第16話 エンケラド辺境伯の憂鬱1
事の始まりは、アーク王国のゾル侯爵家に嫁いだ姉のミモラから届いた、一通の『緊急転送通信魔法』だった…
私はメイル・エンケラド辺境伯。ミレニアム共和国の外務卿という、常に国際情勢の荒波に揉まれる立場にある。
洗練された外交辞令と、冷徹なまでの損得勘定。それが私の武器……のはずだった。
しかし、そんな私の鉄の理性にダイレクトに穴を開けに来たのが、姉からの便りである。
──娘が産んだ子は、聖教会が指定する『忌み子』の黒髪・黒目だった──
──夫も、娘の夫も、この子を亡き者にしようとしている──
──娘と孫と侍女を亡命させなさい。──
「……は?」
手紙を読んだ瞬間、私の頭には国際問題の火種が『爆発』という文字と共に踊った。
共和国にも聖教会の勢力は浸透しつつある。外務卿の立場でそんな特大の『政治的爆弾』を保護すれば、外交関係は一晩で消し炭だ。
だが、私が『どう隠蔽するか』と胃を抑えて悩む暇もなく、続報が私の脳髄を直撃する。
なんと姪のテティアが離縁状を叩きつけ、侍女を連れて公爵家を出奔。
さらに姉ミモラも、ゾル侯爵に隠し子が発覚し、娘の後を追って帰郷するという。
「姉上……せめて、せめて事前相談という概念を思い出していただきたい……!」
私は天を仰いだ──
だが、我が家の狂気は姉だけに留まらない。
この報を聞いた隠居中の両親は、『可愛い娘に、孫と、さらにその可愛い曾孫が帰ってくる! 宴だ! 祝杯だ!』と、国際問題など微塵も気にせず大喜び。
私の地位と相続権を死守するため……いや、正直に言おう。姉ミモラは、普段は貞淑な淑女を演じているが『歩く脳筋兵器』のような姉と姉を神格化している侍女長を王都に置いておけば、国が滅びかねない。
私は即座に、魔の森に隣接する辺境の地を『サリウス領』として姉に与え、伯爵位まで贈与する手続きを爆速で完了させた。
……我が一族の決断の早さは、もはや天災の域である。この時、私の頭皮から十数本の『戦友(髪)』が永遠の別れを告げた。
彼女たちが到着する十日前、聖教国の頭上で大規模な魔力災害が起きた。何故か寒気を覚えた…直感が囁やく。考えるなと…
外務卿として情報収集に奔走する私の耳に、耳を疑う報告が入る。
「……元公爵夫人が、山賊に扮した公爵家の放った暗殺部隊を……瞬殺した、だと?」
報告書を三度見したが、書いてあることは変わらない。
最近、枕元に落ちている髪の本数が増えてきたのは、決して季節の変わり目のせいではないと確信した。
姪のテティアが侍女を伴ってエンケラド辺境伯邸に到着したと知らせを受けて、数日後には姉上とシルビアも到着したと知らせがあり私は王城から帰還し会うこととなった。
再会した姉一家は、恐ろしいほどに幸せそうだった。
そうして、私は姉にサリウス領は素敵な場所だと誤魔化し説明した。姉上も大層喜び、伯爵位も納得させた。姉上の背後でセバスは青褪めていた…
私の妻セイラは『家族が増えるなんて素敵!』と即座に意気投合し、我が家の面々も赤子のエリスディーテを『天使』と呼んで猫可愛がりした。
……確かに、あの黒髪の赤子は、天使のように愛らしい。
だが、彼女を抱く姉上の上腕二頭筋は、どう見ても猛将のそれだった。
『あらメイル、こんな辺鄙な領地をくれるなんて、私を追い払いたいのね?覚悟はできて?」と、青筋をピクピクさせた姉上が湧いて出てきた…
姉上のその一言で、私の心臓は跳ね上がった。サリウス領へ転封する意図がバレた…隣に居たはずのセバスが既にシルビアに捕まっていた…や、やめて…
その後の家族会議という名の尋問と拷問で、私とセバスは姉上の逆鱗に触れ、比喩ではなく尻の毛まで抜かれる勢いで財産と利権を絞り取られた。生きていたことにセバスと共に涙した。
だが、その後届く知らせは、金銭的な損失など些末なことに思えるほど異常だった。
──姉上の娘テティアが、道中で単独S級「魔赤竜」を討伐。現在、竜肉の燻製を調理中──
──姉上の娘の侍女が騎士団参謀となり、騎士団を「再教育」と称して地獄の訓練に放り込み騎士団を魔改造していると──
──鮮血を纏いし「紅堕天使の4姫」の異名が首都まで轟いた──
「……は?」
スタンピートを四人で制圧?SS級魔獣を複数討伐?
さらに、母からの手紙に…
──「エリスちゃん(二歳)に会いに行ったら、また魔の森へ突撃して困っちゃうわ♪ 追いかけるのが大変よ♪昨日はベヒーモスを追い回していたわよ♪──
「……何が起こっているんだ、サリウス領。あそこは魔境か? 異界か?母も何をしているんだ…」
そして迎えた、エリスディーテの三歳のお披露目当日。
私は自分の目を疑った…
二階から現れた姪は、三歳児とは到底思えぬ覇気と威厳を纏っていたのだ。
大人顔負けのスピーチ。完璧な淑女の佇まい。
この脳筋一家……失礼、この武闘派一家から、どうしてこんな聡明な子が産まれるというのか。
もしかして、彼女だけは私の『知性』を受け継いだのではないか? そう淡い期待を抱いたのも束の間。
披露宴の終盤、私は背筋に凍りつくような悪寒を感じた。
柱の陰で、あの無敵の姉上たちが……怯えている?
視線の先、突然エリスが黒い瘴気の様なオーラを纏い、暴力的な魔力を爆発させ盛大な癇癪を起こした。
唖然としながら、エリスの傍らにいた私は、「…滅ぼす」と呟いた直後、姉上にエリスと共に謎の結界に閉じ込められ、屋敷全体を粉砕せんばかりの膨大な魔力が結界内に噴出した。
(あ、これ、終わったな)
私の理性的な脳が、現実逃避を始めた瞬間だった。必死で助けを求めたが、首を横に振るだけだった。我が家の家族に私は見捨てられた。悲しい…。私は、満身創痍で床に沈んだ…
その夜、深夜未明に『領民抹殺を狙った大規模襲撃』があるという、絶望的な知らせが入る。
刺客は三千を超えるリレトス聖教法国の異端審問官と魔獣らしい。七聖天までもが動いているという…
顔面蒼白になり、『すぐに応援を!』と叫ぶ私と、自分も共に戦うと言い出す母上と父上を余所に、姉ミモラは紅茶をすすりながらあっけらかんと微笑み、そして笑った。
「大丈夫よ。既に手は打ってあるから。三千? 少なすぎて欠伸が出るわ。騎士団の実践練習に丁度いいわね」とクスクス笑う…
三千の精鋭を「ご愁傷さま、こちらの戦力は、相手にとって過剰戦力だわ」と切り捨てる姉上。
私は半ば魂が抜けかかった状態で、家族と共にテラスから外を監視することになった。
──零時。
凄まじい轟音と共に、結界の向こうに刺客が現れた。
『助太刀に!』と叫んで飛び出そうとした母上と父上を、私とセバスが慌てて窘める。そして、驚愕に目を開く母上。
「……あなた、私達が行って無理よ。あの方々は精鋭です。私の目でも追いきれないわ」
母上も武闘派だったのを今更思い出し、姉上は母上の血を色濃く受け継いだのだと、遠い目をした…
だが、次の瞬間、私の常識は瓦礫となって崩れ去った。
雷光を纏った姉上が、文字通り空を舞い、敵陣を一蹴したのだ。
ハルバードを一閃するたびに、空間そのものが削り取られ、白銀の閃光を発した時には、敵の精鋭たちが消し炭になり、首が飛ぶ。
返り血一つ浴びず、満月を背に活き活きした笑顔で手を振る姉上。
「まぁ〜♡娘があんなに逞しくなっちゃって凄いわ!ウフフ♪」
た、逞しい…母上は、何故悦ぶのだ──
私は悟った。この一家は、もう人間という枠に収まっていない。
これは『家族』ではなく『災害の集合体』なのだと。
その後、続々と戻ってきた従僕たちが、淡々と『報告』を述べる。
「七聖天、瞬殺いたしました(三歳幼児)」
「七聖天を含む刺客、一匹残らず殲滅完了です(七十歳老人)」
「一人も欠ける事なくリレトス聖教法国の敵兵全て殲滅完了です(四十歳侍女頭)」
私の理性のダムは、音を立てて決壊した。
そして最後に──
姉上と娘のテティアが『エリスが魔獣に…』と泣き崩れている横を…
得体の知れない幼女を引き連れて、『ちょっとお散歩に行ってきました』と言わんばかりの涼しい顔で戻ってきた三歳の姪エリスディーテ。
神獣を捕まえて来た?眷属?使徒?…んっ?珍獣を使役したということか?私の脳が拒絶を始める…
彼女が、聖都に向けて放ったという『とんでもない贈り物(物理的、かつ魔法的な何かを)』の内容を、可愛らしい声で淡々と語った瞬間。
私の脳は、これ以上の現実を受け入れることを断固拒否した。
追い打ちをかけるように、瀕死の聖教法国に攻め込んで来た、追い剥ぎ軍を退け、あろう事か…撤退させてきたと………。
「……あは、あはは。外務卿、辞めよう…」
私は、今度こそ本当に、真っ白な灰のような顔で意識を失い、卒倒した。
床に倒れる際、最後に聞こえたのは、『あら、メイルったら、お疲れなのね?』という姉上の能天気な声だけだった。
いつも読んでくれて嬉しいのじゃ!
それと応援してくれて感謝じゃ!
嬉しくて!妾は、張り切って
頑張るからのう!
(*´ω`*)/応援これからも頼むのじゃ⭐




