表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/115

第18話 エンケラド辺境伯の憂鬱3

 エリスとジュリアスが八歳になった、ある穏やかな日のことである。


 エンケラド辺境伯メイルの元に、姉のミモラから一通の手紙が届いた。


 それは、本来であれば単なる親愛なる姉からの近況報告であるはずだった。


 しかし、封筒を手にした瞬間、メイルは背筋に氷を流し込まれたような戦慄を覚える。


「……セバス、この封筒……どす黒いオーラが出ていないか?」


「いえ、旦那様。それは恐らく、旦那様の『恐怖』という名の姉上を想う呪詛が視覚化したものでございましょう。……とはいえ、私も近づきたくはございませんが」


 家令のセバスが、まるで汚物を見るかのような距離感で答える。


 メイルが震える指で封を切ると、そこには簡潔かつ絶望的な言葉が綴られていた。


『エンケラド辺境伯領とサリウス領が狙われているわ。内密にね。――ミモラ』


「……セバス、これを読んでくれ…」


メイルは無言で手紙を差し出した。


「……こ、これは、私めが読んで良かったのでしょうか? もしかして、この絶望という名の泥舟に私を道連れにしようと……?」


「クッハハハ!セバス、逃がさんぞ。これは二人だけの秘密だ」


「だ、旦那様、は、嵌めましたね……!」


 主従は互いに冷たい汗を流しながら、鏡を見た。


 メイルの頭上では、ストレスに耐えかねた残り僅かな貴重な髪の毛たちが、ハラハラと自由を求めて机の上に舞い散り、セバスは無言で胃薬を二錠飲み込み、そして互いに無言で睨みあったのだった…


 慌ててエンケラド領へと引き返したメイルを待っていたのは、さらなる「非常識」だった。


 屋敷に到着した瞬間、目の前の空間が歪み、ミモラ、テティア、そして天使のような微笑みを浮かべたエリスが忽然と姿を現したのである。


「ぎ、ぎゃあああ! びっくりするから目の前に転移するなと言っているだろう! セバスが……セバスが腰を抜かして泡を吹いているではないかぁ!」


「あら、相変わらず賑やかね、メイル」


 ミモラたちは涼しい顔で、気絶しかけている家令を迂回し応接室へと入っていく。


 そこで待ち受けていたのは、引退して悠々自適な生活を送っていたはずの父上のマリオ元辺境伯と母上のピーチュ夫人だった。


 二人は孫たちの登場を大喜びで迎え、「あらあら、待ってたわ。こんな素敵な手紙なんてくれちゃって♪」と、まるでピクニックの相談でもするかのように、姉上の家族と談笑しながら茶を啜り始めたのを見て、私とセバスは空いた口が塞がらなかった…


 そうこうして固まっているところ、エリスが淑女らしい優雅な所作で、一束の冊子を全員に手渡された。


「……台本?」


メイルとセバスが首を傾げる。


「ええ、叔父様。これから起こることを台本にして、家族全員の配役を振り分けたのですわ。楽しそうでしょ?」


 エリスはクスクス笑うなか、メイルは冊子をめくった。


――そこには、ニ国をギリギリにまで滅ぼし、新たな国を建てるという、あまりにも壮絶な『建国物語』が事細かに記されていた。


序幕、学術院へ双子が入学試験を受け、黒幕を誘き出す…


第一幕、侵攻してくる六万と三万の軍勢を返り討ちにする…


第二幕、敵国の領土を接収し、統治を開始する…


第三幕、神の姿で両国の王城と帝城を占拠し、断罪する…


閉幕、エンケラド王国の樹立と断罪にてハッピーエンド…


 読み進めるにつれ、メイルの顔は蒼白から土気色へと変わり、最後には「もう、どうにでもなれ」という無の境地に達した。


「エリスちゃん……こ、これは、ほ、本当に起こることなのかい?」


「ええ、大丈夫ですわ。監督と脚本は私とジュリアスが務めます。あっ、黒子として国内の暗殺組織と王家や貴族家の隠密や密偵部隊をすべて傀儡にして、この台本のとおり手懐けておきますので、雑用は彼らにやらせますわね♪」


「安心ねぇ♪」と笑う母ピーチュと父マリオ。


(何が安心なんだ!?)と叫びたいメイルの口からは、ただ乾いた笑いしか漏れなかった。


 しかし、メイルにとって最も衝撃的だったのは、その台本に記された一文だった。


「な、なぁ、エリス……この『エンケラド王国』の国王というのは、誰がやるんだ? 姉上か? それとも父上か?」


 メイルの問いに、エリスは満面の笑みで答えた。


「いいえ、叔父様です。皆様はいかがですか?」


「「「「メイルで問題ない!!」」」」


 家族全員の即答だった。


「お・じ・さ・ま、ですわよ♡」


 エリスの甘い声が、メイルの脳内で爆辞のごとく弾けた。


 自分の掌を見ると、そこには絶望のあまり引き抜かれた大量の髪の毛が挟まっている。


(終わった……俺の人生も、俺の頭皮も、すべてが終わった……!)


「まぁ!?メイル随分ハゲ散らかしたわね〜クフッ♪」


「お、おのれぃ!?姉上〜!諸悪の根源がぁぁぁ!」と、掴みかかるが、笑いながらひらり、ひらりと逃げ回る姉上…そして「あらあら、まあまあ♪」と楽しがる母上と父上…


「ハァハァ、ハァハァ…」


 絶望の淵で、唯一の味方であるはずの妻の顔を見る。


 彼女は既に「えぇ〜、私が王妃様? どんなドレスを着ようかしら!」と、大層お喜びであらせられた。


 そして、子供たちは「俺は王子様か!?いや!時期王だから王太子殿下か!?」、「えっ!?私は王太子妃なの!」と、私とセバス以外は望外の歓びに満ちていた…


「「…………」」


(まともなのは私とセバスだけかぁ!?)


 もはや、誰も止める者はいなかった。


 メイルの頭頂部を見たエリスは「はぁ〜」とため息を漏らし、少し憐れに思い、助け舟を出す事にした。


「仕方がありませんわね、メイル叔父様。もし閉幕まで完璧に役を全うできたら……特別報酬として、その髪の毛を、女神の権能で『フサフサ』にして差し上げますわ♪」


 キリリッ───。


 私、メイルの目つきが変わった。


「ふ…ふふっ…ふはははは!!喜んで、演じて見せようじゃないか! エリス様、いや!我の女神よ!!その言葉、決して違えるなよ!ふ〜さふさ♪ふ〜さふさ♪…」


「おいたわしや…旦那様、セバスは悲しゅうございます。同じ穴のムジナだと思っていましたのに…フサフサでやる気満々になりますとは……」


 哀愁漂う目で見るセバスに、メイルは拳を突き出した。


「黙れセバス!? これは聖戦だ! 俺の、俺による、俺のための、俺の毛根のための聖戦なのだぁ!!」


「それなら、叔父様。台本に合わせて、ここに記したことを進めておいてくれるかしら?人心掌握と準備は大事でしょ?」


 コテンと可愛く首を掲げるエリスが示した台本の一節には…


──ミレニアム共和国から摂取した 17領及びドラン帝国から摂取した8領を速やかに掌握し統治できる者、以下記載の25名を当日中に派遣し領主邸を摂取──。

 摂取後、直ちにメイルおじ様の指示に従いクロエとシヴァは国境沿いに壁を設置──。

 ミロク、ディア、ファルは街道を整備。

 お母様とビャクは食料増産、以下に記す領へ迅速に配給のこと──。

 その直後に、二国の猶予期間中の1ヶ月以内に国王として戴冠すること──。

 直後に法典を公布し、事前に国内の領主と25名の代官に暗記させておくこと──


 これ以外にも、1200ページ余りの指示が記載されていた…


「えっ!これ全部?ねぇ、エリスちゃん…叔父さん過労死しちゃうよ?」


「大丈夫ですわ!叔父様。人間死ぬ気でやればできますわ!」


「…………」


〜〜〜〜〜〜〜


 それからの四ヶ月、メイルは狂ったように働いた。


 エリスとジュリアスが書き上げた、厚さ40cmにも及ぶ『エンケラド王国法典』を暗記し、親戚一同を魔法誓約で縛り上げ、法典を暗記させ「建国するぞ、いいな!」と脅して回った。


 滞りなく、すべて台本通りに進んだ。


 エリスとジュリアスが入学試験で暴れ、国が動き出し、宣戦布告がなされる…


「し、信じられない…が、早く!準備を急げ!」



──第一幕の開演だ。


 国王から届いた開戦通達の兵数さえも、エリスの台本と「ドンピシャ」だった。


「六万の軍勢? 知るか! 髪が抜けるから考えるな!」


 メイルは、サリウス領から送られてきた「人類では勝てない化け物(姉上たち)」が、万単位の軍勢をゴミのように蹴散らす報告を聞き流した。


「そ、そうか、そうだろう。あきらめろ、か、かんがえるな…」


 次々と入ってくる知らせに…


「物理移動がすべて転移? 神級魔法? 知るか! 考えるほどに頭頂部が!おでこが!広がるんだ!」


 皆に思考を放棄するように伝えた…



──第二幕の幕開け


 電光石火のスピードで台本どおり、25の領地を姉上たちが予定調和のように落とし…そして接収…


 メイルはあらかじめ用意していた調教済みの代官たちを、エリスの台本どおりに各領地へ叩き込んだ。


「行け! そして統治しろ! できない奴の毛根は私が呪ってやる!」



──そして第三幕。


 王城と帝城が同時に占拠され、姉ミモラと姪テティアが神として降臨する姿を、メイルは屋敷の映像魔法で見守っていた。


 既にエリスのしでかしに、エリスは女神であると説明を受けたメイルだったが詳細までは聞かされていなかった。


「えっ!姉上が『知神』? 『恥神』の間違えでは?えっ!テティアは『女神の聖母』…うん、それは理解できる 。あ、姉上…なってはいけない人が女神に…」


(うん、世界は滅んだな……と頭を抱え、王になって大丈夫か?)と、不安に駆られた。


 メイルの横で、神に至った娘と孫娘を両親が、この上なく歓喜し「あらあら、まあまあ!?私達の子供ミモラと娘テティア()女神様になったのね!お祝いしなきゃね」とハイタッチする父と母の頭を疑った。


()、とは何だ!?既に聞かされていたと言うのか!?)


 メイルの脳は錯乱状態に陥ったが、彼はただ一つの希望、――頭頂部から感じる「涼しさ」を埋めるという悲願のためだけに正気を保った。


 そうして、物理的な鎖国が成された…


 隣国は結界で鎖国され、その間に、エンケラド王国には一夜にして巨大な城壁と街道が整備され、搾取され続けた領への配給が即座におこなわれた。


 ついに関門かんもんの一ヶ月が過ぎ、爆速で戴冠式が執り行われた。何故かリレトス新神教国の教皇が訪れ、二人の女神(姉上と姪テティア)が宣言した国家間の調印をことも無げに調印して「蜜月の間柄」だと宣言し帰って行った…


 国民は奇跡を目の当たりにして熱狂し、メイルは歴史に名を残す「初代国王」となった。


──そしてついに、閉幕の時。


 姉上と娘のテティアが、派手な衣装を身に纏い、再び王城と帝城へと転移して行った。その姿を父上と母上と子供達が楽しげに、そして誇らしげに観ていた。


 無事に、閉幕を迎え、お祝いに訪れたエリスが、メイルの前に立ち、優雅に構えた。


「お疲れ様でした、メイル叔父様!ご褒美ですわ!……『育毛・毛根活性の術式』、展開!」


 その瞬間、メイルの頭皮に激震が走った。


 毛根の一粒一粒が、女神の神力によって「待ってました!」とばかりに活性化する。


──メイルは震え出す心を抑えることができないほど高揚していた。


 薄毛は剛毛となり、荒野のごと頭頂部と地続きのおでこに適度な地平線が戻り、失われたはずの黒々とした輝きが、王冠の下で爆発した!


「ふっ…ふっ…ふぉぉぉぉお!?念願が、叶ったあああああ!!セバス!やったぞ!ついにやり遂げたぞぉぉぉ!」


 メイルはセバスの手を取り、スキップを踏み、涙を流し歓喜し、踊った。そして、鏡を抱きしめて号泣した。


「だ、旦那様、い、いえ、国王陛下……大層なフサフサ加減で…。念願叶って良ございました…苦労なされた介がございましたなぁ…おめでとうございます」


 セバスは主人の望外の歓びに感激し、これからの苦労も忘れて、共に歓び祝福した。その従者の祝福さえも、今のメイルには天使の聖歌に聞こえる。


 こうして、史上稀に見る「毛根への執念」が生み出した壮大な建国物語は、一人の男の輝かしい(物理的な意味で)勝利とともに、完結を迎えたのである。


 メイル国王の治めるエンケラド王国の未来は、その髪の毛のように、力強く、そしてどこまでも密に生い茂っていくことであろう。


 これが、この国の建国神話となった。


  拾う神(髪)あれば、捨てる神(髪)あり。

 しかし、神(髪)を信じることによって、我が神(髪)は救(梳)われたのだ!


 希望を捨てることなく、努力し続ければ、必ずいつかは、救(梳)われるのだ!!

いつも読んでくれてありがとう。

さぁ、いよいよ、次からは新章に突入よ!この世の不条理も大分減ってきたわ!あともう少しね。さあ、ラストスパートに向けて突き進みますわよ!


いつも応援してくれてありがとうなの♡

私の励みになってるわ!引き続き読んでくれたらうれしいわ!

(*^^*)/また明日新章で会いましょう〜

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
王太子妃じゃなくて王女じゃね?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ