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第14話 虚ろいゆく者

 月光を背に、エリスは漆黒の四翼を広げて不敵に嘲笑った。


 魔獣三千を傀儡へと書き換え、七聖天の意識を上書きし、いよいよ聖都への『逆侵攻』の準備を開始しようとした、まさにその時だった。


 上空の虚空に、虹色の歪みが生じた。


「……ん? 異界からの干渉か?」


 次元結界を越える予期せぬ闖入者に、エリスが眉をひそめて警戒した刹那。


 虹色の空間を突き破り、純白に発光する巨大な物体が、流星のごとき速度で飛来した。


「くっ!?何奴!!」


 エリスは咄嗟に腕を交差し『隔絶結界』を展開する。


 だが、その白い物体は神の防壁を紙のように貫通し、減速することなくエリスの腹部に直撃した。


「くっ!? 妾の力が押し負けるだと……っ!?」


 衝撃に息を呑む。


 エリスは背後の巨木をなぎ倒し、大地を数キロにわたって削り取る猛勢で押し飛ばされ続けた。


「くっ!?妾の隔絶結界が効かぬとは…ぐっっっ!!」


 ようやく静止したとき、エリスの視界を覆ったのは、神々しい純白の毛並みとクリスタルの角を持つ、巨大な四足獣の姿だった。


 一触即発の緊張感。獰猛に顎を開く巨獣。


――だが、直後に訪れたのは、絶望ではなく『蹂躙』だった。


「…………っ、ちょ、やめるのじゃ! 離せ!」


 両前足で抑え込まれ、巨獣の荒い息が顔にかかる。


 次の瞬間、エリスの幼い体は、巨大な舌でベロンベロンと繰り返し熱烈に舐め上げられた。


「はっ! はっ! はっ! はっ♪」


「……お、乙女のピンチなのじゃぁぁぁぁ!!」


 執拗に全身を舐め上げられるエリス…


 スカートは捲くれ上がり、顔面どころか、全身が涎でヌルヌルに塗りつぶされる。


 神の威厳もへったくれもない。


 エリスは青筋を立て、への字口で震えながら、背後の翼を地面に叩きつけた。


「この、戯けがぁぁぁ!! 乙女に何をさらすんじゃぁぁぁぁぁ!!」


 衝撃波で巨獣を弾き飛ばす。


 だが、飛ばされた巨獣は怒るどころか、ちぎれんばかりに尻尾を振り、だらしなく舌を出して喜びを爆発させていた。


 その純粋すぎる主への思慕を前に、エリスの毒気も抜かれて霧散する。


「……ふぅ。お母様とメアリーが走馬灯のように出てきたわい。洗浄、浄化、乾燥。……まったく、貞操の危機かと思ったではないか」


 涎を掃除し、溜息を吐きながらエリスは世界の記憶に接続し、その正体を暴く。


「ほう……神聖界に住まう神獣フェンリルか。妾を慕って、次元を越えてきたというのか。……名は、白いから『ビャク』じゃ! よいな?」


 名を与えられた瞬間、神獣が進化を始める。


 エリスは自身の加護と『守護者』の称号を惜しみなく与えた。


 純白だったビャクの姿に、エリスとお揃いの『漆黒の四翼』と『ブラッククリスタルの角』が顕現する。


「わふっ!?」


「よしよし、これで妾のペットじゃ。賢くなるよう知恵も授けておいたぞ。……ほれ、この枝を取ってまいれ!」


「わふっ!?」


「わっはっは! 楽しいのう、ビャク!」


 深夜の魔の森。


 なぎ倒された巨木の中心で、楽しげに神獣と戯れる三歳児。


 モフモフの極致を堪能していたエリスだったが、ふと我に返り首を傾げた。


「……はっ!? そういえば、リレトス聖教国の『ゴミ掃除』の途中だったのじゃ!!」


 慌ててビャクの背に飛び乗り、エリスは再び崖の上へと舞い戻る。


 傍らには、主の意思を汲んで牙を剥く、最強の黒翼神獣。


「少々、時間を食ったのぉ……。さぁ、お待たせじゃ。滅びの続きを始めようかの?」


 一方、サリウス邸では、悲しみと絆が静かに燃え上がっていた。


 主館の廊下には、いつもなら響く活気ある靴音が消え、重苦しい沈黙と忍び泣きの声が満ちている。


 昨日まで共に笑い合っていた同僚たちが、今は冷たい骸となって横たわっている。


「あんなに優しかった彼女が、どうして……」


 一人の若いメイドが膝をつき顔を覆う。


 だが、その傍らに立つ老従者は、赤く腫らした目を拭い、震える声で仲間を鼓舞した。


「泣くのではない。我らが取り乱せば、一番心を痛められるのはミモラ様たちだ。

 あの方は今、我ら以上の悲しみと、この領地を守る重圧を背負っておられるのだから」


 彼らは知っていた。


 サリウス家が、自分たちを単なる使用人ではなく『家族』として大切に想ってきたことを。


 聖教会を憎む心以上に、自分たちが主人の盾となり、この家を支えねばならないという強い使命感が、悲しみの底から湧き上がっていた。


 城下の広場でも、不安の霧はあったが、それは主人への疑念には変わらなかった。


「あの家族が、我らを見捨てたことが一度でもあったか?」


 深夜の広場、屈強な男が拳を握りしめて言った。


「俺たちは知っている。ミモラ様たちは必ず、この理不尽を正してくださる。あの誇り高き血筋こそが、俺たちの希望なんだ!」


 窓越しにその様子を伺う従者の目には、領民たちの静かな決意が映っていた。


「ご覧ください。誰も逃げ出しはしません。皆、あなた方と共にあります」


 悲しみの雨は、いつしか誇りという名の強固な絆へと変わり、サリウス邸を包み込んでいく。


 新しい世界を創るための痛みは、一つの大きな意志となって、闇の中で静かに、しかし激しく燃え上がり始めていた。

いつも読んでくれて嬉しいのじゃ!

それと応援してくれて感謝じゃ!

嬉しくて!妾は、張り切って

頑張るからのう


(*´ω`*)/応援これからも頼むのじゃ⭐

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