八話
「世界が繋がり初めた頃から予兆はあった。お前が概念体と実体で分かれていたのは、一つの世界に一人の人間が存在するという理論だったな。それとは少し違うが似たようなものだ。俺はすでに死んだ人間。スーベリアットに送られたことで「死んだこと」自体が曖昧になっていたんだ。それが、異世界間の結合によって死が確定してしまったんだろう。ゲートが破壊されたことで、これから世界は緩やかに元の姿に戻っていく。しかし、俺の存在が揺らいだ事実は消えないし、どうやったってもう手遅れだ」
「じゃあ……」
「蓄積された魔法力がタイムリミットだったと言うしかないな」
「なぜ言わなかった! 知っていたんだろ! 誰かに言われなくても、キミ自身理解してたんだろ!」
「言ったら、お前は俺を使わないだろう。俺はお前のことが好きだぞ。身を呈してでも誰かを守ろうとする姿勢は、とても危ういが好感が持てる。支えてやりたいと思わされる。事実を知れば、お前は俺を使うことを少しでも躊躇うはずだ。ここは死地、世界は戦場。迷いや躊躇いは命を蝕む。一度でも思考を止めてしまえば、その一瞬で勝負が決まる」
「それでも――」
「お前には、五体満足で生きていて欲しいんだよ」
シンドラがラストに向かって両手を伸ばす。
ああ、コイツはなんの躊躇いもなく死ぬつもりだ。俺に言った「躊躇うな」という言葉を、自らの命をもって示すかのように。
助けられたこと、話し相手になってもらったことなどが思い出される。いつも上から目線なのに、どこか兄や親や祖父のような感覚だった。
厳しくはなかった。性格は飄々としているが、底なしに優しかった。
「今になって、ゲートに飛び込む前の記憶が蘇ってくるとはな。人生とは、酷いものだ」
強風が吹き荒れる。シンドラの頬に、一筋の涙が伝った。
「花に嵐の例えもあるさ、さよならだけが人生だ」
と、僕が言う。
そんな僕もまた、泣いていた。
「さらば友よ。生きて帰れ」
シンドラの手から光が放たれる。今までで一番強い【深淵礼装】だ。
ずっと傍にいてくれるものだと思ってた。それが消えていく。とても辛く、とても哀しい。けれど、泣き言などは言っていられない。シンドラがいなくなるのは「あるべき姿に帰る」だけなのだ。
「ありがとう」
そう、思うしかない。思いながらも、感謝の気持ちを口にした。
地面を踏み込み走り出す。それを見たラストは重心を落とし、僕に向かって駆けてくる。勝負は一瞬、一撃にかかっている。
この胸の中にある熱さは今までにないものだった。
本来僕が持つ【友好条例】は不完全な物だと初めて知った。
ミュレストライア人の血を引いていると知らなかったから【友好条例】が本来の能力と思い込んでいただけ。しかしスーベリアットにいた頃は、僕の本来の力が出せなかった。
これが、僕の本当の能力だ。
「【高潔礼装】!」
走りながら青い光を纏っていく。
「があああああああああああああああ!」
雄叫びを上げながら突っ込んでくるラストに左手を向けた。
そして、衝突。
一つの衝撃が生まれ、時が止まったかのような静寂が訪れた。
僕の左手は彼女の額を直撃しており、彼女は力なく地面に崩れ落ちた。
「なにをしたんだ、お前は……」
研究者らしき男性は目を見開いている。
「これが僕の答えだ」
祠導術を溶けば、青白い光が空気に溶けて消えた。
【友好条例】は、自分の中にいる人格を祠徒として扱うことができる。
【高潔礼装】はその上位互換でありながら、別の目的を持った能力だ。
前者は「精神を概念体として召喚する」という側面を持ち、後者はそれを受け継いだ。触れた相手の精神を強奪、取り込むことができる。そしてそのままその人物を自分の精神体として扱い、祠徒として使役できるようになる。
が、ラストの精神は奪った瞬間に返した。
どんな能力だってそう。結局はその人間がどう使うかにかかっているんだ。
精神を取り込んだ時ラストの祠導術は把握した。彼女が持つ【張り裂ける暗雲】は、五感の一つを犠牲にすることで他の五感を向上させるという能力みたいだ。なんというか三嶽神候補としては非常に心もとない。が、彼女ほどの戦闘能力があれば問題はないのかもしれない。このまま成長すれば間違いなくクオリアを超えるだろう。
もうここには用事はないため、ラストを担ぎ上げて入り口に向かう。ラストは身長も低いが肉付きもあまりよくない。そのため心配になるほど軽かった。
「縁様、この方はどうしますか?」
「ナスハさんの好きにしていいよ。気絶させるでも逃がすでも。ただし殺すのだけは止めるかな」
「わかりました。それならば気絶させて連れて行きましょう」
そんなやりとりをしていると、地響きと共に振動がやってくる。大型の地震かと身をかがめると、研究員の男性がニヤニヤと笑っていた。
「なにがおかしい?」
「ここはもうじき崩落する。お前ら諸共下敷きだ」
「お前がやったのか」
「タイマーを設定してきたからな。それまでの時間が稼げればよかった」
「ナスハさん」
「はい」
と、ナスハさんは研究員に打撃を食らわせる。研究員の男性は項垂れた。
「結構キツイな。早めに上を目指そう」
ゲートがあった場所を一瞥し、僕たちはその場を後にした。
階段を一段飛ばしで登っていく。が、横揺れが激しく思ったように走れない。
「ここは……?」
「起きたかい? まだ地下室だよ。これから地上に出ようとは思うんだけど、まだ時間がかかりそうだ」
「ああ、なるほど、なんとなく想像はついた」
「キミに聞きたいんだが、この研究者はどこの人間だ? ここの研究員? だとしても下ってくるまでには人の気配はなかったけど」
「コイツはここの研究員じゃない。北の研究所から来たんだろう」
「北にもなにかの研究施設が?」
「元々、私もイクサードもそこの出身だ。この地下室だって、北の研究所の派生でしかない。コイツは北の研究所でも見たことがあるからすぐにわかった」
「その研究所にはなにがあるんだ? もしもそこを破壊した場合、なにが起きる?」
「ホムンクルスの研究所だよ。ディオーラのクローンだってそこで造られたはずだ。ライオネルの指揮のもとでな。破壊すれば研究は頓挫する。完全にはなくならないかもしれんが、一般人に影響がでることはないだろう」
「なるほど、それならやることは決まったな」
「行くんだな」
「ああ、キミと研究所の因縁も断ち切る」
「そりゃありがたい。眠いから少し寝かせてもらうが、行く時は私も連れていけ」
「了解。ゆっくりおやすみ」
首がカクリと落ちたのを確認し、僕らはひたすらに上を目指した。




