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天才術師の存在証明《イグジステンス》  作者: 絢野悠
【ノーブルパルサー編】
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最終話

 天井の一部などが降ってくるが、それはエルファさんとエルアがなんとかしてくれた。地下施設が崩壊し始めたことによって、魔法を自由に使えるようになってくる。それならばこっちのものだ。


 全身を強化し、今までよりも高速で移動した。


 そして、一応だけど何事もなく地上に出ることができた。


「おお! 縁様! 無事だったのですね!」


 駆け寄ってきたのはモゾリスさんだった。


 近くの軍人にラストをあずけ、改めて会話に戻る。


「ええ、なんとか。それよりも、これから北の研究施設に向かいたいのですが――」

『縁、聞こえてるか?』


 僕の声を遮って、父さんが話しかけてきた。脳内に声が響いてくることはない。擬似物理転送から物理転送に切り替わったためか、今はPDからの通信だ。


「聞こえてるよ、ゲートも破壊した。でもまだやることがある」

『もういい、お前の仕事は終わったんだ。大人しく戻ってきてくれ』


 その言葉遣いに、なんとも言えない違和感を覚えた。


「父さんがなんと言おうと、僕は研究施設に行かなきゃならない。そんな気がするんだ」

『やはりそのつもりだったか。さすがにあそこには行かせるわけにはいかない。ディオーラのクローンだってまだ残っているはずだ。あちらからの攻撃がない以上は放っておくのが賢明だ』

「ラストもディオーラもそうだ。そうやって命を弄ぶそうな場所を放置してはおけない」

『あとはミュレストライアの軍人たちに任せておけばいい』

「僕を研究所に近づけたくない理由があるの?」

『……ああ、そうだ』

「それならなおさらだ。終わったらちゃんと戻るよ。ワガママを、許して欲しい」

『おい縁!』


 PDを、思い切り握りつぶした。


「縁、アナタ……」

「これでいいんだ。エルアは先に戻ってくれ。あとは僕だけでやる。行きましょう、モゾリスさん」


 エルアに背を向けて歩き出した。


 北か。モゾリスさんに聞けばわかるだろう。


「待ちなさいよ!」


 軽い足音が聞こえてきた。かと思えば、背中に衝撃が走る。


 思わず倒れこんでしまうが、そんな僕の上にはエルアが覆いかぶさっていた。


「今更帰れ? 馬鹿言わないでよ! ここまで来たら一蓮托生! 最後まで付き合ってやるわよ!」

「いやでも今までとは状況が違うんだ。完全な物理転送だから、命の危険は今までの比じゃない」

「ゲートを破壊したことで、私もまた祠徒を召喚できるようになった。足手まといにはならないわ。私は【祠導の魔女】なんだから」


 ここまで自信に満ちた瞳は、もしかしたら初めてなんじゃないだろうか。


 本当は置いていきたい。僕が帰って来た時に、笑顔で手を広げて待っていて欲しい。


 でも、それじゃいけないのかもしれないなんて考え初めていた。


「僕はキミを守りきる自信がないよ」

「アナタならやれるわ。それに、守られてばかりだと思わないで。背中を預けられても、ちゃんと私がなんとかするわ」


 そうか。僕は彼女のことが大事なんだ。だから置いて行きたいんだ。


 でも、そうやって守ったつもりになっているうちに、指の先からこぼれていってしまう可能性だって少なくない。僕の知らないところで彼女が死んでしまうかもしれない。帰ってきたら、迎えてくれたのは無機質な彼女かもしれない。


 それならば、この手を取って一緒に歩くのもいいんじゃないか。


 可能な限り同じ道を歩くという選択肢は、きっと間違いじゃない。


「わかった。行こう」

「それでいいわ」


 エルアはこちらに手を差し出してきた。その小さな手を握りしめると、彼女は柔和に微笑んでいた。


「私たちも行きます」


 エルファさんが真剣な面持ちでそう言った。が、彼女の表情には別の感情が混じっていることに気がついてしまった。エルアもまた気付いているだろう。


「いいえ、これからは僕とエルアでなんとかします。正確には僕たちだけじゃなくて、モゾリスさんたちにも手伝ってもらおうと思いますけど。特にエルファさんは戻った方がいい」

「戻るって、どこに?」

「わかってるんでしょ? パットのところにさ。アナタはずっとパットの心配ばかりしている。顔に出すまい、口に出すまいとしているけれど、その瞳は僕たちを見てるわけじゃない。だから、パットのところに行って欲しい。アイツだってエルファさんを待っているに違いない」

「パトリオット様は私のことなど待っていません。だから私は――」

「パットのことはこの際どうでもいいよ。エルファさん自身はどうしたいの? 王子のお付きとかそういうのは抜きにしてさ、エルファさんが思ったとおりに行動してみたらいいんじゃないかな」


 ナスハさんに目配せすると、彼女は「やれやれ」と目蓋を閉じた。


「行きなさいエルファ。こちらは私に任せて」

「でもお姉ちゃん!」

「ちゃんと傍にいてあげて欲しいの。がむしゃらな王子を、この世界につなぎとめていて欲しいの。それはきっと、私にはできないことだから。お前は、パトリオット様の元に行きたくないのか?」


 エルファさんは目を伏せてしまった。


「私はパトリオット様に言われたんです。ミュレストライアを頼むって」

「そうじゃないだろ? お前がどうしたいのかだ。自分に嘘をつくな。本当は、行きたいんだろ?」

「当然じゃない。あの人の、パットのところに行きたい」


 彼女はキュッと、スカートを握りしめる。


「素直なことは美徳だ」


 そっと、ナスハさんはエルファさんを抱きしめた。左手で背中を優しく叩きながら、右手で頭を撫でた。


「まあでも、エルファさんが行くならナスハさんも行くべきだとは思うよ。パットになにかあった場合、二人じゃなきゃ忌術が上手く使えないでしょ?」

「それもそうだが、それではミュレストライアが……」

「大丈夫ですよナスハさん。こっちはなんとかできます。だから、二人で彼を助けて欲しい」


 ナスハさんは口を開き、言葉を紡ぎかけてやめた。


「わかりました。貴方の言葉に従いましょう。いくぞ、エルファ」

「うん。ありがとう、縁様、エルアート様」

「お礼は全部終わった後にしてもらうよ。パットと一緒にね」

「はい!」


 明るい声色、明るい笑顔。そんなエルファさんを、慈しむように見るナスハさん。とてもいい姉妹で、僕にも兄弟がいたらよかったのになんて思ってしまった。


 こうして、キューリット姉妹ははスーベリアット経由でマルキオーラに向かうことになった。リンさんが手はずを整えてくれるらしい。


「それじゃあ、僕たちも行こうか」

「ちょっと待て。私を置いていくつもりか」


 エルアに声をかけた時、背後から声が飛んできた。振り向くと、しっかりとした足取りのラストが歩いてくる。


「もう大丈夫なの?」

「なんとかな。あのお嬢さんたちが抜けたんだ、その穴くらいは埋めてやるよ」

「助かる。戦闘があるかどうかは別にして、戦闘要員がいるのはありがたい」

「戦うこともそうだが、まだイクサードについての話もしていないからな。移動しながら話してやる」

「おーけー、それで頼むよ」


 僕らの前で、一台の車が止まった。


「どうぞこちらへ。地上航行形態から空中航行形態に変形するタイプですので、普通に走るよりは早いでしょう」


 モゾリスさんは気が利く人だな、本当に。


「ありがとうございます。それじゃあ、行こうか」


 エルア、ラストと顔を見合わせる。全員が一つ頷き車に乗り込んだ。


 研究所には、きっと僕が知らないなにかがある。父さんが隠したいなにかが。


 怖さも当然あるけれど、僕はもう恐れない。隣には、気丈に微笑む彼女もいるのだから。

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