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天才術師の存在証明《イグジステンス》  作者: 絢野悠
【マクランディ編】
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最終話

「いくぞ、エルア」と僕が言えば「ええどうぞ」とエルアが返してきた。


【魔導の錫杖】を使って、限界まで魔法力を蓄積させる。


 狙うのは地下のゲート。建物はできるだけ壊さず、物質を透過して撃ちぬくのみ。


「貫き穿て! 【断罪されし門の記憶(トラストリーリス)】よ!」


 拳を上に振りかぶると、空気中に青い光が出現し渦を巻いて集約する。


 妙に熱を持つ右拳を、床に向かって思い切り叩きつけた。


 青い光は目を閉じるほどに強くなり床へと消えていく。数秒後、遠くで爆発音が聞こえた。


 エルアが持つ祠導術【断罪されし門の記憶】はゲートを壊す能力。それしかできないが、ゲートをピンポイントで、しかも塵も残さずに壊すのはこの能力ならではだ。物理的に壊すだけではゲートが内包する力が暴走する可能性が非常に高く、最悪周囲はおろか世界を巻き込みかねない。


 僕がため息をついた時、揺れ始める。


 ルキナスとリュノアは今まで戦力として外に出していたが、しばらくは僕の中で休んでいてもらおう。


 そう思って彼女たちを見れば「わかってる」と、二人揃って手を上げていた。


 二人を回収し、エルアを見た。


「私はいいわよ。それより建物の揺れが強まってきてる。階下に降りてる時間がないわ」


 彼女はヘカトンケイルを取り出し、こちらに走りこんできた。


「ちょ、ちょっとなにするんだ!」


 殴られる、と目を閉じたが、風を切る音が僕の横を抜けていった。そして背後で打撃音が聞こえた。


 強い風が吹き込んで、なにが起きたのかと振り返る。そこには大きな穴が空いており、エルアはその穴を親指で差していた。


 朝日が差し込み、もうこんな時間なのかと思った。


「行くわよ。なにも考えずに走りなさい」


 迷うことなく飛び出していく彼女は、祠導術を使って空気の床を作ったのだろう。


「だったらもう一言くらいあってもいいだろ……」


 少々無理をしすぎたか、骨が軋むように疼く。動けないほどではないので、僕もエルアの後ろを追いかけた。


 緩勾配の坂を下っていくエルア。僕はこの能力で作られた床に乗るのは初めてなので最初の一歩が若干怖かった。


 しかし、一歩目を踏み出してしまえばあとは問題ない。


 身体強化は少しだけ。これでも長距離を移動した後で、ほぼ連戦くらいの勢いで戦ったのだ。逆にそれをわかっているから、エルアは無理をして空気の床を作ってくれたんだと思う。


『よくやった縁、ゲートの反応が消えたぞ』


 走っている最中に父さんから通信が入る。


「それはよかった。たぶんミュレストライア兵も、捕らえられてる頃だと思うよ」

『お前が「ギュレンダさんの言うことは信用するな」と言った時はどうしようかと思ったが、どうやらお前が正しかったらしいな』

「これで外れてたら世界級戦犯だね。なんとかなってよかったよ」


 昨日の夜、父さんに協力を求めた。


 僕の作戦を話し、エピスコポス内で協力者を作って欲しいと頼んだのもこの時だった。


 その協力者がいたから、シンドラをギュレンダの部屋に忍び込ませることもできた。


『ショーク大司祭はどうなった?』

「十二領帝トラビスの祠導術によって食われたよ。もうこの世にいない」

『そうか。第五世界マクランディは、これから大変かもしれないな』

「そんなことはないさ。この世界には優秀な人間がたくさんいる」


 そろそろ喋るのも疲れてきた。走るのに集中したいというのもあり「また後で連絡する」とだけ言って通信を切った。


 ミグラートのヴォモスは大きく、スーベリアットにあるビルの十階ほどの高さだった。空気の床は緩勾配のため走る距離が長い。全速力で駆けても数分かかってしまった。


 ようやく地面だと速度を緩め、森のど真ん中に着地した。が、ドッと疲れが出てしゃがみこんでしまう。


「お疲れさん、正義の味方」


 と、目の前に水筒が差し出された。


 足元の黒い防具を見上げていけば、そこには歯を見せて笑うバーザルさんがいた。


 水筒と受け取り立ち上がると、彼の威圧感がすごいことに気がつく。初めてこういうふうに向き合うから気圧されてしまいそうだ。


「アンタの親父から名指しで連絡が来た時はビビっちまったよ。けどまあ、よくもまあ一日で独裁政治を看破したもんだ」

「半分は勘ですよ」

「謙遜すんなよ!」


 背中をバシンと叩かれて、思わずよろめいてしまった。


「おっとすまんな」

「い、いえ大丈夫です。それより、今後この世界をどうするとか、そういうことまでは考えてません。その点に関して、バーザルさんはどう思ってますか?」


 彼は腕を組み空を見上げた。


「なんとかなる。お前は正義の味方だが、それでもまだガキなんだよ。心配すんな、この世界は俺たちのもんだ」


 またニカっと笑い、僕の頭を強引に撫でた。


 普段は頭を撫でる側なのでなんだかこそばゆい。


 大きな音がしてヴォモスが崩れていく。一際大きなヴォモスは、ギュレンダの権力の現れだったのではないかなんて考えていた。


 マクランディはこれから新しい時代を迎えるのだと思う。けれどそれは平坦な道のりではない。ギュレンダの独裁政治があり、抑圧されていたからこそ起きなかった犯罪も間違いなくあるだろう。でも、きっといつかは崩壊していたのではないかとも思った。


 天高く登る粉塵に背を向けた。


 太陽の光に照らされた一人の女性が歩いてくる。


「お疲れ様、縁」


 と、僕を抱きしめる。


「ああ、また会えて嬉しいよ。クラリット」


 背中に手を回し、そっと力を込めた。


「クラリットだけずるいの」


 横からパンドラが体当たりをしてきて、僕とクラリットの両方を包み込む。


 少し離れたところに立つシンドラは、ニヒルな笑みを浮かべていた。


 短期間でよくここまでやったなと自分を褒めてやりたくなる。でもそれは僕だけの力じゃなく、誰が欠けても成し得なかった偉業と言えるだろう。


 今日は早く休みたい。その後で皆に礼を言おう。


 朝日に照らされたみんなが同じ気持ちであると信じたい。そう、僕は思っていた。






 一番近くのヴォモスに宿泊し、起きた頃には夕方になっていた。


 会議室を借りて、僕たちは最後の会議を始めた。


『よくやってくれた。君たちの活躍は賞賛されるべきものであり、世界全体でマクランディを救ったと言っても過言ではないだろう』


 正面のモニターに映っているのは僕の父だった。


「そういうのはまた今度にしてくれ。今は次の大司祭を紹介しようと思って呼んだんだから」

『もう決まっているのか?』

「各地の司祭長や将軍が満場一致で薦める人間がいたからね。じゃあ紹介するよ、大司祭リズリナだ」


 白い司祭服を身にまとったリズリナが静かに立ち上がる。


「正直まだ実感はありません。けれど、この世界をよりよいものにしていきたい。ギュレンダのような独裁政治を廃止し、皆で手を取り合えるようにしていきたいと思っております。大我様にはいろいろと迷惑をお掛けするでしょう。その時はどうぞ、若輩者の私にご教授くださいませ」


 スッと、綺麗にお辞儀をしてみせた。


『まあ俺が教えられることなんて少ないだろうが、応援はしよう。頑張ってくれ』

「はい、ありがとうございます」


 リズリナさんは挨拶が終わったあとで、ゆっくりと腰をおろした。


『それでだ。今日は先の戦闘についての説明をしてくれるというので時間をとった。その辺は縁がやるんだな?』

「うん。それじゃあ説明するよ」


 なぜこんなことをするかと言えば、僕たちはこれから別の世界に行かなければいけないから。今回の戦いを参考にしたいと父さんから言われたのだ。


 まず僕がやった行動は、父さんに連絡をして協力者であるバーザルさんをこちらに取り込んだこと。バーザルさんの地位を利用し、シンドラをギュレンダの部屋に向かわせた。それと同時にパンドラとクラリットを探しだしてもらった。


 パンドラは魔法に長け、クラリットは剣術に長けている。そのため別のヴォモスに徴兵されていたようで、見つけるのはそこまで難しくなかったとバーザルさんは言った。


 外側から攻める際にパンドラを使役し、超広範囲にわたって【隔絶された希望】を発動。【隔絶された希望】は、その中にいる一人を指名して導術を使用できる状態にする。


 対象者をシンドラに指定し、シンドラの【深淵礼装】を味方の兵士に使う。パンドラの能力もシンドラの能力も全員には使えないが、戦力が集中しているところだけで充分だった。


【深淵礼装】で【隔絶された希望】の能力を反転、味方だけを超強化できる状態を作れば、兵力は一気に逆転する。


 後は普通に攻めてもらえばいいだけだ。


 父さんには掻い摘んで話したが、僕がやりたかったことを理解して何度も頷いていた。


「なあ、一ついいか」


 ひと通り説明し終わったところでバーザルさんが口を開く。


「なにかありましたか?」


 僕が返すと、彼はアゴヒゲを触った。


「また別の世界に行くのか?」

「ああ、その件ですか。当然行きますよ。第二世界か第四世界かわからないけど、ルキナスとリュノアがまだここにいるから、ここよりはまだ状況はいいと思いますけど」

「なるほどな。せっかくちっと仲良くなったと思ったのに寂しくなるな」

「大丈夫ですよ。たぶんいつでも来られますし」

「そうか? それならよ、落ち着いたら酒でも飲もうや」

「いやまだ未成年ですからね、僕」

「そうかそうか、酒はどこの世界でも年食わなきゃ駄目なんだな。じゃあそん時まで楽しみにとっとくよ」

「そうしてください」


 こういう気さくな人がいれば、大変な状況でもなんとかなるかもしれないな。


『おい縁』


 父さんによって会話が遮られた。


『次は第四世界に行ってもらう。一度こちら側に帰ってこい』

「了解、すぐ戻るよ。行こうみんな」


 僕が立ち上がると、僕の祠徒たちも立ち上がった。


「またな、エニシ」


 と、バーザルさんが手を上げて言う。


「いろいろとありがとうございました」


 一度立ち上がり、リズリナさんがお辞儀をした。


「このヴォモスにいる皆でお見送りをしたいと思うのですが」

「いや、遠慮しておきます。そういうの苦手なので」


 そう言ってから会議室を出た。


 もちろん名残惜しい気持ちも大きい。パンドラとクラリットがいる世界なんだ、案内してもらって、二人の日常なんかも見てみたい。けれど、それは全てが終わってからにしよう。


 ヴォモスを出て、父さんが送ってきた円陣を描く。円陣の中央にはエルアがたち、白い光を生み出していた。


「じゃあね、パンドラ、クラリット」

「また向こうで会えるのでしょう? それなら問題ありません」

「またね、エニシ」


 パンドラは僕にしがみつき、頭をぐりぐりと擦り付けた。


 そんな彼女の頭に手を置いて、愛でるようにそっと撫でた。


「大丈夫だよ、また会えるからね」


 そう言うと、パンドラは僕を見上げる。ちょっとだけ涙目になっている彼女から身を離す。


 ルキナス、リュノア、シンドラと共に円陣の中に入った。


 その瞬間、マクランディに飛ばされた時と同じ感覚が体中を駆け巡る。


 分解されて、宙に舞う。


 途切れていく視界に目をつむり、僕は元の世界に帰るのだった。

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