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第17話 最終審判

 サリウス領主の母娘が、両国の命運を握る「一ヶ月の猶予」を告げてから、ときは無情にも過ぎ去った。


 約束のその日、両国の王城は、まるで時間が凍りついたかのような静寂に支配されていた。


 「知神」と「聖母」の結界に覆われた国内からは、蟻一匹這い出ることは叶わなかった。


 物理的な封鎖だけではなく、概念的な「滞留」が国全体を蝕んでいた。


 人々の呼吸は心なしか浅くなり、空気は澱み、重く湿った沈黙が大地を這う。


 連日、魔道具を介して行われた両国の協議は、希望を探すためのものではなく、いかにして「全滅」を避けるかという絶望的な調整に過ぎなかった。


 結論は一つ──。


 ミレニアム共和国もドラン帝国も、提示されたすべての理不尽なまでの要求を受け入れ、神の軍門に降るしかなかったのである。


──午前10時 『リンゴーン』――


 どこからともなく、腹の底に響くような荘厳な鐘の音が鳴り渡った。


 その音は福音ではなく、旧時代の終焉を告げる弔鐘であった。


──両国の謁見の間。


 そこには、国の最高権力者たちが左右に分かれ、石像のように硬直してその瞬間を待っていた。


 国王も皇帝も、玉座に深く腰掛け、震える指先を隠すように膝を強く握りしめている。



 次の瞬間、両城の謁見の間の中央に、天を突くほどの黄金の光柱が立ち昇った。


 ドラン帝国の謁見の間を埋め尽くしたのは、肺の奥まで洗われるような清浄にして圧倒的な魔力と神力だった。


 光の中から姿を現したのは、純白の神衣、バトルドレスに身を包んだ聖母テティア。


 その背後には、魔力によって物理法則を無視して浮遊する、天衣のような羽衣が棚引いている。


 右後方にミツルギとビャク、左後方にメアリーとミロクとディア。


 神域の守護者たちを従えた彼女の姿は、もはや人の理解を越えた「畏怖」そのものだった。


 同時刻、ミレニアム共和国の謁見の間にも、同様の光が満ちていた。


 そこには、知神の錫杖を携えたミモラが、厳かな神威を纏って立っていた。


 右にシルビアとクロエ、左にカレン、シヴァ、ファル。


 最強の駒たちを配置したその光景は、一国の軍隊を相手にするよりも絶望的な戦力差を象徴していた。


 ミモラとテティアは同時に錫杖を掲げた。


──「『俯瞰術式・改』、展開」


 無詠唱で発動した神級術式により、数百キロ離れた両国の空間が接続される。


 謁見の間の空中に、互いの様子を映し出す巨大な魔力映像が浮かび上がった。


 その場に居合わせた貴族たちの多くは、あまりの神々しさに耐えきれず、磁石に吸い寄せられる鉄屑のように床に跪き、祈りを捧げた。


 それは忠誠ではなく、圧倒的な上位存在に対する本能的な敗北宣言だった。


「「結論は出ましたか。皇帝、そして国王」」


 二人の声が完全に重なり、一つの意思となって両国に響き渡った。


「はい……ドラン帝国は、全面的にすべてを受け入れることにいたしました。国内の粛清も、すでに完了しております」


「ミレニアム共和国も同様です……。すべてを捧げ、粛清も滞りなく済ませました」


 皇帝も国王も、かつての威厳は微塵もなく、ただ震える声で答えるのが精一杯だった。


 ミモラは共和国側の回答を聞き、冷徹に、だが鷹揚に頷いた。


 彼女の『知神』としての瞳が、共和国内の因果が整理されたことを見抜いたからだ。


 しかし、一方でテティアは目を細め、ドラン皇帝とその一族を凝視した。


「ミレニアム共和国の判断は尊重しましょう。……ですが、ドラン帝国の皆様。まだ、粛清されるべき方が、そこに残っているようですが?」


 テティアの鈴を転がすような、しかし氷のように冷たい指摘に、皇帝の心臓が跳ねた。


「そ、それは……どなたのことでございましょうか。不備があったのなら、すぐに……」


「皇帝である貴方。デジルカ側妃。その子、アラン第3皇子。そして、デジルカ側妃の父であるブランダ侯爵。……この四人ですわ」


 テティアの冷徹な眼差しが、特定の四人を射抜く。


 皇帝は「待ってくれ! 私たちは関与していない! 宰相たちが勝手にやったことだ!」と、必死の形相で叫んだ。


 その見苦しい命乞いを遮るように、テティアの手に、一点の曇りもない『記録結晶』が握られた。


「では、貴方方の“真実”を、国民と隣国に見せて差し上げましょう」


 刹那、謁見の間の空中を埋め尽くした魔力映像が切り替わった。


 そこに映し出されたのは、密室で膝を突き合わせる皇帝ら四人の姿だった。


『…サリウス領とエンケラド領を奪えば、神の力を手に入れられる……。そう言い出したのはアラン、お前だろう?』


 映像の中の皇帝が、不敵な笑みを浮かべて語る。


『お父様、一月程は従うフリをしておけば良いのです。あいつらが神だなんて、どうせハッタリでしょう。隙を見て子供たちを攫えば、傀儡にできる。それまでの辛抱です』


 密談のすべて、その醜悪な野心と、テティアの愛し子たちを攫おうとする企みが、白日の下に晒された。


 ドラン帝国の謁見の間は、死よりも深い沈黙に包まれた。


 首謀者は、他でもない国の頂点に立つ者たちだったのである。


「……ご理解いただけましたか? 貴方方四人が首謀者であり、私の子らに手をかけようとした事実は、到底聞き捨てなりませんわね」


 テティアの怒りが、物理的な圧力となって噴出した。


 凄まじい魔力圧に、城の壁が悲鳴を上げ、大理石の床に亀裂が走る。


「うっ……!」「あ、ああ……!」


 皇帝たちは、その重圧に耐えきれず、床に這いつくばって土気色の顔で喘いだ。


 周囲の貴族や近衛兵たちは、巻き添えを食らうのを恐れ、蜘蛛の子を散らすように彼らから距離を置いた。


「お、おい! 誰か余を守れ! 命令だ! 余はこの国の皇帝だぞ!」


 無様に叫ぶ皇帝。だが、誰も動かない。彼らは今、ただの男が女神の怒りに触れて滅びゆく様を、固唾を飲んで見守る観客に過ぎなかった。


 テティアは、その場にいるすべての者に選ばせた。


「この四人を庇って帝国ごと滅びるか。あるいは、この四人に適切な処罰を下して国を存続させるか。……選びなさい」


 沈黙を破ったのは、皇帝の正妻であるモニカ皇后と、第一皇子ギリシュタットだった。


 彼らは一歩前に出ると、冷徹な声で皇帝への断罪を宣言した。


「帝国を救うため、皇帝を退位させ、砦に永久幽閉。側妃も幽閉。アラン第3皇子は皇籍を剥奪し、不妊の術を施したうえで更迭。そして、すべての元凶たるブランダ侯爵は……即刻、処刑とする。異論のある者は、今この場で声を上げなさい!」


 謁見の間に、否定の声は上がらなかった。これが唯一の、そして最も寛大な生き残る道であることを、誰もが理解していたからだ。


 こうして、二国を揺るがした大騒乱は、人知を超えた幕引きを迎えた。


 結界は解かれ、澱んでいた空気は、まるで洗われたかのように清浄な風へと変わった。


 目の前から女神たちが消えた後、残された者たちは呆然と立ち尽くしていた。


 狐につままれたような、あるいは壮大な白昼夢を見ていたかのような感覚。


 神の力に対する絶対的な畏怖が、彼らの脳裏に焼き付いていた。


 世界は、女神の台本通りに書き換えられた。


 旧き支配は消え、ことわりの内側で、テティアとエリスたちの新しい旅路を祝福するように、日の光がが両国の城を照らしていた。


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