一話
「遅かったじゃないか」
黒髪の男がニヤリと笑った。
「なあ、弟よ」
続けてそんなことを言いやがるもんだから、思わず舌打ちだって出てしまう。
赤い空、黒い大地、息苦しいまでに魔法力が濃い空気。こんなところで人が住めるのかと思うが、異世界からの人間からすればミュレストライアも似たようなものだろう。まあ、このマルキオーラはミュレストライアの比ではないが。
魔法力があれば強大な魔法が扱える。けれど、それはその人の身体に適合しなければ完全には使えない。空気が含む魔法力の性質が違うからだ。旧式の石油ストーブに灯油以外を入れると壊れるのと似ている。俺たちの場合、壊れる前に身体が制御してくれるらしいので破壊には至らないが、その分魔法の威力は下がる。無理矢理使うこともできるかもしれないが、魔法力制御に関しての知識と技術がいるだろう。それも、かなりの知識と技術が。
「マルキオーラに来て、ようやくお前がなにをしたいのかがわかった」
「ここに来なきゃ一生わからなかったって? 無能にも程がある。ああ、なんと嘆かわしいことか、我が弟だとは思えないな」
「弟弟ってうるせーよ。お前みたいな奴が兄ってのは俺の中で汚点だ」
「自分よりも優秀な人間を前にして言う言葉か? ただのひがみにしか聞こえんな」
「言ってろ」
脚に力を入れて思い切り大地を蹴った。
が、一瞬にしてディオーラが目の前に現れる。彼女が振るう剣は速く、気づいた頃にはもう避けられない。
「おいおい大将、突っ込むだけが能じゃねーだろ」
それを受け止めたのはイクサードだった。金属製の小手と剣がギチギチと音を立てる。
俺はイクサードを、ライオネルはディオーラを連れている。三嶽神二人が戦うのでれば、当然王子同士が戦うことになるだろう。
「なあ弟よ、なぜその女を連れて来た? どう見ても足手まといだろ?」
「サナリスのことか? そりゃ、イクサードの脚がまだ本調子じゃないからな。義体師は必要だと思った」
サナリスには少し遠く離れた場所で見ててもらっている。戦士ではないが魔法
は使える。彼女自身の忌術も防御型であるため、二度三度くらいなら攻撃を凌げるだろう。
その後は俺も知らん。連れて行くと言い出したのはイクサードなのだから。
「イクサードか。俺の側につけばいい思いもたくさんさせてやったのにな。ディオーラやラストもこちら側なんだから、お前もこっちに来るのが正しかっただろうに」
「俺は俺が正しいと思った方につく」
ディオーラをはねのけ、イクサードが低いトーンで言う。
「ディオーラとは同じ研究所の出身だったよな。現三嶽神では間違いなく一番強いが、結局お前の存在も造られたもの。義体師の女も物好きだな」
「どういう、ことだ」
聞き捨てならないセリフに、思わず口を挟んでしまった。
「知らないのか? イクサードの素性も知らないまま、ずっと傍に置いておいたのか? これはまた、無能は将がいたもんだ」
「素性は調べたさ。出産後、両親の死亡と同時に研究所へと移動。力をつけて三嶽神になるのと同時に研究所を出た」
「聞いたかイクサード。お前の口から、真実を伝えてやった方がいいんじゃないか?」
俺の前に立つイクサードはため息を一つ、そして言葉を紡いでいく。
「俺の名前はイクサード=ナンバライズ《EX-3rd=Number rise》。魔法人造計画第三特殊素体だ。ディオーラは俺の妹みたいなもんだな。ラストもそうだ。まあ、ラストは俺が研究所を出る直前に造られたからどんなヤツかは知らない」
「研究対象ではなく、お前自身が研究の成果だと言うのか」
「そういうことだ。隠してたわけじゃないが言っておくべきだったか?」
心なしか、彼の言葉尻が小さくなっているように感じた。
「別に、お前が必要ないと思ったのならそれでいいんじゃないか? 人造人間だろうがなんだろうが、俺はお前を信じている。サナリスだってそうだろ?」
「ははっ、それでこそ大将だ。サナリスは全部知ってるよ。知ってて、俺と一緒に歩く道を選んでくれた。サナリスの両親には最初は反対されたさ。でも、どんな辛いことがあっても二人で乗り越えると決めたんだ。両親の反対なんて小さな障害だったよ」
「それならいい」
「なんだ、つまらないな。少しは仲違いをして欲しいものだ。でないと時間が稼げないじゃないか」
「黙れよ外道。お前がここに来た理由はわかってる。時間稼ぎをさせるわけにはいかないんだよ」
「もう遅いがね。これで、ようやく俺も忌術を使えるようになるわけだ」
ライオネルの体が赤く光りだした。マルキオーラに漂う魔法力が、どんどんとライオネルへと集まってきているのだ。
時間稼ぎ。
なんのために?
当然、この魔法力に順応するための時間だ。
「幼い頃、黒髪の男に言われたのだ。弟パトリオットを生かせと。俺はずっとその理由を考えていた。だがその意味が今ようやくわかったような気がする」
両手を広げると更に魔法力が凝縮していく。
「お前に膝をつかせるためだ。圧倒的な勝利を見せつけ、敗北を味合わせるためだ。もう勝てない、諦めるしか無いと思わせるためだ。俺は、未来を変えるぞ。悔しくばついてくるがいい」
「言われなくてもそうするさ。こうなった以上、お前を止められるのは俺以外いないんだからな」
俺の兄、ライオネルは今まで忌術を使わなかった。いや、使えなかったのだ。大量の魔法力、しかも別の世界の魔法力が必要だと昔聞いたことがある。しかしライオネルの忌術を発動させるだけの濃度を持つ魔法力は存在しなかった。正確には行かれなかっただ。
そして、奴はようやく見つけたんだ。自分の忌術が使えるだけの魔法力を持つ、マルキオーラという世界の存在を。
「この世界の存在を知った時、それはそれは歓喜したものだ。絶対に到達してやると思った。異世界全てを我が手に。【時間の来訪者】!」
周囲の空気が歪み、ライオネルは忽然と姿を消した。
【時間の来訪者】。
膨大で濃密な魔法力を必要とする代わりに精神体として時間を移動できる能力。思い浮かべた着地点の周囲の人間の精神を乗っ取ることができるらしい。ただし、最初に能力を発動した場所が拠点となり、魔法力の度合いはその場所に依存する。つまり、魔法力が低い人間の身体に入っても、マルキオーラの魔法力を消費して戦闘することが可能となる。身体を乗っ取った人間のキャパなどお構いなし。
というのが、俺が祖父から聞いた奴の能力だ。
「さて、んじゃ俺も行ってくるかな。あとのことは頼むぞ、くれぐれも負けるんじゃないぞ」
俺の身体が黄色い光を帯びていく。
「なにをバカな。俺は今、三嶽神最強なんだよ。負けるわけないだろうが」
「ならいい。俺がしくじった場合は迷わず逃げろ」
「お前はミスったりしないだろ? 俺が信じた男だからな」
そんなことを言われては、兜の緒をキツくしめなきゃいけなくなる。あまりキツすぎるのは困るな。俺はそういうタイプじゃない。気負うのはいつも縁みたいな人間だ。
「【時空の探求者】」
黄色い光に溶けていく。
俺の本当の能力、それが【時空の探求者】だ。
キューリット姉妹もそうだが、兄弟や姉妹は能力が似ることが多い。親とは似ることが少ないというのは昔から言われていること。ランゼルフ姉弟はあまり似てないようにも見えるが、あれはクオリアが能力を端折ってるからそう思うだけ。自分で作り出した魔獣を単純な魔法力として取り込むことができる。ランゼルフ姉弟は「なにかを取り込む」という部分では非常に似ている。
【時空の探求者】は【時間の来訪者】とは違い、魔法力がどれだけあっても発動することができない。他のトリガーが必要で、逆を言えばそのトリガーさえ引ければ魔法力は関係なくなる。
能力を発動する条件は「時間を移動するタイプの能力者が忌術を使うこと」だ。もっと詳しく言うと「忌術で時間を移動した人間についていく」というのが能力の性質となる。
だが精神体ではなく、俺自身が直接時間を移動する。行きも帰りも、他者に依存することでしか機能しない。
【時間の来訪者】と同じく、能力の起点は発動した場所になる。つまり、魔法力が薄い場所に行ってもあまり関係ないというのはメリットだろう。
目の前が黄色に染まっていく。その眩しさに目を閉じた。
ライオネルは未来を変えようとしている。自分に都合がいい世界を創りだそうとしている。
だが、そう簡単にやらせるわけにはいかないのだ。俺を信じてくれた人たちのために、なんて言うつもりはない。
俺は俺が信じる道を行く。ただ、それだけだ。




