八話
「ちょ、なんでここにいるのさ」
「嫌な予感がした、という他ないわね。安心しなさい、ゲートの方はルキナスとリュノアが陣取ってるわ。つまり作戦は終了ってことね」
「いや、まだやらなきゃいけないことはある」
「やらなきゃいけないこと?」
「現状のミュレストライアはスーベリアットを介してでしか他世界への移動が行えない。次にミュレストライア側が起こす行動なんて一つしかないだろ? おそらくだけど、この建物のどこかに新しいゲートがあるはずなんだ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。ゲートってそう簡単に作れないんでしょ? だからマクランディに来るのだって私が必要だったんじゃない」
「ジャックザリッパー事件を思い出してくれ。なんで普通に召喚したのに、普通の祠徒とは違って実態があったんだ? エミリオもクオリアも、そしてエレメンタルセブンの件もそうだ」
「第一世界からの召喚が普通の召喚とは違うから……?」
「正確にはそうじゃなくて、きっとミュレストライアのゲートが特殊なんだ。ゲートっていうのは、インプットとアウトプットの二つのゲートがワンセットで存在する。つまり、バリオスゲートもディバージェンスゲートも、その世界のインプットとアウトプットの両方がある。例えば第三世界のインプットと第五世界のアウトプットが繋がっていて、第三世界のアウトプットと第五世界のインプットが繋がっているのさ」
「そんなこと学校じゃ教えてくれないじゃない!」
「隠している、というほどでもないけど上層部しかしらないんじゃないかな。僕も昨日初めて知ったよ」
「じゃあ、スーベリアットには何個も同じゲートがあるってこと?」
「そういうことになる。バリオスゲートもディバージェンスゲートも複数存在するはずだ。そしてミュレストライアのインプットゲートは、他の世界にあるインプットゲートとは方式が違う。生成方法も、ゲートを潜った際の効果も」
「第一世界からの召喚は物質転送が可能だと言いたいのね」
「僕はパットとシンドラを自分の身に宿した例を考えれば、単純に他の世界にあるゲートの上位互換と考えるのが妥当だ」
「そして彼らはそれを生成できる。より多くの兵士を送り込むために、マクランディにゲートを作ろうとしている」
「正解だ。まあ、その場所はわからないんだけどね。今父さんがゲートの位置を解析してくれているはずだからそれ次第だよ」
問題はそこだ。
推測でしかないけど、現在の状況から考えられる最悪の事態だ。
「だから、見つけ次第キミの祠導術を使わせてもらう」
「私の祠徒としての能力、か」
僕が彼女を見つめると、彼女は僕を見つめ返す。その能力を使うのは今しかないんだ。
『おい縁、応答できるか』
待っていましたと言わんばかりのタイミングで父さんからの通信が入った。
「大丈夫だよ。ゲートの位置はわかった?」
『ああ、予想通り新しいゲートを作っていたらしいな。通常のゲートからミグラート地下二百メートルに反応がある』
「オーケー、それだけわかればこっちでなんとかするよ。ありがとう」
『ああ、頼むぞ』
通信を終わらせた僕は、エルアと一緒にルキナスとリュノアの元へと向かった。
炎を抜けて廊下を走るが、一般兵士の姿がまったく見えない。トラビスと戦っている時からなのだが、なんだか妙な胸騒ぎがする。
「ルキナス! リュノア!」
四階の中央通路突き当りのドアに入ると、白くだだっ広い空間が広がる。正面には大きな円形の装置が空中に浮いていた。周辺にはミュレストライアの兵士たちが何十人も倒れていた。
部屋の中を見渡すと、二人は寄り添うようにして右側の壁にもたれて座っていた。
「やあ」と手を挙げるリュノア。
「はあああああ……」なんてため息をつくルキナス。
僕は彼女たちに近付きしゃがみこんだ。
「お疲れ。よくやってくれた」
右手でリュノアの頭を、左手でルキナスの頭を撫でた。
「私たちは子供じゃないんだがね」
「そう言う割にはまんざらでもなさそうじゃないか」
僕は手触りのいい髪の感触を少しだけ楽しんだあとで立ち上がる。
部屋の中央、ゲートから数メートル離れた場所に立つ。
ここは四階だが、地下に降りている時間はない。というよりも場所がわかっていて、破壊力さえ出せるのならばどこにいたって関係ないはずだ。
「魔導の錫杖、最大出力」
疲れているところ悪いが、ルキナスにはもう少しがんばってもらおう。
魔法力が右手に集まってきた。激流のように押し寄せてくる魔法力の波を、強引に押しつぶして小さくしていく。
が、そこで背後から爆発音が聞こえた。
急いで振り向くと、部屋いっぱいに土煙が広がっていた。
それが少しずつ落ち着いていくと、先ほど入ってきた入り口が崩壊し、周囲の部屋を巻き込んで一つの空間が出来上がっていた。四階も五階も関係ない、まるでそこに透明で大きな球体が出現したかのような空間だった。
瓦解の中で、不気味な魔獣が二本の足で立っている。
「誰の許しでここまで来てんだよ……!」
ざらざらとした声質。高い声と低い声が混じったような、なんとも形容し難い声だった。
人間のような姿だが、身長は三メートル以上はあるだろう。服は来ておらず肌は鈍色。虫のように大きくなった目らしき部分、腕は異様に伸び、足の筋肉が異常に発達している。
天井の一部が落ちて視界に入った。それが地面に落ちた瞬間、その魔獣は音もなく動き出した。
避けるわけにはいかない。ゲートを破壊されては、僕がここにいる意味がないからだ。
魔導の錫杖で練った魔法力全てを、攻撃ではなく防御に変換。魔獣の突進を受け止めるため、魔導術の障壁を生成した。
「あの程度で俺を倒せると思ってんじゃねーよ!」
伸ばした魔獣の腕が障壁と干渉する。目の前には白や黄色の光が飛び散り、魔獣の突進を抑え切れるか不安になる。かなりの魔法力を注いでいるのにこの攻撃力はどこから来るのか。
それ以上に、この魔獣が一体何者なのかというのが気になった。
けれど彼の言葉から考えるに、この人がトラビスなのだと理解した。
トラビスは一度距離を取り、後方へと着地する。
「トラビス、なのか」
「ああそうだ、よくわかったな。これが俺の能力【同化する生態系】だ。周囲の生物を吸収、同化して自分のものにする。吸収した生物は血となり肉となり、魔法力にも変換される。吸収すればするほど大きくなり、酷い時には一ヶ月以上もそのままだ」
「つまり放っておけば治るんだな」
「飲み込んだ生物が魔法力として消化されるまで時間がかかるってだけの話さ。お前も俺の一部にしてやる。そこの女どももな」
一般兵士がいなくなった理由が、なんとなくわかってしまった。
皆トラビスの能力を知っていたから逃げたのだ。いや、逃げきれなかった者も間違いなくいるだろう。
トラビスが倒れている兵士を掴み上げた。すると、その兵士はみるみる内に小さくなり、やがて服だけになってしまう。それを幾度か繰り返し、彼はまた一回り大きくなった。
肌がヒリつくような感覚と、鋭利な刃物で切りつけられているような感触。クオリアと対峙した時の衝撃はないにしろ、想像以上と言うしかなかった。
「ギュレンダはどうした」
「はあ? 一番最初に吸収してやったよ! あのクソジジイ、俺たちをコケにしてやがったからな!」
これは僕の怠慢が招いた結果としか言いようがない。最大の脅威がなにかを見誤ってしまった。
「ギュレンダのことに関しては残念だと思う。けれど、今はそんな感傷に浸っている場合じゃないから」
剣と十手を構えた。
そうだ、これは仕方のないことで、時間はどうやっても巻き戻せない。
「僕はもう一度キミを倒そう」
「ハハッ! やってみろよ偽善者!」
障壁を魔法力に還元、もう一度自分の中へと仕舞いこむ。それと同時に十手へと流し込み、腕よりも太い光の棒を作り出す。
物凄いスピードで突進するトラビスの拳撃を紙一重で躱して十手を全力で横に薙ぐ。
僕だって最初にトラビスと戦った時よりも強化を強めている。【魔導の錫杖】を使って魔導術を使わなければ対抗することができないのが現状だった。
しかし、今ので大体わかった。
トラビスの速度は上がっている。それでも僕は捕捉できるし攻撃も通る。触れることさえできないというのならば別だが、そうでないのなら【完成された瞬き】で勝負を決められるはずだ。彼の皮膚が硬かろうとも、筋力が厚かろうとも関係ない。
そう、思っていた。
壁に衝突したトラビス。その姿は土煙によって見えなくなるが動きはない。
突如、土煙の中から腕が伸びてきた。
なんとか反応して十手で撃ち落とすも、もう片方の手で掴まれ、反対側の壁へと打ち付けられてしまう。その手は大きく、胴体が包まれてしまうほどだ。
身体が吸収されていないところから、彼の能力に対しての制限がなんとなくわかった。このままではいずれギュレンダや一般兵のようになってしまうだろう。
「殺してやるううううううううううううううう!」
腕を縮めながらトラビスが急接近してくる。だがそれよりも速く、僕と彼の間を横切る者がいた。その小柄な体躯はトラビスの腕を切断しながら跳んでいく。
力が弱くなった手を振りほどき、僕は内包していた魔導力を右手に集めた。
「【完成された瞬き】!」
腕を切断された彼は勢いがつきすぎたのか、一直線に僕の方へと跳んでくる。その間に身体を丸めて防御に備えていたが、そんなことをしても意味はない。
「残念だよ!」
超光速で打ち出される拳。今の状態の【完成された瞬き】は避けることも守ることもさせない。
肉薄し、僕の拳はトラビスの身体を貫通した。その際に衝撃波が出て、彼が纏っていた魔導力はこそげ取られていた。当然のように跳躍の勢いはなくなっていた。
地面に落ちた魔獣化した身体から、僕はズルリと腕を抜く。トラビスは胸に空いた穴を塞ぐこともできないだろう。
「動くことも、治すこともできないはずだ。今の一撃はキミの魔導力や祠導力を超えた一撃だ。肌の硬化も身体の強化も関係ない。特にキミの祠導術は特殊らしいね」
身体から煙が上がり、彼の身体はどんどんと小さくなっていく。
「んだよこれ……」
声は掠れ、全身が震えていた。髪の毛は白くなり、身体は細くなる。
「俺はどうなっちまうんだよ……」
「キミの生物吸収能力やなんかも全て超越したんだと思うよ。だけど僕には生物を吸収する能力がないから、キミが持つ吸収能力を相殺する形で体現されたんだ」
最後に「推測だけどね」と付け加えて、僕は部屋の中央へと歩いていく。
余計な時間を消費してしまった。




