六話
クラウチングスタートのような体勢から、一気に加速してラストの背後を目指す。彼女の左側を抜けるつもりで速度を上げた。
同時に、シンドラの能力を使う。
周りの景色が霞んでいく。視界がどんどんと狭まってくるのは、それだけ速度が出ているということ。
「想定済みだよ!」
進行を遮ろうとするラストに右手の平を向けた。
「シンドラ!」
「【深淵礼装】!」
シンドラを召喚。その瞬間にラストの動きが鈍くなる。
【深淵礼装】は呪いの類を反射したり、マイナス効果をプラス効果へと転換できる。が、逆に呪いの類を相手に押し付ける、集約させるという効果もある。この地下では魔法が上手く使えない。完全に使えないわけではないのでシンドラの祠導術が使える。それならば、地下にあるマイナス効果を全てラストに押し付けてやればいい。
「悪い」
シンドラにそう言ってから更に加速。左手に魔法力を集めながらゲートへと突っ込んだ。
目測三十メートル。
二十メートル。
そろそろだと腕を振りかぶった。
「ゲームオーバーだ!」
急激に上半身が傾くき、顔が地面にぶち当たった。後頭部には手の感触。進行速度だってかなり速かったはずなのに、障害物になりうる人物だって置いてきたはずなのに。
「最後の一矢を手折ってやろう。これで終わりだ、スーベリアットの少年」
「まだ終わってない!」
左手に溜めた魔法力を全て放出。僕とラストを囲うように障壁を展開した。一瞬だけ気を抜いたのを見逃さず、すかさず位置を変えて彼女の両手首を掴む。息がかかりそうな距離で、戦士とは思えないほど細い手首を握っている。
「その程度で勝てると思うのか?」
「この距離なら勝てるね」
この距離とは、ラストと僕の距離ではない。確かに近いが、そんなことはどうだっていいんだ。
僕らの横を通り抜けていく一陣の風があった。魔法力はなく、音もない。ふわりと香る花の香りだけが、きっと彼女の存在を誇張していた。
地面に着地する「トンッ」という音がして、ようやくラストも気がついたようだ。
「砕け! 【断罪されし門の記憶】!」
美しき銀色の髪の毛がなびく。そんな彼女が、接近と同時に祠導術を撃ち込んだ。
「馬鹿な……!」
エルアのことを視界に捉えても、障壁と僕が時間を稼ぐ。
「もう遅い!」
ほぼゼロ距離で放たれた【断罪されし門の記憶】は、二枚のゲートを一気に撃ち抜いた。
神々しく輝いていたゲートは一瞬にして灰色に。そして、そのまま細かい塵のようになって空気に溶けていった。
ラストは相手の魔法力と音に反応していたのではと推測した。だからこそ、ラストよりも前に、エルアに【深淵礼装】をかけて魔法力を下げた。
音に反応するということは、地面を走るわけにもいかない。それなら飛んで移動すればいいだけだ。エルアは魔法力も低くなっており、しかも元々飛行できない。が、キューリット姉妹ならんとかしてくれるのではと思った。かなり他力本願であったが、僕がラストを無視して走りだしたということと、その直後に【深淵礼装】をエルアにかけたことで、なんとか理解してくれたみたいだ。
倒された時に見えたのだが、エルファさんがエルアを投げるとは思ってかったけど。
【断罪されし門の記憶】は祠導術もとい忌術だ。僕が使えるということは、当然エルアも使える。
彼女から、暴力的なまでの魔法力が放たれた。
ゲート側へと吹き飛ばされて、そんな僕をエルアが支えてくれる。
「やってくれるな凡夫」
「キミにとっては凡夫でもね、僕はたくさんの世界を背負ってるんだよ。僕以外には誰もできない。どれだけ強い人間を使っても、どれだけ大勢の軍人を使っても、多くの世界を救うことなんてできないんだから」
「確かにな。だが、少しだけイラッとしたよ。ゲートに直接攻撃してくることは想定していた。が、いざやられるとなると腹立たしくて仕方がない。ここに戦士がいるというのにそれを無視した。お前も戦士だろ? なら、償わせてやる」
シンドラの【深淵礼装】を打ち破るほどの魔法力。具現化していない魔法力で身体が溶けてしまうような、そんな錯覚さえしてしまう。
こんなヤツが仕掛けてくるのか。
どんな一撃であっても避けられる気がしない。
例えば振られた拳を避けたとしても、拳を振った衝撃で身体がバラバラになってしまうだろう。
では遠くに逃げればいいかと言われると、そんな時間があるわけない。そもそも僕とラストでは移動速度が違うのだ。
身震いと鳥肌。目の前の脅威に足がすくみ、立ち上がることも忘れそうになった。
『強大な魔法力を観測した。大丈夫か?』
その時、父さんから通信が入った。
「大丈夫、と言いたいところだけど無理だね。どれだけ誇張しても、たぶん数分後には死ぬ」
今は魔法力を溜めている最中だからいい。それが解かれた瞬間、間違いなく僕ら四人は絶命するだろう。
『――今から、お前の身体を送る』
「僕の、身体を? それってどういうこと?」
『今のお前は「概念を魔法力で無理矢理具現化している」にすぎない。しかし、リン女史のおかげもあって物質を直接異世界に送れるようになった。異世界間が繋がりつつあるということもあるがな』
「僕の身体がミュレストライアに来てなにか変わるとは思えないけど……」
『スーベリアットから異世界への移動は擬似物質転送だ。本体かを投射した概念を異世界へと送り、魔法力で具現化、意識を移すというものだ。が、異世界間が繋がりつつある今、それではお前の力が弱まっている。スーベリアットに一人、ミュレストライアに一人お前がいるという状況が今ままで。しかし今は一つの世界にお前が二人いるような状況だからだ。言ってしまえば、安瀬神縁という存在が不確定になってしまっている。本来一人しかいない人間だ、それも当然だろう』
「つまり、ここに僕の身体が来れば事態が好転する可能性があると」
『ああ。まあ、理由は他にもあるのだがな。しかしながら概念に合わせるように本体を送るとなると、リバウンドの程度が未知数だ』
リバウンド。概念体が本体に戻るとき、その二つの情報を統合するために行われる補完行動である。そこにあった本体と、今まで動いていた概念体。その二つには当然違いがあり、それは身体だけでなく意識も同じだ。概念体で大きな怪我をして本体に帰ると、リバウンドのために本体にも大きな傷ができる。だから、概念体で死亡すると、本体でも死亡する可能性が高い。高いというか、本当に死んでしまう。
「やってくれ。やれることはすべてやらなきゃ、負けても悔いが残るだけだ」
父さんは一つため息をついた。
『覚悟しておくように。エルアート君はどうする?』
「当然やりますよ。縁一人になんて任せておけるもんですか」
彼女が歯を見せて笑った。




