七話
ああ、空元気なんだなとはすぐにわかった。でも「言わぬが花」という言葉もある。
『二人同時にいくぞ。この通信はキューリット姉妹も聞いているはずだ。縁とエルアート君が平常に戻るまで、キューリット姉妹は援護に徹してくれ』
姉妹とは少し離れているので声は聞こえない。が「「了解しました」」と、言っているように見える。
『それでは、いくぞ』
その言葉の後で、強烈な衝撃が全身を襲った。
何十倍、何百倍という重力によって身体が崩れ落ちる。いや、そう感じているだけであって、実際重力は一緒なんだ。そうでなくては両腕で身体を支えていられない。
全身の血液が沸騰しそうだ。血管が意識を持ってうねりを上げる。頭を金槌で何度も叩かれているような気分を味わう。
「あああああああああああ!」
もうダメだと、頭を抱えて地面を転がる。
わからない。
一瞬にして、ここがどこで、なにをしているのかがわからなくなる。
ただただ痛いと、ただただ苦しいとしか考えられなくなっていた。
刹那の間に意識が飛び、戻ってくる。目に飛び込んでくる壁や床も、情報が脳に到達するのと同時に消去されていくようだ。
繰り返される筋肉の痙攣。いたるところにある骨がパキパキと鳴り、その音がまた頭に響いて頭痛が止まない。
声が出せない。
自分の意思で身体が動かせない。
「はっ」という吐息の後で、四肢を地面に投げ出した。目端に捉えた右手に異形の小手はなく、【抵抗の先に進化あり】が解かれているのだと理解するまで少しの時間を有した。
少しずつ、少しずつだが脳みそが機能を取り戻していく。しかし、完全に回復するまでには時間がかかる。
「お前らに、敗北以上の苦痛をくれてやる」
ラストがその場で衝撃波を生み出す。反魔法物質である壁や床を剥ぎとって、粉塵が室内を舞っていた。
僕と同じように、エルアもまた地面に倒れこんでいた。ピクリとも動かない。動く気配さえも感じられない。
こちらに突っ込んでくる脅威に身震いする。彼女は僕じゃなく、エルアを狙っているんだと直感した。ゲートを破壊したエルアに対して憤っているのかもしれない。
ここまで強力なリバウンドは初めて。けれど、やらせるわけにはいかないんだ。
身体に鞭を打って腕で胴体を浮かせる。
突進してくるラストを見てから、大きく息を吸い込んだ。
「僕が! 守るんだ!」
その瞬間、全てがスローモーションのように感じた。
全身の血液が熱を持っていく感覚は何度か経験したが、今回は少しだけ違和感があった。
熱いという感じはもちろんあるが、その熱さが身体を動かすバネになっている。
右腕を伸ばして突っ込んでくるラスト。彼女の前に立ち、その右腕を左手で掴みあげてやった。
「なんだ、お前。なにをしたんだ……」
父さんが、なぜ僕の身体をミュレストライアに送ろうとしたのか。疑問を持たなかったわけじゃない。その理由が、今ようやくわかったような気がした。
「なにもしてないさ。ただ、あるべき場所に帰ってきたに過ぎないんだ」
僕はスーベリアット人でありながらもミュレストライア人なんだ。今までスーベリアットで暮らしてはきたが、ミュレストライアの魔法力を受けて、そこで初めて「本当の僕」になれる。
「異常だ。なにをすれば一瞬でそんな魔法力を得られるんだ」
「僕の母さんがミュレストライア人だからだ。僕の身体には、ミュレストライアの空気、魔法力に順応するだけの資質がスーベリアット人よりもある。逆にミュレストライアの魔法力を吸収しなければ本来の力が出せなかった、とも言える」
スーベリアットの魔法力と、ミュレストライアの魔法力。その両方を得て初めて本当の力が発揮されるのだ。
確かに、他の人よりも面倒な体質だとは思う。もしかすれば、スーベリアットに戻れば、この魔法力も戻ってしまうかもしれない。でも、今はこれでいい。
【抵抗の先に進化あり】を発動させれば、より魔法力が高まっていく。
「これで、終わりだ」
拳を強く握りこみ、十手の先をラストに向けた。
こんな時に思うのもなんだが、あれだけのたうちまわっておいて、十手だけはちゃんともってくるあたりがなんとも僕らしい。
「待った待った! 降参だ!」
青い顔をしてラストが叫んだ。
「キミならまだやれるとは思うけど」
「わたしの後ろにシンドラがいるんだよ! 逃げようとした瞬間、コンマ数秒だけでも魔法力を低下させられたら受け切れない!」
「ここでキミを離して、報復を受けないと言い切れるか?」
「言い切れる!」
涙を溜めて、唇をキュッと結うラスト。視線を合わせれば、潤んだ瞳が訴えてくる。
「わかった」
左手を離すと、彼女は安堵の息を漏らしていた。
「お前らの勝ちだよ。クソッ、なんてやつを送り込んで来るんだ………」
「いや、僕もこんなことになるなんて思わなかった。ずっと、僕は弱いと思ってきたから」
「弱い? これでもわたしは次期三嶽神って言われてるんだぞ? 他人の協力があったとは言え、三嶽神候補に降参って言わせたんだ。胸を張ってもいい」
「ありがとう。僕たちはこれでスーベリアットに戻るけど、キミはこれからどうするの?」
「ここから出て、自由に行動させてもらうよ。世界だ国だ軍だって、研究所から出てもこんなところに押しこめられちゃたまらない」
「そうだ、イクサードとの関係を聞きたいんだ。その研究所についても説明が欲しい」
「ああ、そういえばそんな約束もしてたな。簡単に言っちゃうと――」
そこまで言いかけて、ピタリと動きを止めた。
どうしたのかと注視していると、喉元を抑えて苦しみ出した。
「悪いな、お前にはもう少し粘ってもらわなきゃならないんだ」
その声を聞いて入り口を見た。そこには、サングラスをかけた長身の男性が立っている。手にはなにやらスイッチのような物を持っている。
「ラストに何をした!」
「ソイツはまだ研究対象だ。出て行かれちゃ困る。それに、お前らにも出て行かれたら困るんだよ。スーベリアット人とミュレストライア人のハーフという稀有な実験材料を失うのは辛いが、これもライオネル様の意思だ」
僕が動くよりも早く、キューリット姉妹が男性の背後に回り込む。すぐさま腕を取り、地面に組み伏せた。
「今すぐ元に戻しなさい」
腕を締め上げながらナスハさんが言う。
「無理だな。ラストに付けたあの装置は、確かに使い捨てだが一度起動させたら魔法力が尽きるまで暴れ回る」
男性は嫌らしく笑った。
更に腕を締め上げるナスハさんだが、そんな彼女とは逆に、男性はいつまでも笑い続けていた。
ラストの目の色が変わっていく。黒目も白目も関係なく、瞳が真っ赤に染まる。髪の毛は逆立ち、異常なほどの魔法力と殺気がぶつけられた。
理性はすでにない。交渉なんてしようものなら食い殺されかねない。
単体能力でいくと、ここでラストと対等に戦える人間はいない。理性も思考もない、暴力的なまでに攻撃されたら、それこそ全員やられてしまう。今までは、彼女に感情があったから戦えたのだ。戦いを楽しむ気持ち、相手を憎む気持ち、そんな様々な感情があってこそ。
力任せにぶつかって、勝てるような相手じゃない。そんなことは初めからわかっている。
「こうなって仕方ないか」
と、シンドラが近付いてきた。
「シンドラ、それどうしたんだ」
彼の身体は、なんというか色素が薄くなっていた。色素、というよりも存在そのものが薄くなっている。背後の景色が若干見えるくらいには、その存在が弱くなっていた。




