第9話 作戦会議
「――さて、襲撃者の正体についてじゃが」
エリスディーテは、カレンが淹れ直した紅茶の湯気越しに、冷徹な神の瞳を怪しく光らせた。
彼女の口から語られたのは、この世界の光の裏側にこびりついた、悍ましい泥のような真実だった。
聖教法国が「忌み子」として黒髪や黒目の子を弾圧しているのは、単なる迷信ではない。
その実態は、女神オフィリアという名の智天使――天界の端くれに過ぎぬ「偽神」への生贄として魂を捧げ、組織の権力を維持するためのシステムだった。
魂の消滅を伴うという、救いのない真実に、カレンは恐怖に身を震わせた。だが、彼女は逃げなかった。自身のルーツに向き合うことを心に決め、震える声で問うた。
「エリスお嬢様……黒髪や黒目で生まれてきた子供には、狙われるだけの理由があると?」
「そうじゃ。黒髪や黒目で生まれた子どもたちは、魂の力が、他の人間とは決定的に異なるのじゃ」
「魂の、力……?」
「この世界は妾が創造した。人間という器の中に、妾の神力が形を変えて宿ったものが『魂』となり、人格を作り、生命となった。特に黒髪や黒目の人間には、妾が闇の女神だった頃の神格の力が強く宿っておる。いわば権能の残渣じゃな。ゆえに、魂の格(位階)が他より高く、魔力量も魔法適性も、常人を遥かに凌駕するのじゃ」
エリスは紅茶を一口啜り、言葉を継ぐ。
「聖教会を操る偽神オフィリアは、その高純度な魂を吸収することで、己の神格を無理やり維持しておる。取り込まれた魂は個(人格)を失い、この世界の輪廻の輪から完全に外れてしまう。……死ではなく、存在の消滅。それが生贄の末路じゃ」
「そんな……酷すぎます……!」
「左様。聖教会の上層部は、この『生贄』によってもたらされる一時的な奇跡を偽神に演出させ、それを自らの権力の源として確固たる地位を築いておるのじゃ。そして、その不都合な事実を知る者や、妾たちのような『生贄候補』を、粛正部隊と懲罰部隊という名の猟犬を使って消してきたのじゃ」
「だから、サリウス伯爵家と、ここに住む領民すべてを抹殺して、証拠を隠滅しようとしているのですね……」
カレンの言葉に、ミツルギも眉間に深い皺を刻み、怒りを押し殺した声で断じた。
「……要するに、聖教会は救いようのない『悪』ということですね」
「カレン、お主の理解は早くて助かるのぉ。ミツルギ、お主も……まぁ、その理解で十分じゃ」
エリスは内心で(こやつ、仕組みは欠片も理解しておらんな。だが、斬るべき敵が誰か分かればそれでよいか)と嘆息したが、今は一分一秒が惜しい。
彼女は机の上に領地の地図を広げ、邪悪な、されどどこか楽しげな笑みを浮かべた。
「さて、残り数時間。おばあちゃま、どう動くのじゃ?」
「そうねぇ……。今から騎士団を動かしても配置が間に合わないわ。ここは、私たちが直接片付けるのが一番早いわね」
ミモラの「知神」とは思えぬ脳筋気味な提案に、テティアが慌てて割って入る。
「お母様、冷静になって! 敵は魔獣二千体による蹂躙と、精鋭百名による虐殺を目論んでいるのよ。それにまだ魔獣は増え続けている……。エリスちゃん、何か策があるのね?」
「もちろんじゃ! 聖教会と偽女神が最も嫌がる方法で、真なる女神の力を見せつけてやるのじゃ!」
エリスの背後から、どす黒い高揚のオーラが立ち昇る。
「魔の森の魔獣二千余りと懲罰部隊は妾が引き受けよう! 楽しみ…ゲフン!わ、妾なら、敵がいくら増えても問題ないのじゃ! おばあちゃまは邸宅、母上とシルビアは騎士団と共に街を。そしてメアリー、ミツルギ、カレンは各村の防衛じゃ!」
「……エリスちゃん、言い直してもダメよ。今『楽しみじゃ!』って言いかけたわよね? 私たちの家臣が二人も亡くなっているのよ?」
テティアの鋭い指摘に、エリスは冷や汗をかきながらも、必死に誤魔化した。
「ち、違うのじゃ! 妾の聖域を汚すゴミは、主自ら掃除せねば気が済まぬのじゃ! ポイッじゃ、ゴミ箱にポイッなのじゃ!」
三歳児の姿で「ゴミ箱ポイ」と宣う女神。
その圧倒的な適材適所ぶりに、一同は呆れ混じりに頷いた。
「わかったわ。エリスの案で行きましょう。……メアリー、ミツルギとカレンに『短縮版メアリー式ブートキャンプ』をお願いできるかしら?」
「もちろんです! 村へ向かう道中で、死なない程度に加護の使い方を叩き込みます!」
メアリーの爽やかな笑顔。対照的に、ミツルギとカレンの顔は、死を覚悟したかのように引き攣っていた。
「よし、決まりじゃ! 妾が邸宅、街、村に『悪意も攻撃も通さぬ特殊結界』を張る。領民は無害じゃから、お主らは周辺部で存分に殲滅戦を楽しむがよい……ゲフン! 励むのじゃ!」
高揚を抑えきれず、つい本音が漏れるエリスに全員からジト目が向けられるが、彼女は強引に締めくくった。
「……で、では、次の盗聴が終わるまでに配置につくのじゃ。命を大事にするのじゃぞ?」
「ちょっと待って、エリス」
ミモラが好戦的な笑みを浮かべて口を挟んだ。
「戦うと若返る気がするのよねぇ。……騎士団や冒険者なんて、邪魔にならないかしら?」
「……お母様、年々脳筋に拍車がかかってますわよ。騎士団も実戦に慣れさせないと……」
テティアの嘆息を余所に、ついに迎撃作戦が固まった。
「――では、各自準備! 配置へ!」
「ま、待つのじゃ!! 一番大事なことを忘れておる! まだ晩御飯を食べておらん!!」
エリスの切実な叫びで結界が解かれ、控えのメイドたちが湯気を立てる料理を運び込む。
これから始まる血生臭い殺戮劇を前に、女神一家は驚くほど優雅に、そして嵐のような勢いで、嵐の前の晩餐を平らげるのだった。
胃袋を満たし、瞳に闘志を宿した神々は、静かに「零時」の戦闘の始まりを待つ。
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