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3 初恋煩い

 リザのことが好きだと思う。

 大好きな母に抱きしめられた時の心の温もりとは全然違う。胸に溢れ出す感情の波は熱く、荒々しい。

 なんだこれ……耳のドクドクって音がすごく聞こえる。心臓がどうにかなりそうだ。なんだこれ……なんだこれ!


「ル……カミル! どうしたんだ急に座り込んで!」

「へ?」


 両肩を揺すられて我に返った。

 顔を隠していた両手を離してイリヤを見上げると、グレーの瞳に不安の色が見える。心配させてしまった。


「な、なんでもないよ! 大丈夫……」

「そんな赤い顔して大丈夫なわけあるか。熱があるんじゃないか? 医師に診てもらおう」

「熱なんてないよ! 病気じゃないって」


 待って、まだここに居たい。もっとリザの話を聞きたい。――そう言葉にすることは出来なかった。

 痛いくらい手首を掴まれて引っ張られる。力ではイリヤに敵わない。両足を踏ん張って悪あがきをしながらリザへ叫ぶ。


「また、また来るから! もっと話を聞かせてね!」


 返事は先程の楽しげなものとは打って変わって淡白なものだった。


「もう二度と来ないで。二人共、もう来ちゃ駄目よ」


 そんな……どうして突然――

 目の前が真っ暗になって全身の力が抜けてしまった。その後のことはあまり覚えていない。イリヤに抱きかかえられて僕の部屋のベッドに寝かされたようだ。


 頭がガンガン鳴っている。喉が詰まる。胸が苦しい。彼女の言葉一つでこんなにも心乱されるとは思わなかった。赤くなったと思えば真っ青になった僕は、やはり病気なのだろう。診てくれた医師によれば身体に異常はなく、精神的なものだそうだ。


 当然だ。弱っているのは僕の心だから。


 好意を持つ相手に素っ気なくされるだけでこんなに傷つくとは知らなかった。これからは貴族令嬢に対してもう少し優しくしよう。誘いを断るにしても言い方に気を付けよう。そう固く決意した。


 身体がだるい。ひとまず休もうと目を瞑るが、リザの言葉が頭の中に浮かんでは胸の奥に沈んでいって落ち着かない。僕は嫌われてしまったのだろうか。

 ぐるぐると同じことを考えていると侍女が来客を知らせに来た。僕が寝込んだことを聞きつけたジーナが見舞いにやって来たようだ。

 ジーナは僕より1歳上のイリヤの妹だ。何かにつけて自分の方がお姉さんだと言って僕の世話を焼きたがる。イリヤと一緒に遊んでいる時も邪魔をして、自分の遊びに付き合わせようとする。苦手な相手だが、従姉を邪険には扱えない。長く待たせるのも悪いので、すぐ入室の許可を出した。


「ご機嫌よう、カミル様。兄から聞いて驚きましたわ。お加減はいかがかしら」


 僕の状態をどう聞いてきたのか分からないが、いつもよりお淑やかに挨拶された。イリヤと同じ暗い金髪が揺れる。

 バロー家は皆がダークブロンドにグレーの瞳をしている。僕の母も例外ではない。ちなみに僕は白に近い明るい金髪に薄茶色の瞳だ。王族の中でもかなり明るい金髪である。母と同じ色をしている従兄達が羨ましいと思ったこともある。

 ジーナは僕に勧められて椅子へ座った。


「熱もないし、ちょっと立ちくらみがしただけだよ」


 そんな僕の言葉を確かめるように、顔色をまじまじと眺めてから額に手を当てた。熱がないとわかると、手を引っ込めて自分の膝に戻した。


「まだ少し顔色がよろしくないようですわね。ゆっくりお休みくださいな。ここに来てから木登りだうさぎ狩りだと猿みたいに野山を駆け回っていらっしゃるから体調を崩すのですよ。たまには私とお茶会をしてくださらないと寂し……ではなく、たまには室内遊びも新鮮で楽しいものですわよ」

「心配かけたね。ジーナ」

「あら、本当に弱っていらっしゃいますのね。そんなに素直におっしゃるなんて、明日は槍が降るんじゃないかしら。……カミル様。早く元気になってくださいな。貴方の、自分に正直でやんちゃな所は欠点でもありますが、皆を明るくする力がありますのよ。もちろんお母様の王妃陛下も。貴方まで寝込んでしまうと私……ではなくて! 王妃陛下も心配なさいます。お身体に障るといけませんので今回は口止めがされていますが、貴方が顔を見せないままだと隠しきれませんわよ。しっかりなさいませ」


 ジーナは相変わらず僕が一を言うと十返してくる。しかも小言が多い。普段ならうんざりするおしゃべりだけれど、僕と母のことを気遣う気持ちは純粋に嬉しかった。

 心のままに笑顔で感謝を述べる。


「ありがとう」


 その瞬間ジーナが小さな口をぽかんと開けて固まってしまった。僕が珍しく口答えせずに素直に礼を言ったのにどういう反応なんだそれは。


「ジーナ?」


 シーツに手をついてジーナに近づいてみる。するとぼっと火が灯ったように顔が赤くなった。


「ジーナの方こそ熱があるんじゃないか?」


 熱を測ろうと手を伸ばすと、開けたままだった唇を震わせて叫んだ。声も所々うわずっている。


「な、なななんでもありませんわ! 私、用事が! そ、そうですわ、用事がありましたの。貴方みたいにひ、暇じゃありませんのよ? それでは失礼致しますわ。せいぜい安静にしてくださいませ! ご機嫌よう!」


 ジーナは慌ただしく去っていった。怒っていたようだったけれど、何が気に入らなかったのだろうか。いつもなら右から左へ聞き流すところを珍しくちゃんと聴いたのに。礼まで言ったのに。全くわからない。


 枕に顔を埋めてジーナの言葉を思い浮かべる。小言の部分は省いて。

 皆を明るくする力か……確かにベッドで寝込んでいるなんてらしくないよな。そうさ、こうしていてもリザの言葉の理由なんて分からない。

 しばらく考えて決意した。


「リザに会いに行こう」


 ベッドから抜け出して侍女を呼び、身だしなみを整える。一度大きく息を吸ってゆっくりと吐き出した。ドアのノブを回して廊下へ出ようとすると目の前にイリヤが立っていた。


「もう大丈夫なのですか?」

「あ、うん。平気だよ」

「どちらへ?」


 イリヤの眼が冷たい。僕の回復を喜んでくれない様子に違和感を覚えた。


「またあの女の所へ行くのですか?行かせませんよ。()()は危険です。カミル様の安全確保の為にも塔へ行くことは許可出来ません」



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