。逃げ場などどこにもないのだから』


 その一連の光景を目の当たりにした聖王たちは、もはや言葉を失っていた。


 自分たちが神と崇めていた存在が、単なる「玩具」として扱われる現実。


 圧倒的な『真なる神』の存在を前に、彼らの心に残ったのは、もはや怒りでも憎しみでもなく、ただ底知れない諦念と、存在そのものが消えていく無力感であった。


 リレトス聖教法国は、一夜にして地図から消えた。


 法皇たちは、崩壊し続ける聖都の瓦礫の中で、後悔すら生ぬるい絶望と苦悶を永劫に繰り返しながら、その魂すらも虚無へと帰す定めなのだから。

いつも読んでくれて嬉しいのじゃ!

それと応援してくれて感謝じゃ!

嬉しくて!妾は、張り切って

頑張るからのう


(*´ω`*)/応援これからも頼むのじゃ⭐

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