五話
地下二十二階、二十三階と下りても兵士は一人もいなかった。警備兵さえも置かないのはどうかとは思うが、それだけ慎重に扱っているということだろう。
少しだけ歩調を緩め、しかし一気に階段を下った。ゲートが近付くにつれ、肌の痛みが強くなっていく。
地下三十階に下りてすぐ、白い壁が立ちはだかった。セキュリティーカードをかざすとドアが出現し、二十階の時同様に中へと入った。
「やあ、ようやく来たかい」
そこには、一人の少女が座っていた。
髪の毛は長くボサボサだけど、身なりは妙にキチンとしている。クオリアを髣髴とさせる、白いドレスを着込んでいた。
彼女の後ろ数十メートル先には、青く輝く輪っかと、緑に輝く輪っかがあった。あれが【ファクトゲート】と【エントランスゲート】だろう。
しかしながら、彼女は僕たちがゲートに行くことを阻むようにして佇む。
立ち上がった少女は小さく、ディオーラよりも、エルアよりも小さく見えた。顔立ちは幼いが目つきが悪い。笑顔を浮かべているというのに、敵意や殺意が滲み出ている。
焼けただれるかと思うほどに皮膚が痛かった。
「キミは?」
痛みを奥歯で噛み砕き、少女に向かってそう言った。
「わたしはラスト。ラスト=ナンバライズさ」
「ナンバライズ? イクサードの妹かなにかか?」
「妹、妹ね。まあ間違ってはいない。けど間違いだ。わたしとイクサードに血の繋がりはない。家族になった覚えもない」
「じゃあどういった関係なんだ?」
「さあね、それが知りたきゃわたしを倒せ。心配すんなよ、死ぬまでやろうってわけじゃない。わたしだってようやく外に出られるんだ、こんなところで死にたくはないさ。無理だと思ったら負けを認めてやる」
「キミも戦うのが好きなのか?」
「好きだね。強いやつと戦うのも、虐殺も、咎められなきゃなんだってやるさ。自重はするし命も惜しい。わたしは戦いたいのであって、命のやりとりをしたいわけじゃない。そこだけはわかって欲しいな」
「なかなか難しいな。わかった。その条件、受け入れよう」
「おーけー。安心しな、そっちは四人同時でいい。でないとバランス悪いしな」
彼女が楽しそうに笑うと、より一層魔法力が強くなる。こちらも皮膚を魔法力で膜を張った。今までもやっていたのだが、より厚い層を作る必要があった。
「行くぞ! 貫き通したくば、わたしを倒してみせろ!」
魔法力が制限されているのは彼女も同じ。しかし素質が違うのだから、僕らよりも強気に出るのは当たり前だ。
気づけば懐に潜りこまれていた。
「遅い!」
「知ってる!」
ほぼ全力に近い速度で右拳を叩き落とす。が、こちらの思考速度よりも早く放たれた蹴りはどうすることもできない。
右のハイキックを左腕でガード。その間にキューリット姉妹がラストの後ろに回りこんでいた。
「構わない」と言わんばかりに、乱打を浴びせてくる。後ろを見向きもせずにだ。
それもそのはず。姉妹の攻撃は、見えない壁によって阻まれていた。ラストの祠導術ではない。単純に魔導術で障壁を張っているだけなのだ。見えない場所からの攻撃を、より的確に、姉妹の身体を弾き飛ばすことも忘れない。
クオリアもディオーラも強かった。三嶽神であるイクサードも同じ。彼らとラストを比べても、ラストは一番魔法の扱いに関して器用なのだと思う。
十手を抜き、迎え撃つ。
「【抵抗の先に進化有り】!」
魔法力を強引に注ぎこみ、指輪の力を開放した。正直、どう使っていいかなんてわからない。でもこれで使えるのであれば、他に考えることなどありはしない。
指輪から肘まで、むず痒さと熱さが駆け上がってきた。即座になにかに締め付けられたかと思えば、右腕は異形へと変化していた。
魔法力は今までより遥かに大きく変化した。異形の腕は胎動し「自分を使え」と訴えかけてくるようだ。
エルアが僕とラストの間に割って入る。ラストの攻撃をヘカトンケイルで防御しているが、その腕もまた変形していた。
エルアの脇をすり抜けて、ラストに向かって十手を打つ。
「そらよっ!」
避けられ、蹴り飛ばされた。
それも想定済みだ。
若干後ろに飛んで衝撃を抑える。着地と同時に再度前進。十手を左手に持ち替えて振り上げると、ラストはそれを見て飛び込んできた。
エルファさんが左から拳を振るうのと同時に、右からはナスハさんがミドルキックを放つ。今度は先ほどと同じにはいかないはずだ。今の彼女たちならば、中途半端な障壁を破ってくれる。
そう思っていた。というか、ラストは障壁を展開しなかった。
目にも留まらぬ速度で、右に左にと攻撃を加え、僕の左手を掴んで見せた。
「浅はかだねぇ!」
このまま腕がもぎ取られてしまう。そんなことを考えた。
地面にヘカトンケイルを打ち付けたエルアが、その勢いを利用して突進してくる。ラストは僕を蹴り飛ばすと、空中で体勢を変えてエルアを撃退した。
その場に立っているのはラストという少女のみ。僕たちは皆、片膝をついてしまっていた。
「おいおい、そんな契術を使ってもこの程度か? 世界を任せるにはひ弱だと思うんだけど」
挑発には乗らない。一筋だが、勝機が見えたような、そんな気がしていた。
「まだわからないだろ?」
立ち上がり、そう言った。
右手に左手にと、交互に十手を持つ手を変える。
考えろ、彼女はなにに反応して、俺じゃなくエルアに意識を向けたんだ。
すべきことがなにであるかを見失っていないだろうか。僕らは彼女と戦うためにここにきたわけじゃない。
それならば、彼女を倒さずにゲートを壊すという手段以外に道など残されていない。
【断罪されし門の記憶】を使う際、エルアは戦闘に参加していても問題はない。問題は、僕がゲートに攻撃を仕掛ける隙があるかどうか。距離は関係ないが、遠距離で放った場合は阻害されることも想定しなければいけない。
直接打ち込む。これしかないだろう。
拳を握りこみ、ナスハさんに目配せした。
思いついたということがこれで伝わればいい。
下半身の筋力をより強化する。一番の難所はラストの横を抜けていくこと。けれど、キューリット姉妹が背後から攻撃したことを考えればなんとかなりそうだ。まあ、あれは彼女たちの祠導術による部分が大きいけど。




