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第17話 絶望の序曲

 リレトス聖教法国の心臓部、執聖室。


 その部屋は、信仰の府にふさわしい静謐な月夜に包まれているはずだった。


 しかし、重厚な石造りの壁の内に満ちていたのは、神への祈りではなく、脂ぎった欲望と腐敗した熱気、そして他者の不幸を肴にする醜悪な笑い声であった。


「……そろそろ、頃合いですな」


 円卓の主、バロウ大司教は、年代物の高級ワインを揺らし、立ち上る芳醇な香りに目を細めた。


 その瞳は、信仰の光など微塵も宿さず、ただ権力への執着で濁っている。


 彼を囲むのは、清廉な法衣を纏いながらも、その内側に獣の如き残虐性を隠し持つ異端審問官の面々であった。


「今頃、サリウス領は魔獣に貪り食われる領民の阿鼻叫喚で満ち満ちているでしょう。逃げ惑う平民、肉を裂かれる音……ククク、実に愉快だ」


 サディス審問官長が、蜜を舐めるような卑しい笑みを浮かべて口を開く。


 その言葉に呼応するように、副長のアザートが、卓を指先で弄りながら低く笑った。


「ククッ、万の民が蹂躙される悲鳴か。想像するだけで血管が昂るねぇ……。グリゴ部隊長、お主はどうだ? 前回の村一つ程度の虐殺では、その渇きは癒えなかったのではないか?」


 話を振られたグリゴ部隊長は、行儀悪く酒瓶を直接煽ると、下品な音を立てて喉を鳴らした。


「八十人ポッチで満足できるわけねーだろ。聖戦ってのは、派手であればあるほどいい。サリウスの連中が神に縋りながら、絶望の中で食い殺される……。その最期の瞬間の顔、それをこの目で見られないのが残念でならねえよ」


 聖職者とは名ばかりの、血生臭い快楽主義者たち。


 無実の民を地獄へ突き落とした自覚すらなく、惨劇を「娯楽」として消費する。


 そんな腐りきった密室に、空気を一変させる重々しい足音が近づいた。


──ドォン、ドォン。


 鋼の鉄靴が床を打つ音が響き、不躾に扉が叩かれる。


「――入れ」


 バロウの許可を得て現れたのは、聖教従軍の最高司令官、ラウエル元帥であった。


『白銀の剣聖』と謳われるリレトス最強の騎士は、月光を鈍く反射する白銀の鎧を纏い、その鋭い眼光を円卓に座す腐敗の象徴たちに向けた。


「これはラウエル元帥。いかがなさいましたか、こんな夜更けに。貴公も勝利の美酒を共にしに来られたのかな?」


 バロウが皮肉げにグラスを掲げるが、ラウエルは勧められたワインに目もくれず、空いた席に音もなく腰を下ろした。


「……懲罰部隊と粛清部隊、さらには『蠍』特殊部隊まで投入した全精鋭を挙げた作戦だ。そろそろ吉報が届く頃だと思い、状況を確認しに来たまでだ」


 言葉こそ冷静だが、ラウエルの内面には、計画を聞かされた時から拭い去れない「薄ら寒い予感」が渦巻いていた。


 幾多の戦場を潜り抜けてきた彼の戦士としての直感が、肌を刺すような違和感を訴え続けている。


 三千の魔獣。さらには「七聖天」が六名。


 本来ならば、辺境の一領地など消滅して余りある戦力だ。


 だが、なぜだろう。背筋を伝う嫌な汗が止まらない。


──それから、一時間が経過した。


 ワインのボトルは空き、執聖室の温度は酒の熱気で高まっていく。バロウが不敵な笑みを浮かべ、手元の通信魔道具を弄んでいたその時――。


 ラウエルが弾かれたように立ち上がり、窓辺へ駆け寄った。


「……何だ、この魔力は」


 元帥の絞り出すような声に、室内の喧騒が凍りつく。


──澄み切った深夜の夜空。


 本来ならば静寂が支配するはずの聖都の中央、高くそびえ立つ時計塔へと、逃げ場のないほど強烈な魔力が収束していくのが、室内からもはっきりと視認できた。


 大気を震わせ、建物の石材が共鳴し、不快な高音が耳をつんざく。


 その魔力の「質」を、彼らはあまりによく知っていた。


 それは、今まさにサリウス領で魔獣の群れを指揮し、蹂躙の指揮を執っているはずの七聖天――『賢者ラッセル』のものだった。


「ラッセルの魔力だと!? 馬鹿な、彼は隣国サリウスにいるはずだ。戻るにしても早すぎる、転移魔法は使えなかったはず!これほど派手な予兆は……!」


 バロウたちも狼狽えながら、酒で弛んだ醜い身体を揺らして窓辺に群がる。


 ラウエルが指差す時計塔の頂。


 そこには、皓々と輝く満月を背負い、一人の男が虚空を凝視して立ち尽くしていた。


「……間違いない、ラッセルだ。だが、様子がおかしい。時計塔の上で、彼は一体何を……」


 その瞬間、空に浮かぶ白銀の月が、まるで内側から腐っていくように、不吉な「赤」へと染まり始めた。


 空気が重く澱み、聖都全体を逃げ場のない圧迫感が包み込む。


 ラウエル元帥の背筋に、かつてない戦慄が走った。


 それは、彼らが待ちわびていた「勝利の報せ」などではない。


 サリウス領を地獄に変えるはずだった絶望。


 それらすべてが、エリスという絶対的な存在の手によって、何倍にも膨れ上がり、おあつらえ向きの『返礼品』として、返されてきたのだ。


 時計塔の上に立つラッセル。


 その瞳にはもはや知性はなく、ただエリスによって刻み込まれた破滅の術式が、静かに発動の時を待っていた。


 リレトス聖教法国、その傲慢な終焉を告げる序曲。


 破滅の光が、時計塔から聖都全土を飲み込まんと膨れ上がっていく。

いつも読んでくれて嬉しいのじゃ!

それと応援してくれて感謝じゃ!

嬉しくて!妾は、張り切って

頑張るからのう


(*´ω`*)/応援これからも頼むのじゃ⭐

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